第165話:ユースティティア王国へ行こう②
さて、北方山脈を越え、既にユースティティア王国領土内に足を踏み入れている俺達だが、王国の都市に入る前に、いくつかこの国について、振り返ってみようと思う。
『ユースティティア王国』。
ユピテル共和国から、北方山脈とブレア大森林を隔てて北。
東西にまたがって広大な領土を持つ超大国だ。
建国は、今から約700年前。
おおよそ、ユピテル共和国と同時期だが、それもそのはず。ユースティティア王国の建国者―――初代国王はユピテル建国の父オルフェウスの同僚―――「初代八傑」の1人、『獅子王』セントライトと呼ばれる人間なのだ。
現在でこそ、世界での強者を表す八傑という称号だが、初代の八傑は、少し意味は違った。
当時、世界中を恐怖に陥れ、支配者として君臨していた「イオニア帝国」。
初代の「八傑」とは、その帝国を打倒した8人の英雄の事をさすのだ。
まぁ、8人で大軍を倒したとかいう逸話が残っているくらいだから、強かったことに間違いはないのだろうが。
ともかくセントライトもその1人で、しかも彼は生粋のユピテル人であった。
そんな彼がユピテルよりはるか遠い、ユースティティアへ渡ったのは、一重にオルフェウスとの思想の食い違いであったからであると言われている。
オルフェウスが目指したのは、1人の君主とその血族が支配し続ける帝国ではなく、民衆による意思と意見を反映した民主制の国家だ。
そうでなければ、これまで絶対君主制の「帝国」に苦しめられてきた人民が納得しないと思ったのだろう。
セントライトは、このオルフェウスの進める政策に、頑として反対した。
無知な人民の決定と指導に頼るよりは、自ら産み、育てた子供たちが代々存続させていく君主制の方が、国家は繁栄する、とそう言ったのだとか。
彼らの意見が重なることはなく、ついに彼らは剣を交えた。
オルフェウスとセントライトの激しい決闘は三日三晩にも及び、彼らの戦闘の後には、巨大なクレーターができた。今ではそのクレーターに雨水がたまり、湖かと見まごうばかりの大きな池になっているほどだという。
その勝敗の結果は明確にはわからないが、少なくとも2人とも死ぬことはなかったようだ。
その後セントライトは、彼に賛同する人間を連れてユピテルの地を去った。
まだ見ぬ大地で、新しい国をつくろうとしたのだ。
オルフェウスに対して、自らの考えが正しいと証明する魂胆だったのだろう。
そして彼らがたどり着いたのが、険しい山脈を越えた先にある平野。
北ということで、気候はユピテルよりも寒冷だったが、気にするほどでもない。
現在の王都『ティアグラード』を拠点に、セントライトは国を作った。
ユースティティア王国の誕生だ。
初代国王「セントライト・マグヌス・ユースティティア」。
彼はそう名乗った。
無論周辺の部族や豪族と土地を巡って争うこともあったが、セントライトはその全てを打倒し、逆に吸収していった。
10年経つ頃には、もはや北方に、ユースティティア王国を越える勢力は存在しなかった。
彼は、戦争だけでなく、内政も上手かった。
各々の土地の豪族は貴族として階級を分け与え、彼ら貴族は階級を上げるために、任された領地の統治に精力的に取り込んだ。
優秀な人間を次々と大臣に登用し、他民族であろうと、差別はしなかった。
国はどんどん繁栄していった。
彼の目論見通り、彼自ら教育した息子も優秀だった。
彼は妻を多く作り、子供を何人も産ませ、その中から見込みのある子供を選んで育てたのだ。
セントライトの死後、王位を継いだその息子は、優れた父と同様に王国を統治した。
そして、その息子も孫もセントライトの教育を受け継ぎ、同じく優秀だった。
この数十年の間、ユースティティア王国は最盛期を迎える。
もしもこの時期にユピテルと戦争をしていたら、間違いなく王国が勝っただろう。
オルフェウスが建国したユピテル共和国は、確かに徐々に力をつけていたが、王国と比べれば微々たる成長だった。
セントライトの考えは、証明されたかに思えた。
だが…やはり血が薄まると能力も薄くなるのだろうか、数世代を経て、王の質は落ちた。
「暗君」が歴史に登場し始める。
もっとも、俺としては、血よりは、「教育」のほうが重要であると感じる。
親子だからと言って、似ているとは限らないし、才能が受け継がれるとも限らない。
セントライトの優れた点は、次代の王を、きちんと自分で教育したということと、それを数世代の間根付かせたというところだろう。
血が良くても、教育が悪くてはまともな人間は出来上がらないし、血が悪くても教育が良ければ、最低限まともな人間はできるのだ。
優秀であるかはともかく、「悪く」なければ問題ない程度に栄えていた当時の王国だ。
暗君となるのはよほど難しかっただろう。
だから、血ではなく、教育が途切れたときに、問題が起こった。
すなわち、不測の事態により、王子が幼子―――つまり充分に教育していない状態で、王が早世したのだ。
セントライトの死から100年ほどたってのことだった。
当然、幼い王子は国王となるも、彼に国の統治などできるはずもない。
彼が成長するまでは、周りの大臣や権力を持った貴族が国を動かすことになる。
これはセントライトの築いた王権を狂わせた。
血が薄まったのか、もはや彼のように万能な側面を持つ傑物は王族にいなかった。
教育も途切れ、彼が考えた王たる器の何たるかを教えてくれる人間もいない。
盤石であった王権に、綻びが現れ始めたのだ。
王からの教育を受けずに成長した王子は、摂政や大臣の言うがままに統治を行い、国は乱れ、不景気になっていく。
そう言った――後に暗君と呼ばれる王たちが続いた。
摂政の言いなりになるのはまだいい方で、中には王たる自覚もなく、毎日金を使って豪遊することしか頭になかった王もいた。
国力は落ちていき、王の権威も下がり、反乱や、暴動が相次いだ。
もう国の崩壊も近いと思われた。
だが…やはり、なんだかんだと「セントライト」という人間は傑物であったのだろう。
彼の子孫の中にも、彼に負けず劣らず優秀な人間はいたのだ。
「ピュロス」という名の男は、王族ではあるものの、第8王子であり、王位継承権はかなり低い立場にあった。
普通に考えれば、彼が王になることはなかっただろう。
しかし、ピュロスはこのままだと王国が滅びることを知っていた。
そして、それを何とかできるのは自分だという自信と、最後まであきらめない意思を持った人間だった。
前代の王が死に、さて、前例通り第1王子が王位を継承するか、というところで、彼は反旗を翻した。
半ば強引に、時には暗殺や、武力を使うことすら惜しまずに、他の王子を軒並み抹殺。
自ら王位に就くことに成功した。
彼としては王国を救うために仕方がなくやったことだ。
王国を思う使命感と、自信。
それのみがピュロスを突き動かした。
そして、彼の自信は本物だった。
国王ピュロスによって、国は持ち直し、財政は滞りなく再建され、王権は復活した。
名君の登場といっていいだろう。
王国は再び栄えたのだ。
だが、彼の行ったことは、今後の王国――いや、王族に大きな遺恨を残す。
すなわち、王の死後の「後継者争い」という概念が根付いてしまった。
後継者でなかった彼が、自ら実力行使をして王位を手に入れたという前例は、王位を巡る「後継者争い」を恒常化してしまったのだ。
たとえ優れた王が何年も平和な時代を築いても、王が死ねば、新たな王を巡って王族同士で争いが起こる。
そんな時代の到来だ。
後継者争いが起こっているときは、国内は荒れ、不安定になる。
それで王を勝ち取った人間が、名君であるならまだいいが、暗君だった場合、再び暗黒の時代へと突入する。
何とも言えない、スパイラルだ。
宮廷争いによる国政不安や、暗君による愚政を何度も経験すれば、普通、隣接する他国や、王族以外の有力な辺境貴族によるクーデターなど、付け入る隙はいくらでもあったはずだろう。
だが、それでもユースティティア王国は、今日まで大国として存続している。
なぜなら、この王国は、数代に一度、ピュロスのような名君を王に持つことができたからだ。
これに関してはセントライトの血筋の凄まじさに驚きを隠せない。
なにせ、これ以上ないタイミングで、優秀な人物というのが王位に就いている。
あるいは、もう少しで辺境貴族がまとまって反乱を起こそうとする直前であったり、他国が攻めてこようとした直後であったり…。
まるで、初代国王の執念を反映したかのように、王国は700年間、彼の王系を絶やすことなく、存続している。
そして、同じく大国であるユピテルが、山脈と森林を隔てているとはいえ、これまで王国と一度も戦争をしないで済んでいるのは、きっと彼らユースティティアの国王たちにも、同じユピテル人の血が流れているからなのではないか、と、そんな変な感慨が頭を過った。
● ● ● ●
「でも、今代の国王は、女性―――女王らしいですね」
と、ここまで一緒にユースティティア王国について振り返っていたリュデが言った。
「あら、そうなの?」
答えるのはヒナだ。
「ええ、継承順位はそれほど高くない人でしたが、確か『聖錬剣覇』が、彼女を支持したことによって、一気に王位へと駆け上がったとか。まだ若いのにすごいですね」
「へぇ~」
『聖錬剣覇』。
女王を支持しているというなら、謁見の際には会えるかもしれない。
イリティアによると、シルヴァディの師の1人というくらいだし、会ってはみたい。
もしも何か予想外の方向に話が進んで剣を交えるような事態になったら…いや、考えたくないな。
「―――あ、皆さん、見えてきましたよ!」
そこで、不意に前から声が聞こえた。
現在馬車の御者をしているシンシアの声だ。
「お、意外と早かったな」
窓から顔を出すと、正面に―――高い外壁が見えた。
北方山脈から最も近い都市、『サウスグラード』
俺にとっては、初めて訪れることになる、ユースティティア王国の勢力圏である。




