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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十三章 青少年期・アウローラ編
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第135話:『烈空』VS『軍神』①

 一応Twitterでは報告しましたが、昨日は予告なくお休みして申し訳ありません。

 体調が悪く、余裕がありませんでしたので・・・。



 とても澄んだ空気とはいえない、血と煙の漂う荒野の真っ只中に、俺は立っていた。


 何かに導かれるようにたどり着いたその場所に、()()()はいた。


 風になびく白の長髪。

 金色に煌めく獰猛な眼光。

 頬に走る傷跡。

 おぞましい程の筋力を含むのであろう、浅黒い体躯。

 なんの飾りもない紺色の服装なのに、やけに気品すら感じさせる存在感。


 そう――この場で、そいつは圧倒的な力を放っていた。


 ―――ああ、コイツだ。


 俺は直感的にそう思った。


 『摩天楼』ユリシーズでも、『魔弾剣』ゾラでもない。

 そして『蜻蛉』クザンでもなければ、『三頭犬(ケルベロス」)』なんかでもないのだろう。


 それまで―――何か違和感を感じていたのだ。


 たしかに、ユリシーズもゾラも強かった。


 でも、俺でも何とか戦える相手だった。

 シルヴァディなら、苦戦しつつも……おそらく勝てただろう。


 それなのに、ラーゼンが負ける。

 ルシウスはそう言った。


 アウローラに来る前から、ずっと疑問だった。


 どうして負けるのか―――いったい何が要因で負けるのか―――。

 その謎は、そいつを前にしたとき、確信に変わった。


 そう、コイツだ。


 この男が敵として立ちはだかったなら―――きっと誰も勝てない。

 どんな強者も、どんな軍隊も、どんな国も…この男1人によって、蹂躙される。


 そんな事すら思わせる程の、おぞましい程の力を内包した男。

 それが、その場に来た俺を待っていたモノだった。


「……」


 不思議だった。


 そんな化け物を―――本来なら恐怖で足をすくませるような相手を前にしても、俺の心は落ち着いていた。


 重症なはずなのに、体は動き、頭はクリアなのに思考はあまり回らない。


 前にもこんな感覚は経験したことがある。


 そうだ、確か以前―――ギャンブランを前にした時もこんな感じだった。


 集中しているのか、アドレナリンが出て、麻痺しているのか。


 物は鮮明に見えた。

 音がよく聞こえた。

 状況はよくわかった。


 男の他に、立っているのは後ろに佇む1人の少女。


 辺りには、6人の俺の部下がうずくまって倒れている。

 いずれも1班の部下たちだ。


 剣で切られたわけではなく―――殴打や蹴りを食らっているようだ。

 全員、心臓は動いている。

 鼓動の音が聞こえる。


 俺は足を進めた。


 男に構わず、その側にいる俺の副官の元に、ゆっくりと駆け寄る。


「フランツ…」


「…隊長…どうして―――私は―――」


「…すまない。無理させたな」


 腹を抑えながら掠れた声を出す部下のそばに寄り、俺はそう言った。


「―――剣、借りるよ」


 そして、フランツの側に落ちていた剣を手に取る。

 彼の使っていた剣だ。

 俺の剣は―――既に鞘だけになっていた。

 隕石を喰らった時に無くしてしまったのだろう。


 フランツの剣は、俺の剣より少し刃渡りの広い剣だ。

 まぁ別に―――なんでもいい。


「…た、隊長…逃げて、下さい…そいつは…」


「ああ、わかってるよ。わかってるから…もう喋るな」


 呻くフランツを背にし、俺は正面―――少し距離のある位置で金眼を細め、興味深げにこちらを見据える男を視界に入れた。


 そう、わかっている。


 この15年、何度も名前を聞いた。

 何度も逸話を読んだ。


 古今東西、最強の戦士にして、世界最強の単体戦力。

 戦争を終わらせた英雄にして、何人もの英雄を屠った反英雄。


 誰もが憧れた強さの頂点。

 あるいは誰もが恐れた恐怖の象徴。


「……『軍神』―――ジェミニ」


 俺は、そんな男の名前を呼んだ。


「…如何にも。俺は軍神ジェミニ」


 白髪の軍神―――ジェミニは、上がり続ける口角を隠しもせずに答えた。

 低く―――透き通り―――そして如何にも尊大な声だった。


「小僧、問おう。貴様は西軍か?」


「…その問いに意味はあるのか?」


「なに?」


「どう答えようとも逃がさない。アンタはそんな顔をしているよ」


 軍神ジェミニの顔は、まるで目の前のご馳走に待てをかけられた…腹を空かせた猛獣のような―――そんな顔をしていた。


「…ククク…ハッハッハッハッ! そうだな、そうだ。そんなものただの言葉遊び。愚問の中の愚問だ!」


 軍神は俺の答えに高らかに笑う。

 何が楽しいのか、何が嬉しいのか、俺にはわからない。


「小僧―――いや、知っているぞ貴様のことは。『烈空』アルトリウスだったか…そうだ、貴様だろう、あの若き力の閃きは」


「…さぁ、たしかに烈空と呼ばれる事もあるが…閃きなんて知らないね」


「そうだな、御託はいい。『烈空』アルトリウスよ…さっさとかかってこい。部下を助けに来たのだろう?」


「できれば、アンタは素通りして家に帰りたいんだがね。こちとら連戦続きで疲れてるんだ」


「ククク、貴様に選択肢などない。俺と戦わないのなら―――お前も、部下も、西軍も―――全て死に行くことになるだけだ」


「…そうか、それはこれまたとんだ貧乏クジを引いちまったもんだな」


 いや、貧乏クジどころではない。

 さしずめジョーカー。

 ババ抜きの最後の最後で、ジョーカーに当たった、そんな気分だ。


 きっとコイツの言っていることは嘘ではない。

 コイツが本軍に合流すれば―――その時点で西軍は壊滅する。

 俺が逃げた瞬間、待っているのはそんな未来だ。


 それに、どうせ逃げようにも逃げられない。

 きっと…俺がこいつと戦うことは、決まっているんだ。

 何年も昔、魔法を学びたいと言ったあの日から―――いや、俺が転生させられたあの時から、決まっていたんだ。


 そう、コイツを倒すことが―――俺がこの世界に存在する意味。そう運命付けられた宿命なのだろう。


 ―――やるさ。やってやるさ。


 もういくらでも迷ってきた。

 いくらでも後悔をしてきた。


 そして決意をした。

 ……だから俺はここにいる。


 魔力を流す。

 体の足の先にまで行き渡らせる。

 剣を握りしめる。

 相手は丸腰。だがその脅威は過去最大レベル。


 多分、本能は全力で恐怖していた。

 この場からすぐに逃げろと叫び声をあげていた。

 でも俺の理性は―――心の覚悟は揺らがなかった。


 コイツを倒さないと、守れない世界があるのなら。

 コイツを倒さないと、越えられない未来があるのなら。


「―――さぁ小僧! 俺を満たしてみろ!!」


 『軍神』のそんな言葉と共に、俺は大地を蹴った。



 ● ● ● ●



 ユピテル共和国首都ヤヌス。


 貴族としては小さめの―――しかし一般庶民からすれば巨大な屋敷で、1人の少女が食器を片付けていた。


 亜麻色の髪をポニーテールに結ぶ、可愛らしい少女だ。

 名前はリュデ。

 使用人がよく着るような質素なベージュの服でも、その可憐さは欠片も損なわれない、近所でも評判の美少女である。


 そのあまりの美しさに、名のある貴族が彼女を買い請けようとしていた時期もあったが、彼女は頑なに拒み続けた。

 仕える人物は物心ついた時から決めているのだ。


 リュデは、紅茶のカップを丁寧に磨いていた。


 自らの全てを捧げる少年が昔から愛用しているカップだ。


 真っ白いカップは、その少年―――アルトリウスがいない合間も手入れは欠かさない。


 なにせ、今のところ、リュデがアルトリウスにできる最大の愛情表現が、美味しい紅茶を入れることなのだ。道具の手入れも怠るわけにはいかない。

 アルトリウスのいない4年間、毎日のように修行を積んできたリュデの紅茶の腕前は、既にユースティティア王国の王族相手にも通用する一流のレベルに達している。


 むろん、彼女にそんな王族や貴族相手に入れる紅茶はない。

 彼女が紅茶を入れるのはただ1人、きっと今も戦場で誰よりも頑張っている少年だけだ。


 このカップを磨いている間、少女の頭の中にあるのは少年の事だけだ。


 ―――今頃どうしているでしょう。


 アウローラでの戦況は、まだヤヌスには届かない。

 そして届いたとしてもリュデには何もできない。


 自らの愛する主人の勝利は疑っていない。

 アルトリウスに対する親愛と信頼では、誰にも負けない自負すらあるリュデである。

 あのアルトリウスが参加したのだ。西軍が負けることはありえない。


 だが、だからと言って心の奥底で心配していないかと言われれば嘘になる。


 彼に贈ったミサンガに、勝利の祈りを込めた反面、無事で帰ることを祈ったことにも、その片鱗は見える。


 そんなリュデが彼の愛用していカップを宝物のように磨いていると、


「―――ヒビ…ですか」


 不意に―――そのカップの底にヒビが入っていたことに気づいたのだ。


 たしかに長年使用している物だ。経年劣化していてもおかしくはない。

 だが、このタイミングでのヒビは、まるでなにか―――不吉の予兆のようだった。


「――アル様…」

 

 はるか東を眺めながら、少女は愛する人の名を口にした。


 届くかもわからない祈りを込めて―――。




 ● ● ● ●




 俺は男―――軍神に踊りかかった。


 とんでもない速度だ。

 恐らく先ほどゾラと戦っていた時以上の、渾身の加速。

 やけに魔力がスムーズに流れるのだ。


 真っ直ぐにジェミニに向かい、真っ直ぐに剣を振り下ろす。


 突っ込み過ぎてもいけない。

 敵は丸腰。

 つまりは徒手空拳。

 剣の間合いより近づいた場合、拳の方に分がある。


 そして距離を取るわけにもいかない。

 奴は、あるいはなにかの強力な魔法を放つかもしれない。

 既に魔力を大幅に消費している俺にとって、魔法戦になることは避けたい。


 故に、回答は剣の射程を管理し続けること。


 気になるのは、彼の後方で無表情にこちらを見ている少女の存在だ。


 背中に剣を携えているということは彼女もなにかをするのだろう。

 目の前の男―――ジェミニとは違ってプレッシャーは感じないが、いかんせん不気味である。


「おい、余所見か?」


「―――なっ!?」


 ―――一瞬。


 それはほんの一瞬だった。


 たしかにその瞬間俺は、ジェミニから目を離していた。


 いや、離すというほどでもない。

 視界の中には捉えていたのだ。


 なのに、ソイツはいつのまにか、既に俺の目前―――剣の射程よりもはるか内側にいた。


「―――っ!」


 そして、俺の顔に置かれていたのは、奴の浅黒い拳だ。

 やけに乱雑に、まるでお前などこれで十分だとでもいうように置かれた素手。


 ―――回避は、間に合わないっ!


 ドッパァァァアン!!


 皮膚の弾けるような高い音を立てて、俺は首から吹き飛ばされた。

 体が引きちぎれるような感覚を、必死で魔力で繫ぎ止める。


 殴られながらも、瞬時に治癒に魔力を回したおかげか、俺の体はまだ繋がっていた。


「…ハァ…ハァ…」


 ―――ヤバイ。


 こいつはヤバイ。


 ただの殴りだった。


 雑な拳。

 それが俺の頰にぶち込まれただけだ。

 なのに、首が取れかけた。吹き飛びかけた。


 しかも―――そこに来るまでの動きが、全くわからなかった。


 尋常じゃない速度と、そして怪力。

 とてもじゃないが何発もまともに食らえない。


 吹き飛ばされた先で戦慄している俺に対し、ジェミニは特に追撃することもなく、気づいたように言葉を投げかけた。


「―――そうか、後ろのアレが気になったのか…安心しろ。アレはただの置物だ。戦いには参加しない」


 そう言ってジェミニは後ろの少女を指さす。

 まるで物を見るような目だ。


 信じるわけではないが、置物と言うならばこちらとしても楽だが…いや、そんなこと、もはや構っている状況じゃない。

 後ろの少女とか、周りの安全とか、そんなことに気を使っていられるような余裕はない。

 視界の中にいれていても、注視を外した瞬間、こいつは間合いを一瞬で詰めてくる。

 

 とにかく、こいつは速い。

 ゼノンと同等か―――それ以上は想定して動かないと話にならない。

 正面から突っ込むのは愚策だ。


 考えろ。

 動きを読むんだ。

 戦術を立てろ。勝つためのルートだ―――。


「さぁ、さっさと続きを―――」


「ハァァァア!!」


 ジェミニの言葉を遮るように雄叫びを上げながら、俺は動く。


 左腕から出すのは、中級魔法『風刃』。

 正面から…とにかく最速で発動する攻撃魔法を浴びせる。


 もちろん、それが効くなどとは思わない。


 俺は足を走らせる。

 出来うる限りの最速で、ジグザグに右にステップを踏みながら、悠然と構えるジェミニとの距離を詰める。


「―――ラァァア!!」


 衝突する『風刃』をジェミニは呼吸でもするかのように避ける。

 『風刃』のスピードなど、彼からしたら止まっているようなものだろう。


 だが、『風刃』は囮。


 本命は奴が避けた先―――右からの縦振り下ろし―――。


「―――オオ!!」


 と、見せかけた半歩タイミングを遅らせた横薙ぎ。

 体をスライドさせて、俺は構想通りに腕を――剣を走らせる。


 ジェミニは、俺を視界に捉えているものの、縦のフェイントに釣られてサイドにステップを踏んでいる。


 ―――決まった。


 その先には、俺の剣が置かれているのだ。

 『風刃』と縦の剣をフェイントに使った、本命の速度を乗せた横薙ぎだ。

 間違いなく、致命傷になりうる、横腹を貫く剣が、ジェミニの肌に到達した―――。


 その時。


 信じられないことが起こった。


 ―――完全に意表を突いたはずだった。

 

 ―――俺の剣は、奴の肌に到達したはずだった。


 ―――決まったはずだった。


 だが―――結果としては、奴は無傷だった。


 俺の剣がジェミニの()()()()()()()()()()()()()()、ジェミニが身を翻し―――俺の腹に、衝撃のような蹴りを見舞ったのだ。


「―――悪くない。…85点だ、小僧」


「―――カハッ」


 嗚咽の漏れる中、俺は再び数メートル宙を舞った。




● ● ● ●




 ―――ふむ。


 金眼を半分閉じながら、ジェミニは正面―――自身の蹴りによって吹き飛んでいく少年を見据えていた。


 見た目はなんら普通と変わらないユピテル人の少年だ。

 おそらく15歳かそこら。

 まだ成人してまもない年齢だろう。


 だが、その身に纏う強さの雰囲気は、ジェミニの知る15歳の少年とは一線を画していた。


 間違いなく、何度も死地を乗り越えてきた猛者。


 ここ数年まみえなかった―――強く―――そして敵として自身に向かってくる極上の獲物だった。


 ブラウンの髪は所々焦げて縮れており、身体中のあちこちには痛々しい傷の跡がある。

 おそらくジェミニと戦う前に、既にいくつもの激戦を潜り抜けてきたのだろう。


 ―――ユリシーズか、ゾラか―――はたまたクザンか…。


 いずれにせよ、ジェミニからすると面白くはない。

 こんなに素晴らしい素材を、先につまみ食いされたのだ。

 万全なこの少年と戦うという幸運がジェミニに訪れなかったのは一重に、彼がヌレーラという()()()の都市に配備されてしまったからだが…。


 ―――いや、ネグレドは恨むまい。


 結果としては少年―――アルトリウスと相見えることができているのだ。

 ならば文句は言うまい。


 彼の興味は、闇狗ウルの予言にあった『軍神ジェミニを倒す者』とはいったい誰なのか―――。

 その一点に尽きる。

 予言があった以上はどのような状況下でも、きっとその者は現れるのだろう。


 当初、第三特記戦力として聞いていた彼のことを、ジェミニはそれほど期待はしていなかった。

 ジェミニの本命は『天剣』であり、『烈空』は所詮は100人という隊が揃って力を発揮する―――『暁月の連隊』のようなものだろうと思っていたのだ。


 だが、それは大きな誤りだった。


 メインディッシュとまでは行かないまでも、少なくとも『前菜』として彼以上に素晴らしいものはないだろう。


 気骨のある精神に、純然たる速さ。

 冴え渡る剣の威力に、戦略性のある戦い方。


 どれもが、今までジェミニが経験した中でも最高峰の物だ。

 既に自身の配置への不満など、とうに忘れてしまっている。


 ―――ああ、ダメだ。すぐに終わらせてしまっては。


 高ぶる力の奔流―――戦闘力を、ジェミニは必死に抑え込む。

 そもそも、戦いを挑んでくる者ですら久しぶりなのだ。

 もっとじっくりと、全てを出し切ってもらわなくてはつまらない。


 不適に笑う軍神の渇きは深い―――。



基本毎日更新していきますが、急な休載はTwitterで報告します。気になる場合はTwitter@Moscowmule17でご確認ください。


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