第12話:修業時代のとある1日②
《魔力神経》万能スギィ!!
イリティアの部屋は二階にある。
階段を上がって部屋に入るとイリティアはすでに起きて、軽食をとっていた。
どうやら使用人が、気を聞かせて食事を部屋まで届けに来たようだ。
しかし、いつものローブに鎧という姿ではなく、白いワンピースという私服を着ていた。
「おはようございます。先生」
「ああ、アルですか…申し訳ありませんが、今日私は約束があるため、街に行かなければなりません。修業は休みにしようと思います」
こちらに気づくと、イリティアは食事の手をとめ、多少申し訳なさそうに言った。
ふむ、それにしてもいつも無骨なローブ姿のイリティアが、白いワンピースで出かけるなんて…恋人か想い人にでも会うのだろうか。
「へえ……デートですか?」
別に聞けぬ仲ではないので、単刀直入に聞いてみた。
「デ、デートなどではありません! ちょっと昔の知り合いに会ったので、ご飯でもと誘われただけです! その、聞きたいこともあったので!」
顔を赤らめながら、イリティアは慌てて身を乗り出して否定した。この反応は、図星かな?
イリティアはおそらく20代半ばで、スタイルも良く美人だ。その綺麗な銀髪をたなびかせながら歩けば、振り返らない男などいないだろう。
戦場では、女など少ないだろうし、モテてもおかしくはない。
「じゃあそういうことにしときますね。今日は自己修練に努めることにします。先生は楽しんできてください」
いじらしく言うと俺は部屋を出ていく。
「だから違うと……全く、最近の子供はマセてますね…」
イリティアはため息をついていたが、顔は依然として赤いままだった事を俺は見逃していない。
さて、俺は敬愛する師匠の恋路を邪魔するつもりもないし、今日は自己修練に励むとしよう。
こういう場合、俺の自己修練はもっぱら魔法の習得だ。
というのも、剣術と違って、魔法は1人でも学ぶことが出来る。
俺は庭に出て、イリティアに借りた『魔法書』を広げた。
既にバルコニーにアイファとアランはいなかった。
アティアが部屋の中へ連れて行ったのだろう。
『魔法書』には、様々な《属性魔法》の《詠唱文》と、簡単なその効果の説明が載っている。
俺がイリティアから借りているのは『魔法書』の中でも、初級レベルから上級レベルまで、隈なく載っている《完全版》と呼ばれる魔法書だ。過去700年の魔法の研鑽の集大成が詰まっているということで、勿論相当分厚い。
流石にこのような《完全版》は殆ど出回っていないが、初級レベルしか載っていない薄手の『魔法書』なら、比較的簡単に手に入り、そこらへんの本屋に売っていることもある。なにせ学校の教科書として使ったりするレベルだからな。
とはいえ、もちろん、いくら『魔法書』があったところで、魔力をきちんと知覚して操れなければ魔法は使えない。
俺は魔力の知覚どころか《魔力神経》を持っているので、魔法の習得をする際、『魔法書』の存在は非常にありがたかった。
書いてある魔法の効果を確認し、あらかじめそれがどういう魔法であるのかをイメージする。
イリティアが使えるようならば、先に実演して見せてもらう。
そしてそれに沿って詠唱する。
そうすることで、新しい魔法の習得は高確率で成功した。
ただ、どうしても最初の発動には詠唱が必要であり、詠唱文の《暗記》作業は必要であった。なにせ文章を読みながら魔法をイメージするのは難しい。いや、器用な人は出来るのかもしれないが、少なくとも俺には難しかった。
なので、新しい魔法を習得する際は、その魔法の確固たるイメージを確立した上で、詠唱文を無心で発声できる程度には暗記する必要があった。
もちろん、中には俺のイメージが本来のその魔法の趣旨と違うのか、何度やっても発動しない魔法もあったが、概ね大体の魔法は何回かの挑戦で発動した。
1度発動してしまえばこちらのものである。もしも詠唱文を忘れても、魔法名と、イメージや変換の感覚さえ忘れなければ、あとは《魔力神経》が記憶しておいてくれる。
イリティアからしたら絶句するほどのスピードで魔法を次々と習得していた俺であったが、流石に詠唱文の暗記にはそれなりの時間はかかる。
上級に行くほど単語は多くなり、文節も長くなる。なので暗記力だけでなく、最後まで噛まずに詠唱できるかという、滑舌や発声力も必要になってくるのだ。
まさか異世界に来て発声練習なんてものをするとは思わなかった。
《属性魔法》の習得が困難である、というのはこういった様々な苦労が必要だからであろう。
2年で《完全版》『魔法書』の全てを覚えるというのは中々厳しそうだ。
まあイリティアも、
「―――2年、というか、一生かけても《完全版》の魔法を全て扱えるようになったという人は聞いたことがありませんが」
とか、青ざめた顔で言っていたし、実際イリティアも、《完全版》の『魔法書』のうち扱えるのは6割程度であるらしい。しかもその内実践レベルでも使えるものとなると、さらに限られるのだとか。
まあ、水球とか、使えても戦場じゃ殆ど無意味だろうし、そもそも記載されているなかに実用的な魔法がどれほどあるのやら。
それに、《属性魔法》は人によって得意な属性や苦手な属性がある。
苦手な属性の魔法はどうしても余計に魔力を消費したり、発動しにくかったり―――上級ともなると、一生使えないこともあるとか。
俺は習得スピードの速さにかまけて全属性に満遍なく手を出しているが―――そのうち得意な属性や、実用的な魔法に絞って覚えたほうがいいのかもしれない。
「うーんと、今日はこれだな。光属性の―――照明の魔法か」
苦手―――というわけではないが、習得にてこずっている属性として《光属性》と《闇属性》がある。
残りの《炎属性》や、《水属性》などと違って、光や闇というのはどうにもその本質をつかみづらいものが多い。
例えば、《治癒》という魔法がある。
魔法書には、効果の説明として「神秘の光を当てることによって体を癒す、光属性の魔法」と書かれている。
―――――なんで光っているからって体が治るんですか!?
いったい、どういう意味で、何をイメージすれば《光》と《治癒》が繋がるのか全く分からない。
そもそも、《無属性魔法》の中に《活性魔法》という、体の回復力を促進させる魔法があるのだ。役割が被っているような気がする。
とりあえず、光療法によるアロマセラピーを意識して使ってみたが、案の定発動しなかった。
同様に光属性の《解毒》だったり、闇属性の《隠蔽》だったり、この2つの属性はイメージしにくいものばかりだ。
とりあえず俺は、そのようによく分からない魔法は後回しにして、《光》や《闇》の属性は、なるべく明確なイメージができるものから手を付けていた。
今日俺が見つけたのは、《照明》という魔法だ。
説明文として、「周囲を照らす、光の玉を生み出す光属性の魔法」と書かれている。うん、実に分かりやすい。しかも汎用性も高そうな魔法だ。光属性なんてこれだけでいいんじゃないか。
夜に本を読むときとか便利そうだし、今日はこれを習得してみよう。
俺は何度も詠唱文を読み返し、繰り返して発音する。
幸い、《照明》は下級魔法のようで、それほど詠唱文は長くない。
完璧に復唱できることを、確認し、俺は目を閉じ、手をかざす。
作り出すのは、光の球。暗闇の中、宙に浮かんで視界を照らす、明るい光――――。
「『潔白と慈愛の光の精霊よ、我が迷いし漆黒の世界に、穢れなき光を灯せ、《照明》』」
詠唱が終わると同時――――魔力が変換され、かざした手の上に煌々と輝く光の球が現れる。
成功だ。
暫くその状態を保持し、感覚を覚える。
そして何度か同じ詠唱を試したあと、今度は無詠唱で魔法を試す。
俺は最近、この様にして魔法を習得していた。
その後無事に無詠唱でも《照明》が発動することを確認する。
やはり単純でイメージしやすい効果の魔法程、習得が容易だ。
そのまま、他にも単純な効果の魔法がないか、『魔法書』のページをめくる。
「《照明》の上位互換は―――――《閃光》か…」
次のページにあったのは、《照明》に関連する魔法だ。
閃光―――ということは目くらましということだろうか。
魔法は上級になるほど戦闘に特化した性能になっていく気がする。
しかし、ドラ○ンボールの太○拳しかり、目くらましの術はかなり強力な気がする、ぜひ覚えたい。
「ア~ル君! 今日は一人なんだね」
と思っていたら、唐突に客がやってきた。
「やあエトナか」
「うん、アル君、久しぶり!」
声の主は、艶やかな黒髪ロングが特徴の少女、エトナだ。
「もう、最近はアル君も稽古ばっかりで忙しそうだから寂しかったんだよ」
エトナは頬を膨らませながら俺の隣に座る。
「あ、ごめん、一人で魔法の練習中だったかな?」
そこで、俺が魔法書を開いているのに気づいて、エトナが多少申し訳なさそうに言った。
「いや、今日はもともとは修業はないんだ。ただの自主練だよ、気にしないでくれ」
「本当に?」
「ああ、ところで、今日はどうしたんだ?」
エトナは、俺が魔法を本気で修業していることを知っている。そのため、邪魔にならないよう、気を使って最近では遊びに来ることは少ない。
しかし、もともと今日は修業は休みの日だし、客を無下に扱うこともないだろう。
俺も折角できた交友関係はなるべく大切にしていきたい。
「えっとね、さっき町の方でイリティアさん見かけたから、今日はアル君も休みかなって思って」
エトナは持っていたカバンから小さい包みを取り出した。
「アル君にクッキー作ったの。食べて欲しいなぁ」
そう言って顔を赤らめながら俺にクッキーを差し出した。
どうやらエトナは剣術の訓練の代わりに料理や家事の指導でも受けたのであろうか。
「ありがとう、じゃあ食べてもいいか?」
「うん、もちろん!」
丁度小腹も空いてきたところだ。
俺は素直に受け取ると包みを開ける。
バターの香ばしいいい匂いがすると同時に、美味しそうなクッキーが顔を出す。
俺は1つ摘まんで口にする。
「うん、美味しいよ。よく出来てるな。一人で作ったのかい?」
「うん! 最初のころ失敗しちゃって何回か作り直したんだけど、最近は練習して上手くできるようになったの!」
エトナは自分の作ったクッキーが好評価だったので急に機嫌をよくしながら話し出す。
ふむ、それにしても大したものだ。
俺が前世で今の年齢くらいの頃、全く料理などできなかったはずだ。
20代の頃一人暮らしを始めて、そこで初めて家事の難しさを知った。
料理すらちんぷんかんぷんで、クッキー作りなどは夢物語だったな…。
そんなことを思いながらエトナのクッキーを口に運ぶ。
「それでね、あのね」
するとエトナが急にもじもじとしながら話し始めた。
「クッキー、上手くできたなら、ご褒美が欲しいなぁと思って…」
ふむ、ご褒美か。確かにクッキーは美味しかった。
ただで貰うのも悪いか。
「あぁ、俺にできる範囲のことならなんでもするが」
またおままごとにでも付き合えばいいのだろうか、と甘いことを考えていると
「本当に? ――――じゃあ…チューしていい?」
「ぶはっっ!!!」
あまりに突拍子のないことを言われてしまったので口にクッキーを含みながら吹き出してしまった。
チュー?
つまりキス?
いや、まて、きっと挨拶みたいなキスだ。
手の甲とかにするやつ。
「……エトナ、チューの意味わかっているのか?」
咳込みながらも俺はエトナに確認をとる。
「うん、男女が唇と唇を合わせるんだよね?なんか、その、情熱的に」
うん、ちゃんと知っていた。しかも詳しく。唇を重ねるキッスだ。
しかし、イリティアではないが、最近の子供はマセているな―――。
まあこの世界は15歳で成人だし、十代で結婚も珍しくない。もしかしたら俺の感覚の方がおかしいのかもしれないが―――。
「いいか、エトナ、チューというのは、好きな人同士でするものだ。そして、まだ俺たちは子供だ。不用意にチューなどすると、大人になってから後悔する事があるかもしれない」
ともかく、俺は大人としてここは冷静な対応をしなければならない。6歳だけど。
「でも、私、アル君の事大好きだよ?」
とても嬉しいことを言ってくれるが、30歳も年下に告白される俺の気持ちも考えて欲しい。
エトナは可愛い。最近では長い黒髪を丁寧に手入れしているようで艶のようなものも見える。
顔も非常に整っていて、一度エトナの母も見たことがあるが、とても美人であった。
将来性は期待できるだろう。
しかしエトナはまだ7歳である。
将来どうなるかなんぞわかりはしない。
今は俺のことが好きかもしれないが、5年後、10年後俺より好きな人など容易にできるだろう。
初恋なんてそういうものだ。
そのときに今日俺とキスなどしてしまっては彼女にとって悪い思い出になりかねない。
「いいか、エトナ。俺たちはまだ子供だ。この先まだ何十年も生きていくなかで、色んな物を見て、色んな人と出会うだろう」
「うん」
俺が真剣な表情だったからか、エトナも真剣に聞いている。
「10年後、俺がどうなっているかはわからない。エトナがどうなっているかもわからないし、何より今の俺には甲斐性というものがなく、まだわからないかもしれないが責任というものがとれる年齢じゃないんだ」
「うん」
「だから、もしも、10年、20年経って、まだ君の気持ちが変わらなければ、先ほどのお礼をしよう」
「でも―――」
エトナはよくわからない理由で断られていると思ったのか不満げな表情をしている。
仕方がない。
「とにかく、今はダメだ。どうしてもというならこれで勘弁してくれ」
そう言って俺はエトナの側によると、彼女の頰に口付けをした。
「⁉︎」
エトナは一瞬何が起きたかわからないようだったが、状況を理解すると、頭から湯気が出るほど顔を真っ赤にすると
「――――!!!」
声にならない声を出して走り出して行ってしまった。
少し悪いことをしてしまっただろうか。
いや単に照れているだけか。
もちろん俺も頭から湯気が出るほど顔が赤かったことは言うまでもない。
「全く、いい大人がなにやってんだ」
思わず独り言が出てしまったほどである。
その後、日が暮れてくるまで剣術を練習し、夕食をとり、風呂に入ると布団に入る。
やはり子供の体は疲れ知らずではあるが、すぐに眠くなってしまう。
俺は1日を終えるのであった。
読んでくださり、ありがとうございました。




