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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十三章 青少年期・アウローラ編
129/250

第129話:『崩天星岩』

 


「――は?」


 ()()を見た時、一瞬思考が停止した。


 そう――その時まで、俺は焦っていた。


 魔断剣ゾラ。

 中肉中背の老人だが――この人が厄介だった。


 俺の方が速いのに、全ての動きを読み負ける。

 水燕流の奥義も通用しなければ、神撃流の徒手空拳で上を行かれた。


 わざと攻めさせられてる。

 そんな状態だ。


 8本の剣は4本まで減らしていたが、それでも剣を入れ替え、動きを立ち替え、とにかく俺をユリシーズの元へ近づけさせないようにしていたのだ。


 ユリシーズが後ろでなにかをしていることはわかっていた。


 俺は焦っていた。

 ゾラがやけに落ち着いていたことも焦る原因だっただろう。


 だから…唐突に投げられた煙玉の対処に遅れてしまった。


 モクモクと立ち込める白い煙。

 慌てて俺が風魔法を発動させたときにはもう遅かった。


 ――真上。


 太陽の光が消えた。


 いや、()()によって光が遮られたのだ。


 それは、巨大な岩だった。

 俺から見た大空を、全て覆い隠すほど巨大な大岩だ。


 赤く燃え上がりながら、ひたすらに加速して俺のいる場所めがけて落ちてくる炎岩。

 それはまさに――、


 ―――隕石。


 まさか、ユリシーズが魔法で呼び寄せたとでもいうのか。

 こんな魔法、俺は知らない。

 十中八九オリジナル。

 上級魔法どころの騒ぎじゃない。


 ――いや、そんなことどうでもいい!


 どうする?

 考えろ。

 回避だ。避けるんだ。


 いや…無理だ。

 デカすぎる。

 ちょっと動いてどうにかなるレベルの大きさじゃない。


「―――ッ!」


 思考が遅れた。

 何もかもが遅い。


 高速で迫る発熱した巨大な岩。


 こんなところでこんなもの落としたら、自分たちも巻き添えだろうに――。


 一瞬、ゾラ達の姿を探すも、既に奴らははるか遠く――自分たちの身を覆うかのように真っ白い金属の壁を展開していた。


 ―――ユリシーズの《流体金属》…!


 それで自分たちは助かるって算段かよ―――。


 クソ、考えろ。

 土属性なら雷属性が効くんじゃないか?

 あとは――そう、重力魔法で勢いを殺して―――。


「――クソったれめ!」


 全部だ。

 できることを全部試せ!


 生き残れ。

 魔力を注ぎ込め!


「―――っ!」


 そして――。


 俺の眼前に、純然たる質量と体積が遅いかかった。


 轟音。

 激痛。

 発火。


 あらゆる事象が俺の周りで発生している。

 純然たる質量。

 巨大な大岩そのものが俺を押し潰そうとしている。


「―――ぅおおおおおぉおお!」


 俺の叫びをかき消すように、轟音と衝撃を撒き散らしながら―――巨大な岩は俺を踏み潰し―――大地と激突した。




 ● ● ● ●




崩天星岩(メテオライト)』。


 そう名付けられたのが、ユリシーズの生み出した隕石の魔法である。


 魔法士が魔剣士を倒すには―――。


 その問いの先にユリシーズが導き出した答えだ。

 それはすなわち、純然たる質量による圧殺。

 わかりやすく、チープで、そして事実だった。


 魔力障壁は、魔法による攻撃を防ぐ超然たる鉄壁の防御だが、物理的な物に対する防御はそれほど強くない。

 剣士の剣が魔法使いに有効なのはそのためだ。


 つまり…魔法の関与しない巨大な岩石という純然たる質量は、魔力障壁の防御などまるで意に返さない。


 ユリシーズは魔法で隕石を作り出したわけじゃない。

 呼び寄せただけだ。


 アルトリウスめがけて迫る隕石が、重力に引かれて加速するのも、赤く燃え上がるのも、魔法の介在しない自然現象だ。

 何の準備もなくこれを防ぐ術は人間に存在しない。


 対シルヴァディすら想定した、ユリシーズの持つ最大打点の魔法である。


 そんなユリシーズの落とした大岩は、あたり一帯を吹き飛ばしていた。


 熱量と、岩屑の嵐。

 たち起こる煙。

 そして巨大なクレーター。

 まるで生物の存在など感じない凄惨な光景だった。



 そんな中で、白い金属に覆われた球体があった。


「―――終わりましたね」


 白い球体―――流体金属の防御壁がスゥーと消えて、中から出てきたのは2人の人物だ。


「全く…たった1人をやるのに随分大げさじゃのう」


「仕方がないじゃないですか、大きいのじゃないと避けられちゃいますし」


 のんきにそう話すのは、この魔法を使った主、ユリシーズと、その相方ゾラである。


 2人の視線の先は、クレーターの中心。

 荒々しく巨大な岩石が砕け散り、散乱している場所だ。


「流石に…やりましたよね」


 怪訝な顔でユリシーズが言う。


「ああ、あれはワシでも斬れん。奴に耐えられるとは思えんが」


「……」


 そうして怪訝に見つめていたのだが――、


 ガラッ、ガララッ!


「―――!!」


 中心――岩が多く重なる場所で、物音がした。


「―――ゲホッゲホッ…ハァ…ハァ…」


 そして――咳込むような人の声―――。


「…まさか―――」


「――しぶとい奴よのぉ」


 ユリシーズは絶句し、ゾラは感心した様に唸る。


 そう――出てきたのは、もはや岩の質量に押しつぶされ、死んでいるだろうと思っていた少年だ。


 岩をかき分け、ふらふらと起き上がる少年――アルトリウスは、全身いたるところに傷を負いながらも―――五体満足で生きていた。


「いったいどうやって…」


 驚愕するユリシーズに、アルトリウスは咳き込みながら答える。


「――ケホッ…簡単だよ…アンタらが、《流体金属》の中に入るのが見えたんだ…だから――俺も使わせて貰ったのさ…」


 そう言って彼は、金属のプレートのようなものを放り投げる。いや、もはやボロボロに凹み焼かれ、金属というには憚られるものだったが…、


「これは…?」


「さっきまで手甲だった金属だよ…流石にアンタのみたいに流体とまでは行かなかったが、形質変化くらいなら何とかなった。試してみるもんだな」


 それは、先程まで少年の左腕に装備されていた手甲だったものだという。


 隣ではゾラが髭をさすりながら、その金属のプレートの残骸を眺めている。


「思い出した…どこかで見たことあると思ったら天剣パストーレの装備か。白魔鋼とは…とんだ偶然よの」


「――あの土壇場で、とっさに白魔鋼を形質変化させて防御陣を築いたというのですか」


「そうとしか思えんが」


 白魔鋼は、通常の鉄鋼をはるかに凌ぐ耐久性を持っている。たしかに、ユリシーズのように身を固める防御に使えれば、物理的な衝撃すら耐える可能性はあるが…しかしそれでも鋼の形質変化など、ユリシーズでも習得に15年かかったものである。


 ―――それをこんな少年が…。


 驚愕すること彼女を気にせず、少年は答える。


「ゲホッゲホッ――それが白魔鋼かどうかはしらないが…もちろん他にも色々やったよ。土属性なら雷属性が効くんじゃないかとか、重力を無くして勢いを無くせないかとか――まぁ魔法で作った岩じゃない上に、慣性が乗ってたからあまり意味はなかったけど。これなら、一か八か最大加速で逃げた方が生存率は高かったな」


「……」


 アルトリウスの物言いに、ユリシーズは絶句していた。


 ――想像以上です。


 機転の利きの速さ、知識、魔力量、運――。

 全てを持っていると言ってもいい。

 もしかしたら、彼ならば魔道の極致に至るのではないか。

 そう思わせるほどのなにかを感じた。


「ゲホッゲホッ…さぁて、第3ラウンドと行こうか…次はさっきみたいにはやらせない」


「――っ!」


 そう言って少年は立ち上がる。

 左腕で、頭から滴り落ちる血をぬぐい、まだ戦おうとしている。


 そんな少年の姿は、言い様のない恐怖をユリシーズに与えた。


 何をやってもこの少年は倒せないんじゃないか、そんな予感がユリシーズの脳裏を過ぎったのだ。


 ――まるであの人と相対したときのようですね…。


「…ユリシーズ、気押されるなよ…奴ももう限界のはずじゃ」


 そんなユリシーズの気配を察知したのだろう、隣の老人はそう言って剣を構える。

 頼りになる相棒だ。


「…そうですね。最悪――至伝を使います…」


 これでダメならば、至伝を使うしかない。

 いやきっと使わないと勝てないだろう。


 この少年はそれほどの相手だ。


 そう、ユリシーズが顔を引き締めた時―――、


「ゲホッ…ゲホッ―――ぐぶぅっ!」


 悠然と剣を構えていた少年が―――唐突に口から血を吐いた。


「―――!?」


「ぅ―――がぁあぁあぁ…っ!」


 そしてそのままカラン、と剣を落とし――胸を押さえたまま、その場に倒れ込んでしまった。


「…おい、どういうことじゃユリシーズ。何かしたか?」


「いえ…私は何も…先程のダメージが大きかったのでしょうか…」


 ――いや、違う。


 ユリシーズは一瞬思考する。


 元々、これまで無事に動けていたことの方がおかしいのだ。

 かたや世界最高の魔法士、かたや神撃流最強の剣士。

 ある分野を極めた武の頂点2人に対し、互角以上に戦っていたのだ。

 まだ15歳の少年が、だ。

 きっとここに至るまで、彼は何度も死にそうな戦いを潜り抜けてきたのだろう。

 そう、何度も魔力を切らし――魔力核に負担をかけるような…。


「…ハァ…ハァ…」


 少年は息を継ぎながら、酸素を求めるかのように仰向けに横たわってる。

 表情は苦悶そのものだ。


 魔力核は心臓だ。

 その損耗は、心臓の損耗に直結する。

 まだ成長しきっていない状態で、何度もその上限を超えるような使用をすれば、その反動は体に跳ね返ってくる。


 もちろん、先程のユリシーズの魔法による余波もないわけではないだろう。

 治癒魔法もおぼつかないところを見ると既に彼の体は限界だ。


「…あと10年、いえ、5年後に出会っていたら、私たちに勝ち目はなかったでしょうね」


 思わずユリシーズは呟いた。


「お爺…さっさと楽にしてあげなさい」


「…そうじゃな」


 そして、老人はまっすぐと歩を始めた。



 ● ● ● ●




 痛い…。

 胸が痛い。

 呼吸が苦しい。


 心臓が締め付けられるように痛みを発している。

 酸素が足りない。


 体が動かない。


 クソ…。


 どうして?

 なんで?


 ここまでやったんだ。

 もう少しだけ動いてくれよ…。



 ―――必死だった。


 あらゆる魔法を試して、隕石に――圧倒的な質量に挑みかかった。


 そして、ユリシーズが《流体金属》で防御をしているのをみて、これしかないと思った。


 俺はいくつか金属の装備がある。

 剣と、そして左腕の手甲。


 俺は手甲にありったけの魔力を流した。

 イメージするのは俺の身を守るプレート。

 熱にも岩石にも負けない強固な――。


 一か八かの賭けだったが…なんとか生き残った。


 もちろん無事ではない。

 ぶっつけ本番で体全体を守りきれるほどの金属の防御壁を作れるはずもない。


 音が止んだ時には体全身に痛みが走り、動くことすら億劫だった。


 だが、それでも生き残った。

 ユリシーズの奥の手を耐えきった。


 まだだ、まだ行ける。

 俺は立ち上がった。


 それなのに―――。


 突然体が言うことを効かなくなった。

 心臓が張り裂けるような痛みを放ち、頭痛は止まない。


 視界はおぼろげで、辛うじて正面からゾラが迫っているのがわかる。


 どうやら勝利の女神はあちらに微笑んだようだ。


 そりゃあそうだ。

 向こうは八傑と、八傑の師匠。

 1人ですら化け物なのに、2人同時に相手にできるはずなかったんだ。


 ――調子乗っちゃったのかな…。


 別に過信したわけじゃない。

 俺は強くなった。

 だから、やらなきゃいけないと、そう思った。


 だけどなるほど、世界は広く――頂点はより遠い。


 誰かが言っていた通りだ。


 全てを救う力を目指すこの道は、苦の道だ。

 何を目指すよりも辛く、険しい道だ。


 ここで…死ぬのか、俺は…。


 意外と思い残す事は少ない。

 できる事はやった。

 俺は充分頑張った。


 やりたくないことも必死にやった。

 もういいだろう。


 ここまでやって勝てないなら、もう無理だ。


 ラーゼンの勝利だか世界の命運だか知らないが、勝手にしてくれ。


 俺はもう―――。


 そこでふと、右腕が目に入った。

 血だらけで、火傷の目立つ右腕。

 少し前まで青いミサンガがあった右腕。


『――アル様の勝利と、無事を祈って編みました』


 そんな言葉が頭を過る。


 ―――リュデ…。


 それを皮切りに、様々な光景が俺の記憶からあふれでてくる。


『――アル君、大好きだよ!』


 そう言って毎日のようにキスを浴びせてきたエトナ。

 黒髪の少女の笑顔が目に浮かぶ。

 きっと俺が死んだら誰よりも悲しみ、怒るだろうな。


『――戦いが終わったら、教えてあげます』


 少し気恥ずかしそうに言う金髪の少女の姿も鮮明に思い出せる。

 きっと今もこの戦場のどこかで戦っているんだろう。

 彼女との約束は守れなかったな…。


 …ああ、そして――もう1人、会わなきゃならない人がいたな。


 約束だけして、果たせないままだ。

 でも、許してくれ。


 どうやら俺はここまでみたいだ。


 気づくとゾラは眼前にいた。

 少し哀れむような顔をしている気がする。


 俺は目を閉じた。



「……」




 ―――しかし。




 いつまでたっても俺の意識は絶えなかった。


「…?」


 ゾラは諦めたのか?

 いや、この状況でそんなことが――?


 目を開けた。

 仰向けに横たわる俺の頭上には――、


「―――白」


「…どこ見てるのよ」


 ――あれ、懐かしい声だ。


 視界が明るくなる。


 俺を守るようにゾラとの間に立ちはだかり、スカートを翻らせる1人の少女。


 赤いローブに少し癖のある赤毛のミディアムショート。

 闘志あふれるルビーのような瞳に、利発そうな顔つき。

 そして、額に煌めく真紅の髪留め――。


「――久しぶりね、アルトリウス」


 ああ、そうか。

 彼女が来てくれたんだ。


「―――ヒナ・カレン・ミロティック…」


 俺と共に生きたいと言ってくれた少女。

 俺が出会った中で誰よりも優秀なのに、誰よりも努力家な少女。

 かつて2度も命を救ってくれた少女。


「…今はもうただのヒナよ」


 少し大人っぽくなった顔を崩しながら、ヒナは言った。


 その姿は―――まるで俺の勝利の女神のようだった。



読んで下さりありがとうございました。

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