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第162話:間話・グラディエーター

 今回は次章の導入です。



 『ユースティティア王国』の東方。

 王都からいくつか都市を跨いだその都市は―――ほかの都市とは一風変わっていた。


 まず、都市の壁が異常に高い。

 

 これを建てるのにどれほどの時間をかけたのかもわからないほどの、石の壁。

 しかも、殆ど装飾もされずに、武骨なまま積み重ねられた重厚な壁だ。


 その都市の出入り口はたった1つ。

 重く、巨大な鉄の門だ。

 

 一見、閉鎖された都市とも思えるが、そうではない。


 なにせこの都市の人の出入りは、王国でも一、二を争うほど激しい。


 毎日、何十人、何百人もの人間が、この鉄の門に並び、この都市の中に入っていく。


 彼らの中には単に商売に来た者もいれば、観光に来た者もいる。


 だが、それよりも目立つのは―――腰に剣をさし、背中に盾を背負い、身体を鎧で覆っている者どもだ。

 それが、数人などではなく、何十人も、毎日のようにその都市を訪れる。

 彼らの目つきは明らかに歴戦を漂わせるものだ。


 まさに、他の都市では見られない光景だろう。


 あるいは兵士か。

 あるいは騎士か。

 あるいは剣士か。


 様々な「戦士」が、この夢を追いかけた末――この都市にやってくる。


 そう、それがこの都市…『ペルセウス』。


 数多の力を求めた男たちが目指す都市。


 『戦士の聖地』と呼ばれた―――戦いの街だ。




● ● ● ●


 

 

 『ペルセウス』は栄えた都市でありながら、これといった産業を持っていない。

 農作物の収益があるわけでもなく、香辛料もほとんど栽培されていない。

 周囲に小さな鉱山はあるが、それでもそれが群を抜いて利益を生み出すわけでもない。


 だが、『ペルセウス』が大都市である理由はある。


 その理由は、『ペルセウス』を訪れた誰もが、都市に入ってものの数秒で気づくだろう。


 都市門を越えてすぐ…人々はその建物―――都市の中心に建てられた巨大な建造物を目にする。


 建物と言うには巨大すぎるそのオブジェクトの名は、『ペルセウス大闘技場』。


 建設に20年かかった闘技場は、5万人の観客を動員できる――世界でも最大級の建築物であると言ってもいい。


 この大闘技場こそが、ペルセウスが大都市と言われる理由にして、戦士の都と言われる理由であり、このペルセウス唯一の特色。


 だが、その唯一の特色のみで、ペルセウスは大都市たらしめられていると言ってもいい。



 大闘技場では、日夜、観客を喜ばせる「見世物」が催される。


 競馬であったり、戦車競走であったり、連日その内容は変わり、そのどれもが多大な人気を誇る。

 また、それらを通した「賭博」は毎日盛り上がりを見せ、来る者の中毒性を増していく。


 民衆は闘技場に金を落とし、もしも賭けで儲ければ、周囲の商店でさらに金を落とす。

 この都市は、大闘技場を中心に回っていると言っていい。


 そんな大闘技場の種目の中でも―――群を抜いて民衆を湧かせる種目がある。


 それは『剣闘試合』。


 闘技場の真ん中…広けた広場で、剣を持った男たちが実剣を持って殺し合いをするのだ。


 人間が実際に殺し合い、血を流す様など、戦争でもない限り一般大衆が目撃することはない。


 ひりつく様な真剣勝負でも、一方的な虐殺でも―――大衆はその血の見たさに、闘技場まで足を運ぶ。

 ペルセウスの住民でなくても、剣闘試合を見るためにここまでやってくる人間も、大勢いる。

 そして一度この闘技場に足を踏み入れてしまっては、その緊張感と興奮に、誰もが病みつきになるだろう。


 『剣闘試合』による殺し合いは、あるいは奴隷まで身分を下げた人間が仕方がなく行う場合もあるが、逆に、一獲千金を夢見て、自らその壇上に立った者もいる。


 専業の『剣闘士』という職業が存在するのはそのためだ。


 『剣闘試合』は、命を懸けた殺し合いだ。

 人間同士の殺し合いでなくとも、獰猛な猛獣や、巨大な像を相手に挑まなければならないこともある。

 ただの人間では、その戦いを何度も生き残ることは難しいだろう。


 だが…もしもその戦いを生き残れるなら。

 もしも、その広間で、勝ち残れることができたら。


 ――彼らは、莫大な富と名声を得ることになる。


 それゆえ、血に飢えた獣のように戦いを求める戦士は、こぞってこの戦いの聖地を目指す。

 命を懸けた戦いを求めて。

 巨万の富を得るために。

 あるいは、自身の名を歴史に残すために。

 


 そんな『剣闘試合』を何度も生き残り、勝利を重ねた存在―――要するに、その実力をもって富と名声を手に入れた剣闘士は、民衆にとっては、いわばアイドルだ。

 中には、剣闘士の「追っかけ」や、ファンクラブなんかも存在する。

 

 有名となった剣闘士が出場するとなれば、ペルセウスの住民はどれほど高かろうとその観客席のチケットを買い求めるだろう。

 ましてや、互いに有名である――つまりはアイドル剣闘士同士の対戦カードなんかが実現した暁には、都市総出でお祭り騒ぎだ。


 

 そして、ここ10年の間、この闘技場で最強――いわばトップアイドルと呼ばれる男は、一度も変わっていない。 

 彼は闘技場に足を踏み入れて以来、どんな猛獣も、どんな戦士も―――常に粉砕し続けてきた。

 戦績に並ぶのは、圧倒的な白星のみ。


 しかも、彼はただ強いだけではなかった。


 言うならば、『剣闘士』として、完成されていた。


 彼はたとえ余裕の勝利であろうと、観客を沸かせるために、わざとピンチを作ることもある。

 

 彼は勝って当然の試合も、自らハンデを掲げて手足に枷を付けたこともある。

 

 彼が素手で100人の戦士を相手にしたときは、誰もがその敗北を予想しただろう。


 だが、そんな中でも、彼は勝ち続けた。

 流石にそれは彼でも無理だろうという条件を設けながら、毎度のようにそれを覆して勝利する。


 戦士であり、アイドルであり、エンターテイナー。

 そんな言葉が相応しい男だ。


 「戦いの街」の頂点に立ち、彼が手にしたのは…絶大な民衆からの人気と、そして大量の報酬金。

 闘技場では誰もが彼の名を叫び、彼に金を落とすのだ。


 そうして…富と名声を手に入れた彼だったが、それでもこの闘技場を去ることはなかった。

 まさに、『剣闘士』こそが、自分の天職であるとでもいうように。 


 彼の名は、『デストラーデ』。


 人々は、敬意と畏怖、そして憧れを込めて、彼を『闘鬼』と呼ぶ。


 戦いの街に君臨する最強の剣闘士にして―――この世の強さの頂点…「八傑」の一角。


 それが、『闘鬼』―――「ドン・デストラーデ」だ。




● ● ● ● 




 その日…デストラーデの元に―――訪問者があった。


 多くのファンを抱える彼からすれば、人が訪ねてくるのは珍しくない。


 だが…今日の訪問者は特別に彼のファンというわけではなかった。

 それどころかこの街の住人ですらないように思える。


 その一室にいるのは2人の男。


 かたや…尊大に構える、上半身半裸の巨体に、肥大した筋肉を持つ大男。

 猛り狂ったように逆立つダークグレーの髪。


 彼こそが…デストラーデ。

 この街では愛され、敬われる存在だ。


 デストラーデの対面に座るのは、巨体の彼とは対照的に、それほど強そうにも見えない優男だ。


「いやあ…お噂には聞いておりましたが…流石は『闘鬼』といったところでしょうか。やはり強そうですね~」


 痩躯の男は、いかにも作ったような笑顔で、デストラーデに言葉を投げかけている。


「ふん…商人風情に何がわかる」


 デストラーデはやけに不機嫌そうに返した。

 事実、彼は目の前にいる―――商人だと名乗ってきたこの男を、それほど好きではない。

 

 命懸けで現在の地位と身分を手に入れたデストラーデからすれば、腕っぷしではなく、小賢しい頭脳で食いつないでいる商人という人種は嫌いな部類だ。


「いやはや、それは失礼いたしました」


 商人は特に気にすることもなく笑顔を崩さない。

 自らを軽んじられても、一向に気にしないのも、商人によくある傾向だ。


「―――ふん、御託はいい。さっさと用件を言え。俺様もそれほど暇じゃあない」


「では…」


 イラつきながらもデストラーデがそう言うと、商人は待っていたとばかりに話を切り出した。


「―――単刀直入に言わせていただきますと…『闘鬼』デストラーデ殿、貴方を雇い入れたい」


 その言葉に、デストラーデの機嫌は一層悪くなる。


「…ふん、何を言うかと思えば…」


 かつて――その蛮勇と名声を聞いたあらゆる権力者が、彼を雇い入れようと交渉をしに来た。

 

 だが、それらすべてを彼は受けなかった。


 根からの『剣闘士』である彼は、この大闘技場こそが、自分の居場所であると信じて疑わなかったのだ。

 一時期は、あまりにしつこいその勧誘に、ある富豪を半殺しにしたこともある。

 彼のこのスタンスは、彼がペルセウスの民からより一層の人気を得ている理由でもある。

  

 ともかく、それ以来デストラーデを任官させようなんて人間は、長らく現れなかった。

 

「…そういう話なら、さっさと帰れ。長生きしたいならな」


 なので、今回も半ば脅すようにそう言ったのだが、


「ふふふ、噂通り、なかなかの堅物ですね…勿体ないことです」


 商人はそれに臆することもなく不適に笑った。


「…なに?」


「王国中に名を轟かす八傑が、こんな辺ぴな都市のお山の大将気取りで満足とは…あぁ、非常に勿体ない」


「―――‼」


 挑発とも取れるような言葉に、デストラーデのこめかみに筋が走った。

 彼からすれば、「大闘技場」の存在するこの都市『ペルセウス』は、バカにされていいものではない。

 この都市の剣闘士として半生を捧げすでに十余年。

 『ペルセウス』はデストラーデの全てと言ってもよかった。


 これ以上言葉を発すれば、この男を握りつぶしてやろうとでもいう殺気が、彼からは放たれている。


 だが、それでも商人は黙らなかった。


「今世界は―――変革の時代を迎えています! カルティアが落ち、ユピテル共和国が二分された。まさにここ数十年見られなかった激動の時代…。そんな時代に、貴方ほどの人が、こんなところでその力を無駄にするなど…それは世界の損失以外の何物でもない!」


「……!」


 デストラーデの拳は振り下ろされなかった。

 商人の言葉の力強さに、もう少し耳を傾けてやろうという気がしたのだ。


「近いうちに―――その変革が、激動が…王国でも起こるでしょう! 世界の命運を左右するような、大きな渦が! それなのに、その舞台に貴方がいないなど…この街の方々も望んではいません」


 商人は、その顔には見合わないほどの大きな声を出す。

 思わず、それが嘘とは思えないような、そんな言葉だ。


「…いったい…何が起こると?」


 デストラーデの問いに、商人はゆっくりと答えた。


「…()()()―――」


「―――!」


 デストラーデの太い眉が、ピクリと上に上がった。


 ―――国崩し。

 それが具体的にどういった事なのか、想像はできない。

 だが、このユースティティア王国全土を巻き込むような、大きなことであると…少なくともデストラーデにはそう思えた。


 商人は確信めいた雰囲気が、デストラーデにそう思わせたのだ。


「そう…我々は、この…700年続いた世界を、一変させます」


「…させる、だと?」


 一変させるということは、つまり―――誰でもない、自身で起こすと、そう言っているということだ。


 商人の口元がニヤリと歪んだ。


「はい。もう…機は熟しました」


「…その誘いを…俺様が断ったら?」


「別に、何も。ただ…貴方は―――精々ただの一剣闘士として、生涯を終えることになるでしょう」


「……」


 八傑にして『闘鬼』たるデストラーデにここまで断言できる人間など、この世に数人といまい。

 この商人の肝っ玉は、そこらの剣闘士など軽く凌駕している。


 初めは小ばかにしていたデストラーデも、既にこの商人が只者ではないことに気づいているだろう。


「―――もしも興味がおありでしたら、いつでもお声かけ下さい。我々…ビブリット商会は、貴方を歓迎いたします」


 そう言って、商人は立ち上がる。


「ただ―――決断はお早めに。もう…世界は動き出していますから」


 そして、意味ありげな声を出しながら、男は去っていった。


 『闘鬼』デストラーデをして、初めて他人に圧倒された日だった。



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