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第159話:間話・精霊召喚をしよう

王国へ発つ前の話です。



「はあ…はあ…もうダメ…これ以上は無理よ」


 首都ヤヌスから少し離れた郊外―――都市壁が少し遠めに見える程度の林の中、赤毛の少女――ヒナが地面に仰向けに倒れ、息を切らせていた。


「ヒナならまだいけると思うけど」


「何言ってるのよ…簡単に言うけど…12の魔法の並立起動に、微細な魔力調節―――しかもそれが重力魔法って…」


 そう言って、ヒナは恨めし気に真上―――天空を見つめている。


 先ほどから、何度も宙に浮きあがっては地面に落ちてくるということを繰り返せば、空を恨めしく思うのも仕方のない事なのかもしれない。


「おまけに…なによこの消費魔力は…秘伝や至伝に匹敵するわよ」


「これでも改良は重ねたんだけどね」


 悪態をつくヒナに、俺は苦笑する。


 そう―――彼女が現在挑戦しようとしているのは、俺の開発したオリジナル魔法――『飛行魔法』だ。


 『飛行魔法』とは、かつて学生時代に理論を確立し、カルティアへの旅路の最中に土壇場で使えるようになった魔法だ。

 重力魔法と風魔法をいくつも並立発動して、空に浮かび上がり自在に飛び回るというのは、今では慣れたものだが、最初のうちは俺も消費魔力の大きさにあくせくしたものだ。

 

 空を飛ぶのに憧れるというのは、異世界でもそれほど変わらない事であるらしく、この世界の魔法使いも長年研究はしていたようだが、今代まで誰も使うことができなかった。

 お陰様で、人類初の単体飛行に成功した俺は、『烈空』なんて二つ名をいただいてしまった。

 まあ、それまでの『神童』よりはマシであるので甘んじて受け入れている。


 さて、今では俺の代名詞と言われるようになった『飛行魔法』であるが、何故これをヒナに教えることになったかというと、話は数日前に遡る。




● ● ● ●




 シンシアと剣を交えた2日後であり、リュデと卒業式を迎えた次の日。

 俺はヒナの家を訪問していた。


 元々はカレン・ミロティック一門の大豪邸であった屋敷だが、現在ここにはヒナしか住んでいない。

 彼女の家族は軒並み田舎で隠居生活を送っているからだ。

 ヒナ自体はカレン・ミロティックは名乗っていないが、引き取り手もいなかったため、とりあえずここに住んでるようだ。

 別にバリアシオン廷に来てもらってもいいのだが、そこは意外と真面目な彼女らしい。


 ミロティック家の家族については、彼女はそれほど気にしていないらしい。

 俺としては、色々とやりたいことを終えたら一度挨拶に行きたいところだが、それは追々考えればいいだろう。


 ともかく今彼女が気にしているのは、別のことだ。


 今日ヒナに話したのは、王国へ行くということと、ついでに大使の仕事を引き受けるということ。

 

 そして――リュデのことだ。


「ふーん、それでリュデとしたの」


「…はい」


 一通り話終わると、ヒナはそう言った。


 多分彼女は、それほど怒っているわけではない。

 元々、リュデとの関係をきちんとしろと言ったのはヒナだし、彼女も俺がリュデを受け入れるということは承知しているはずだ。


 しかし、俺からすると、彼女のいつもの声もどこか冷淡なものに聞こえてしまう。

 悪いことをしたと自ら白状しているようなものだ。

 

 しかし、ヒナは少し難しい顔をしながら言う。


「リュデもその…将来、一緒になるってことでいいのよね?」


 一緒になる―――まあ、結婚か…それに類すること、だ。

 ヒナも『結婚』という言葉を避けているのは、少なくともユピテルでは重婚ということの実現が難しい事をわかっているからだろう。


「…ああ、そのつもりだ。ヒナもエトナもリュデもシンシアも…な」


 若干緊張しながらそう断言した。

 誰もが、俺を支えてくれて、俺を愛してくれて、そして俺が愛している四人だ。

 もう、これ以上はないだろう。


「…そう、ならいいわ」


 すると、ヒナはそう言って頷いた。

 

「…気にしてないのか?」


「なにをよ?」


「その…リュデと先にしたこと」


「別に…ふっかけたのは私だし、ドミトリウスさんもそのつもりだったみたいだし―――シンシアさんはどうだか知らないけど、大丈夫じゃないの?」


「そうか……」


 この世界の貞操観念は、オスカーとかを見ていると、大して重要ではない気がする。

 結婚まで未経験という方が珍しいくらいに乱れているのが、ユピテル貴族の若者の実態だ。

 まあ、俺も前世も含めれば未経験というわけではなかったし、気にする必要はないか。


「…何よ」


「ヒナは…いいのか?」


「何を?」


「その…しなくて?」


「バッ―――私は…そういうのは、先にドミトリウスさんと会ってからって決めてるから、いいのよ」


「…そうか」


 俺としてはヒナが求めるならいくらでもするし、むしろしたかったけど、急ぐこともないか。

 もう再会はできた。

 時間はいくらでもある。

 

「―――あ、代わりといっては何だけれど…」


 そこで、ヒナがなにかを思い出したように口を開いた。

 何かほかに頼み事か何かがあるらしい。


 若干顔が赤らんでいるところをみると、恥ずかしいお願いなのかとも思ったが…


「―――アルトリウスの『飛行魔法』…教えてくれない?」


「…なんでそれを頼むのに顔赤いんだ?」


「だって…貴方に魔法を教わるなんて…何か負けた気がするじゃない」


「そうか…」

 

 やはりヒナはヒナだな、と思った。




● ● ● ●




 というわけで、急遽飛行魔法講座が開かれることになったのだ。

 

 ヒナは、別に見せてくれるだけでもいいといったのだが、俺としては教えることに問題はない。

 元から理論自体はいつか論文にまとめて発表するつもりだったわけだし、それが少し早まっただけだ。


 懇切丁寧に理論を説明し、目の前で何度も実演してみせた。


 ヒナはやはり昔と変わらず、意欲というか…向上心というのが凄まじい。

 真剣に俺の話や理論に耳を傾け、実演中も何度も質問をしてきた。


 やっぱり『神童』とかいう二つ名は彼女にこそ相応しいと思う。

 …まぁ彼女にも『炎姫』っていう立派な二つ名があるらしいけど。


 しかし―――そんな彼女をもってしても、飛行魔法の習得は難航した。


 浮き上がるまではいいのだが、そこから制御がおぼつかず、気づくと重力に押し負けて地上に激突する。

 もちろん俺が受け止めるし、怪我をすることはない。

 怪我をしたとしても、2人とも治癒魔法が使えるし、問題はない。


 もっとも―――ヒナは大層ご立腹だ。


「…次よ、次!」


 そういって、むすっとした顔で起き上がり、再びチャレンジする。

 負けず嫌いなところは変わっていないようだ。

 


 そして――数時間ほど挑戦し続けて、今に至る。


 正直、凄まじい集中力と魔力量だったと思う。

 魔力の練り方からしても、彼女が一流の魔法士ということよくわかった。

 俺から教わる事を悔しがっていたようだが、俺こそ彼女から学ぶことは多いだろう。


 しかし…そんな彼女でも、飛行魔法は無理だったようだ。


「全く…貴方が化け物だって事を久々に実感したわ」


 地面に寝転がりながら、ヒナは悔しそうにそう言った。


「化け物なんて…人聞き悪いな」


「だって…昔からおかしいのよ。一流の魔法士が集う魔女の館ですら、8歳の頃の貴方に劣る魔法士ばかりだったのよ? おまけに剣術もすごいし…やっぱり…敵わないわ」


 ヒナは感慨深そうにそう言うが、幼少期の成長具合に関しては前世の記憶がある状態―――つまりはズルをしているわけだし、俺からすると、ヒナの方が化け物だ。


「そんなことないさ。ヒナは―――その…至伝だっけ? 俺の知らない強力な魔法も使えるし、バリエーションも多いだろう。剣はともかく、魔法では優に俺を凌いでいると思うけど」


 ヒナはユリシーズから免許皆伝を受けた魔法士である。

 しかも、ユリシーズしか使えないと言われている至伝や秘伝という強力な魔法を全て納めた上での免許皆伝だ。

 つまりはあの時俺を苦しめた隕石やら流体金属やらを使えるということだろう。

 飛行魔法もそのうち使えるようになるに違いない。


 すると、ヒナは少しジト目になる。

 明らかに信用していないという顔だ。


「別に…アルトリウスなら、秘伝も至伝もすぐ使えるようになるわ。なんなら今教えるわよ?」


「え、いいの?」


 思わず俺は目を丸くした。

 秘伝とかいうくらいだから、一子相伝か何かだと思っていた。


「ええ。私ばっかり教えて貰うのも悪いし…」


 どうやらヒナによると、ユリシーズの魔法は、別に一子相伝なわけではなく、単に使える人がいないからそう呼ばれるようになっただけだとか。


「それならば、是非ともお願いするよ」


 俺に使えるかどうかはともかく、新しい事を学ぶのは久しぶりだ。

 年甲斐もなくワクワクしてきた。




● ● ● ●




 少しの休憩を挟んで、ヒナの講義が始まった。


「えーと、別に何でもいいんだけど…今教えるなら至伝の――『精霊召喚』かしら」


「なんだか一番重要そうだけどいいのか?」


「ええ、他のだと…辺り一帯を吹き飛ばしちゃうし」


「…そうか」


 軽く怖いことを言うものだ。

 しかし、大魔法士の秘伝というくらいだからそれくらいの規模の魔法なのだろう。

 実際――隕石の魔法は、遠く離れたところからでも視認できるレベル規模の魔法だった。

 戦争でもないのに首都の近くでそんなものをぶっ放すわけにはいかない。


「…そういう意味では『流体』が一番いいんだけど、これは白魔鋼がいるから…」


 すると、ヒナの魔力の流れが変わる。

 まるで彼女の右腕に吸い寄せられるかのように、流れが収束していくのだ。


 収束したその魔力は、徐々に白色の固形物の形を成していく。


「―――おお」


 出来上がったものに、思わず声が出た。


 今までそこには何もなかったはずなのに、ヒナの右腕の上に出てきたのは、白色の腕輪だ。

 金属だということが一目でわかる、装飾も何もない無機質な腕輪。

 それなのにどこか幻想的に見える。


 …エメルド川の修羅兄弟が使った『魔封じの枷』を思い出した。苦い記憶だ。


「これは―――師匠が何十年もかけて溶解させた白魔鋼に、私の魔力を混ぜた『流体白魔鋼』。私の魔力とは融合してまだ2年しか経ってないから、師匠のほど柔軟に動かないけど」


 そう言いながらも、白魔鋼の腕輪の形は、ヒナの操るままにうねうねと形を変えていく。

 腕輪から、鳥に、蛇に、短剣に、そしてまた腕輪に。


「…すごいな」


 思わずそんな感想が漏れた。

 

「…貴方にそう言われると思いのほか照れるわね」


 褒めると、ヒナは鼻の頭をかきながらそう言った。

 別に昔からヒナのことはすごいと思っているんだけどね。


 しかし…ユリシーズは、これに迷彩の魔法をかけて、俺の剣を防いだのだろう。

 これよりもさらに自由自在に動くとは、やはり世界最高の魔法士の名は伊達ではないということか。


 さて、ともかく―――溶解した白魔鋼どころか、白魔鋼すら持っていない俺では、流体金属の再現は難しいらしい。

 いつか白魔鋼を入手したら色々と俺も実験してみたいな。



● ● ● ●



 そういうわけで、『精霊召喚』という、やけにファンタジー感のある魔法を教えて貰うことになった。


 ヒナはなんでもないことのように言ったが、この魔法は詠唱文の存在する―――そして、どんな魔法士でも詠唱しなくては使うことのできない魔法…つまりは失伝魔法であるらしい。


 それを知った時は飛び上がって驚いたものだ。

 

「…確か、師匠は今までこれを300人近くに教えようとしたけど、誰一人成功しなかったらしいわ」


 ヒナは精霊召喚についてそう説明した。

 もちろんヒナを除く、という意味だが。

 流石失伝というだけあって、使えるようになる人間はほとんどいないらしい。

 

「俺も期待はしない方がよさそうだな…」


「アルトリウスなら大丈夫よ」


「なんで?」


「アルトリウスだもの」


 どうやら俺は身も蓋もない信頼のされ方をされているらしい。

 ここらで一度、俺が大した人間ではないことを証明すべきかもしれない。

 


 さて、そんなわけで、この魔法に関する色々な説明と、詠唱文を教えて貰う。

 多少長かったが、流石に暗記はできた。


「――アルトリウスの得意な属性は?」


「んー…特にないかな。あえて言うなら闇属性が少し苦手なくらいだよ」


 闇属性は苦手だが、あくまで、多少。

 得意と言われると特にこれといった属性もない。

 まあ、全部得意ということにしておこう。

 

「そう…じゃあ別にイフリートでいいかしら」


 どうやらそれが喚び出す精霊の名前であるらしい。

 なんでも、名前がわからないと召喚はできないとか。


 他にも色々と、精霊という存在について教えて貰った。


 精霊とは、この世の理の外にいるような存在。

 この世界の魔力と自然を司り、詠唱を通して魔力を属性に変換できるのは彼らがいるからだとか。

 なにかとんでもないことを聞いている気がする。

 

「イフリートは炎の精霊よ。イメージするのは、身の毛が逆立つような怒りと、燃え盛るような激情。気難しいから召喚者を選ぶけど…まあアルトリウスなら大丈夫よね」


「……」


 何が大丈夫かわからないが…いや、俺もヒナを信じよう。

 きっとヒナが大丈夫っていうから大丈夫なんだ。




 と、そんなこんなで―――説明もそこそこに、とにかくやってみようということになった。


 ヒナが少し後ろで見ている傍らで、俺は集中力を高めていく。

 まわりに人はいないし、もし何か暴発しても大丈夫だろう。


「――――」


 魔力を研ぎ澄ます。

 量じゃなくて、質だ。

 濃密で、意味のある魔力。


 そして俺は口を開いた。


「―――『君臨せし世界の尊き者たちよ、いざ我らの地に降り立たん―――』」


 目を閉じる。

 イメージを集中させる。

 降り立たせるのは、この世の理。

 魔力と自然を司る、万物の権化。


「『理を信じ、夢を叶え、空を裂き、地を砕かん。汝、我の求めるところに、意思を示し、その虚空を貫きたまえ――――』」


 ―――何か、力を感じる。

 俺の中に、入りこんでくるような。


 まるで何かを願うような、そんな力。

 これが、精霊なのだろうか。

 でも、これは、怒りとか、激情なんかじゃなく―――。


「『―――その憤怒は枯れることはなく、その激情は苛烈に燃え上がる炎の如し―――』」


 そう、なんとなく…違和感を感じた。

 この文言は、どこか合わない。

 俺に対して願っているのは、こんなものじゃないような―――そんな違和感。


「『―――我が祈りの元、遥かなる力を今ここに。《精霊召喚(スピリットサモン)》―――炎の精霊…イフリート』!!」


 そして…そのまま、そう叫んだ。


「……………」


「……………」


 何も起こらなかった。


 …おかしいな。

 何か来たような、そんな気はしたんだが…気のせいか。


 すると、隣で見ていたヒナが怪訝な顔をしながら寄ってきた。


「―――おかしいわね。途中まで確実に発動していたのに…普通あそこまで行けば召喚できるのよ」


「そうなのか?」


「ええ、あそこで止まるのは―――精霊の方から拒否したとか? いえ、それにしては…」


 何か問題でもあったのだろうか。

 確かに何か違和感は感じたけど…。

 詠唱文を間違えたとか?


「…とりあえず、本人に聞いてみるわ」


「へ?」


 すると、ヒナは目を閉じ、魔力を高め始めた。


「『君臨せし世界の尊き者達よ!―――』」


 詠唱だ。


「『―――その憤怒は枯れることはなく、その情熱は苛烈に燃え上がる炎の如し!』」


 別に―――俺が詠唱文を間違えたというわけでもないようだ。

 一言一句同じ文だった。


「『―――我が祈りの元、遥かなる力を今ここに! 《精霊召喚》―――炎の精霊…イフリート!!』」


 ヒナの高い声が終わった瞬間―――。

 

 真っ赤な光と、莫大なプレッシャーが辺りを覆った。


 本物の―――《精霊召喚》だ。


『…ふう…なんだぁ、ヒナ、こんなところに喚び出して……』


 そんな空気を揺るがすような音と共に現れたのは―――怒髪天の巨人だ。


 真っ赤に天を衝くような髪に、神々しさを兼ね揃える燃え盛る衣。

 橙色のがっしりとした体格は、人型ではあるが、人とは思えない。


 まさに―――理の外。


 この世のあらゆる事象を体現したかのような、炎の化身だった。


 ―――これが…精霊…。


 炎の精霊『イフリート』。

 ヒナやユリシーズ、世界最高峰の魔法士が至った魔法の極致――『精霊召喚』によって現界した精霊…。


「なんだじゃないわよ。貴方、サボったんじゃないでしょうね」


 圧倒されている俺を尻目に、ヒナは強気に化身に詰め寄る。

 勇者だ。


『サボる? 何をだぁ? 確かにさっき何か声は聞こえたが…途中で止まっただろう?』


「…途中で止まった? 貴方が止めたんじゃなくて?」


『お前の声なら、止めることなどしないとも』


 俺は蚊帳の外だが、化身とヒナは割と仲がよさそうだ。

 というか、イフリートが意外とフランクだ。


「――私じゃないわ」


『はあ? じゃあいったい誰が―――』


 そこで、炎の化身の視線が、初めて俺に向く。

 目までも真っ赤だ。

 しかもものすごい迫力を感じる。


 炎の化身は、俺を見て―――皮膚と見分けのつかないような目を大きく見開いた。

 まるで驚いたような、そんな表情だ。


 そして――


『――――お前、オルフェウスか?』


 そんな予想外の一言を放った。


 ――オルフェウス?

 

 聞いたことはある。

 確か―――ユピテル共和国を建国した初代の『八傑』……。


「何言ってるのよ。オルフェウスは何百年も前の人じゃない。彼はアルトリウスよ」


 一瞬の間のあと、ヒナが答えた。

 至極当然の答えだ。 

 

『…そうか…確かに―――見た目は違うような…。こやつが召喚をしようとしたのか?』


「ええ、そうよ。貴方を召喚しようとして―――途中までは間違いなく成功していたんだけど、ぷつりとリンクが切れてしまったのよ」


『ふむ…』


 イフリートはどこか考え込むような仕草を見せる。

 炎の化身が腕を組んでいる姿というのはどこか新鮮だ。


 そして、数秒イフリートは俺をじっと見つめ…言った。


『―――アルトリウスとやら、確かにお前は精霊召喚を行うに足る能力と魔力を持っている。だがおそらく…お前に精霊を召喚することはできん』


「…!」


 精霊召喚が…できない?

 まさか精霊本人からそんなことを言われると思っていなかった。

 

 でも、だからこそ…本当なのだろう。

 少しショックではあるが…召喚に足る能力と魔力があるなら何故ダメなのだろう。


『我ら精霊は―――召喚者に力を貸すためにこの世に現界する。それが、精霊召喚という魔法の絶対原理だ』


 俺の内心をよそに、イフリートは話し出した。


『だが…精霊を越える力を有する者に、我らを喚び出すことはできない。なにせ、力を貸す必要などないからなぁ』

 

「精霊を…越える?」


『そうだ。お前は―――精霊すら凌駕する力を感じる。おそらくそういうことだ』


「……」


 そんなことを言われても、正直俺はこの目の前にいる炎の化身の何も越えれる気がしないが。

 

 納得いかない俺に構わずイフリートは続ける。


『――稀にそう言う人間はいる。まあ…同時代に2人もいるのは驚きだがのぅ』


 …2人。

 イフリートとしては、俺の他にもう1人いるということか。

 それに関しては心当たりしかないが…。


『…そう気落ちするな。確かにお前に精霊は召喚できんが…もしかしたら《精霊王》ならば、召喚できるかもしれん。オルフェウスもそうだった』


「精霊王?」


『…全ての精霊の原初の存在だ。我も名は知らんがな』


 全ての精霊の原初の存在。

 聞くからにヤバそうだ。

 だが、名前がわからないのならば、召喚することはできない。

 

『…さて、ヒナよ。他に特に用がないのなら、もう行くぞ』


「―――え、ええ」


 ずっと黙っていたヒナがそう返事をすると、炎の精霊は身体が消えるように薄くなっていく。


『――若き英雄よ。運命に…負けるなよ――』


 そして、最後にそんな音を残しながら…消えていった。

 あたりを圧倒していた魔力の波も、まるで嘘だったかのように霧散していく。


「………」


 …暫く―――言葉が出てこなかった。

 頭が働いていなかったというか、あまりの出来事に呆けてしまったというか。


 隣のヒナも、どこか心ここにあらずと言った感じで、ボーっとしている。


 えっと…イフリートの言葉をまとめよう。

 まず、精霊召喚は、精霊を越える力を持つ者はできなくて、俺はそれに該当する。

 でも精霊以上の存在《精霊王》なら召喚できるかもしれなくて、オルフェウスはそれができた。

 そして、精霊王の名前はわからなくて、名前がないと精霊召喚はできない。


 つまり―――。


 俺に…精霊召喚はできない。


「……帰ろうか」


「…そうね」


 イフリートの眩い光でわからなかったが、既に日は落ちつつある。


 沈む夕日を背に、俺達は歩き出した。 


 道中ヒナがそっと手をつないでくれたのが、なんだかすごく嬉しく感じた。





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