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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十三章 青少年期・アウローラ編
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第134話:導かれし場所



「はぁ―――はぁ―――」


 息を切らせながら、少女――アニーは走っていた。

 紺色の三つ編みの少女の背中には、全身傷だらけの気絶した少年、アルトリウスの姿があった。

 

 治癒魔法の他に、一応身体能力強化魔法が使えるアニーであるが、長い治癒魔法の使用のせいで既に魔力は枯渇している。

 鍛えているとはいえ、彼女とて魔力がなければただの18歳の少女。

 年下ながらそれなりに体格も出来上がりつつあった少年を、抱えて走るには無理があった。


 先ほどの場所からはまだそれほど離れ切れていない。


 ―――駄目…もっと離れないと…。


 だが、彼女は力の限り、歩みを進めた。

 そう、止まれない理由がある。


 ―――あの男。 


 彼女たちが遭遇した男は、明らかにヤバかった。


 敵か味方か。

 そんな判断すらもする隙を与えないほどの射抜くような圧。

 視線だけで人の命を奪えるような、そんなプレッシャーだ。


 ―――あれはもう、人間じゃない。


 人の形をした化け物。


 それが、ようやくまともになった思考で行きついた結論だ。


 とにかく、アレからできるだけ遠く。

 もはや敵陣だろうとどこでもいい。


 アレの追ってこれない場所に、自分は隊長を連れて行く義務がある。


 フランツが、ウェルゲンが、サムが、ノエルが、ジェイドが、ラムザが―――命を懸けてつないでくれたバトンだ。絶対に落とすわけには行かない。

 

 既にアニーの魔力は切れている。


 凄まじい頭痛と吐き気が襲う中で、それでもアニーは、一歩一歩足を進める。

 どこに向かっているかはわからない。


 それでも遠くへ…。

  

「―――うっ!」 


 足取りがおぼつかず、その場でアニーは躓いた。 


 うつ伏せで地面に滑り込むと、背中の少年の体重がどさりとアニーの体に伸し掛かる。


「―――はぁ―――はぁ――ちょっと隊長…こんなところシンシアちゃんに見られたら…怒られちゃいますよ」


 そう呻きながら、アニーは腕の力で地を這うように進んだ。

 

 テントで同室の少女が、この傷だらけの少年のことを想っていることは、もはや隊では常識だ。

 知らないのは本人と隊長だけだろう。


 ―――皆、知ってるんですよ。


 アルトリウス・ウイン・バリアシオン。

 第1独立特務部隊の隊長にして、アニー達の上司。


 そう…誰もが知っている。

 この15歳の少年が、隊員を死なせないために必死で戦ってきたことを。

 本当はやりたくないのに、敵を斬り続けてきた事を。

 誰か隊員が死ぬたびに、その亡骸を炎で贈りながら、背中で涙を流していることを。


 隊の誰もが、この少年を尊敬し、感謝し、愛している。

 だからこそ、彼が行くならばどんな戦場であれ共に行き、傍で戦う。


「…貴方がいないと、私たちは駄目なんです」


 ――だから、隊長…どうか…。


 そこで、アニーの意識は薄くなっていく。

 

 意識が途切れる寸前――どこか背中の重みが軽くなったような気がした。




● ● ● ●





 そこは戦いなんかとは無縁な平和な場所。

 のどかな田舎の、大きな屋敷のこれまた広い庭だった。


 庭に置かれた椅子に座って、俺は本を片手に紅茶を飲んでいた。

 俺の後ろに佇むリュデが入れてくれた紅茶だ。

 安心するような甘酸っぱい愛情の味を舌に感じながら、正面を見ると、同じように紅茶を飲みながら本を読むヒナの姿があった。

 俺が彼女を見ていると、不意にヒナも俺の方を見て、視線が重なる。

 すると、ヒナは慌てて照れたように視線を外す。とても可愛らしい仕草だ。


 庭の芝生から高い声が聞こえたので、そちらに視線をやると、何人かの幼い子供たちと、2人の女性の姿があった。

 子供たちが誰かはわからないが、2人には見覚えがある。

 あれはエトナとシンシアだ。

 芝生の上に布地を敷いて、なにやらお弁当の包みを広げているエトナと、子供たちの前で木の剣を振っているシンシア。

 エトナは俺が見ていることに気づいたのか、こちらを向くと、満面の笑みで手を振ってくる。

 手を振り返したら投げキッスが飛んできた。流石に返すのは恥ずかしかったので苦笑をしておいた。


 シンシアは俺の視線に気づかずに、真面目な顔で子供たちに剣を教えている。

 剣が振れたからといって強くなった気になってはいけないとか、必要な時以外みだりにつかってはいけないとか…彼女らしい真面目な内容だ。

 子供たちは真剣な顔つきで聞いているのもいれば、上の空の子もいる。


 なんとも不思議な光景だ。


 だが、自然と安心するような―――温かい気分になる光景だ。

 みんな笑顔で、みんな幸せそうだ。


 澄んだ空気に、笑い声と小鳥のさえずりが響く、のどかな空間。

 

 戦争なんてない、平和な世界。

 それを体現しているかのような―――そんな世界。


 ――ああ、いつまでもこうしていたいな。


 きっとこの世界でなら、俺は剣を取ることもなく、人を殺すこともなく、大切な人たちと幸せに暮らせるんだ。


 でも―――おかしいな。

 

 俺は戦場にいたはずだ。

 血と土煙の漂う、荒んだ戦場に。

 いつの間に俺はこんなところに来たんだろう。

 何かがおかしい。


 俺はふと視線を落とす。

 ついさっきまで読んでいた本だ。

 

 ああ、そうだ…この本が戦争についての本だったんだ。

 だから何かを勘違いしたんだろう。


 確か…戦争―――大きな内乱がはじまったところまで読んだんだ。


 そう、丁度―――主人公が、要塞に向かう途中で、気絶したアルトリウスと出会うところで……。


 ―――え?


 俺?


 俺は慌てて本を閉じ、表紙を確認した。


 『軍神ジェミニの英雄譚』。


 その本はそんな題名をしていた。


 …これって――。



 ―――瞬間。



 世界は真っ白に覆われた。


 まるで儚い夢であったかのように―――俺の幸せな日常の世界は消えていく。


 俺の視界は白の海の中に埋まっていった。



『―――それがお前が守りたい世界だ』


 声が聞こえた気がした。




● ● ● ●


 

「――――!」


 俺は目を開けた。

 何か―――凄く温かい夢を見ていたような気がする。


 視界を覆うのは、誰かの背中だった。

 少し華奢な、紺色の三つ編みの少女の背中――。


「…アニー」


 1班――俺の部下のアニーの背中で、眠っていたようだ


 アニーは、どうやら魔力切れか何かで気絶している。


「…よっと」


 体を起こし、立ち上がると、少し頭に頭痛が走るものの、違和感はない。


 ―――俺は…確か…。


 摩天楼と魔断剣。

 とんでもない化け物と戦って、その最中に急に胸に痛みが走ったんだ。

 立っていられないほどの激痛に、負けそうになっているところで…ヒナが来てくれた。


 そこで記憶は途切れているが…。


「…どういうことだ?」


 周囲は少し木々のある林の中。

 アニー以外にひとけはなく、敵も味方もいるとは思えない。

 道からは外れているので、こんなところを無理に通るのは…。


 ―――逃げてきた?


 そう、まるで何かから逃げてきたようだ。


 体は、一応問題なく動く。

 突如俺を襲った胸の痛みはおさまっている。

 ユリシーズの魔法で負った傷は概ね塞がっていた。

 アニーが治癒魔法をかけてくれたのだろう。


 ヒナは?

 イリティアは?

 他の隊員は?

 ユリシーズやゾラは?


 何がどうなっているのかは分からない。

 分からないが……。


 俺はアニーを抱え、そっと木にもたれかからせた。

 あまり自信はないが、シルヴァディに教えてもらった隠蔽魔法をかけておく。


「…行かなきゃ」


 ――何かが呼んでいる…。


 まるで得体の知れない世界の意思に導かれるように、俺は歩き出した。




● ● ● ●




 ネグレド・カレン・ミロティックの構想した『三陣の計』とは、アウローラ、ヌレーラ、イルムガンツの距離の近い三か所の拠点を利用する挟撃戦略である。


 とはいえ、敵軍が1つの拠点を大軍で攻めてきたとき、援軍が来るまではその拠点に存在する兵力のみで耐え忍ばなければならない。生半可に軍団を分断するわけには行かないだろう。


 しかし、ネグレドはバシャックら門閥派を説得するため、前10万のうちの半分―――5万の兵をアウローラに割かなければならなくなった。

 つまり自身の使える兵力は5万であり、これを持ってイルムガンツとヌレーラの防衛をしなくてはならない。


 ネグレドは、これら5万の戦力を、全てイルムガンツに配備した。

 もちろん、ヌレーラよりはイルムガンツにラーゼンが現れる可能性が高いということもあったが、それ以上に―――ヌレーラに軍団を置く必要などさらさらなかったからである。


 確かに―――ヌレーラには軍団は置いていない。

 だが、ただ1人だけ。

 ネグレドにとって切り札となる戦力を、ヌレーラに置いた。


 すなわち『軍神ジェミニ』。

 この世で最も強い男にして、下手をすれば5万の軍すら凌ぐであろう世界最強の単体戦力。 

 

 これにより、ラーゼンの軍がイルムガンツに来た場合でも5万の十分に防衛でき、さらにヌレーラに来た場合でも、ジェミニ1人で敵軍全てを殲滅することすら期待できる。

 これが、ネグレドが三陣の計に置いて行った工夫である。


 ―――結果としては、運がいいのか悪いのか、ラーゼンが攻めたのは、ジェミニのいないアウローラとイルムガンツになった。


 この場合、本来ならば、アウローラが援軍要請を出し、都市ヌレーラに滞在していたジェミニがアウローラの援軍へ向かうはずだったのだが―――門閥派の慢心により、援軍要請は出されなかった。


『3万の軍がイルムガンツに侵攻があり。アウローラから援軍要請がない場合は、こちらの救援に来られたし』


 ヌレーラにて、ネグレドから届いたその伝令を、ジェミニは額面通り受け取った。

 アウローラから援軍要請は来ない。


 すなわち、ジェミニはアウローラではなく、イルムガンツに向かったのだ。


 軍神ジェミニが、この遅れたタイミングでイルムガンツ近辺に現れたのはそういう理由があったのだが……。



 …無論、そんなことを―――地面に横たわるフランツに知る由はない。


 ―――圧倒的だった。


 白髪に金色の目。

 高貴であり、かつ凄みのあるその男は、剣を持たず、丸腰だった。


 だが、それなのに、フランツ達6人を、ものの数秒で制圧せしめた。


「…ふむ…まぁこんなものか」


 地に伏せるフランツ達を尻目に、男はそう言った。


 彼が使ったのはただの殴りだ。

 何の変哲もない―――ただの拳による突き。


 それを、誰も避けれなかった。


 間合いの差があったはずだ。

 人数の差があったはずだ。


 だが、そんなもの何の足しにもならなかった。


 気づいたら、腹部に、あるいは顔に、痛みを感じ、そのまま宙を舞うように弾き飛ばされた。

  

 男の後ろに佇む少女は、特に表情を変えずに、その一部始終を眺めていた。

 特に彼女が何かをしたとも思えない。


 知覚できないうちに、殴り飛ばされていた。

 

「これならまだあの死にぞこないを叩き起こした方が楽しめたか…《暁月の連隊》を思い出して期待をし過ぎたようだな」


 特に抑揚のない声で、誰ともなく男は呟く。


 《暁月の連隊》。

 ユピテル人で知らぬ者はいない。

 かつて―――大戦、バルムンク戦争において、最もユピテルを苦しめた最強最悪の部隊。


 そして、それと戦って生き残っているのは…。


 ―――ああ、そうか…ヤバいわけだ。


 遠のく意識と腹部に走る痛みの中、フランツは思った。

 挑んだことが間違いだった。

 いや、もしかしたら出会ったことが間違いだったのかもしれない。


「―――軍神…ジェミニ」


 かすれた声で――フランツはその名を口にした。


 世界最強。

 圧倒した二つ名は数知れず。

 敵対したら、国ですら滅ぼされる。

 軍の神の名を冠した―――そんな逸話のような男の名前だ。

 

「―――ほう、まだ口が利けるのがいたか…」


 男―――軍神ジェミニは心なしか浮ついた声を出しながら、地に伏すフランツの元へ歩みを進める。

 他の隊員が生きているのか、フランツにはわからない。

 

「まだ若いな…残念だ。あと10年あれば50点には達していただろう」


 男の姿は、フランツのすぐそばにあった。

 

 フランツの頭の中にあるのは、死の予感と―――そして自身の敬愛するアルトリウスの安否だた一つだけだ。


 ―――ああ、むしろ、隊長が気を失っていて良かった。


 もしもアルトリウスが起きていたら―――きっと彼はこの化け物に挑むだろう。

 そして挑んでしまったが最後、待ち受けるのは死。

 元からあれほどボロボロの状態だったのだ。

 こんな人外の存在を相手にして――アルトリウスが勝てるとも思えない。


「…さて、予定外に時間をかけてしまったな。肩慣らしにはちと足りんが、ネグレドを待たせるわけにもいくまい。さっさと止めを――――」


 そこで、男の声は途切れた。


 まるでフランツに興味がなくなったとばかりの反応だ。


 苦悶の表情を浮かべながら目を開けると、既に男の顔は――遥か遠くを見つめていた。


 ―――まさか‼


 力を振り絞り、フランツは首を振る。

 方角はアニーが去っていった方向だった。


「―――どう…して」


 そこには―――1人の少年がこちらに向かっている光景があった。

 

 体の至る所に生々しい傷を残しながらも――しっかりとした足取りでこちらに向かう少年。

 逃げたはずの、逃がしたはずの少年だった。


 焦げ茶色の髪に、焦げ茶色の瞳をした少年―――アルトリウスだ。


「―――ククク…死にぞこないが戻ってきおった!」


 そして―――そんな少年を見つめる軍神の顔は、狂気に歪んだ笑顔で満ちていた。  

  


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