第15話:最後の授業
ようやく、幼年編が終わります。
今回は普段より少し長くなってしまいました。
月日は流れた。
2年という年月はあっという間だった。
かつて――前世を含めても、これほど濃密な2年間を過ごした記憶はない。
毎日朝早くから、夜寝るまで、ひたすら物事に打ち込み続ける。これほど充実したことがあるだろうか。
しかも前世とは違う。
前世で俺は、勉強だけは必死にやってきた。
試験や受験の勉強だ。
部活にも入らず、友達も作らず、ひたすらペンを持って机に座り続けた。
しかしその時俺は、好きで勉強をしていたか、と言われればそれは少し違う。
確かに勉強は嫌いではなかったし、性格にも合ってた。だが、なによりも優先していたのは、いいところに就職しなければならないという義務感だろう。
だが今は違う。
この2年間、俺は好きで魔法と剣を学んできた。
なによりも充実したといえるのは、きっとその差が大きかったからだろう。
魔法は初日からアクシデントを挟みつつも、順調に学ぶことができた。属性魔法に関しては完全版『魔法書』の8割くらいは網羅しただろうか。
全ては流石に無理だったが、苦手な分野もある程度克服し、主要な魔法はあらかた覚えたと思う。覚えた魔法の数と、魔力総量だけならもはやイリティアよりも上だ。
無詠唱魔法も、息をするかのように使うことができるようになった。
魔道具を作ることも覚えた。イリティアから『魔鋼』を貰っては細々としたものを作るのは、俺の空き時間の楽しみだ。付与魔法はともかく、鉱石を加工する技術も、最近は内緒で練習中である。
剣術はまだまだ未熟だが、できることはやったと思う。
少なくとも、自分の半径1メートル以内に剣がないとそわそわするくらいには剣に触れた。
学校には木剣も持ち込めないようだし、ストレスが溜まらないか少し心配である。
俺が学んだ神撃流というのは思っていた以上に覚えることが多い。
まあどのような状況下にも対応できるというくらいだし、当たり前か。
しかし、覚えなければならないことは、全て頭に入れた。後はそれを実践する体力と技術、そして経験を身に着けるだけだ。
そんなこんなで、充実した時間というのはすぐに過ぎていき、そしてもう終わりを迎える。
来週から俺は学校に通うことになる。
イリティアの授業は、今日で終わりだ。
● ● ● ●
俺はいつもより多少早起きすると、トレーニングを念入りにこなす。
体力を残しつつ、いつもは午後に行う素振りも軽く行う。
最近では努力の末あって、ようやく神撃流をまともに扱えるようになってきた。
イリティアが前に言っていたが、一般的に、魔法は才能5割・努力が5割で実力が決まるが、剣術はほとんどが努力にその実力を依存するらしい。
これからも剣術の訓練はサボれないな。
昼になり――。
俺とイリティアは、家から少し離れた空き地に来ていた。
バリアシオン邸の庭も広いが、ここはそれよりも広い。他にひとけもない。
別に広さを求めたわけではないだろうが、最後の授業だ。完全に2人きりで行いたかったのだろう。
「では最後の授業を始めます。準備はいいですか?アル」
神妙な面持ちで、イリティアが言った。
「はい先生」
「よろしい」
そう言うとイリティアは木剣を一本俺に手渡した。
「今から私と模擬戦闘をしてもらいます。本気で私を倒すつもりで向かってきて下さい」
最後の授業の内容は、イリティアとの模擬戦闘だった。
もちろん、今まで散々してきたことだったが、今回は意味合いが違うだろう。
それは、俺もイリティアも、口に出さなくともわかっている。
「先生、ルールなどはありますか? 例えば、魔法の使用についてなど」
「いえ、特に制限は課しません。遠距離からの炎槍でも雷撃でもなんでもありです。なにせ私も《魔導士》ですから、遠慮せずに使って下さい。もちろん私も必要となれば使います」
つまり、制限なしのガチンコバトル。
最後に俺の全力を見せつけろということだ。
「では、勝敗条件を教えて下さい」
「そうですね・・・・では、アルは私に一撃でも与える事が出来れば勝利です。アルは攻撃を食らっても負けにはなりませんが、アルの魔力が切れた時点で模擬戦闘は終わりとします」
「あれ、意外と甘いんですね」
こちらだけ攻撃を受けてもいいなら条件はだいぶん楽な気がする。
「ふふ、それはどうですかね。私も本気で行かせてもらうので、アルが想像しているよりは難しいと思いますよ」
イリティアがほくそ笑む。
本気―――。
確かに俺は彼女の本気を知らない。この2年間で、それを垣間見たことはない。
自分の実力が上がれば上がるほど、それがどういう意味なのか――――このイリティア・インティライミという魔導士がどれほどの高みにいるのかを、嫌というほど思い知らされた。
「・・・・分かりました。胸を借りさせていただきます」
「ええ」
俺とイリティアは10mほど距離をとった。
戦場では近中距離にあたる距離だ。
「では今からこの小石を空に投げます。これが地面に落ちた瞬間、模擬戦闘開始です」
イリティアが手に持つのは消しゴムほどの小石だ。
まあ当事者が戦闘開始の音頭をとるのは不公平だからな。
「分かりました」
返事をするとイリティアは手に取った小石を空高く放り投げた。少しだけ弧を描きながら、小石は地面へと向かって落ちてくる。
その間、俺は思考する。
考えるのは戦闘のプラン。
経験も、速さも、技もイリティアには遥かに届かないだろう。
勝っているのは魔力総量と、魔法の数。
最も無難なのは、魔力障壁を構築しつつ、中級の魔法を放ちながら一定の距離をとり続け、隙をみて大規模な魔法を打ち込むか、魔力切れを狙うか――――。
―――――トンッ
小石が地面に落ちた。
瞬間。
俺の正面のイリティアが――――消えた。
「―――――違うっ!!!」
イリティアは動いただけだ。
ただ目にもとまらぬ速さで、俺に向かってきただけだ。
俺はすぐに体に魔力を行きわたらせる。イリティアの進路は一直線。
足に《加速》をかけ、勢いよく地面を蹴り、距離を取る。
そして正面には《魔力障壁》を―――――。
「甘い、です!」
イリティアの刺突は俺の《魔力障壁》を打ち砕く。
―――――木剣で!?
いや、逆だ。俺の《魔力障壁》の展開が遅かったのだ。
俺は《魔力障壁》をやめ、より《加速》をかけて左に避けた。
――――いや、避けれれない。
――――ビュッ!!
イリティアの突きは俺の右肩を捉えた。
「―――うっ!!」
鈍い悲鳴を上げながら、俺は肩から後方へ吹き飛ばされる。
そして、飛んでくるのはイリティアの魔法による追撃。
――――三本の《氷槍》っ!?
辛うじて横目で魔法を確認する。
吹き飛ばされながらも、イリティアの魔法に向けて《魔力障壁》を展開し、俺自身は何とか受け身をとる。
ガッシャアアアアアン!!
《氷槍》が俺の魔力障壁に当たって砕け散った。魔力障壁の展開が間に合ったようだ。
あたりに氷の粒が舞う。
そして氷の粒に紛れて、俺の左側から銀色の影が見えた。
イリティアだ。
「――――おおおお!!」
俺は叫び声を上げながら立ち上がる。
この時点で、既に俺の最初の作戦は実行不可能だ。
俺が距離を取りつつ魔法戦をするには、なんとしても先手を取らなければならなかった。
だが、イリティアの想像以上の速さに、俺は後手を取らされた。
既に受けに回っている以上、距離をとるということ自体が難しい。
――――だったらっ!!
――――カンッ!!
木剣同士がぶつかる音が響いた。
イリティアの左からの中段切り払いを、俺が木剣で受けたのだ。
「―――正解・・・です!!」
直ぐに剣を返し、イリティアは剣を振りかぶる。
構えは上段、振り下ろし―――ならば避けて―――。
―――否!!
俺は瞬時に思考し、剣を振る。
―――カンッ!
先ほどよりも軽い音が響いた。互いの剣が弾き合う音だ。
―――やっぱり、軽いっ!
今の上段は軽すぎる。
おそらく上段振り下ろしはフェイントに過ぎず、俺が避けた瞬間に、横薙ぎへと軌道を変えたのだろう。
ならばさっさと弾いてしまう方が吉だ。
「よく読みました。でも守ってばかりでは―――勝てませんよ!」
そう、ここまで俺は一度も攻めていない。
いやイリティアが俺を攻めさせていない。
一撃でも当てたら俺の勝利、という条件上、イリティアとしては俺に一度も攻撃させないというのが最善なのだ。
―――ならば。
俺は地面を蹴る。
下がるためではない。前に出るために。
「―――!?」
それはもう近すぎて剣の間合いではない。
振り払うには近すぎて、振りかぶるには遅すぎる。
つまり使えるのは――――徒手空拳。
「おおおおお!!」
声を上げながら左手を突き出す。
右肩を負傷した利き手より、こちらの方が早く動く。
俺の左拳は、イリティアの腹部に伸びていき――――。
―――ガキンッ!
その手前で硬いものに止められた。
「――――剣の―――柄!?」
確かに―――刃で捌くことは出来なかった。
だが、それ以外なら?
剣の柄ならば、実質的に徒手空拳と同等の射程だ。振りかぶる隙も、振り直す必要もない。
ただ俺の拳の軌道の上に、置くだけでいい。
神撃流とはあらゆる状況を想定した剣術だ。
剣の刃だけでなく、鍔や、柄までも、想定するのは当然の話だ。
――――知っていたのに。
そう思った瞬間、イリティアの左脚が、俺の腹部を蹴り飛ばす。
「―――ぶふっ!!」
骨が軋む音が体の中に響く。
そのまま俺は地面に転げ落ちた。
――――本当、容赦ない。
地面の上を回転しながら、俺は立ち上がる。
「・・・・はあ・・はあ・・・」
呼吸のたびに軋む腹の痛みは集中力を阻害する。
右肩の痛みは剣の冴えを悪くする。
だが、まだやれる。
魔力も残っている。体も動く。
「―――今のは危なかったですね」
イリティアは真っ直ぐにこちらを見据える。
その目に油断の影はない。
俺がこんな程度で終わるわけないと、全く隙のない構えを取る。
俺もゆっくりと、剣を構える。
大丈夫。まだ奥の手がある。
問題は、どのタイミングで、どこまで悟られないか―――。
―――ビュッ!!
イリティアの体が揺れた。
視認できない速さっ!
「――――おおお!!」
ほとんど感覚で剣を振る。
――カキン!
高い音の先にイリティアがいた。
受けると同時に、再び剣閃が迫る。
歯を食いしばりながら、体を捻る。
木剣が頬をかすめる。
何とか対応できているのは、イリティアの動きが神撃流だからだろうか。
イリティアの動きは何度も見てきた。
神撃流の動きだ。
俺と同じ動き。
同じはずなのに、俺より速く、俺より重く、俺より強い。
俺の動きは全てイリティアが教えたものだ。
どれだけ剣を振ろうと、どれだけ《加速》しても、その動きは全てイリティアの知っているものだ。
―――――だが。
俺も知っている。
イリティアがその後に何をするのか。
それを返したときにどうするのか。
―――それから先は打ち合いだった。
といっても俺からの攻撃はイリティアの半分程度。
しかも一度も通らない。
逆にイリティアの攻撃は数回に一度、俺の体を打ち付ける。
だが、俺は止まらない。
痛みにのたうち回る暇があるなら、その分剣を振る。
肉が剣を受けている間に、剣を振る。
動きを加速させる。
なんとか、食らいつくように。
どうにか、離されないように。
―――どれほど打ち合っていたのだろうか。
急に、イリティアの速度が、落ちた。
イリティアの額から、汗が滴り落ちる。
よもや体力の限界ではあるまい。
――――ようやく、か。
なんのことはない。最初の作戦の趣旨を変えずに、方法を変えて同じことをしただけだ。
【距離を取って魔法戦を挑み、魔力切れを狙う】
それを、
【近距離で身体強化魔法の魔力切れを狙う】という方針に変えただけだ。
身体強化魔法は、消費魔力が少ないとはいえ、魔力を確実に消費する。
だから俺は、とにかくイリティアに喰らい付き、無理やりにでも魔力を使わせる必要があった。
動きを読んで、体を強化して、打ち据えられても立ち上がって。
もちろん俺も相当な魔力を使っている。悠長に遠距離魔法なんて打ち込んでいる余裕はない。
それにイリティアは魔力を切らして、なお、身体強化した俺と同等の速さだ。技量で負ける以上、守勢に入られれば俺の魔力も尽きてしまうだろう。
―――だからこその奥の手。
今までイリティアに見せたことがなく―――なおかつ、魔法によるレジストがないならば100%決まるであろう、俺の奥の手―――。
今しかないっ!!
―――――放つのは、前世の世界で最強の目くらまし。
『閃光魔法!!!』
「――――⁉︎」
声のないイリティアの悲鳴と共に―――まばゆい光が広場を包んだ。
―――――トンッ。
立ち尽くすイリティアの肩に、俺の剣が届いた。
「・・・・・はあ・・・はあ・・・先生、チェックメイトです・・・」
最後の授業が終わった。
● ● ● ●
「流石アルですね。見事です」
「いえ、その、僕の方がボロボロですから」
治癒魔法で治ってはいるものの、俺の着ていた衣服は所々破けており、汚れも目立つ。
対してイリティアは、髪こそ乱れていたが、他は模擬戦闘が始まる前と同じだった。
「それでも―――私は本気で相対しました。魔法戦ならともかく―――近距離の高速戦闘であれほどまで粘られるとは、正直思っていませんでした。アルには、どうして戦場で魔法士が魔剣士に劣ってしまうのか、実際に体験してもらおうと思ったのですが・・・・・」
イリティアは少し遠い目をしながら言う。
「その、近距離戦で魔力切れまで粘る、というのはいつから考えていたんですか?」
そして気が付いていたかのように言った。
「えーと、先生が《氷槍》を3発放った時です。あの時点で大まかに先生の使用魔力を計算して―――多分魔力差でギリギリ勝つだろうと判断しました」
「やはり、あれは失策でしたか。アルが相手だと、あまり魔力の無駄遣いはしないと決めていたのですが、どうにも癖が出てしまって――――――最後の《閃光魔法》も、その時から狙っていたんですか?」
「―――はい。魔力の残っている状態だと、何か対策か――瞬時に回復されると思ったので」
「本当に――――アルはすごいですね」
「いえ、今回はマグレでしょう。僕は何発も喰らったし、魔力量もギリギリでしたし―――――なにより先生は甲剣流を使わずに神撃流のみで戦闘をしてたではないですか」
そう、本気とはいうものの、イリティアはほとんど甲剣流の剣技を使わなかった。
それに俺が取った戦術は、イリティアの魔力量を知っているという一種のズルをしている。
もしも初見だったら、閃光魔法なんてどうせ初っ端に使っていた。
まあ戦場だったら今日も数回死んでるけど。
「アルには神撃流しかまともに教えていないので、当然でしょう」
イリティアはニッコリと笑った。
まあ、最後に弟子に花を持たせてくれたという事にしよう。
「―――では、これで私の授業も終わりですね」
「・・・・はい」
2年間、本当にイリティアにはお世話になった。
イリティアは2年間という短い時間で、できる限りのことを俺に教えようと、プライベートな時間を削ってでも俺に付き合ってくれた。
正直、もう今日で家庭教師契約が終わってしまうなど、俺の体の一部が抉り取られるようにつらい。
「アル、そんな顔をしないで下さい。アルはよくやってくれましたよ。私が2年間で教えようと思っていたことはほとんど覚えてしまい、今では属性魔法に至っては完全に追い抜かされてしまいました」
イリティアは俺の頭を撫でる。
上手く課題を成功させた時、逆に失敗して落ち込んでいるとき、わからないことがあって困っているとき。
いつもイリティアは俺の頭を撫でてくれた。
明日からイリティアがいないと思うと、急に寂しくなる。
するとイリティアがこんな提案をしてくれた。
「そうです、アル。今日は旦那様にお暇を貰っています。夕食を街でご一緒しませんか?」
壮行会のようなものだろうか。
俺は小さく頷いた。
● ● ● ●
連れていかれたのは首都の中心部、賑わう夜の商店街を抜けた高級レストラン街にある料理屋の一つだ。
定番メニューであるらしい魚介の盛り合わせを食べながら、イリティアは高級そうなワインを、俺はブドウジュースを飲んでいる。
「・・・・私は、孤児だったんです」
2年間の思い出話も一通り終わった頃、イリティアは唐突に自分の身の上を語り出した。
イリティア・インティライミはユピテル共和国東方の属州『マニア』で産まれた。
ほとんど記憶は無いが、3歳頃までは両親と共に平和に暮らしていたらしい。
しかし、マニアでは、ユピテルに不満を持つ過激集団による武装蜂起が起こってしまい、ユピテル本国との紛争が勃発してしまった。
紛争は激しく、各地で街や村が破壊され、難民の数は増えるばかりだった。
イリティアの両親も、火の魔法の流れ弾からイリティアを庇って死んでしまっていた。
身寄りもなくさまよっていたところを、ある一人の魔法使いに拾われたらしい。
イリティアが師匠と呼ぶその人は、イリティアを弟子にして魔法を教えた。
イリティアの師匠は口を酸っぱくして言った。
「『親も家も金もない孤児の女が、生きていくには何か一つ技がなくちゃいけないんですよ!』って何度も言われたんですよ」
それで、イリティアは必死になって魔法の修練に励んだらしい。
イリティアの師匠は魔法を大方教え終わると、旧知の仲だという男にイリティアを預けた。
剣術はその男から習ったようだ。
イリティアは成人すると、培った魔法と剣術で傭兵を始め、5年間東方の紛争地帯で活動していた。
少しでも紛争を早く終わらせれば、と思ったらしい。
「私は生きていくために必死で修練しました。これでもか、これでもかってくらい」
イリティアは遠い目をしながらいう。
「でも、5年間傭兵をやって、私は自分の魔法が限界に来ていると感じました」
いくら必死に修練しても、鍛えても、紛争は終わらないどころか自分が生き抜くので精一杯。
自分の無力さを思い知ったそうだ。
「それで私は自分の無力さを、魔法のせいにしてしまったんです。魔法に限界があるから、私は弱い。そう思って傭兵はやめました」
酔いが回っているのだろうか、イリティアの頬は多少赤みを帯びている。
「でも、アルに出会って私は気づきました」
イリティアは俺の方に視線を向ける。真っ直ぐに。
「アルが気づかせてくれたんです。魔法に限界はないって。
初めて魔法に触れて、《魔力神経》を繋げてしまったり、『魔法書』の大半を身に着けてしまったり、学ぶことの多い神撃流のほとんどを修めたり、はたまた魔道具を作ったり。
今日などは『二つ名』持ちの私と対等に渡り合っていました。たった8歳の子供がです」
「・・・・僕はそんな大したことはしてませんよ。たまたま運が良かっただけです」
「もちろん、運も良かったかもしれません。才能もあったでしょう。努力もしたに違いないです。
でもアルはなにより、好きで魔法を学んでいました。少なくとも私はそう思いました。
私は――――そう、気づけば私は生きるために魔法を学んで来ました。もしも必要なければ魔法など学んでいないかもしれません。でもアルは違うのです。自分で魔法が学びたいと思い、自分で魔法の道に入っていったのです」
イリティアは多少興奮げに俺に語りかける。
思ったよりだいぶ酔いが回っているのだろうか。
「だから、アル、ありがとう」
「先生?」
唐突にお礼を言われる。
「私はアルのおかげで、また魔法を信じることができました。きっと魔道に限界はないんだって」
そういうと、イリティアは俺に握手を求めて来た。
そうか、今までイリティアは自分の魔法に限界を感じていて、魔法に絶望していたのか―――。
「先生・・・・」
「今日でアルは私の生徒を卒業です。私は師として出来うる限りのことを教えたつもりです。
しかし――――魔道はとても険しい道のりでもあります。きっと困ったり、辛い時があるでしょう。
そんなときはいつでも私を頼ってください。私『銀騎士』イリティア・インティライミは、いついかなるときでもあなたの味方で、師でいようと努めます」
イリティアの瞳からは涙がこぼれていた。
俺の瞳からもだ。
お互いこの2年間、どれほど辛くても流さなかった涙が、弾けるように流れてきた。
俺も言わなければならない。
「先生・・・・・僕の方こそ本当にありがとうございました。先生のおかげで知れたこと、出来た事、その数は計り知れません。僕の魔法の先生が、あなたで本当に良かった。いつか、あなたに背中を任せられるような、そんな偉大な魔法使いを目指します。――――本当にありがとうございました!」
そう言って俺はイリティアと握手を交わした。
● ● イリティア視点 ● ●
「もう行っちゃうのね」
翌朝、バリアシオン邸の玄関でアティアが言った。
「奥様・・・・はい。また東方の方でなにやら動きがありそうなので、なるべく早く発った方がいいと思いまして。本当にお世話になりました。―――チータも、いつも美味しいご飯をありがとう」
「いえいえ」
チータが答える。そのふくよかな体の陰に隠れるようにしてたたずむ少女リュデも、イリティアと目が合うとペコリとお辞儀をした。イリティアもニッコリとほほ笑む。
「リリスも―――その私は朝が苦手なので、毎日部屋まで朝食を運ばせてしまって。ありがとう」
「いえ。アル様のお師匠様なのですから、当然です」
メイド服の少女が、すまし顔で礼をする。
その隣には、この2年間で少し老けたようにも見える眼鏡の男性アピウスだ。
「2年間あっという間でしたね。いや、あなたを招致して良かった。大枚をはたいた甲斐がありましたよ」
冗談交じりにアピウスが言う。彼が大金を引っ提げてイリティアの前に現れなければ、イリティアはこの、何よりも充実した2年間を送ることはなかっただろう。
「アピウス様・・・・礼を言うのはこちらの方です。こんな素晴らしい弟子と引き合わせて下さって、アピウス様にはお礼のしようもございません」
そういうと、アピウスは満足そうに頷いた。
そして、アピウスの足元から元気な声が聞こえてくる。
「イリティアお姉ちゃんばいばい!!」
「イリティアねえばいばい!!」
可愛らしい双子だ。
アイファとアランも手を振って見送ってくれた。もう少ししたら彼らも勉強を学び始める。魔法や剣術を学ぶかは分からないが、きっとそれはアルトリウスが教えてくれるだろう。
「アイファ、アランも、お兄ちゃんの言うことをちゃんと聞くんですよ。あまり困らせないように」
「「はーい!!」」
二人は元気よく返事をした。
「―――先生」
最後に―――イリティアは最愛の生徒と向き合う。
自分の知っている、ありとあらゆることを瞬く間に吸収し、超えていった不思議な子。
そして誰よりも他人を思いやれる、とても優しくて、人間臭い子。
「アル。言いたいことは昨日言いました。ただ一つ、魔道に限界はない、と言うこと。肝に命じておいてください」
「はい。先生、絶対に忘れません」
「よろしい。イリティア・インティライミはあなたを弟子に持てたことを誇りに思います。偉大な魔導士になって下さい」
「はい!! ありがとうございました!!」
そう言って頭を下げてから、アルトリウスは懐から何かを取り出した。
「あの、お世話になったお礼と――――お別れの印に、これを贈ります」
それは、ペンダントだった。
あまり小さい、鳥の羽をかたどった、灰色に鈍く光るペンダント。
「アル―――、これは」
「えーと、光属性の最後のページに《幸運》っていう魔法があって―――ぶっちゃけ使っても効果があったかはわからない眉唾な魔法なんですけど―――、とにかく『魔鋼』に付与して、ユピテルでは『鷲』が神聖な生き物だと聞いたので、羽を模した造詣にしてみました」
「―――造詣って・・・まさか自分で彫ったんですか?」
「はい。所々魔法で補助しながら彫りました」
「――――――――!!」
この2年間、アルトリウスがほとんど遊ばず、必死に修練していたことを、イリティアは知っている。
教えるイリティアも大変だったが、学ぶアルトリウスはもっと大変だっただろう。
きっと彼は、イリティアのため、本当に残ったわずかな暇な時間を使って、このペンダントを作ったのだ。
しかも、付与だけでなく、彫ったという。そんな技術は教えていないし、イリティアも知らない。
きっと自分で調べて、試行錯誤したのだ。
思わず涙ぐみそうになるのをぐっと堪える。別れ際に涙を見せるのは、昨日だけで十分だ。
最後は、師匠らしく、大人らしく、堂々と。
「――――ありがとう、アル。大切にします」
「はい。効果は気休めですけど!」
「ふふ、そうですね」
イリティアは微笑むと、バリアシオン邸に背中を向ける。忘れ物はない。報酬金も1000万Dきっかり振り込んでもらった。イリティアの仕事は終わりだ。
「では、また会いましょう」
最後に、さよならではなく、また会おうと、そう言ってイリティアは歩き出した。
たくさんの事を教え――たくさんの事を教えてもらった、少年の視線を背中に浴びながら―――。
次回から学校編です。
読んでくださり、ありがとうございました。




