第16話:学校へ行こう
学校編開幕!
新キャラ登場します。
イリティアに贈ったペンダントは、実は4つ目にしてようやく形になったものだ。
もちろん付与に失敗はない。いや、元の魔法は失敗だったかもしれないが、付与は成功している。はず。
ただ、いい感じのデザインに彫るということが想像以上に難しかった。
ユピテルでは鷲が高貴な生き物とされているようなので、鷲を彫ろうと思ったのだが、難しくて断念。
何度も繰り返し、妥協に妥協を重ねたのが4つ目だ。
イリティアが喜んでくれて良かった。
さて、イリティアとの別れから半年ちょっと経っただろうか。
俺は学校に通っている。
学校の期間は8歳から12歳までの4年間。
義務教育ではないため誰もが通うわけではないが、貴族・平民関係なく、金さえ払えばどの家の子供でも通うことができる。
ただ、ユピテル選挙権のない奴隷に通う権利はない。
まあ奴隷に学費を払う金があるかは微妙なところだが。
ちなみに一応、特待制度というものがあり、入学試験で上位の成績を収めた子供には学費が免除される。
俺は問題なく満点であったため、特待制度適用対象に選ばれ、学費が免除された。
バリアシオン家はイリティアの雇用により、家計が火の車だったようだが、これで多少は楽になるだろう。
イリティアの雇用は自分のわがままが招いてしまった事だったので、いつか働けるようになったらまとまった額を父に返したいと思う。
学校は家から30分ほど歩いたところにあり、大抵はエトナとカインと共に登校する。
今日も例外なく3人で仲良く並んで歩いている。
ちなみに、学校に入る年齢になると、大抵、今まで外に出るたびついてきていた家からのお供はいなくなる。
特にうちみたいな下級貴族だとそんなに人が余っていない。
ヌマも最近はアピウスの秘書みたいな役割が忙しそうだ。
カインは二次試験でなんとか受かり、無事に共に学校へ通う事が叶った。
彼も昔のように一方的に俺に絡むこともなくなり、今では良き友人として認められたようだ。
「あれ、アル今日弁当持ってないじゃん」
カインが話しかけて来た。
しまった、どうやら今日俺は弁当を持ってくるのを忘れたようだ。
「あ、ほんとだ。私のわけてあげようか?」
エトナが言うが、
「いや、いいよ。エトナはクラスも別だし、そのうちウチの使用人が届けてくれるさ」
と答える。
放っておいても、忘れていたお弁当に気づいてリリスあたりが届けてくれるだろう。
「そっか・・・じゃあもしもお弁当がなくて辛かったら、いつでも私のクラスにきてね」
「ああ、わかった。助かるよ」
そんなことを話しながら道中を歩く。
基本的に学校への道はメインストリートしか使わないよう作られているため、きちんと整備されており、通学路に危険は少ない。
首都ヤヌスの中心部には元老院議院やそのほかの官庁などがあり、学校はこの官庁街の隣に位置する。そのため、たまに出勤の遅い日があるアピウスに送ってもらうこともしばしばあった。
学校は白い石造りの巨大な建物だ。
生前の世界でいう、なんたら大聖堂とかと作りは似ている。
ただサイズはその比ではないと思う。
もうなんていうか、ほとんどホ〇ワーツなみのスケールと雰囲気を醸し出している。
「じゃ、またな! 今日は補習があるから先に帰っててくれ!」
そういうとカインは自分のクラスへと駆け出して行く。
「もう・・・カイン君はせわしないんだから。じゃあ私も行くね、私も今日は何故か先輩から呼び出しを受けてて・・・・先に帰ってていいよ!」
エトナもそういうと自分のクラスに向かった。
今年の1年生は10組まで存在し、1クラス約100人だ。
一応クラスは存在するが、授業形態は小学校や中学校のそれではなく、大学の形態に近い。
1年生のうちは必修科目をやるのでクラスが指定されているようだ。
3年以降の上級生になると、自分で受けたい講義を選び、卒業に必要な単位数を取っていく制度に変わるようだ。なんだか本当に大学みたいだな。
俺は2組で、エトナは4組、カインは9組、とクラスが離れてしまった。
この世界では幼少期、1人で本を読んで過ごすことが多く、修業に明け暮れ友人の少なかった俺なので、2人と離れるとコミュ障を発動してぼっちになってしまうかな、と思っていたがそうでもなかった。
「―――やっと来たわねバリアシオン。今日こそ貴方を倒して私が1番だと証明して見せるわ!」
自分の席に着くなり、俺の隣の席の少女が俺に話しかけてきた。
「やあおはよう、ミロティック。その様子だと昨日の地理学のテストの出来がよっぽど良かったみたいだな」
多少癖のある赤毛のショートヘアに、猫のようなキリッとした目。
利発そうな顔立ちに、白シャツに黒のミニスカートというシンプルな服装。
彼女は『ヒナ・カレン・ミロティック』という大氏族カレン一門の頭領、ミロティック家のご令嬢だ。
彼女のおかげで俺の学校生活は退屈せずに済んでいた。
どうやら彼女はあらゆることで1番になることを目的としているようで、テストの成績や、体育、魔法などで、度々俺に勝負を持ちかけてくる。
「ええ、もうケアレスミスも確認済み、自己採点で間違いはなかったわ!」
この時期は先週行った定期テストのテスト返しがあり、各教科毎に一方的に勝負を持ちかけられている。
カインなどは赤点を取りまくっているため補習ざんまいであるが。
「そうか、それは期待できるな」
「ふん、すぐに吠え面かかせてあげるわ!」
そしてテストが返却される。
俺の答案用紙には『100』と花マルで囲ってあり、ヒナの用紙には『98』とかかれている。
「え、ちょっとどうして⁉︎」
狼狽するヒナ。
俺は横目で彼女の答案を覗き込む。
「ふむ、カルティア地方の季節の問題か。たしかにここから北方山脈方面は寒いが、山脈を越えたらこちらと同じような気候が広がっているから、答えは×だな」
「くっ―――まあいいわ、次は負けないんだから!! ・・・・・次の教科は―――げっ、魔法学か」
次の教科をみて、ヒナが苦い顔をする。
「おや、さっきまでの威勢はどうしたのかな?」
「うるさいわね! 魔法学も座学だったらわからないわ!」
魔法学は俺の1番の得意分野だ。
2年間ひたすら勉強した甲斐があった。伊達に、完全版の『魔法書』を読破したわけではない。
とは言っても、噂通り学校では基礎の基礎程度の魔法しかやらないようで、そもそも魔法を発動できる時点で評価にAがつく。教科書も、属性魔法に関しては初級までしか載っていない。
俺は先行して行われた実技のテストで、100点満点中『120点』を取る偉業を達成してしまっていた。
流石のヒナも、魔法では勝てないと思ってしまったのだろうか。
もっとも彼女も入学前に魔法の家庭教師をつけていたようで、そのテストでは100点を取っていたのだが。
流石は大貴族のご令嬢というところだろう。
先ほどの地理学のテストにしろ平均点は60点程度と、割と難しいので、98点というのは凄まじき結果ではあると思うのだが・・・・。
「まだ上に貴方がいるじゃないの」
彼女は単に相当な負けず嫌いのようだ。
まあなんにせよ、ヒナのおかげでここ数ヶ月の学校生活は全く退屈していない。
次の魔法学、歴史学と続けてヒナに勝ち星を挙げて行く。
まあ俺は全て満点だったから負けることはないのだが。
「あなた―――ひょっとして化け物? もしくはカンニングの魔法でも使ってるの?」
流石にヒナも圧倒されたようで、3限の歴史学の返却後には目を丸くして俺の答案を見ていた。
「失礼だな、日頃の努力の賜物に決まっているだろう?」
別に俺に勉強の才能があったとか、そういう問題ではないと思う。
ただ、生前、子供の頃から勉強だけは必死にやってきた。
学校のテストや模試の傾向を長い間調べたり、試したり、高校に上がる頃には、気を抜かなければ大抵のテストで高得点を取れるようになっていた気がする。
まあ流石に前世でも、超難問とか、鬼のように難しい問題ではそうそう解けなかったが。
ともかく、テストや試験においての高得点の取り方を、よくわかっていた。とでもいおうか。
こちらの世界に来てからも、勉強という点について力を抜いたことはない。
それに、今俺が受けているのは難しいとは言っても、8歳児用のテストなのだ。
俺がこれを解けないのではそれこそ問題があるだろう。
「そうね―――この第13問なんて、クラスで解けてるのあなただけみたいだし・・・」
ヒナは悔しそうな顔をしつつも、解けなかった問題の復習をしている。
8歳でこの学習意欲。
子供故の競争心から来るものかもしれないが、俺がこの子の競争相手としていい影響を与えれているならとても良いことだと思う。
まあ手は抜かないが。
● ● ● ●
昼休みになったが、バリアシオン邸からお弁当は届いていなかった。
案外気づかれなかったのかと思いつつ、朝食を多めに取っておいて良かったと思う。
エトナのところに行く事も考えたが、それほど空腹でもなかったので、図書室で読書をする事にした。
この学校の授業は簡単で退屈であったが、この図書室の蔵書数はとても多い。
教師によると、ユピテル共和国が建国されて以来、出版されたすべての本を置いてあるのだとか。
バリアシオン邸の読書室など比較にならないほどの規模で、さすがは首都学校だと思う。
申請すれば、一般図書は何冊か貸し出しもしてくれるそうなので、今度持って帰ってリュデに読ませよう。
もちろん、貴重な文献などもあり、中には図書室内での閲覧すら元老院の許可がいるものもあるようだ。それらは、当然貸し出しできない。
とはいえ、閲覧自由な一般図書ですら相当の量だ。
俺は休み時間や放課後に時間を見つけてはここで本を読み漁っているが、今ではこれが1番有意義な時間かもしれない。
ちなみに今読んでいる本は『召喚魔法についての一般的概要』という本だ。
この世界の魔法体系には、《属性魔法》や《無属性魔法》とは別のくくりに《失伝魔法》というのがある。もうこの世から失われてしまったと言われる魔法だが、その中に《召喚魔法》というものがあったらしい。
俺は自分なりに、何故俺がこの世界に転生したのか、ということをずっと考えていた。そして、調べていくうちに知ったのが、この《召喚魔法》だ。
―――この世界の誰かに魂ごと召喚魔法によって召喚されたのではないか。
この魔法を知ってからは、1つの可能性としてそういう予想を立てていた。
前から考えていた通り、別に元の世界に戻りたいわけではないが、現在の俺自身の存在自体に関わる問題なのでなるべく理解をしておきたい。
もちろん、《召喚魔法》は《失伝魔法》であるため、この本に使い方や詠唱文が載っているわけではない。載っているのはあくまで、歴史や、概要だ。
この本によると召喚魔法は、古来より、悪魔や魔物を召喚する魔法として研究がされてきたようだ。
現在はその方法は失われており、使える人間は存在しないとされているらしい。まあ《失伝魔法》っていわれているくらいだからな。
「しかし、存在しないのか―――」
そう呟きながらページを進めて行く。すると召喚魔法の派生形として、《降霊魔法》の項目を見つける。
「霊―――」
俺は死んだ後、霊となってここに召喚された。という説を思いつく。
ありえない話ではない。
さらにページをめくる。
『降霊魔法も、古代では使い手がいたとされるが、現在では失われており、使えるものはいないとされる』
なんだ、やはり降霊魔法も《失伝魔法》だ。
しかしその項の最後に『古代の降霊術者』という欄があり、何人かの名前が載っていた。
「『―――アンドリュー・ペイン、プッロ・マクシミリアン、――――ルシウス・ザーレボルド―――』」
―――ん?
「ルシウス・ザーレボルド?」
聞いたことはない。
聞いたことはないが―――ひどく心に残る名前の響きだった。
気になったので、伝記の載っている棚に向かった。
彼自身の著作は置いていなかったので、仕方なく『偉人伝』を手に取る。
偉人伝には、歴史上何かしらで名を残した人間についてが簡単にだが、一通り載っている。
「ルシウス、ら、り、る…あった」
索引で、名前を見つけたのでページを開く。
『ルシウス・ザーレボルド:卓越した闇属性魔法の使い手。晩年は降霊術の研究をしていた』
紹介文は短くしか載っていなかったが、隣に小さく載っていた肖像画が俺の目を離さなかった。
あの男だ。
生前、俺を殺した男。
あの黒ずくめの男だった。
「―――っ!!!!」
――――激痛。
その肖像画を見た瞬間、急な頭痛に襲われた。
キーーンと耳鳴りが聞こえ、次第に全身に力が入らなくなる。
「・・・・うう―――」
俺は本を落とし、その場に倒れこむ。
「――――はぁ―――はぁ――はぁ―――」
息ができない、胸が締め付けられているようだ。
これはまるで、あの時の。
死ぬ寸前の時の感覚だ。
二度と経験したくない感覚。
生涯一度しか体験しないはずの痛み。
まるで体が先端から冷たく凍って、動かなくなっていくような―――。
――――――怖い。嫌だ。
誰か―――――――
「――――シオ―――――大――夫⁉︎ ―――バ―――シオン!!」
誰かの声が聞こえた気がする、しかしもう目も開かない。完全に体が硬直していた。
「――――潔―――の光の精霊――――――の叡智の力を――――――我が―――――舞わんことを!!《治癒》!!!!」
なにかの詠唱が聞こえた。
すると痛みがスーッと引いていった。
体が動く。目も見える。
ハッとすると、視界を上に上げる。
「――――白」
「どこみてんのよ!!」
バシ!! と顔を手で叩かれるとようやく現状を理解する。
「ミロティック――――か?」
目の前にいたのは、最近はもう見慣れた赤毛の少女、ヒナ。
どうやら俺はルシウス・ザーレボルドの肖像画をみて、前世で死んだ時の記憶がフラッシュバックして倒れていたようだ。
「ミロティックか?じゃないわよ! 辛そうだったから助けてあげたのに、どさくさに紛れて人のスカートの中みるなんて、最低!」
ヒナは踏ん反り返ってこちらを睨みつけている。
「ああ―――スカートのなかを見たのは事故だ。すまない。それと、ミロティックが助けてくれたのか。助かったよ、ありがとう」
俺はなんとか上体を起こすとヒナに謝罪と礼を言った。
パンツを見たのはわざとじゃないが・・・・どうしようもないしな。
ちなみにあんまり子供っぽいデザインじゃなかった。ちょっとだけ興奮した。
「ふん―――まあ故意がなかったなら仕方ないけど、気をつけてよね。
それで―――――どうしたのよ。貴方、顔面蒼白にしながら過呼吸で倒れてたのよ。まさか空腹で倒れてたってわけじゃないでしょうね」
ヒナは謝罪があれば十分、と言ったそぶりをみせて俺を許し、先ほどの状況の質問をしてきた。
やはり、この子は非常に頭がいい。
比較するわけではないが、以前、エトナとカインで遊んでいた時、強風が吹いて偶然カインがエトナのスカートの中を見てしまった。
エトナは鬼のように怒ると、カインをタコ殴りにし、3日間は口を聞いてもらえなかったという。
ヒナは状況としてはあまりその時のエトナと変わらないが、大事は小事を兼ねるということを理解している。
スカートを見た見られたという話よりも、俺が倒れていたことの異常性のほうが重要と判断したのだ。
こいつ、本当に8歳か? ・・・俺が言えることではないが。
「いや、最近テストがあっただろ?。勉強のし過ぎで寝不足でね、本を読んでいたんだが立ちくらみをしてしまったんだ」
とりあえず考えた嘘で状況を説明する。
なんか前世で自分を殺した男の顔をみたら死の瞬間がフラッシュバックしたんですよ! とは言えない。
「ふーーーーーん、その本?」
ヒナはものすごく怪しそうな顔をしながら、下に落ちたままの『偉人伝』を指差す。
「あ、ああ。ちょっと調べ物をしていてね」
俺は慌ててその本を手に取り元の場所に戻す。
先ほどのフラッシュバックが単に俺が当時を思い出してなってしまったものなのか、この本に仕掛けがあるかわからない以上、置いておくのも危険かと思ったが、俺にはこれをもう一度開く勇気などなかった。
とりあえず、今まで大丈夫だったのだから置いておいても問題無いだろう。
「ふーーーん。まあいいわ。でも貴方、まだまだ顔色悪いわよ。先生には言っておくから今日はもう早退したら?」
怪しみながらも、一応納得してくれた。
体調を心配しているのか、ヒナは俺に早退を勧めてくる。
「あ、ああ、ありがとう。でも大丈夫だよ。今活性魔法かけているところだから。ところでミロティックはどうしてここに?」
まだ寒気はするが、かなりマシになった。
どうせこの後もテスト返しだ。早退する必要もないだろう。
「ふーん、無属性魔法も便利なものね。―――そうそう、これ、さっきポニーテールの可愛らしい子が届けにきてたわよ。廊下の前で右往左往してたから声かけちゃったわ」
そう言うと、ヒナは弁当箱を俺に差し出した。
そうか、リュデが届けにきたから遅くなったのか。
「ありがとう、ミロティック。この礼は必ずするよ」
今日でヒナには随分お世話になってしまった。近いうち、何かお礼をした方がいいだろう。
「よしてよ、困っているときはお互い様でしょ?」
ヒナは微笑むと踵を返す。
「ほら、早退しないなら早く教室戻るわよ、お弁当、食べるんでしょ?」
「あ、ああ」
全く、こいつは本当に8歳児だろうか。
これではどっちが大人かわからない。
いや見た目はどちらも子供なわけだが。
それにしても『ルシウス・ザーレボルド』についてはまた一考しなければならないな。
お気づきの方もいるかもしれませんが、キャラの名前の多くは、競走馬からパクリスペクトしています。
個人的に、学校編はヒナの独壇場です。
読んでくださり、ありがとうございました。合掌。
 




