第14話:魔道具を作ろう
「アル、魔道具を作りましょう」
剣の修業によってできた手のひらの豆が、潰れてだんだん固くなってきたころ、唐突にイリティアが言った。
「魔道具―――ですか?」
『魔道具』とは―――なんらかの魔法が付与された道具。つまり便利アイテムだ。
思っていたよりも魔法使いがあまりいないこの世界、『魔道具』と聞くととても貴重なものに思えるかもしれないが、割とどこにでもありふれたものだったりする。
俺がこの世界に来たばかりの幼児であったころ、ここが『異世界である』と気づいた原因―――『呼び鈴』だが、これは『魔道具』の一種だ。
それだけでも驚いたものだが、成長していくうちに、この世界は、前世でいうと中世欧州レベルの文化レベルであるくせに、やけに豊かな生活をしていることに気づいた。
例えば、トイレ。
別にトイレがあること自体は驚かない。ユピテル人は綺麗好きだ。
ヤヌスは下水道もある程度整っているし、貴族の家ならむしろ当然だ。中世にもあっただろ流石に。
驚いたのはトイレが水洗式であることだ。
より言うならば、レバーを引くと、便器の中に自動で水が流れるというところだ。
―――いや、どこから出てくるのその水!?
初めて排泄物が流れていく様をみたときは、目を丸くしたものだ。
どうやらトイレの便器は『魔道具』であるらしい。
風呂も同様、貯めた水は暫くすると温かくなる。どうやら風呂は『魔道具』であるらしい。
貯めるのにも、レバーを捻ると水が出てくる。もちろん『魔道具』だ。
コンロも同じだ。レバーを引くと、火が出てくる。バリアシオン家は弱火・中火・強火の三つを備えた最新式だ。
もちろんこれも『魔道具』だ。
つまり、何が言いたいかというと、この世界は、技術レベルに関しては中世レベルもしくはそれ以下だが、文化レベルに関しては現代――少なくとも近代には及んでいる。
転生したばっかりのとき馬鹿にしてごめんよ。
とはいえ、『魔道具』は高級品であるらしい。
貴族や金持ちの家はこのように一通りのものを揃えているが、一般層はそうではない。
井戸まで毎日水くみをして、毎日炭で火を起こしている。風呂も公衆浴場だ。
それに、もしも買うことができても、『魔道具』は消耗品だ。物にもよるが、数年経てば新しく交換しなければならないという。
しかし、消耗品であるということは、おそらく生産ができるのだろうと思ってはいた。
新たに作れないなら、これほど流通しているのもおかしいからな。
だが自分で作るということは考えていなかったな。
確かに『魔道具』というくらいだし、生産ができるのは魔法使いだろうが、俺に便器とか風呂桶とかの物を作る技術はない。だって陶器だし。
土属性魔法でも使うのかな。
「どうやら最近のアルは、魔法の修業に余裕がありそうなので、新たに何か幅を広げたほうがいいかと思いまして」
俺が考えていると、イリティアが言った。
なるほど。
確かに最近は今まで意味の分からなかった光属性や闇属性の魔法も試行錯誤の末、成功しつつある。
《治癒》もようやく無詠唱で成功した。もう色々と諦めてホ〇ミを想像した。まんまだった。
ちなみに剣術の方に余裕は全くない。
対人戦の打ち合いに加えて、各流派の特徴や対策に、《身体強化魔法》や《防御魔法》を組み込んだ戦闘方法の習得。さらに、剣を使わない徒手空拳の技術など―――ぶっちゃけきつい。
正直、新しく他事をやっている暇なんてないと思うのだが・・・。
「それで、先日古い知人に頼んでいたものがようやく届いたので、試してみようかと思いまして」
どうやら前々から計画していたことのようだ。
それにしても古い知人に頼んでいたとは―――ひょっとしてあのデートのときだろうか。
「これが、『魔道具』の元となる『魔鋼』です」
イリティアは持っていた袋から、幾つかの灰色の鉱石を机の上に置いた。どれもが丸みを帯び、加工されてつるつるに鈍く光っている。
「『魔鋼』・・・?」
「『魔鋼』はその名の通り、魔力を内包した鉱石のことです。といっても、これらは使いやすいよう、既に形が加工されていますが」
俺が疑問を浮かべていると、イリティアが丁寧に教えてくれた。
『魔鋼』は、他の金属と同じように、採掘によって鉱山地帯から産出される。
見た目はただの灰色の鉱物だが、中には多量の魔力を含んでいるらしい。
「属性魔法を《付与》することで、『魔道具』を作ることができます。家にある魔道具のほとんどは、《付与》によって作られています」
「《付与》・・・・ですか?」
「はい。《付与》は無属性魔法の一種です。属性魔法の効果を、他の物に与える効果を持ちます」
どうやら便器自体を作ることはなさそうだ。多分トイレの便器には、水が流れてくる属性魔法を付与させた『魔鋼』が埋め込まれているのだろう。
「とりあえず・・・・一緒に作ってみましょうか」
「はい!」
うん、イリティアもこう言っているし、とりあえずはやってみよう。
● ● ● ●
結論からいって、付与自体は簡単に行うことができた。
今回俺が作るのは、《照明》の魔法を付与させたランプだ。
本当は《炎槍》を仕込んで、兵器のようなものを作ろうと思ったのだが、
「中級以上の属性魔法は、『魔鋼』の耐久力が持ちません。魔力量は足りるんですけどね」
と言われた。
つまり下級魔法しか付与できないということだ。
思ったより幅が狭まってしまうな。どうりでなんとも中途半端な便利アイテムしかないわけだ。
―――しかし、耐久力か。割と硬いし、大丈夫だと思うんだけどな。
そんなことを思いながらとりあえず、《照明》を提案する。下級魔法だし、大丈夫だろう。
「確かに、ランプの『魔道具』も多く存在します。イメージも容易に行えそうですし、やってみましょう」
すると乗り気で手伝ってくれた。
ちなみに、ランプの効果を持つ『魔道具』はバリアシオン家にはない。
明かりが欲しい場合は、普通に蝋燭のランプを使う。
なにせ、家が石造りなのだ。火災の心配がない以上、火を使ったランプの方が『魔道具』よりも安く済む。どうせ両方消耗品だしね。
そして、イリティアから付与のコツを教えてもらう。
「まず、付与したい属性魔法を想像します。そして、それを発動させる瞬間に、付与したい物に触れ――――――魔力を制御し、流し込みます」
そして流し込みながら、その『魔道具』の完成系を重ねてイメージする。
俺はイリティアの指示に従い、『魔鋼』の1つを手に取り、付与を開始する。
完成系のイメージとしては・・・・そうだな、とりあえず単純に、この魔鋼自体が照明として明るく光るというものでいいだろう。
《照明》を発動させながら――――『魔鋼』にそれを――――流し込む―――。
「―――あ」
俺の腕から魔力が流れ出る感覚と同時に、『魔鋼』が眩い青白い光を放ち始めた。
《付与》は成功したのだ。
しかし―――。
「先生、これ、どうやったら消えるんですか?」
そう、この光る魔鋼にはスイッチもなにもついていない。見たまんまの無骨な鉱石だ。
明かりを消そうと思っても、消しようがない。
「・・・・・すみません。付与の方法に集中しすぎて忘れてました」
イリティアが申し訳なさそうに説明を始めた。
《付与》は他の固形物に魔法の効果を移植する魔法だ。
「いえ、効果―――というよりも、魔力の変換術式を刻み付ける、と言った方がいいでしょうか」
そして、なぜそのような言い方をするかというと、
「《付与》は、魔力そのものを与える物ではありません。あくまで魔力を属性魔法に変換する―――まるで限定的な《魔力神経》を刻み付ける行為、とでも言えばいいでしょうか。あくまで、それだけです。効果を発揮するための動力源は別にあります」
その動力源が、大量に魔力を内包するという『魔鋼』である。
「なので、《付与》は通常、『魔鋼』でない固形物に行います。そうすることで、その固形物が『魔鋼』と触れたときのみ、《付与》された効果が発揮される仕組みができるのです」
『魔鋼』でない固形物というのもなんでもいいというわけではなく、『魔鋼』からの魔力伝達率のいい鉱物であることが好ましい。鉱物から離れるにつれて魔力は伝達されにくくなる。既に中の魔力の無くなった『魔鋼』などがよく使われるようだ。
つまり、例えば、我が家にあるような、レバーを捻ると水が流れる便器を作るためには、
1、魔力の入っていない鉱石に水の流れる魔法を付与させ、
2、それを便器の縁に仕込み、
3、レバーを捻るとその鉱石に『魔鋼』が触れるようなギミックを作る。
という工程が必要なわけだ。思っていたより面倒だな。
魔力の入った『魔鋼』自体に付与してしまうと、常に水が流れ続ける便器ができてしまうからな。
まあオン・オフの切り替えは重要だし、使っていないときも『魔鋼』の魔力を消費し続けるのは勿体無いだろう。
「では―――、まだ魔力が十分に入っているのに直接《照明》を付与してしまったこの『魔鋼』は―――」
「おそらく、魔力が切れるまで光り続けるでしょうね」
「その・・・どれくらいの期間でしょうか?」
「この《照明》程度なら・・・5年くらいですかね」
常に発動していたほうがいい効果のものは、魔力の残っている『魔鋼』自体に付与しても問題ない。
しかし―――ランプは、スイッチが必要な部類だ。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
しばらく沈黙が流れた。
割と《付加》って、危険じゃないですか?
これは、明かりだったから良かったけど、炎とかだったら大変なことになっていたよね?
それこそ炎槍とかだったら、もう庭は今頃焼け野原だ。
「・・・・この、『魔鋼』の中の魔力を吸いだしたりできないんですか?」
なんとかならないかと尋ねる。
「無機物に対して、魔力自体の譲渡や吸収をすることは不可能ですね。《付与》も、術式を分与しただけです。魔力自体を与えたわけではありません」
そうか・・・無理なのか・・・・。
新たに別で付与品を作り、触れさせることによって消費を早めることは出来るが、一方的な吸収や譲渡は無理だとか。
「い、一応、この明かりを今すぐ消す方法はあります」
俺が立ちすくんでいると、イリティアが、まだ大丈夫とばかりに言った。
「どういう方法でしょう?」
「この『魔鋼』を破壊します。そうすれば内包する魔力と付与内容は空気中に霧散するでしょう」
破壊か、なんかそれは勿体ないような気がする。
「・・・・・これはこのままにしましょう。折角の初めての《付与》ですし、数年たてばまた使えるというのなら砕くのは勿体無いです」
少し考えて俺はそう言った。
まあ庭は夜になると真っ暗だし、木々も多く、火のランプは危険だろう。防犯も兼ねて、庭に適当に吊り下げておいて問題ない。
「・・・・そうですね」
申し訳なさそうにイリティアが頷いた。
その後、魔力の入っていない『魔鋼』に《照明》を付与し、無事に成功させた。
これで魔力の入っている『魔鋼』が触れている間、付与された方だけが光るだろう。
ランプの完成だ。
見た目は無骨な鉱石2つのままだが、とりあえず俺は満足だ。
もっときちんと『魔鋼』の形を加工したり、連結させたりすることで、『魔道具』は作られるのだろう。
『魔道具』はきちんと《属性魔法》を学んだ《魔法士》にしか作れない。
《無属性魔法》しか使えない《魔剣士》にはできないことだ。
戦場では《魔剣士》が優勢で、近年《魔法士》を目指す人は少なくなっているみたいだが、魔法士も立派な職じゃないか。
きっとこの700年間、彼らは人々の生活がさらに豊かになるようにとの願いを込めて、研鑽を積んできたに違いない。
この世界の文化の発展を一身に担ってきた《魔法士》の―――生産者としての側面を垣間見ることができてよかった。
多分イリティアも、俺に色々な魔法の可能性を見せるために『魔道具』作成を計画したのだろう。
イリティアは生産者というよりは戦士という感じだし、きっと『魔道具』なんて専門外だ。
実際、あまり詳しくはなさそうだったし。
それでも、俺のために、様々な経験をさせてくれる彼女には、感謝の気持ちが溢れるばかりだ。
付与はともかく、魔道具の仕組み―――スイッチ機能や、鉱物の加工方法など、技術的な部分について、俺の知識は浅い。どちらかといえば生前、化学や物理などは苦手だった。文系だし。
けど、俺は戦場に出たいわけでもないし、性格的には物作りは嫌いではない。
そちらの方面を勉強して、生産者として生きるのも、悪くないかもしれない。
これからも便利な機能と都合のいいことは全部魔道具のせいにしていきます。
ちなみに地球でも上下水道は古代から存在したらしいので、中世っぽい雰囲気のこの世界で整備されていても問題ないですよね?ね?ね?
読んでくださり、ありがとうございました。




