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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第三章 学校へ行こう・出会い編
17/250

第17話:ヒナ・カレン・ミロティック

 ヒナ視点です。

 場面移動が多いことにご注意ください。


● ● ヒナ視点 ● ●


「何かこのあいだのお礼がしたいんだが、欲しい物とかはないか?」


 あれ以来、アルトリウス・ウイン・バリアシオンはヒナによく話しかけてくる。


「だからいいって言ってるじゃないの。私が好きで貴方を助けたのよ?」


 とはいっても、ヒナもあのときは必死であった。



● ● ● ●



 その日、3限が終わって昼休みになると、アルトリウスはどこかへ行ってしまった。


 他のクラスに仲のいい友達がいるようなのでそちらの方に行ったのだろうか。



 ――――それにしても。


 アルトリウスは本当に同じ8歳だろうか。と、ヒナは思う。


 テストで100点自体はヒナも何度か取っているが、取っているだけにその難しさがわかる。


 得意な教科で、見直しを3回したときでも100点を取ることは珍しい。

 だが、彼は当たり前のように全教科満点を取る。


 ありえない、と思う反面、悔しさも残る。


 ヒナは物心ついたときから負けず嫌いであった。

 多分、一歳上の姉がいるのが大きかったのだと思う。

 姉は一つ歳が上というだけで随分ヒナよりも多くのことができた。

 言葉を話せたり、物を書いたり、計算をしたり。


 両親はそんな姉を褒めた。


 ヒナも母に、父に褒められたかった。


 でもヒナが姉と同じことをしようとすると、大抵失敗してしまう。


 母は言った。


「ヒナにはまだできないわね。でも大丈夫。そのうちお姉ちゃんみたいにできるようになるわ」


 今思えば当然だろう。

 幼児期の1年の差は大きい。

 ヒナが姉と同じことをできるはずなかった。


 でもヒナはとても悔しかった。

 自分より多くのことができる姉も恨めしかったし、そんな姉を褒める母も憎かった。

 そして何より、何もできない自分が嫌だった。


 だからヒナは必死に自分を高めて来た。


 読み書きを覚え、本を読み、運動をし、とにかく人に認められようと頑張った。


「いやぁ、ヒナお嬢様はミロティック家始まって以来の才女ですな」


 執事は言った。


「ヒナはすごいわねえ、家庭教師を呼びましょうか」


 母は言った。


「ヒナ様には魔法の才能がありますね。このまま行けば大魔法士になれますぞ」


 家庭教師は言った。


「やっぱり、ヒナにはかなわないね」


 姉は言った。


 気づくと、ヒナは姉なんてとうの昔に追い越していた。


 同世代でヒナよりすごい人はいなくなっていた。


 ―――私が1番だ!!


 そう思った。


 やがてヒナは学校に入学した。


 ヒナはここでも1番になろうと意気込んでいたが、学校というのはつまらないところだった。

 周りの貴族子弟は学校に通っているというだけで満足し、商人の息子は親の金で買った筆箱を自慢している。


 授業も退屈だった。全部今までやったことだ。


 ―――こんなところで1番になってもな。


 そう思っていた矢先―――『アルトリウス・ウイン・バリアシオン』はヒナの前に現れた。


 アルトリウスは異常とも言えるほど完璧だった。


 勉強や運動はもちろん、魔法だって誰よりもできた。


 かといってその実力を鼻にかけず、謙虚で、周りに気を使い、人が嫌がる仕事を引き受け、大人よりも大人らしい。


 ――――すごい!! こんな人がいるんだ!


 ヒナは素直にそう思った。

 そして、この人に負けたくない、競い合いたい。そう思った。


 出会ってから数ヶ月、彼に追いつこうと今まで以上に頑張った。


 学校の予習復習はもちろん、魔法にも今まで以上に真剣に打ち込んだ。


 しかし、いくら頑張っても彼に追いつくことはできなかった。

 彼は根本から何かが違っている気がする。

 何か余裕のようなものが彼にはある。


 そんなことを考えていると、お弁当を食べ終わっていた。


 次の授業の用意をロッカーから取り出しに廊下に出ると、可愛らしい少女が教室の前でウロウロしているのが目に入った。

 亜麻色のポニーテールが特徴的な、キュートな女の子だ。


「そんなところでどうしたの??」


 あまりにも可愛らしかったので、ヒナは思わず声をかけてしまった。


 声をかけると少女はビクッと怯えてしまう。


 声などかけなければよかったと思ったが、もう今更引きかえせない。


「ここの生徒・・・じゃないわよね。何かこの教室の人に用かしら?」


「あ―――ええと、その―――お弁当を届けに来ました」


 おどろおどろしながらも少女はそう言った。

 なるほど、どこかの家の使用人だろうか、お使いに来たのだ。


 小さいのに偉いな、と感心する。


「へえ、小さいのに偉いわね。誰宛かしら。いたら呼んできてあげるわ」


 すると、少女は予想外の名前を言った。


「アルトリウス・ウイン・バリアシオン様です」


 ――――なんだ、アルトリウスはお弁当がなかったから教室を後にしたのか。


 言ってくれれば自分の分を分けたのに。


 そう思いながらヒナはお弁当を預かり、これを届けることを引き受ける。


 こういうとき、アルトリウスならおそらく勉強か読書に勤しむだろう。


 彼はあまり人に頼るということをしない。多分誰かのお弁当を貰うだとか、そういったことはしないだろう。


 ――――そして、ヒナは図書室で倒れている彼を見つけた。


 ただ事ではないと思い、慌てて彼の元に駆け寄る。


 ――――意識はあるけど・・・・・ほとんど過呼吸で、体もすごく熱い


 効果があるかわからなかったが、最近覚えた治癒魔法を急いでかける。


 ほどなく、彼は回復した。


 ―――良かった・・・。


 と思っていた矢先、起き上がったアルトリウスにスカートの中を見られるという辱めを受けてしまう。

 反射的に頬を叩いてしまった。


 病人に暴力を振るってしまった。と後悔したが、


「――――事故だ。すまない」


 彼の方から謝罪をしてくれた。


 倒れていた理由は上手くはぐらかされた気がするが、まあ人に言えない事情があるのかもしれないと思い、ヒナは詮索はしないことにした。


 そしてアルトリウスは何食わぬ顔で残りの授業を受けて帰宅していった。


 ―――それにしても。


 不謹慎ではあるが、ヒナは彼が倒れているのを見たとき、多少安心してしまった。

 完璧だと思ってたアルトリウスにも、弱い部分があったのだ。


 そしてその窮地を救ったのは自分だ。という高揚感で、正直その日のテストで負けたことなどどうでもよくなっていた。


「もっと彼のことが知りたいな」


 その日寝る前にそんなことを呟いていたことに、ヒナは自分自身でも気づいていなかった。



● ● ● ●


「だから、そんな大したことしてないっていってるじゃない」


 アルトリウスはどうしても借りを作りたくないようで、お礼がしたいと迫ってくる。

 ヒナ自身は特にして欲しいことなどなかった。


 本気で自分と勝負して欲しいという望みもあったが、それはヒナが自分の実力で彼の本気を出させないと意味がない。


「ふむ、そこまで言われてしまってはな。―――まあわかった。ミロティックがいいなら、貸し借りは無しだな。

 ただ、リュデ―――この間弁当を届けに来たうちの使用人が、お礼を言いたいそうだ。よかったらそのうち、我が家に遊びに来てくれ」


「あぁ、まあそういう理由ならお邪魔させてもらうわ」


 家に遊びに行く程度ならまあいいだろう。


 そう思い、快諾する。


「じゃあ、明後日の放課後はどうだ?」


「ええ、暇よ」


 ヒナはバリアシオン家に呼ばれることとなった。



● ● ● ●


 ヒナは同年代の友達の家に遊びに行くのは久しぶりであった。


 昔は友達はいるにはいたが、勉強や魔法に打ち込み始めてからは誰かと交友を持つことはなかった。


 一応ヒナの家は大貴族なので、交友は大事にしろと何度か怒られたことはあったが、彼女は次女なので、それほど問題視はされていなかった。 


「着いたぞ」


「あら、案外近いのね」


「ああ、父が法務官でね、そこそこの立地を選べたようだ」


 アルトリウスの家は学校から徒歩で30分ほどのところにあった。

 首都の中心部まで馬車を使わずに行けるような家は地価が高い。


 とはいえ、ここに来るまで一悶着はあった。



 30分前――――。


「アル君、帰ろー!!」


 放課後、すぐに黒髪の少女がヒナ達のクラスにやってきた。


「ああ、エトナか。済まない、今日は用事があるんだ。カインとでも帰っていてくれ」


 彼女はアルトリウスの知り合いのようだ。


 キレイな子だ。とヒナは思う。


「へえー、そうなんだ・・・・」


 そういいながら、エトナと言われた少女はヒナの方に目をやると、アルトリウスに小声で何か耳打ちをした。


「いや、エトナ、だからそれは―――」


 アルトリウスは一瞬驚いたあと、呆れたような顔をして何か言いかけたが、


「ふーんだ、じゃあ私、この間告白してきた先輩と帰るから!」


 エトナはそう言って駆け足で立ち去ってしまった。


「あの、なんか悪いことしちゃった?」


 修羅場を作り出してしまったのだろうかと不安になり、ヒナは聞いた。


「いや、そんなことはない。いつものことなんだが―――最近の子はませているなほんとに」


 アルトリウスはそう言ってため息をついた。


「いや、よっぽど貴方の方が大人び過ぎてるわよ・・・」


 ヒナは思わず呟いた。



 ヒナは、アルトリウスの交友関係についてよくは知らないが、それでも先ほどの少女が怒っていたことはわかる。


 ―――恨まれるのはごめんだけど・・・。


 アルトリウスも苦労しているのだとは思う。


 それにしても、アルトリウスの父親が法務官であることはヒナは知らなかった。


「へえ―――ウイン一門で法務官って結構出世頭なんじゃない?」


 法務官は8人しか選ばれない重要なポストだ。充分に活躍して任期を終えると、自動的に元老院議員の議席が与えられる。


「ああ、詳しいな。文官としては相当優秀だよ」


 そう言いながらアルトリウスは家のドアを開ける。


「さあ、どうぞ」


「お、お邪魔します」


 ヒナは多少緊張しながら、家の敷居をまたぐ。


「あら、おかえりなさい―――って、アル、彼女?」


 家に入るなり金髪の女性が話しかけてきた。綺麗な明るい女性だ。


 ヒナは一瞬意味がわからず黙ってしまうが、


「いえ、母上、学校の友人です。以前世話になることがあったので礼をしようと連れてきました」


 アルトリウスは慣れたように返事をする。


 ―――恋人と間違えたのね。


 会話を聞いて納得したヒナは、やはり多少緊張しつつも自己紹介をする。


「は、初めまして。ヒナ・カレン・ミロティックです。いつもバリアシ―――アルトリウス君にはお世話になってます」


「あらあらご丁寧に。流石はミロティックさんのところのお嬢様ね。アルトリウスの母のアティアです。よろしくね」


 スカートの裾を掴んで挨拶をすると、同じようにアティアも挨拶をした。

 作法を習っておいてよかった、とヒナは思う。


「とっても利発そうな子ね、アルと仲良くなるのもわかるわ。アルったら子供のくせにいつも小難しいことばっかり考えるから、学校で友達ができるか心配だったのよ?」


「母上、そのくらいにしてください」


 アティアの話が長くなりそうだったのかアルトリウスが口を挟む。


「そうね、お客様を立たせたままじゃ失礼ね」


 アティアはハッと気がついたようにそういうと


「チータ! アルが彼女連れてきたわよ! 案内してあげなさい!」


 と大声で使用人を呼び出した。


「だから母上!」


 アルトリウスが呆れ顔で反論しようとするが、この親子漫才のような会話に思わずヒナはプッと笑ってしまった。


「あらあら、これはお可愛らしい。アル坊っちゃまの部屋でよかったですか?」


 しばらくすると、温厚そうな女性が奥から出てきた。


「ああ、僕の部屋でいいです。案内はいいんで、飲み物と何かお菓子を。あと、リュデを部屋に呼んで下さい」


 アルトリウスはそう言うと自分の部屋にヒナを案内した。


「すまない、多少散らかっているが」


「・・・・お邪魔します」


 ヒナは同年代の異性の部屋に入るのは初めてだ。


「すごい―――」


 部屋に入るなり、思わず息を呑んだ。

 アルトリウスの部屋は、私室というより、もはや図書室であった。


 部屋自体は狭くないが、壁一面に本棚があり、大量の本が敷き詰められていた。そのせいで部屋がせまくみえてしまう。


 部屋の中央に小さい机と椅子が置かれており、ベッドは奥の方にある。


「なんか―――貴方らしい部屋ね。すごく」


 ヒナは思ったままの感想を述べる。


「君ならそう言うと思っていたよ。ここはもともとこの家の書斎、というか読書室でね。幼少期、俺が常に居座るものだから、私室として使わせてもらうことになったんだ」


「いい部屋だと思うわ」


 確かにこれほどの本を読破しているなら、アルトリウスの博識も頷ける。


「・・・それにしても、せわしない母ですまないな。俺が人を連れてくることなど滅多にないものでね。気分を悪くしたなら謝るよ」


 おそらく、ヒナが彼女と間違えられたことを指しているのだろう。


「気にしてないわ。ある程度そういうことを言われるかもと予想はしていたから。でもすごく仲の良さそうな親子ね。漫才かと思っちゃったわ」


 ヒナは、アルトリウスは家族から愛されているのだな、と思う。自分とは違うな、と。


「失礼します」


 そんなことを話していると部屋の外から声が聞こえてきた。


「入ってくれ」


 アルトリウスがそういうと、ドアが開き、お菓子と飲み物をカゴに入れたポニーテールの少女が入ってきた。

 リュデだ。


 リュデはお菓子と飲み物をテーブルに置くとヒナの方をを向く。


「あの、この間は困っているところを助けていただき、ありがとうございました。私、リュデって言います。このお菓子、私が作ったので是非食べて下さい!」


 そういってペコリとお辞儀をするとそそくさと部屋を出て行ってしまった。

 

 なにか怖がらせるようなことでもしてしまっただろうか。


「・・・・・恥ずかしがり屋なんだよ、リュデは」


 お菓子をつまみながらアルトリウスが話す。

 どうやら単に人見知りなだけなようだ。


「俺が本を読む影響で、リュデも結構本を読むんだ。奴隷の身分とは思えないほど博識だし、頭もいい。君とは気があうんじゃないかと思うんだけどね」


「へえー、博識で頭も良くて、可愛いなんて将来が楽しみね」


「ああ、そうだね。いい秘書とかになるかもしれない」


 そんなことを話していると


 バーン!


 とドアが勢いよく空いた。


「アル兄、彼女連れてきたってほんと⁉︎」


「おにいちゃん、エト姉さんと付き合ってるんじゃなかったの⁉︎」


 茶髪のやんちゃそうな少年と、金髪のお茶目な少女が部屋に入って来た。

 4歳か5歳だろうか。


「あー、紹介しよう。弟のアランと、妹のアイファだ」


 アルトリウスがヒナに二人を紹介する。


 弟妹がいたのか! と驚きつつ2人をよく見る。


 確かに、2人とも目元や鼻がアルトリウスにそっくりだ。


「2人にも紹介しよう、ヒナ・カレン・ミロティック嬢だ」


「こんにちは。2人とも元気ね」


 ヒナは紹介を受けると、そう言ってペコっと頭を下げる。まあ年下相手に畏る必要もないだろう。


「こんにちは、アランです」


「アイファです」


 そう言いながら2人はヒナの方をジーーっと見ている。


「顔は・・・・まあ合格ね」


「―――へ?」


 アイファが呟く。

 ヒナは予想の斜め上のことを言われてしまったので、ギョッとしてしまう。


「こらアイファ、お客様に対して失礼だぞ!」


「だってぇ!! アイファのおにいちゃんがとられちゃうかもしれないんだもーん!!」


 そう言ってアイファはアルトリウスに抱きついていく。


 アランはまだこちらを見ていたが、


「3人目か・・・・」


 と呟き、ため息をつくと彼もアルトリウスに抱きつきに行ってしまった。


「いや、2人とも勘違いをするな。彼女は友人だ。そういう関係ではない」


「うぇーーん、エト姉さんのときもそう言ってたもーーん!!」


「アル兄、嘘はよくないよ」


「エトナも友人だ!!!」


 アルトリウスは必死に弁明しているが、多勢に無勢にも見えた。


 ―――それにしても仲のいい家族だな。


 と、ヒナは思った。

 明るい母親に元気な子供たち。使用人までもが幸せそうだ。


 そのあとしばらくの間、誤解を解くためにアルトリウスは苦労していた。


 誤解が解けると、2人を交え学校の話や歴史の話、魔法の話をして過ごした。


 基本はヒナとアルトリウスが話し、アランとアイファが相槌をしたり、わからないことを質問したりする形式だった。


 その中でも1番ヒナが驚いたのが、


「え、貴方、二つ名持ちの魔法使いが家庭教師だったの⁉︎」


「ああ、たしか『銀騎士』とか言われてたな」


「『銀騎士』――――『銀の薔薇』イリティア!? その人、相当優秀な魔法使いよ? 二つ名持ちを家庭教師に呼ぶなんて軽く屋敷が買えるくらいのお金がいるんだから!」


 『銀の薔薇』の二つ名をもつイリティアという魔導士は、ヒナも聞いたことがある。

 最近の若手魔導士のなかでは3本の指に入る実力者ではないだろうか。 


 実際、ヒナの家も魔法使いを家庭教師に呼んでいたが、大貴族の家格であるミロティック家でも、イリティアのような、二つ名の魔法使いを呼ぶことはしなかった。


「やはり、そうなのか。父には感謝しないとな・・・・」


 感慨深くアルトリウスは頷いていた。


 だいたいおかしいのだ。

 ヒナは考える。


 魔法の才能があるかどうかなど学校に通ってからでないと普通はわからない。

 だからほとんどの家では、そこに大金を叩くという博打のようなことをすることはない。


 家庭教師といえば、初級の魔法使いに魔法というよりは、「魔法を含めた学校の予習」をさせるものというのが一般的なのだ。


 よっぽど、彼の父親に、アルトリウスの魔法の才能について確信があったのか、ただの親バカなのか。


 とにかく、4人の会話で、ヒナはひたすらアルトリウスの異常さを目の当たりにするばかりであった。


● ● ● ●


 結局、その日は夕食までご馳走になってしまった。


 せっかくなのでヒナは何故二つ名の魔法使いを雇ったのかアティアに聞いてみたが、その場では、


「アルには魔法の才能があるって確信してたわ」


 としか答えてくれなかった。


 しかし、アルトリウスがトイレに席を立つと、アティアはこっそりとヒナに教えてくれた。


「魔法が習いたいっていうのは、あの子が生まれて初めて言ったお願いなのよ。だから私と夫は、全力であの子の願いを叶えることにしたの。この機を逃したら一生親らしいことができないんじゃないかってね」


 なるほど、たしかにアルトリウスはあまり人に頼らない。

 我儘やお願いなどほとんど言わない気がする。


 そして、家を出る直前、アティアが小声でヒナに耳打ちした。


「さっきの話、アルには内緒ね。あの子の事だから、その話を聞くと気を遣って我儘を言ってきちゃいそうだから」


 そう言ってアティアはウインクをして、


「これからもうちの息子をよろしくお願いします」


 と言ってヒナに深々と頭を下げた。


「うわ! 頭を上げてください。こちらこそ、今日は楽しかったです。ありがとうございました!」


 ヒナはそう言って、より深々と頭を下げた。


● ● ● ●


 ヒナは帰りを馬車で送ってもらうことになった。


 送りは要らないと言ったのだが、一応大貴族家のご令嬢なので、送らないのは礼儀に反するようだ。


「別にアル1人に送らせても問題ないのよ? あの子はそんじょそこらのチンピラなんか話にならないくらい強いし。でも、ヒナちゃんを押し倒さないかだけは心配ね―――」


「母上・・・」


 最後までバリアシオン家の親子漫才を見せつけられてしまった。


 馬はバリアシオン家の使用人が運転し、ヒナは後ろの屋根付きの籠にアルトリウスと一緒に乗っていた。


「それにしても、仲のいい家族ね」


 ヒナは話しながら思い出す。


 とても温かみのある、いい家族だと思う。


 アティアは、ヒナが大貴族の娘だと知っても、畏まったりせず、気さくに接してくれた。


 彼の父親のアピウスには会えなかったが、きっといい父親なのに違いない。

 正直、羨ましい。


 ミロティック家は大貴族だ。

 確かに屋敷も広大だし、出てくる料理も美味しい。

 だけど、ミロティック家は温かみに欠けている気がする。


 父は仕事で家にほとんど帰らない。

 母や姉とはよく会う。

 しかし、会話はない。


 母はヒナに勉強や魔法の才能があるとわかると結果を求めた。

 

 家庭教師も二つ名こそないものの上級の魔法使いに代えられ、勉強と修業の毎日だった。


 ヒナは勉強も魔法も嫌いじゃなかった。

 だから頑張った。

 姉よりも自分を評価して欲しかったのだ。


 頑張って結果を出したら母はヒナを褒めてくれた。

 でも結果を出せなければ母はヒナに辛く当たった。


 いつしか母とヒナはステータス上の付き合いになった。


 姉は多分ヒナのことが嫌いだ。


 自分を尻目になんでもできる妹。多分そう思われている。


 それはいい、もはやヒナは姉には興味がない。


 学校ですれ違うと、いつも姉は男を連れている。毎回違う男だ。


 すれ違うたび姉はヒナを無視する。

 ヒナも姉を無視する。


 気づくと、そんなようなことを、なぜかアルトリウスに話していた。


「・・・まあ家庭環境は人それぞれだからな」


 流石のアルトリウスも気の利いたことを返す余裕のある話題ではないようだ。


 そのうち、馬車はミロティック家のまえに到着した。

 事前に遅くなることは言ってあるので、怒られることはないだろう。


「変な話してごめんなさい。今日はありかとう。ちょっと緊張したけど、友達の家に遊びに行くなんて久しぶりで、楽しかったわ」


「そうか、うちでよければいつでも来てくれ。母も、アイファもアランも多分歓迎してくれる」


 ヒナは先ほどの話で空気が変になっていたのでなるべく明るく別れようと思ったが、アルトリウスは気を遣ってまた自分を誘ってくれたのだろうか。


「ふふ、ありがとう。また招待に預かることにするわ、じゃあまた学校で」


 そう言ってヒナは馬車を降りる。


「ミロティック」


 するとアルトリウスはヒナを呼び止めた。


「いや、その、君はお礼は良いというから受け取って貰えないと思って、渡すかどうか迷ってたんだが、やはり渡すことにしようと思う」


 そういうとアルトリウスも馬車から降り、懐から髪留めを取り出した。


「この間、商店街を回っていたら見つけたんだ。大人用だから多少大きいけど、君には子供っぽいのよりこちらが似合うと思って」


 そう言いながらアルトリウスはヒナの手を取ると髪留めを握らせる。


 綺麗な紅い髪留めだ。


「じゃあ、また明日学校で。今日は俺も楽しかった」


 そう言うとアルトリウスは御者に「出してください」というと馬車に乗り込んでしまった。


 ヒナはあっけに取られて呆然と馬車を見送っていた。


 残されたのは手に残るアルトリウスの手の感触と、綺麗な紅い髪留めだ。


 ――――彼の手、あったかかったな。


 と思いながら、ヒナは手を顔に当てる。自分の顔の方が熱かった。


 ヒナがアルトリウスに恋をしたのはこのときだ。



 ライバル(ヒロイン)。当たり前だよなあ!


 読んでくださり、ありがとうございました。合掌。


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