第171話:女王の言葉
少し短いです
暗闇に、3人の人影があった。
「―――ふん、まさか本当にユピテルからの訪問者が『烈空』とは…」
「――しかも、100人もの精鋭を連れていると聞きますしねぇ」
「―――しかし、奴は完全に部外者。こちらには影響はないと思いますが…どうされますか?」
大柄な男に、フードを被った男。そして商人風の男の3人だ。
「……亡命の奴らと同じように地下行きにすればいいだろう」
「しかし―――どうやら小娘が動いたそうじゃないですか。一晩は待てとか」
「…ふぅむ、いったいどういうつもりかねぇ…もしも敵対するようなら無視はできない戦力ですよ」
「こんなことならば、『鴉』の手札は残しておいた方が良かったのではないですかな?」
「…ふん、使ってしまった物はどうにもならん」
「たしかにそうですが…」
「問題ないだろう。障害になるならば――『聖錬剣覇』と共に葬り去るだけだ」
商人の疑問に、大柄の男は当然とばかりに答えた。
「…なるほど。では?」
「―――ああ、計画に変更はない」
「ですねぇ」
そして、三人は視線を合わせる。
「…全ては神の御心のままに」
「「―――全ては神の御心のままに」」
そして、暗闇から人は消えていった。
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「初めまして……いえ、さっきぶりですわね、大使さん」
そう言ってニコリと笑う女王リーゼロッテは、そのさっき――とはまるで違っているように感じた。
謁見の際に会った彼女は表情も冷徹で、もっと尊大で、王たる威厳溢れるような、そんな妖艶な美女だった。
だが、今目の前にいる少女は、美しいことのみは変わらないものの、やけに柔らかい表情をする素朴な人に思えた。
女王というよりは、少し育ちのいい町娘なような、そんな感じだ。
そんなリーゼロッテを前に、ヒナが声を上げた。
「ちょっと…アルトリウス、この人って…」
「ああ、俺の目がおかしくなければ―――間違いなく謁見の間で会った―――女王リーゼロッテだ」
「――――!」
俺の言葉に、尋ねたヒナだけでなく、皆の顔に驚きが走る。
無論、警戒は解いてはいない。
女王はともかく、一歩後ろで佇む剣士――――――フィエロならば、ここにいる全員を相手どれる可能性すらあるのだ。
そんな俺たちに気づいたのか、見渡すようにリーゼロッテは口を開く。
「……安心なさって。私たちに――あなた方への害意はありませんわ」
なるほど、確かに、害意―――殺気のようなものは感じないが…。
「…信用できるとでも?」
少なくとも――夜更けに隠し通路から俺たちの部屋に侵入したことは事実だ。
そう簡単に信用するわけにもいかない。
「…信用していただくために―――私自ら来たのですわ。あなたと直接話すには、こうするしかありませんもの」
そして、リーゼロッテは真っすぐと俺を見据える。
先ほどまでのどこか抜けた表情ではなく、真面目な顔つきだ。
こう見ると、少女というよりはもう少し年齢は上だろう。
「―――謁見の間。いえ、この王宮全体は――現在、多くが《軍属派》に染まっていますから、皆の前で、あなたと本音で語ることはできませんもの」
「軍属派…?」
また新しい勢力だ。
人前で俺にコンタクトを取れない理由。
そして直接会いに来た女王。
軍属派という新たなワード。
いくつか導き出されることはあるが…。
「…そうですわね」
女王は少し憂いを帯びるような表情をする。
「…まずは―――今現在のこの王宮のことについて、お話ししましょうか」
そして、リーゼロッテはツラツラと話し始めた。
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軍国主義を提唱しているユースティティア王国において、軍部というのはそれなりに強い力を持つ。
それゆえ、近年の王国の上層部では、《女王派》と、《軍属派》の2つの勢力があった。
勿論、別段対立していたわけではない。
軍といっても、最高統帥権自体は、専制君主国家ということで、女王に帰属する。
ただ、外交政策上、軍属派は、外敵侵略を支持しがちなのに対し、女王派は、融和気味に動く、といった程度の違いだった。
だが、近年、王国を悩ますいくつかの問題が勃発した。
《人攫い》に始まり、シュペール公国の混乱に、新しい宗教の流行。
どれも、軍隊による抜本的解決も難しく、打開が長引いてしまった。
結果的に、軍属派は、これは他国の何かしらの工作ではないか、と主張し始めた。
不満をためていた人間が多かったのか、軍属派以外からも、そう言った声は上がった。
「…次第に―――気づかないほどゆっくりと、軍属派の勢いが増すようになりましたわ。女王派の顔触れが、1人、また1人と減っていくのです…。ユピテルからの亡命団が到着したのはそのころでしたわ」
別に女王としては、それ自体は問題ではなかった。
ユピテルと事を構えるつもりはないし、たかだか2000名程度を迎えるくらいならばわけはないらしい。
だが、軍属派たちは警戒した。
この時期に他国からまとまった数の人間が来るなんて、怪しい、と、そう主張するのだ。
「その時は、まだ、私が何とか言いくるめ、王宮で賄うことを決定することができましたわ。でも……」
そう、その後事件が起こる。
《トトスの失踪》である。
親衛隊の副隊長であり、一流の剣士であるトトスが―――消えてしまったのだ。
最後に目撃されたのは、ユピテル亡命団の1人という少女と王城の外へ出て行くところだという。
「………」
「それを皮切りに―――軍属派は『この人攫いに始まる一連の混乱はユピテルの手引きだ』と事あるごとに主張するようになりましたの」
当初は、
そんな事があるわけがない。
彼らは単なる亡命者なのだから。
と、一笑に付していたリーゼロッテだったが、
その噂は、王宮内で、まるで真実であるかのように広がっていった。
「止めようが…ありませんでした」
派閥とか、そういう事以前に、王宮内の様子がおかしいのだ。
明らかに大臣達の様子も異常だ。
根からの女王派であった人間が、次の日には軍属派に変わっていたり、指示していないような政策が勝手になされていたり。
大臣を新規の者に変えても、すぐにまた同じような事を言うようになる。
「いつのまにか、王宮の意見は、彼らの物となっていましたの。私でも無視できないような、大きな勢力に」
結局、彼らに押される形で、ユピテルからの亡命団は、地下に軟禁という指示をせざるを得なかったのだ。
「まるで、軍属派―――派閥なんてことは名ばかりの、不気味な集団。それが、今のこの王城を支配している人たちなのですわ」
女王の話は、そう締めくくられた。




