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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十三章 青少年期・アウローラ編
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第117話:東方勢力圏の前で



 俺たちはやけに慌ただしく首都を発った。


 普通、軍団は招集したあと、ラーゼンの演説や参謀会議などを執り行い、戦いの目標を定めたりするものだが、今回はとにかく早さを優先したようだ。


 首都から逃げ出した門閥派の議員たちと、アウローラ総督ネグレドが合流し、完全に準備が整う前に攻めに移りたいのだろう。

 戦争では先手を取ったほうが好ましい。


 ラーゼンが招集したのはカルティアから連れてきた全軍の6万。

 シルヴァディやゼノン、バロンやマティアスにオスカーなどの、カルティアで従軍していた人間は全て参加している。

 俺の隊ももれなく全員参加だ。


 俺は首都の東に行くのは初めてである。

 西に行くのとは違い、やけに温暖な気候が広がっている。


 アウローラまでの道のりは、現在の進軍速度だと、およそ1ヶ月といったところか、意外と遠いものである。

 とはいえ、都市アウローラに入る前に、アウローラ地方という東の勢力圏とはぶつかる。

 東の勢力圏でも、ラーゼンの人気があるのかどうかはわからない。

 このあたりの属州は、ネグレドの統治の元、首都の元老院の愚政の巻き添えにはなっていないからな・・・。


 なので、最悪、東の属州圏に入った瞬間、戦闘が始まる。


 現在俺たちが滞在している都市『ノログス』は、その手前――首都圏最後の都市である。


 もちろん、俺達の軍は速度を優先しているため、ここに長く留まることはない。

 兵糧や必需品の確保に2日のみ滞在することとなった。



「――よう、元気か?」


 俺がそんな事を日記に書いていると、来客があった。


「――師匠、どうしたんですか」


 訪ねてきたのは、金髪のオールバックの中年男――俺の師匠であるシルヴァディだ。


「いや――明日からはもう東の勢力圏だ。戦闘もあり得る。緊張しているんじゃないかと思ってな」


 頭を掻きながらシルヴァディがそんな事を言った。


「大丈夫ですよ。戦いなんて・・・カルティアで何度も経験してますから」


「・・・そうか」


 なんとも言えない表情でシルヴァディは壁に寄りかかる。


 確かに――明日からは戦いが起こる可能性もある。

 それは、カルティアでの戦争とは違う――同じユピテル人との争いだ。


 まぁその点俺は少し他の兵よりはそれほど深く考えているわけではない。

 相手がカルティア人だろうとユピテル人だろうと――どちらにせよ、人と戦い、殺し合うことには変わりないのだ。

 その覚悟は随分前にした。


「僕よりも軍の士気は大丈夫なんですかね。今回はやけに慌ただしい出発だったので、総司令の鼓舞がありませんでしたが」


 むしろ心配なのは、他の面々だ。

 基本的にユピテルの人間は愛国心や同胞意識が強い。

 同じユピテル人相手に戦争を起こす事に何かしら思うことがある兵士は多いだろう。


「確かに、皆静かだが・・・士気は問題ないだろう。カルティアを発つ時に皆覚悟はしている。それに、陣を貼れば――直前に閣下の演説もあるだろう」


 愛国心が強いが故、真に国の為になるならば、同胞を斬る事も厭わないというわけだろうか。

 それとも、ラーゼンの行動を心の奥底から信じているのか・・・。 


 俺みたいに、意味の分からない予言じみた言葉に従っている人間はいないだろうが。


「なんだ? 憂鬱そうな顔して・・・やっぱり緊張しているんじゃないか」


「・・・」


 緊張――。

 いや、緊張というよりは、不安に近いような気がする。

 俺の場合は、同じ国の人間と戦うことというよりも――ルシウスの言葉が、重くのしかかっている。

 

 ――ラーゼンが負ける。

 そしてラーゼンが負ければ、世界が混乱する。


 途方も無い話ではあるが、信じられない話でもない。

 そして俺にはラーゼンを勝たせる事ができるかもしれない。


 それを考えると流石に不安になることはある。


「――そうですね、少し不安はあります。色々と何が正しいかとか、どうすればいいかとか――僕にはよくわかりませんから」


「アルトリウス・・・」


 ルシウスの言葉に従い、また戦場に行こうとしている自分の判断が正しいのか。

 本当に俺が行くことでラーゼンを勝たせることができるのか。

 いくらでもわからないことや、不安なことはある。

 まるで、世界の荒波に、流されるまま流されているような・・・そんな感覚だ。


「でも、大丈夫です。勝てるかどうかはわかりませんが・・・勝つ理由はいくらでもありますから」


 そう言いながら、俺は、右手首にある、青い糸で編まれたミサンガに目をやった。


 俺の誕生日――つまりは成人した日に、リュデに結んで貰った――まぁ誕生日プレゼントのようなものだ。


『アル様の勝利と、無事を祈って編みました。私は一緒に行けませんが、せめて想いだけでもアル様のそばにあるように・・・』


 少し寂しそうな顔をしながらもリュデにはそう言って送り出された。


 「大丈夫です」と、俺を信じてくれる彼女の信頼に、俺は答えなければならない。

 

  ありがたいことだ。

 彼女は、家族と遠く離れ離れになってしまった俺の、勝つための理由に、帰るための理由になってくれている。


 あまり女心のわからない俺でも、流石に彼女の気持ちは理解している。

 絶対的な信頼と、深い愛情だ。


 俺も甘えて抱きしめてもらったりしてしまった。


 ・・・よく考えると浮気かな?

 いや、でもエトナは割とリュデに好意的だったな。ヒナとも仲はいいし・・・。


「ニヤニヤして・・・いったい何みてるんだ?」


 そんなことを考えていた俺に、シルヴァディが怪訝な顔をしながら言った。


「――家の使用人に貰ったミサンガですよ・・・成人祝いで」


「ん? 前に言ってた想い人って使用人だったのか」


「違いますよ。彼女たちは首都にいなかったので」


「――なんだ他にもいるのか・・・シンシアの恋路は険しそうだな・・・」


「なんですか? 」


「い、いや、なんでもない。と、ところで成人祝いといえば、俺のやった手甲はどうだ?」


 何か呟いていたようだが、わざとらしく話を変えられた。

 まぁ俺としてもシルヴァディに女がらみのことを詳しく話すつもりはない。

 この親父の口の軽さは身をもって経験しているからな。


「篭手と違って手首の可動域が広いのがいいですね。とても軽い割りに頑丈ですし・・・」


 そう言いながら俺は現在左手に装備している鋼鉄製の――白い手甲に目をやる。


 この手甲はシルヴァディが俺の成人祝いに譲ってくれたものだ。

 動きの速さを阻害するということで盾を使わない俺は、左手に篭手を装備し、緊急用の防御として使っていた。

 前まで使っていた篭手はギャンブランに砕かれてしまったからな。


「ああ、そいつはお前のためにわざわざ蔵から持ってきたんだ。頑丈さは折り紙つきだ。なにせ俺の剣にも耐えられるからな!」


「蔵ですか?」


「前任の天剣の装備品を保管している蔵だよ。どうせ俺は使わない」


 どうやら前の天剣――パストーレだったか。

 その人の装備品らしい。

 前八傑の装備って実はめちゃくちゃ良いものなんじゃ・・・。


「そういえば、シンシアには何を貰ったんだ?」


 手甲を二度見している間に、シルヴァディが言った。


「シンシアですか? えっと、剣帯ですよ。ほら、今装備している」


 シンシアが俺の成人を知っていたのは意外だったが、オスカーに聞いたらしい。

 隊の皆も巻き込んで、サプライズの宴が用意されていた。


『皆、隊長と酒を飲むの、楽しみにしていたんですよ!』


 と教えてもらった。

 俺が飲酒の解禁を15歳にしていたのを知っていたようだ。


 フランツやシンシア等普段は真面目な面々も泥酔するまで羽目を外す宴会になった。

 俺も久し振りに酒を飲んだが――前世で飲んだどんな酒よりも美味しく感じた。


 戦争を前にはしゃぎ過ぎなようにも思えるが、戦争の前だからこそ――そういった息抜きは必要だったのかもしれない。

 ちなみに、そのオスカーは朝一から祝いに来たと思ったら媚薬を置いていった。


「へぇ、剣帯か・・・まさかまだ『蠍』のところで奪った奴を使っていたのか?」


「そうですね、使い慣れていたんで」


 実はつい最近まで、かつて山脈で『蠍』の一味から拝借した剣帯を使っていた。

 こういった戦闘に関係する道具は使い慣れているものが1番だ。

 それを察したのか、シンシアが贈ってくれた剣帯は、今までの奴と似ていた。


 腰だけでなく、肩からも固定できるタイプのベルトはやけにフィット感があり、前のと同じようにナイフを装備できる点は大きくプラスだ。


「あとは、ゼノン副司令からは砥石を貰いました。シンシアにしろ師匠達にしろ、やっぱり剣士の人は実用的な贈り物を好むんですね」


「そうか」


 シルヴァディは心なしか微笑ましいものを見るような顔をしている。


「それで――今日はわざわざ何の用だったんですか?」


 緊張をほぐしに来た―――というのはわかるが、それだけだろうか。

 まさか、わざわざ俺の装備の話をしに来たわけでもなさそうだが。


「――ああ、明日からの戦いで、いくつか言っておくことがあってな」


「言っておくこと?」


「そうだ」


 どうやら内戦についての話のようだ。


「まず、おそらく敵にいるであろう戦力の情報だ」


「なるほど」


 敵の情報ほど重要なものもない。

 それを元に戦略を立て、戦術を上手くはめた方が戦争に勝利するのだ。


 シルヴァディは指を立てながら説明を開始した。


「まず注意すべきは、『蜻蛉』クザン。水燕流6つの奥義を全て使う技巧派の剣士だ。グズリーと同程度の力があると言ってもいい」


「『蜻蛉』クザン・・・」


 クザンか。

 グズリーと同程度ということは、シルヴァディでも油断はできない相手だ。


 しかし――水燕流の奥義を全て使うというというのは世界に3人しかいないと聞いた。

 1人はシルヴァディで、1人がクザンということか。

 最後の1人が気になるところだ。


「次に、確実にいるであろうインザダーク家の用心棒『三頭犬(ケルベロス)』。3人組の剣士で――それぞれ使う剣術が違う。甲剣流と水燕流と神速流だ」


 神撃流の使い手はいないらしい。


「特に注意すべきは神速流を使うシェパードという男だ。こいつは中々に速い」


 神速流の剣士は珍しいな。


「あとは・・・出てくるかどうかは知らないが、『魔断剣』ゾラ。《器用貧乏》と言われた神撃流を、《万能》と呼ばれる剣まで昇華させた老練の使い手だ」


 確か、ゾラってシルヴァディの師匠だったな。

 いかにも強そうだ。


「あの爺さんだけでも相当厄介だが―――それ以上に問題なのは、ゾラが出てきた場合は婆さんも一緒についてくることだな」


「婆さん?」


「『摩天楼』ユリシーズ。世界最高の魔法士だ」


「『摩天楼』って確か――」


「ああ、八傑だ。正直――あのレベルの練度の魔法士は、1人いただけでこっちの魔法士隊が概ね使えなくなる。一番敵にしたくないタイプだな」


 《八傑》クラスまで出てくるとなると、正直本当に勝てるか怪しいんじゃないか?

 いや、《八傑》と言ってもシルヴァディとギャンブランでは、実力に差があったわけだし、一概には言えないが・・・。


「――次の戦いは、そういう奴らが出てくる可能性もある。流石の俺も――ゾラやユリシーズ相手にしてお前のフォローができるほどの余裕はないかもしれない」


 そこで一度区切り、シルヴァディは少し真面目な顔になった。


「・・・アルトリウス、お前は強くなった。この短期間で、俺やゼノンと同じ領域まで上がってきた。さっき言った奴らとも勝負になる実力があるだろう」


「――はい」


「だが、別に無理して戦う必要はない」


「――え?」


 無理して戦う必要はないとはどういうことだ?

 そういう作戦ということだろうか。


「・・・お前はまだ若い。こんな戦争で命を懸ける必要はない」


「・・・」


「お前だけじゃない。シンシアや、お前の隊の奴らも―――こんな内戦で死ぬには惜しい命だ。なにせ―――お前たちは、戦争が終わったそのあとの世界に必要な存在なんだ」


 シルヴァディは続ける。


「お前が、内戦に参加するという意思を示したことは俺としても心強いと思っている。正直、カルティア遠征でのお前の隊の活躍は、目を見張るものだった。

 だが―――閣下も俺もゼノンも、戦っているのはこの国の未来のためだ。だから――未来を担うべきお前は生きるべきなんだ。勝ち負けも気にしなくていい。生き残ることだけを考えろ。お前は―――放っておくと無茶をするだろうからな」


「―――師匠」


「そう不満そうな顔をするな。安心しろ、お前まで手は回させない―――俺が勝たせてやるからよ」


 そう言ってシルヴァディは俺の頭をわしわしと撫でた。


「・・・・・」


 多分俺は複雑そうな顔をしていただろう。


 別に、子ども扱いされているとも、戦力外扱いされているわけでもない。

 きっと、シルヴァディの言っていることは、この先を見据えたものだ。


 この戦争で勝ったあと、この国を正しい形にするために俺達の力が必要であると、そういうことなのだろう。

 確かにシルヴァディなら、先ほど挙げた強敵相手でも1人で勝ってしまえるのかもしれない。

 今回はゼノンもいるのだ。

 あの2人がそろって負けるような姿は想像できない。


 それでも―――。


『――お前が行かなければ、ラーゼンは負ける』


 そんな言葉が俺の頭の中を駆け巡った。


「――はい、師匠。なるべく・・・そうします」


「おう」


 俺のその答えに満足したのか、シルヴァディは去っていった。

 



 翌日。

 漠然とした不安は拭えぬまま―――俺たちはアウローラの勢力圏に足を踏み入れた。




 読んで下さり、ありがとうございました。

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