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第13話:剣士になろう

 少し短いです。


 



 魔法の習得の速さは、その多くが、元々持っている『才能』に依存する。

 もちろん、才能に鼻をあぐらをかいて、努力を怠れば、折角の才能を無駄にしてしまうのは当然だ。

 しかし、いくら努力をしても、できないことはできないし、苦手なことは改善できても、得意にはできない。

 別に魔法に限った話ではないだろうが、特に魔法はその傾向が顕著だということだ。


 そんな魔法に対して、《剣術》の実力は、今まで培ってきた経験や、努力量が物をいう。


「勿論、元来持っている運動能力や、センスが必要ないとは言いません。あったほうがいいに決まっています。ですが、必死に修練を積んで、反復して練習すれば―――剣というのは自然と上達するものです」


 イリティアはそう言った。


 どんな人間にも向き不向きはある。そして、そんな向き不向きに対応するために、剣術は様々な流派が存在するのだ。

 力が弱い人は《技》を鍛え―――センスがない人は《体》を鍛える。

 

「そうして―――剣を振り始めた当初は、棒切れのような体だった人が、とんでもない受け流しの技量を持つ剣士に成長したこともあります。いくら教えても握り方も覚えなかった容量の悪い人が、凄まじい威力の一撃を放つ剣士に成長したこともあります」


 何かに特化したり、長所を伸ばしたりすることで、足りない部分を補ってあまるほどの実力を身に着けるのだ。


「アルにいつか本格的に学んで欲しいのは《神速流》の剣術ですが、それでも先に《神撃流》を学ぶことには、非常に重要な意味があります」


 神撃流の基礎の説明をするさい、イリティアはそう言った。


「《神速流》は《加速魔法》を用いてこそ真の力を発揮します。つまりは《魔力》が尽きてしまった場合、その真価を十分に発揮することはできないのです。半面、《神撃流》はどんな状況下にも対応できるように作られた柔軟な剣術です。

 アルの魔力保有量は多いですが、《魔力切れ》を起こさないとは限りません。魔法に頼らない自衛手段は必要だと思います」


 少なからず魔法を使って戦う、魔剣士や魔導士にとって、保有魔力というのは一種の生命線だ。

 これをいかに節約して効率のいい結果を出せるかが、魔剣士同士の戦いの鍵になるらしい。

 そしてお互いに魔力を切らした場合、素の剣の実力が、戦いの命運を左右する。

 

 そういう意味では、魔法を使える状況や、そうでない状況、剣のない状況から、利き腕を失くした状況までもを想定して訓練する《神撃流》は万能だ。他の流派と併用する流派として人気を博しているのも納得だ。


「では剣術を教えていきます。最初に言ったように剣術は経験と努力量が意味を成します。なので、2年間学んだ後も、鍛錬は欠かすことのないように」


「はい!」


 本格的な剣の授業が始まった。



 これまで行ってきたトレーニングは、まず剣を学ぶための基礎体力と、運動能力を上げるためのものだ。

 

 そして、剣を持って初めにやったことは―――そのトレーニングを、剣を帯びて――もしくは剣を持った状態で行う、というものだ。

 まずはその状態で、剣の存在が苦にならない程度に動けるようになるのが目標だ。 

 あるときは、右腰に、あるときは左腰に、あるときは背中に。剣を帯びる位置を色々な場所に変えて、動き回る。

 イリティア曰く、このようにあらゆる状況に慣らしておくことが《神撃流》の真骨頂なのだとか。


 ある程度剣に触れたところで、型の稽古が始まる。

 

 剣の握り方や、基本的な振り方。剣を抜いた後の構えや、どのような構えからどのような振り方を出しやすいか、など、一つ一つ確認しながら行う。

 想定する剣自体も様々だ。

 ユピテル共和国でメジャーな片手用直剣はもちろん、両手用の長剣や、刃の短い短剣。反りのあるサーベルや刀。

 自分の武器を失くした場合、相手の武器を奪って戦うこともある。ある程度は触っておくことが重要だ。

 どれも《剣》である以上、基本は同じだが、武器ごとに長所や短所があり、盾との取り合わせや、耐久力が違う。

 何日もかけて、それぞれを生かす動きを学ぶ。


 はじめのうちはゆっくりと、意識しながら形を重視して。

 慣れてきたら、無意識に、速さと威力を重視して。


 もちろん、広く手を出し過ぎて、どれも中途半端では困る。

 基本的には、取り回しに優れ、あらゆる剣との動きに応用ができる片手用直剣に多くの時間を割いた。 


 そしてそれらの動きを、逆向き―――つまり、利き腕ではない左手で剣を持った状態でも違和感がない程度に練習する。逆向きの構え、逆向きの足さばき。勿論時間はかかる。元の動きも忘れてはいけないのだ。


「別に、利き腕と同等の動きでなくとも構いません。ただ、いざとなったときに()()()ということが重要です」


 イリティアは、()()()ということが《神撃流》の強みだと言った。

 

 基礎的な動きや型を身に着けるのに、概ね半年かかった。

 正直、毎日長時間同じような動きの繰り返しだし、飽きることもあったし、やりたくないこともあった。


 しかし、イリティアの真摯な姿勢を見ていると、どうにも手を抜く気にはなれなかった。

 

 「――――私に教えられるのは神撃流だけなので」

 

 ぽつりと彼女が漏らしたことがある。

 せめて、いつか俺が《神速流》を学ぶときのために、()()だけは完璧にしておきたいのだという。

 イリティアの気持ちには応えたい。

 

 基礎が終われば、実際に剣での打ち合いだ。対人戦の訓練をしなければ剣を使えるとは言えない。

 


 イリティアと向かい合って、剣を打ち込み、打ち込まれ、だんだんとその手数やスピードを増やしていく。

 使うのは実剣ではなく、木で作られた《木剣》だが、当然当たれば痛い。数日青あざが残る程度に痛い。


 剣を打ち込む際、イリティアは本気で打ち込んで来いという。

 もちろん、俺はけんかもしたことのないガリ勉なので、例え木剣でも、人に剣を突き立てることに抵抗はあった。


 しかし、


「本気でやりなさい!」


 俺が、委縮して、甘えた打ち込みをすることは一瞬でバレる。

 そうしたとき、イリティアは容赦なく、返しの木剣で俺を打ち叩く。

 初日の俺は全身青あざだらけだった。

 

 イリティアもこんな子供を―――しかも自分の弟子を痛めつけるなんて、辛いはずなのに、俺のためを思って木剣を振っているのだ。

 俺が人に剣を向けるのを躊躇しないように、俺のためを思ってそうしたのだ。


 俺も心を鬼にした。

 本気で打ち込んで、本気で切りかかった。そうしないと失礼だ。


 イリティアは俺の攻撃なんて全て余裕で防げるのに、たまに有効な打ち込みがあればわざと受ける。


「今のは良かったですね。流石です、アル」

  

 そして自分の体に青あざを作りながら、笑顔で俺の頭を撫でる

 俺は何度も泣きそうになった。

 

 あるとき、イリティアは言った。


「―――アルは、優しい子です。他人のことを本気で思いやり、他人のために泣くことができる、そんな子です。でも、だからこそ、いざというときは剣をとらなければなりません。そうしないと、自分も、大切な人も、何も守れませんから」


 剣を振ることを躊躇して、何かを失ったことがあるのだろうか。

 その言葉は俺の中に、深く残った。


 剣術というのは、結局のところ、人を殺すための技術だ。

 剣の受け方も、剣の振り下ろし方も、《相手》がいることが想定されたものだ。

 その相手とは、人間だ。

 

 そしてこの世界では、殺人―――いや、()()()()―――は雲の上の話ではない。

 大きな戦争もあった。街は焼かれ、たくさんの命が失われた。

 国境線ではいまだ小さな紛争は続いている。人が死ぬのは当たり前だ。

 国の外に出れば、そこに治安なんてものはない。いろんな人種の《蛮族》が入り乱れ、力のないものは殺され、全てを奪われる。

 ここはそんな世界だ。 


 イリティアは、剣を通して、俺にそういったことを教えてくれた。

 この世界で生きていくために、目を逸らせない現実を。


 しかし―――。

 

 稽古はいい。

 木剣ではいくら本気で振っても、人は死なない。痛いのは嫌だが、治癒魔法や活性魔法もある。

 

 それに、別に俺は軍人になるつもりもない。戦場に出るどころか、できればこのまま都市部でぬくぬくと暮らしていきたいと思っている。


 だけどもしも――、

 

 もしも、殺さなければ殺される。そういう場面に出くわしたとき―――。


 ―――――俺は―――剣を振れるのだろうか。


 いくら考えても、答えは出なかった。

 

 




 


 ユピテル共和国内では、正当な理由のない殺人は罪です。程度によりますが、概ね極刑です。

 逆に、名誉の侵害や、不当な権力行使など、理由があれば殺人も許されます。

 ユピテル人がやけに礼儀正しいのは、名誉を傷つけた報復で殺されないためです。

 奴隷は、正確にはユピテル国民という扱いではありませんが、誰かの所有物であるので、勝手に手を出したら犯罪です。自分の奴隷を理由なく不当に扱うのもNG。

 都市部では徹底されており、ヤヌスは世界で最も治安のいい場所です。


 読んでくださりありがとうございました。合掌。


 

 

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