第132話:2人の至伝
―――属性魔法には詠唱が存在する。
魔力神経を備えた者は無詠唱で魔法を使うため、使うことはないが、それでも魔道を進む者からすれば、周知の事実だ。
詠唱がなぜ必要か。
それは、魔力を他の属性のものに変換する必要があるからだ。
魔力神経が備わっていない者は、詠唱しなければ火を起こすことも、水を出すこともできない。
そして――どの属性の魔法の詠唱文でも、最初の一文は決まっている。
例えば、水属性の魔法を使う場合、
『真実と貞淑の水の精霊よ』
という文が絶対に最初に置かれている。
炎の属性を使う場合は、
『憤怒と情熱の炎の精霊よ』
という文が最初に置かれる。
そう―――どの属性にも共通するのは『精霊』という文言だ。
―――精霊。
いったいそれは何なのか。
多くの魔法使いはそれを知らない。
そして知らぬまま詠唱をしている。
だが―――その魔法を知っている一部の人間は、精霊という存在を知っている。
精霊とは、属性を司る―――自然そのものが、意思を持った姿。
人間にとっては隣人であり、そして、世界そのもの。
魔力を炎にするにも水にするにも、それら自然の精霊たちの助けを借りなければ、魔法は発動しない。
故に、魔法使いは精霊の名を呼び、魔法を詠唱するのだ。
● ● ● ●
「―――最初から《至伝》で行きます!」
ヒナは叫んだ。
『摩天楼』ユリシーズ。
相手は師にして《八傑》。
最強の魔法士。
アルトリウスが消耗させてくれたとはいえ、油断できる相手ではない。
堅牢な魔力障壁に、《流体金属》による絶対防御。
そして多彩な攻撃手段と経験。
ちまちまとやりあっても意味がない。
―――集中よ。
ヒナは自分に言い聞かせる。
できるはずだ。
ユリシーズの魔力総量は知っている。
概ねその量はヒナと同等。
そして―――既にユリシーズは秘伝を使い、消耗している。
条件はこちらに有利。
「イリティア先生…詠唱します。その間任せてもいいですか?」
「…ええ、命に代えても」
小声でイリティアに話しかける。
―――『詠唱』。
既に魔力神経を持ち、無詠唱で魔法を行使できるはずのヒナに―――魔法の詠唱は不要である。
そんなヒナが詠唱しなければならない魔法―――それはこの世でそれに限られる。
今からヒナが使うのは、この世から消えてしまった魔法の1つ。
強力過ぎるがために禁止されたとも、使える者が少なすぎたから消えていったとも言われる、禁断の魔法。
そう―――『失伝魔法』。
すでにこの世ではそう言われた、詠唱を必要とするロストマジック。
…集中よ―――。
魔力を高める。
今日はこれ以上ないくらい集中できている。
天気がいいから?
相手が師匠だから?
アルトリウスに会えたから?
多分それもある。
でも一番は、怒りだ。
憤怒。
―――ボロボロだった。
ヒナは思う。
全身に傷を負い、火傷をして、血を吐いて。
アルトリウスはボロボロの姿だった。
それなのに、人の心配ばかりして、きっとまた何か大事なものの為に無理をしたんだろう。
そんなアルトリウスを見たとき、湧いてきたのはふつふつと湧いてきた怒りだった。
こんな姿にしたユリシーズに?
――違う。
彼を戦場に駆り立てたオスカーに?
―――違う。
では何に?
―――簡単だ。
それは、自分自身にだ。
ヒナは何よりも自分自身に対して怒っていた。
そう―――戦争だ。
アルトリウスは戦争をしているのだ。
――「死」。
それはヒナの想像していたよりも身近に存在するものだった。
心のどこかで、きっとヒナは油断していた。
アルトリウスなら大丈夫。
あんなにすごいアルトリウスなら…戦争もきっと無事に―――。
内心ヒナはそう思っていた。
そんなこと誰にもわかるはずはないのに。
どうして、すぐにカルティアに行かなかったのか。
あの手紙を読んだとき、すぐに飛んで行って、傍にいるべきだった。
―――だから…せめて…。
「アルトリウス、貴方を勝たせるわ。この…私が!」
● ● ● ●
「――あの子…こんなところで《至伝》を…!」
ユリシーズは歯噛みした。
愛弟子ヒナの放つ尋常でない魔力の収束。
間違いなく、やる気だ…。
摩天楼ユリシーズの『至伝』―――。
ユリシーズが、その魔法の師であるウルから教えられた、魔法の概念そのものを揺るがす大魔法にして―――長らく彼女ら以外に使える人間が現れなかった魔法。
かつては弟子に教えようとしたこともあった。
だが、誰も―――その魔法を使うことはできなかった。
もう誰も継ぐことはできないと、そう思っていた。
そんな中現れた、一筋の光。
ユリシーズの全てを受け継ぐことができるといえる、才能の持ち主。
ギラりと、ヒナの紅の瞳が光った。
「『君臨せし世界の尊き者達よ、いざ我らの地に降り立たん―――』」
―――詠唱文、ならば間違いない!
「お爺! イリティアちゃんを頼みます!」
「おうよ!」
『失伝魔法』。
どんな魔法士でも詠唱が必要であると言われている、禁断の魔法。
その中でもその魔法は―――。
―――アレには同じものをぶつけないと勝てないっ!
「―――『君臨せし世界の尊き者達よ、いざ我らの地に降り立たん――』!」
そう判断し、一瞬遅れてユリシーズも早口に詠唱に入る。
「『理を信じ、夢を叶え、空を裂き、地を砕かん』」
「『理を信じ、夢を叶え、空を裂き、地を砕かん』」
ヒナの詠唱に続いて、ユリシーズの詠唱が綴られる。
精神を意識の奥底に没落させているように、集中している。
「『汝、我の求めるところに、意思を示し、その虚空を貫きたまえ』」
「『汝、我の求めるところに、意思を示し、その虚空を貫きたまえ』」
「『――その憤怒は枯れることはなく、その情熱は苛烈に燃え上がる炎の如し』」
「『――その潔白は陰ることはなく、その慈愛は無限に広がる光の如し』」
そして、2人の目が見開かれる。
互いの体から湧き出る魔力の奔流は、その場の空気を、大地を―――圧倒していた。
「『…我が祈りの元、遥かなる力を今ここに! 《精霊召喚》――炎の精霊…イフリート』‼」
「『…我が祈りの元、遥かなる力を今ここに! 《精霊召喚》――光の精霊…アマドール』‼」
2人の詠唱が終わった瞬間―――膨大な魔力の奔流と共に、天をつんざかんとする2色の光が、辺りを喰らった。
それは、圧倒的な魔力の光だ。
可視化できるほどの2色の魔力。
かたや、燃え滾るマグマのように真っ赤な紅蓮の光。
かたや、目を覆いたくなるほど眩しい純白の光。
そして――
『――おいおいヒナ…アマドールの奴も一緒かよ…』
『それはこっちの台詞ですわ。乱暴者のイフリートとセットなんて。いったい何を考えているんですのユリシーズ』
空気を揺るがすような振動が―――その声のようなものを形成していた。
「我慢しなさいイフリート。敵よ」
「そうです。アマドール、相手はヒナですよ」
そんな人の声が聞こえてくると同時に、眩い光が止む。
ヒナの隣―――
『…なるほどなぁ…《光君》ユリシーズか…』
そう、図太い音を発するのは、まさに―――炎の化身。
怒髪天のような真っ赤な髪に、紅の髭。
赤い皮膚に燃えるような炎の衣を身に纏う、紅の化身。
かの名をイフリート。
この世の炎を統べる、炎の精霊。
内包する力は、この星に介在する無限に等しい魔力と、自然の怒りそのものの概念だ。
「…《光君》? 《摩天楼》じゃなくて?」
『ほう…《摩天楼》か…これまた大層な名前を名乗っとるなぁ』
「うるさいですよイフリート」
『《摩天楼》は700年前、初代の八傑の1人が名乗っとった称号だ…スカーレットに憧れるのはいいが、実が伴っていないんじゃなぁ』
「…アマドール、さっさとあの無礼な炎の精霊を滅殺してください」
ユリシーズは、怒髪天の化身の言葉にわなわなと額に筋を浮かべながら、傍らの純白の光を放つモノに声をかける。
『ユリシーズ、私も前から思っていましたが《摩天楼》は調子に乗り過ぎですのよ。スカーレットは本当にすごいのですから』
そうユリシーズを嗜めるような音を出すのは、真っ白な―――まるで女神のようなモノだった。
純白の長髪に、純白の衣、純白の肌に、全てを見通すような、これまた純白の瞳。
微細に光を放つその姿は、はたまた女神か、はたまた天使か―――。
この世の光を統べる光の精霊。
内包する力は、この星に介在する無限に等しい魔力と、自然の恵みそのものの概念だ。
炎の精霊イフリート。
光の精霊アマドール。
この世の魔法の属性を―――自然の摂理を具象化した存在、精霊。
理を越え、それ呼び出す魔法。
『精霊召喚』。
この世で3人しか使えない、失われた魔法―――。
「…御託はいいわ。イフリート…燃やし尽くすわよ!」
『おうよ!』
「アマドール、頼みますよ…」
『仕方がありませんね』
今―――史上初の精霊同士の戦いが…始まる。
詠唱文考えるの苦手過ぎる・・・。
文の中身には大した意味はないので、もっとかっこいい文を思いついたら差し替えます(笑)
読んで下さりありがとうございました。




