第123話:交錯する戦場
ユピテル共和国アウローラ軍第2軍団の百人隊長の1人に、クリオ・ボナペントゥーラという男がいた。
『百人隊長』とは文字通り百人の兵士を指揮する部隊長であり、一見すると千人長――つまりは大隊長よりも劣る地位に思える。
だが、役割の重要度であれば、百人隊長の方が高い。
むしろ、どれほど有能な百人隊長を揃えているかが、その軍の強さの指標となるといってもいい。
なにせ、実際に最前線で兵達に細かい指示を与えるのが百人隊長だ。
指揮能力だけではなく、腕っ節も強くなければ務まらない。彼らは最前線に常駐するのだ。
すぐに死んでしまうような人間を指揮官にしては、指揮統制にも支障が出る。
それゆえ、百人隊長はその軍の中でも長く戦い、何度も戦場を駆けて生き残ったベテランが担当することが多い。
彼―――クリオも、既に軍人となってから30年。ベテランの百人隊長である。
かつての大戦――バルムンク戦争こそ経験していないものの、ネグレドの時代になってからはその全ての戦争で最前線を戦い続けた猛者である。
今回の内戦も、ネグレドが募兵したという事で、喜び勇んで参加した。
相手がラーゼン率いる同じユピテル人ということには驚いたが、クリオからすれば些細な問題だ。
主義や主張、人種や民族、そんなものはクリオにとってはどうでもいい。
どのような派閥であるか、どちらが大義を持っているかではなく――ただ単に自身が将軍と認めた男、ネグレドが戦うのだからクリオも戦うのだ。
こういった軍人は少なくはない。
――東軍、西軍問わず、長く従軍している兵は自身の将軍に何処まででもついていくという、固い忠義心で動いている節がある。
「おおおお!!」
雄叫びを上げながら、クリオは剣を振る。
長く使い続けている甲剣流の剣技だ。
クリオにとっては自分を百人隊長たらしめているものであり、それなりに自信もある。
「ふぅ・・・ふぅ・・・」
そんなクリオも、既に息をついていた。
軍団が激突を開始してまだ大して時間は経っていない。
敵も何人か斬り伏せているが――しかし、かつてないほどの疲労感がクリオを襲っていた。
「クリオ隊長! こいつらやっぱり個々の実力がダンチです!」
部下の1人が叫んだ。
彼の言う通り、疲労の原因は、現在の敵――ラーゼン率いる西軍の兵士の精強さによる。
末端の平兵士までもが油断できない実力を持った兵士なのだ。
数では圧倒しているはずなのに、ちっとも進軍ができやしない。
「なるほど、流石は――カルティアを制しただけはあるな」
歴戦といっても、クリオとて最後に戦争に参加したのは何年も前になる。
訓練は欠かしたことはないが、やはり実際に戦争をしないとわからない雰囲気というものはある。
そういう意味では、この敵軍はカルティアで戦争をして間もない、まさに脂の乗った軍隊である。
クリオですらようやく勘が戻ってきたところなのだから、今まで戦争を経験したことのないような世代の連中は、たまったものではないだろう。
兵の練度の差が、ここにきてじわりじわりと東軍を苦しめ出していたのだ。
そんなとき――
「――おい! 右から・・・やばいのが来るぞ!」
クリオの率いる隊の右前方から、そんな声が響いた。
慌ててそちらを確認すると、激しい魔法の打ち合いが行われているのが目に入った。
「おい! 魔法士隊を下がらせろ! 魔剣士は全員右に集まれ!」
クリオの号令に合わせて、百人隊は自在に動く。
これも、ネグレドの軍の訓練のおかげだが――。
「ダメです! もう既に魔剣士隊はやられました!」
「なんだと!?」
部下の言葉を確認しようにも、既に砂煙と、矢のように降ってくる魔法のせいで視界はすこぶる悪い。
――いったい何が来るんだ!?
そんな思考の中、砂煙が止んだとき―――現れたのは子供の姿だった。
まだ成人した程度の少年だ。
「――子供?」
思わず呟いたクリオだが、それがただの子供でないことは瞬時にわかった。
「隊長! こいつら――例の隊です!」
「――っ!?」
例の部隊―――。
すぐにクリオは思い出した。
戦いが始まる前―――。
総司令官ネグレドは、遭遇する可能性のある敵軍の戦力についての情報を開示していた。
その中でも特に注意すべきと言われている単体戦力は《特記戦力》として全体に認知されている。
第1特記戦力、『天剣』シルヴァディ。
第2特記戦力、『迅王』ゼノン。
そして、第3特記戦力、『烈空』アルトリウス、及びその隊――。
――『烈空』アルトリウス。
これまでクリオは聞いたことのない名前だったが、ネグレドが言うには、まだ10代半ばでありながら、カルティア戦役を勝利に導いた立役者にして、天剣の弟子であるとか。
見ると、先程現れた焦げ茶髪の子供の後ろからは、似たような年齢の若者たちがわらわらと駆けてきている。
「―――隊長! こいつら・・・全員魔剣士です!」
「―――クソ!」
百人隊。
同じ数を率いているはずなのに、戦力差は全く違った。
先頭の少年が繰り出す魔法によって、こちらの兵はあらかた消し飛ばされていく。
かといって他を狙っても、彼らも相当な実力者だった。
どいつもこいつも、クリオの半分も生きていないような若者のくせに、誰もが凄まじい速度の剣を放ち、無詠唱で魔法を行使する。おまけにそれらが複数人でまとまって連携して動くのだ。
こちらが倍の数で突撃しても、1太刀も浴びせることなく、吹き飛ばされていく。
特にヤバいのは、先頭で大魔法を打ち続けるその少年と、目にも留まらぬ速さで動く金髪の少女だ。
その2人だけにも、既に何十人もやられている。
「くそおおおおおお!!」
「クリオ隊長!?」
――コイツらを突破させてはいけない。
その意思だけで、クリオは少年に向けて突撃した。
おそらく少年は魔法士――ならば近づき、剣で仕留める―――っ!
「――行かせん!」
「どけえぇえッ!」
少年への行く手を阻もうと、細身の剣士が道を塞ぐが、左手に持つ盾で無理やり押し通る。
「もらったぁぁああ!!」
クリオは焦げ茶髪の少年に肉薄した。
そして、堅く握りしめた剣をその首を抉るように振り下ろす。
確実に貰ったと思った。
近づいて見ると、本当に成人してまもない子供だ。
どうして軍にいるのかは知らないが、クリオの息子と大差ない年齢だろう。
少年はこちらを一瞥するも、特に表情を変えることはなかった。
そして――
「―――『流閃』」
「―――!?」
気づくと、クリオの剣は、あらぬ方を向いていた。
何もない空中だ。
――流された!? 今のは水燕流の奥義か? 全く見えなかった―――。
まさかこんな少年が、あれほどの魔法の他に、この域の剣技を身につけていたとは、クリオも思いもよらなかっただろう。
いつ剣が抜かれたのかすら、クリオにはわからなかった。
「――おぉ―――・・・・」
クリオが再び剣を放とうとする頃には、既に彼の視界は青空を向いていた。
下半身の感覚がない。
少年によって斬られたのだろう。
――なるほど、これが強さの高みか・・・。
そんなことを思いながら、クリオの意識は消えていった。
● ● ● ●
「すみません隊長! 1人通してしまいました!」
俺のそばで、剣を構えながらフランツが言った。
「気にするな! 自分の身の心配をしろ!」
俺は視線を合わせずに怒鳴る。
近くにはまだまだ敵兵がいくらでも居る。
いちいち俺に敵が迫るたびに謝られては仕方がない。
それよりも、
「戦線は!?」
「我々が突出しすぎています! 右が少し押し返されているかと」
「ちっ! 下がるぞ!」
「はっ!」
目の前の敵を数人斬り伏せ、適当に爆炎魔法を前方に放つ。
魔法士隊が残っていれば防御されるだろうが、こちらが少し引く余裕さえできればいい。
「全く・・・足並みを合わせるのは難しいな」
「はは、我らはいつも別働隊でしたからな」
後退しながら悪態をつくと、フランツも苦笑する。
現在俺たちは、要塞イルムガンツの前にて、敵軍――ネグレドの軍と交戦中である。
当初は3万対3万の戦いであったはずが、現在は敵軍は5万。
どうやらネグレドは相当な数の兵をイルムガンツに配備していたようだ。
お陰で俺たちの軍は正面に3万と、左翼と右翼にそれぞれ1万ずつの敵に囲まれている。
俺たちの隊は、そのうちの正面――3万の軍相手に激戦を演じている。
もちろん、精々100人程度の俺の隊だけで3万の相手ができるわけがない。2万の友軍と共に戦線を維持しているのだ。
俺の隊は今まで本軍とは別行動し、遊撃をすることが多かったので、他の隊と足並みを合わせるのに中々手こずっている。
とはいえ、概ね正面はこちらが優勢だ。
数の上では負けているが、兵の練度が違う。
まだ俺にも隊にも余裕はある。
「師匠は?」
「シルヴァディ殿なら、単身敵陣に飛び込んだまま戻ってきません」
「・・・」
何やってんだ、と言おうとしたが、よっぽどあの人に限って死ぬことはないだろう。
むしろ――ネグレドの首を取って悠々と帰ってくるような姿すら想像できる。
「――しかし・・・いませんなぁ」
不意に、フランツがそんな事を言った。
「何がだ?」
「あ、いえ――《二つ名》のつくような強敵と出くわさないな、と思いまして。無論、別に会いたいわけではありませんが」
「確かに・・・」
今のところ、少なくとも正面軍との戦闘では、二つ名のつくような強敵とは出会っていない。
俺の隊員なら充分に対処できるレベルの兵士ばかりだ。
正面軍には実力者を配置していないという事だろうか。
いや・・・実力者を置くとしたら、向こうとしてもネグレドのそばには置いておきたいだろう。
ネグレドが撃たれればこちらの勝利であることは彼とてわかっているはずだ。
だからこのまま進めば、どこかでぶち当たる筈だが・・・。
「・・・・」
俺は思考する。
敵軍は攻勢に出ている。
わざわざ、こんな立派な要塞で待ち受けていたにも関わらず、だ。
普通に考えれば、そのまま要塞に引きこもればいい。
それのに、こちらを攻めるというのは――何か理由があるのではないか。
例えば、向こうはこちらの大将をラーゼンだと思っていて、何としても落としにきている、とか。
だとすると――こちらがネグレドを落としにシルヴァディを突貫させているように、向こうもこちらの大将を落としに実力者を起用しているのではないか・・・。
「まさか・・・」
今、俺達の軍を率いているのはラーゼンではなくオスカーだ。
したがって、その傍にはゼノンはいない。
「・・・シンシアに伝言を回すぞ」
嫌な予感が俺を襲った。
● ● ● ●
西軍左翼にて・・・。
左翼の戦い――1万の東軍と、オスカー率いる5千の西軍の戦いは激戦を呈していた。
ギリギリ耐え切っている状態だろうか。
倍の数の敵相手でも、オスカーの指揮する5千の兵士達は善戦をしていた。
やはり兵自体の練度の差が大きい。
オスカーの指揮のもと、盾の使い手を前面に押し出し、その後ろから魔法士隊による魔法の攻撃を打ち続ける事によって、東軍を近づけさせない戦法はうまく機能している。
「魔法士隊! 弾幕薄いぞ! 魔力を振り絞れ!」
「第3大隊の消耗が激しいです!」
「第5大隊から予備を回せ! とにかく耐えきるんだ!」
オスカーも前線で必死に叫んでいた。
時には流れ弾も飛んでくるが、全てミランダが防いでくれる。
オスカーにできることは、兵士たちを鼓舞し、その時その場での最善手を指示するだけだ。
相対する1万はやけに攻めっ気が強い。
まるで、何としてでも落としたい存在がここにいるかのようだ。
思えば、最初から東軍はやけに攻勢に出ていたが・・・。
しかし、こちらを狙い続けてくれるというのなら、オスカーにとっては好都合だ。
こちらで1万を引き付け続けていれば、正面の軍の負担を軽減できる。
ここまでの戦闘で、お互いの兵の間に練度の差があることはわかった。
こちらが5千で1万を耐えれるということは、正面の軍2万ならば、3万の敵の本軍を打ち破り――ネグレドまで手が届くだろう。
シルヴァディにアルトリウスまでもいるのだから不可能ではない。
問題はむしろヌレーラの援軍がいつ現れるのか・・・。
オスカーがそんなことを考えている最中だったが・・・。
・・・不意に―――そう、本当に唐突に、それはきた。
「―――正面・・・強力な炎弾! 来ます!」
―――強力な炎弾?
そんな報告を、思考する間はなかった。
「―――オスカー!!」
ミランダの声が響く。
――ドオォォォォォォオオン!!
「―――え?」
轟音のなか、気づくと、オスカーは馬から転げ落ち、ミランダの腕の中にいた。
それは、爆炎だった。
アルトリウスがよく使うような、爆炎の魔法。
オスカーの周囲は焼け野原となっていた。
飛んできたのは、人の背丈は優に越えるような大きさの巨大な爆炎の弾だ。
間違いなく、オスカーを狙って飛んできた魔法だった。
正面オスカーの前にいた盾を装備した兵たちを吹き飛ばし、一直線にオスカー目掛けて放たれた爆炎の魔法だ。
未だにその魔法が通った後は、嵐が過ぎ去ったかのように兵たちの間に裂け目ができていた。
「・・・オス、カー、大丈夫?」
「ミランダ・・・ああ、僕は無事だ。ありがとう」
「そう、よかった・・・」
だが、見るからにミランダは消耗していた。
恐らくその爆炎の魔法を防御してくれたのだろう。
相当な魔力を消費していてもおかしくはない。
「ミランダ、君は大丈夫かい?」
普段なら密着しているという事実に有頂天になっていたであろうオスカーも、こちらを見るミランダの辛そうな顔をみて、事態を察する。
「大丈夫・・・だか・・・ら・・・」
ミランダはそう言いながら前を向く。
おそらく、魔法が飛んできた方向だ。
「・・・魔法士隊の防御を易々と貫通して――私も一発防ぐのに殆どの魔力を消費した。なにかヤバいのが・・・来る」
「ヤバいの・・・」
周囲を見渡すも、あたりは煙が巻き起こり、事態はよく飲み込めない。
まずい。
ここを起点に、戦線が崩れる。
早く、立て直さないと―――。
そんなオスカーをあざ笑うかのように、煙の中から声が聞こえてきた。
「あれえ。結構強めにしたんですけど、生きてますねえ」
「隣の娘が動いたのが見えた。魔力障壁が間に合ったんじゃろうて」
「御二方、敵陣の中ですよ。もう少し緊張感というのものを・・・」
煙から現れたのは、3人だった。
1人は、桃色の髪に、シックな白のローブの上からでもわかる抜群のプロポーションをした妖艶な女。
もう1人は、口髭を蓄えた中肉中背の老人だ。
シンプルな黒い軽鎧に、背中に6本、腰に2本、計8本の剣を携えるその姿は、如何にも奇怪だった。
最後の1人は、背中に3本の剣を携える緑の短髪をした若い男だ。2人に追従するように後ろに控えている。
そんな、異様な3人組が、オスカーへと空いた道の先に立っていた。
唖然とするオスカーを見るなり、女が言った。
「・・・あれ? おかしいですね、よくみたらラーゼンじゃないですよ」
「ほう・・・これは――ネグレドも一杯喰わされたな・・・この坊主、ラーゼンの息子じゃよ」
答えるのは老人だ。
老人は感心したような、驚いたような顔をしている。
「息子? でも、このプランBってラーゼンがいた場合の計画じゃないんですか?」
「じゃから・・・そいつがまるでラーゼンがいると錯覚するほどの指揮をしたということじゃろう」
「へぇー、でもどうします? とりあえず、まだ兵隊さんもいっぱい残ってますし、ここら一帯焼き払いますか?」
「ネグレドにこの事を知らせる方が先じゃろう。ラーゼンがいないならば攻勢に出る意味はない。さっさと要塞に引き篭もるが吉じゃ」
「そんなことしなくても勝てそうですけど・・・年寄りってどうしてこう慎重なんでしょうか」
「貴様も同じ歳だろうに」
「うわー言いましたね、レディに向かって!」
「・・・御二方、いい加減してください」
戦慄するオスカーを尻目に、3人はのんきにそんな会話をしながらこちらに歩いてくる。
もちろんその間にも、彼らの歩みを止めようと果敢に突っ込んでいくオスカーの兵達はいたが、その悉くが、1歩の足止めにもなっていない。
老人の剣によっていつの間にか斬り捨てられているのだ。
――だめだ、早く指揮を立て直さないと――。
この空いた穴を中心に、堅牢であった戦線に綻びが出ているのだ。
しかし、オスカーはその場を動けない。
彼らの放つプレッシャーとでもいうのだろうか。
その圧は―――オスカーの全身を硬直させているのだ。
ミランダもオスカーの前で剣を構え、鬼気迫る表情をしている。
正面にいるのは3人。
たったの3人だが――軍隊を前に呑気そうに会話をする3人だ。
こういう手合いを、オスカーは知っている。
シルヴァディやゼノンなどの強者。
あの余裕は、強者特有のものだ。
少なくとも、今この瞬間のオスカーの命――そして、彼の率いる5千の兵の命は、彼らに握られていると言っても過言ではなかった。
――そうか、これが作戦だったんだ。
兵の中にまぎれこませた、実力者。
ネグレドの作戦は、その本命の実力者たちによる司令官を狙った襲撃だったのだ。
いや、考えてみれば分かることだった。
なにせこちらも同じ戦法を取っていたのだから・・・。
どちらが先に落とすか、どちらがより耐えられるかの時間の勝負だったわけだ。
「・・・時間切れ、か」
オスカーは歯噛みする。
これはもう、詰みだ。
この状況をオスカーに巻き返すことはできない。
こちらの手の内は全て攻めに回してしまった。
シルヴァディ達が、ネグレドを討てるかどうかはわからないが・・・少なくともオスカー自身はもう負けだ。
絶望の淵に立たされたオスカーを尻目に、3人の会話は続いていた。
「――じゃあ、わかりました。私が西軍の皆さんの相手をしておくので、お爺とダルくんは報告に行って下さい」
「1人でいいのか?」
「ええ、もちろん。迅王はいないようですし――それに、クザンくんだけじゃ、シルヴァディの相手は厳しいでしょう?」
「ふむ、確かに・・・・・・いや」
頷きかけた老人だったが、不意に顔を上げる。
視線はオスカーでも、隣の女でもなく・・・どこか遠いところを見ているように思える。
「報告はダルマイヤーだけに行かせた方が良さそうじゃな」
「へ? どうしてで――――っ!?」
そして、それまで呆けていた女の表情も急に変わった。
まるで臨戦態勢に入ったかのような――そんな雰囲気だ。
後ろに控えていた、若い男はよくわかっていないような顔をしている。
そしてその理由は、すぐにオスカーにもわかった。
老人が見ていた方向から―――空気を割るように、1人の少年が現れたのだ。
彼はオスカーと3人の間に立つかのように、颯爽と降り立った。
「・・・バリアシオン・・・君」
焦げ茶色の髪に、焦げ茶色の瞳――。
アルトリウス・ウイン・バリアシオン。
見慣れた親友の姿がそこにはあった。
「ちょっと隊長―――置いて行かないでくださいよ」
そして、すぐに、彼に追従するかのように7人の若者が現れた。
息を切らしながらも・・・油断ならない面持ちの兵士たちだ。
彼の隊の人間だろう。
「ああ、悪いな・・・」
アルトリウスはそう言いながら、オスカーとミランダを一瞥し、そして、すぐに正面の3人を見据える。
眼前の3人も――オスカーでもミランダでも7人でもなく、ただアルトリウスだけを見つめている。
「オスカー、動けるか?」
顔をこちらに向けず、アルトリウスが口を開いた。
「え、ああ」
「・・・指揮に戻れ。撤退して、体勢を立て直すんだ」
「・・・でもバリアシオン君は・・・」
「こっちは・・・俺がなんとかする」
そういうアルトリウスの顔はオスカーには伺い知れない。
「フランツ、オスカーについて援護してやれ」
「しかし・・・」
「いいから、頼む・・・お前らを庇って戦う余裕はない」
「――っわかりました・・・」
アルトリウスの傍にいた長身の青年は口惜しそうに返事をする。
「・・・では、司令、こちらへ」
「え、ああ・・・」
オスカーに、あの3人がどれほど強いかなどわからない。
そしてアルトリウスが勝てるのかもわからない。
だが、オスカーはきっと足手まといで・・・そして、まだオスカーには出来ることがある。
彼がきてくれたおかげで出来ることが。
「・・・すまない」
オスカーはフランツに連れられるまま駆け出した。
「―――撤退! 総員撤退!」
叫びながら、オスカーたちは戦場を離れていく。
1人、アルトリウスのみを残して―――。
読んで下さりありがとうございました。




