第118話:三陣の計
都市アウローラはネグレドによって作られた都市と言っても過言ではない。
ネグレドはこの都市を建設するにあたって、いくつか普通の都市とは違う性質を持たせた。
それは――例えば、都市自体の面積をやけに広く確保し、都市内の小麦畑の面積を多くとったり、都市壁は、通常よりも太く、そして高く建設したり――。
そんな少し変わった趣向の都市としてのアウローラだが、最もネグレドが重視したのは、他の都市との距離である。
通常、都市間の距離というのは近くても徒歩で5日程度はかかる。
なぜなら、それ以上近くに都市があっても、周囲の資源やリソースの奪い合いになり、都市としての生産性が薄くなるからだ。
そして、都市の建設は莫大なコストがかかり、無駄に作っても仕方がない。
そんな中、ネグレドは、アウローラを、既に存在していた都市『ヌレーラ』から徒歩で1日程の距離に建設した。
これは異常な近さだ。
ネグレドは、都市同士が近いことによって生まれるリソースの奪い合いを、「アウローラは小麦の生産のみに絞り、他の産業には手を出さない」という分別をつけることによって、アウローラとヌレーラの棲み分けを可能にした。
共存が可能となれば、都市間の距離は近ければ近いほどメリットの方が大きい。
民や商人の移動により貿易は活発になり、金も流動的に動く。
経済はより発展していくだろう。
そして何よりネグレドが重視したのは、戦時の援軍の到達速度である。
例えば、もしも都市アウローラに敵軍が攻めてきた場合でも、ヌレーラの距離の近さであれば、援軍が容易に間に合うのだ。
そして、さらにこの軍団の移動を強固にするために、ネグレドは2つの都市のちょうど中間に、巨大な要塞を築いた。
要塞の名は『イルムガンツ』
およそ3年かけて小山をくりぬくかのように建てられた要塞は、厚い石の外壁に守られており、上級魔法でも貫くことは困難だ。
さらには、所々に張り巡らされた塹壕や抜け道は、要塞を落としにきた敵への潜伏や裏どりを容易にし、恐るべき防衛力を発揮する。
都市アウローラ。
都市ヌレーラ。
要塞イルムガンツ。
この3つの拠点をもって、ネグレドはラーゼンを迎え撃つ気でいる。
基本的な戦略としては、こちらから攻め入る腹づもりはない。
なにせ、時間はネグレドの味方である。
アウローラ地方はネグレドの本拠地である上に、東方属州は食物の生産量が西方をはるかに上回る。
更に、門閥派の貴族たちが首都から持ちこんだ国庫の大量の金銭。
これによって、新たに徴兵するのも捗るだろう。
つまり―――戦争が長引けば長引くほど、兵糧と言う意味でも、徴兵という意味でも、ネグレドは有利になっていくということだ。
首都を手に入れて1ヶ月も経たずに進軍を開始したということは、ラーゼンも時間が勝負であるということをわかっているということだろう。
とはいえ、ネグレドとしても、最後まで守りに徹するつもりはない。
むしろ、こちらの陣地に誘い込みさえすれば、会戦を挑むつもりですらある。
何故なら―――たとえアウローラが落とされなかったとしても、ラーゼンを取り逃がして仕舞えば、この内戦は終わらないからだ。
逆に言えば、ここでラーゼンさえ落として仕舞えば、この内戦は終結する。
ここでラーゼンを取り逃がし、今度はこちらが遠征をしなければならないようなリスクは避けたい。
そして――無論、ラーゼン達西軍からしても、ネグレドを抑えて仕舞えば勝利といって差し支えない。
いくら兵がいたところで、他の門閥派の貴族に最高司令官は務まらないのだ。
最高司令官とは、ただ単に会戦をするだけではない。
経済の動き、兵糧の流れ、そして、勝った後と負けた後の処理――そんな大局を見据えて戦争ができる人間でないと、最高司令官の器があるとはいえない。
ラーゼンからすれば、ネグレドのいないアウローラ軍など烏合の衆に等しい。
どれほど数に差があろうとバシャックやガストンの率いる軍に負ける事などあり得ないと考えているのであろう。
つまり、ラーゼンにとってもネグレドにとっても、勝利条件はお互いの体を拿捕することにある。
今回の戦争でネグレドが思案した戦略はそういった自分の身が捉えられるリスクも勘案したものだ。
まず、ネグレドは、都市アウローラから、要塞イルムガンツに拠点を移した。
そしてアウローラの守りを、バシャックとガストンなどの首都組の門閥派に任せるのだ。
先日の会議で、バシャックはネグレドと共に最高司令官の地位に収まっている。
アウローラの守りを任されるのははおかしくもない。
当初はネグレドがアウローラを離れることを不安がっていたバシャックも、兵を5万置いていくことを告げると、途端に了承した。
もちろん、ネグレドにとっては、このバシャックと5万の兵は囮である。
彼らと合同で軍を指揮するなど愚の骨頂。
彼らは彼らで好きなようにやらせて、精々役に立ってもらうのだ。
「――5個軍団は与え過ぎでは?」
「すぐに落ちてしまっても困るからな。その三頭犬というのがどれほど信用できるかもわからん」
クザンの指摘に、ネグレドはそう答えた。
囮とするからには、敵をある程度は引き付けて耐えて貰わなければならないのだ。
ラーゼンのカルティア方面軍は6万。
防衛に徹すればどれほどの愚将であろうと、5万もあれば少しは持つだろう。
ネグレドは残りの戦力を、要塞イルムガンツと、都市ヌレーラに均等に割り振った。
戦力分散は愚かな策とされているが、この3つの拠点の距離であれば話は違う。
援軍は半日、もしくは1日で間に合う距離にあり、敵軍を確認してから援軍を出しても充分間に合う――いや、むしろ挟撃すら可能であるのだ。
ネグレド及び門閥派がいると想定して都市アウローラに向けて兵を向けたラーゼンを、他の拠点からの軍で挟撃し、確実に拿捕する。
それが、今回ネグレドが構想した『三陣の計』というラーゼンを迎え撃つための策である。
この策の肝は、たとえラーゼンがアウローラではなく、他の拠点を攻めたとしても、同じ事が可能であるという点だ。
無論、アウローラにいるバシャック達が援軍要請に応じる事などは大して期待していない。
そのために、ネグレドは――残りの5万の兵と自身の戦力のみで、ラーザンを討つ思案――更なる工夫を凝らしている。
「ラーゼンよ・・・来るがいい。勝者のいない戦いの―――始まりだ」
そう、ネグレドにとってこの戦いに勝者などいない。
どちらが勝ったとしても―――きっとこの国はもう・・・。
だが、それでも戦う理由が彼にはある。
● ● ● ●
アウローラ地方に入ったものの、ラーゼン軍は特にアウローラ軍――「東軍」と呼ばれているが――その本軍とは接敵しなかった。
ラーゼン軍―――つまりは「西軍」は、既に東方の勢力圏に分類される都市をいくつか制圧している。
反抗的な都市もいくつかあったが、大した兵力を持っている都市はなかった。
主だった兵力は、アウローラ都市圏に集まっているようだ。
小競り合い程度の戦闘が発生したこともあったが、大規模な会戦などは起こらなかったのだ。
「ここまで接敵しないと・・・少し気味が悪いですね」
ラーゼンに向けて、ゼノンが道すがらそう言葉を漏らした。
ここまで常に緊張感を持ち続けるのに疲れたのか、兵士たちの間にも少し焦燥のようなものが見られる。
「・・・奥の方で大軍が待ち受けているんでしょうか」
「ふむ・・・ネグレドめ、こちらの足元をよく見ている」
ラーゼンは目を細めながら答えた。
いつになったら敵が現れるか―――。
ラーゼンと言えどそこまでは読み切れない。
軍団の進軍速度は少し遅くなっている。
索敵を十分にしたうえでの慎重な進軍だだからだ。
兵糧的にも、長い進軍の兵士たちの精神的疲労度にしても、あまり時間をかけたくないというのがラーゼンの本音であるはずだが、かといって安易に進んで何かしらの待ち伏せなり包囲なりをされることだけは絶対に避けたい。
「どうしますか? 進軍速度を速めますか?」
「いや―――このままでいい。それほど奥地にはいないはずだ」
ゼノンの問いに、ラーゼンは首を振る。
「――大方アウローラの都市圏に防衛線を築いているのだろう。ネグレドは優れた指揮官であるが、足手まといを連れて攻めに出ることはしないだろう。慎重な男だからな・・・」
彼らの言う足手まとい―――言わずもがなバシャックやガストン等、地位はあるが、戦争の経験のない人物のことだ。
向こうがいったいどのような指揮編成で来るかはわからないが、あの高慢な上級貴族共が全ての指揮をネグレドに委ねることを良しとするとは思えない。
「その点、閣下は恵まれておりますな。我が軍に足手まといは一兵もおりません」
「はは、そうだな。それが我々の強みだ」
そう、士気の高さと、カルティアでの実戦経験によって練度の高い軍団。
会戦においては負けなしを誇る―――世界最強の軍隊とすら自負している軍団がラーゼンの強みだ。
更には、ゼノン、シルヴァディ――そしてアルトリウスという個人戦力も揃えている。
「それに――今回は《アレ》も持ってきている。抜かりはないさ」
そう言ってラーゼンはほくそ笑む。
「さあ、行くぞ。未来を掴むための戦いだ」
この1週間後――ラーゼン率いる西軍と、ネグレド率いる東軍はついにまみえることになる。
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