第167話:王都に行こう①
『サウスグラード』には数日ほど滞在し、特に問題もなく出発した。
多少は街をみて回ったりもしたが、流石に観光なんてしている暇はない。
観光は、またいずれ仕事以外で来た時にゆっくりすればいいだろう。
ブライヒル伯爵は、結局最後まで印象のいい老人という感じで終わった。
俺達の宿泊場所から、食事、貨幣の両替や、この先の旅路の準備の手伝いまで、色々と気を利かせてくれたのだ。
気を使われ過ぎて色々と疑ってしまうくらいだな。
大して国交もなかった他国の使者など、もっと警戒されて当然だと思うが…いや、警戒しているからこそ、礼を尽くしているという感じか。
さて、俺達の目的地はもちろん王都『ティアグラード』だ。
大使という仕事の関係もあるが、どうやら穏健派の面々も王都にいるらしい。
行かない選択肢はない。
王都は『サウスグラード』よりは南。
いくつかの都市や領地を経て着々と進んでいく。
途中の街では、『サウスグラード』同様、概ね問題なく滞在ができた。
ブライヒル伯爵が先に俺達のことについて伝令を回しておいてくれたおかげで、検閲もスムーズにいった。
もちろん、懐疑的な目で見られることもあったが、最低限のもてなしはしてくれたので、文句はない。
どこの領地のどの領主も、「貴族」らしく、身分には厳しいのだろう。
領地は、やはり王都に近づくにつれて、豪華というか、絢爛というか、栄えている街が増えてきたような気がする。
爵位が一番上の「公爵領」なんかも通ったが、確かに街の規模も広く、人の出入りも激しい。
領主もやけに偉そうだった。
もっとも、公爵が相手だろうと、俺も変にへりくだったりはしない。
最低限の礼儀は尽くすが、それだけだ。
なにせ、俺の地位は、世界有数の大国、ユピテル共和国執政官の全権代理。
そんじょそこらの小国の国王なんかより、よっぽど格が上だ。
もちろん俺の本意ではなく、いつの間にかリュデとラーゼンの間で決まっていたことだが。
ともかく、俺が王国で下手に出るべき相手は、それこそユースティティア王国の女王くらい。
公爵程度恐れる必要はない。
王国の街で、ユピテルと違うのは、基本的に、防衛力が高そうというところか。
外壁はどの都市も平均して高いし、警備兵もやけに多い。
軍事国家というだけはある。
街並は、それこそ、ユピテルよりは絢爛豪華。
王都に近づけば近づくほど、派手な装飾や、大きな建物が増えていく。
室内も、金や銀の縁取りが為された扉に、宝石を散りばめたシャンデリア。
公爵領ともなれば、そんな部屋も珍しくなかった。
ユピテルも大きな建物はあったが、絢爛豪華というよりは質実剛健といった感じで、シンプルで素直なデザインの建築物が多かった。
やはり建築にも国民性は現れるのかもしれない。
民族は、結構な多民族国家だという印象が強い。
街行く人は肌の色も体格も様々であり、民族による差別も見られない。
ただ、身分による差別は根強く感じた。
最も顕著なのは、奴隷の扱いだ。
王国では、ユピテルより「奴隷」の扱いが酷い。
ユピテルにおいて奴隷といえば、もっぱら家に仕える使用人のようなものだ。
彼らは所有物としてではあるが、権利があり、他者からの危害は許されない。
それに、給金も出さなければならないし、だからこそ、奴隷からの解放なんてのも珍しくない。
だけど、王国ではそのまま、鎖につながれ鞭打たれる奴隷がちらほら見られた。
誰もが痩せこけていて、とてもまともに扱って貰っているとは思えない。
と、まあそんな部分があるからかはわからないが、どれほど栄えた街に行っても、いささか暗い部分というのは見えた。
多分、奥の裏路地に入っていけば、闇市場や裏稼業などいくらでもありそうだ。
あと、普通に表の市場で公然と危ないお薬が売られていた。
シンシアが好奇心で買おうとしていたので、流石に止めた。
ここまでで気になったのは、やはり最初の街から聞いた「人攫い」と「神聖教」だろうか。
思ったよりも、この2つの現象は大きく王国の内部に入り込んでいることのような気がした。
普通に道端で白ローブを羽織った人物が、布教活動をしていたところに遭遇したこともある。
「―――ああ、愚かな民たちよ。貴方たちは、真の信仰を知らないのだ。我々人間に降りかかるあらゆる不幸は、神を信じることによってのみ取り除くことができるというのに…」
なんてことを高らかに謳っている。
「―――ああ、我らの同胞、民たちよ、どうして国王などを信じられようか。今まで、国王たちのせいで我々はありとあらゆる苦難を強いられてきた。
王を巡る争いに、どれほど多くの人間が職を失ったのか。王の身勝手な政策で、どれほど多くの妻が夫を亡くしたのか。
そんな犠牲の上に立った地位で、奴らにいったい何ができる?
失った土地や食べ物が戻ってくるのか? 亡くなった命が帰ってくるのか? 攫われ、帰ってこない人間を、王が取り戻してくれるのか?
ああ、もしもそう信じているのなら、いたわしきことよ。
王などの権威に縛られることはない。信仰に目覚めさえすれば、我々はそんな不安や悩みから解放され―――新たな世界を見る事ができるというのに―――!!」
俺が聞いたのはそこまでだが、聞いている聴衆はやけに多く…しかも誰もが深く頷いていたりする。
中には涙を流している人間もちらほら見かけた。
「神聖教」は水面下で流行っていると聞いたが、正直、水面下というには目に付きすぎると思った。
ここまでの道中、こんな布教紛いの演説も何度か遭遇したし、中には寄贈によって建てられたとかいう教会なんてものも見た。
しかもそれは王都に近くなるほど増えていくのだ。
領主も、「つい最近、いつの間にやら建てられておりまして…かと言って取り壊そうにも、反対も多く、それに国王の許可もありませんので」なんてことを言った。
少し…不気味な事ではある。
「…どうして―――神なんて目に見えない物を信仰するんでしょうか」
演説をみて、シンシアがこんな事を呟いた。
「…現実に存在する人間には、どうしようもないことがあるからだよ」
「どうしようもないこと、ですか?」
「ああ、災害―――洪水とか、地震とか、あとは疫病とか…いくら王が優秀でも、防ぎようがないようなことはあるだろう? だから《神》とか、そういう目に見えない物に救いを求めるんじゃないかな」
今の王国に当てはめると、「原因不明の人攫い」といったところか。
「…はあ」
シンシアは何とも納得いかなさそうにしていた。
まあ、ユピテル人からしたら、宗教という観念自体が薄い。
そう言う――超常存在に依存する精神性は持ち合わせていないだろう。
「皆アル様を信じればいいのに…」
隣でポニーテールの少女がそんなことを呟いた気がしたが、多分気のせいだろう。
● ● ● ●
そんなこんなで、ようやく俺達は王都に到着した。
案の定、超巨大な外壁に―――面積もこれまで見たなかだとダントツだ。
ヤヌスの倍はあるかもしれない。
壁の外からでは中の様子はわからないが、どうせ派手で豪華なのだろう。
門には、かなりの多くの人間が並んでいた。
商人だったり、旅人だったり、戦士だったり、色々だ。
通るには時間がかかりそうだ。
「まあ、のんびり並ぶか」
そう言って俺達も並ぼうとしたのだが……。
「―――そこの一行、止まりたまえ」
不意に――そう呼ぶ声が聞こえた。
「…?」
そちらの方に目をやると―――いたのは1人の青年だ。
距離にすると、俺達の馬車からは15mほど後方に悠然と立つ、青年だった。
見たところ、二十歳か、それくらいの青年。
クセの強いくるくるの茶髪に、鋭い目つきの中、光る青い瞳。
おそらく剣によるであろう、額に走る傷。
細身の体躯に、鍛え抜かれたと思われる肉体。
そして、腰に差す一本の剣。
間違いなく剣士。そして―――。
「―――強いですね」
俺のすぐ後ろでシンシアが小さく呟いた。
「…ああ」
その通り。
ビンビン感じる強者の闘気。
今までいくらでも見てきた、強い人特有の佇まいだ。
ヒナも馬車から身を乗り出して、目を鋭く光らせている。
俺の周囲の隊員も、全員が顔を険しくしている。
「…何用だ?」
青年の言葉に答えるのは、フランツだ。
一番前に出て気丈に言い放つ。
「ふむ…私のことを知らぬとは…王国民ではないな…貴公ら、何者だ」
青年もやけに自身満々に言う。
威厳とかそういうのがある感じだ。
「―――我々は、ユピテル共和国大使――『烈空』アルトリウス・ウイン・バリアシオン様の使節団だ」
「ほう…『烈空』だと?…」
フランツの答えに、青年は興味深そうな声を漏らす。
そして、舐めるように青い視線を回し―――そして、俺と目が合った。
「―――貴公か?」
「…そうだけど――――」
「そうか」
そして、青年が一瞬目を閉じた、その刹那――――。
―――ヒュッ
青年が、動いた。
「――――っ!?」
速い…いや、速いとかそういう物じゃない。
―――見失った。
速く動くとは、質の違う動き。
まるで雲隠れするかのように、目で追おうと思った青年の姿が消えたのだ。
だが―――俺の第六感、剣士としての勘が、「来る」と感じた。
そう意識した瞬間、正面―――剣閃が見えた。
脱兎のごとく、俺に剣を振る青年だ。
いや、でも…この剣撃は殺気が…。
―――キンッ!
剣が交差する音が聞こえた。
俺が抜いたわけじゃない。
「――シンシア」
青年の振られた剣は俺に届くこともなく、横から間に入ったシンシアによって止められていたのだ。
「すみません。その…余計なマネということはわかっているんですが…いてもたってもいられなくて…」
そう言いつつも、シンシアは鋭く青年を睨みつけている。
青年は既に囲まれていた。
まず、ヒナの右腕が向けられ、少し遅れてフランツや隊員の剣が向けられた。
少しでも変なマネをすれば、彼の身体は黒焦げ八つ裂きだろう。
「…なるほど。まさか抜かせることもできないとは…確かに本物のようだ」
そして、青年は参ったとばかりに両手を上げる。
「…私は『聖錬剣覇フィエロ』が1番弟子―――ギルフォード。『烈空』殿。試すようなマネをして申し訳ない」
青年―――ギルフォードは不敵に笑った。




