第116話:東へ
本当はもう少しリュデかシンシアとラブコメでもしようと思っていたんですが、内戦編の概ねのプロットができましたのでさっさと進めることにしました。
6万の軍隊の隊列を率い、ラーゼンは首都を出発していた。
目指すはアウローラ。
元老院によって、門閥派の討伐を依任命され、大義名分を手に入れている。
だが、大義名分があって得するのは、戦争に勝った後である。
もしも負けた場合―――いや、それどころかラーゼンが戦死した場合、その時点で、この戦争は終わりだ。
「よろしかったのですか?」
ラーゼンの隣で馬を走らせていたゼノンが言った。
「何がだ?」
「その・・・やけに急いで進軍をしたと思いまして」
「ああ・・・」
ラーゼンは大義名分を得てすぐに軍団を招集し、集まり次第ただちに出発した。
まるで焦っているかのように思える。
「・・・もとより時間をかければかけるほどあちらが有利になるんだ。金も土地も、人口も―――奴らの方が上だ」
「・・・しかし、ならば首都に滞在などせずにさっさと門閥派を追いかければよかったではありませんか」
「できるならそうしたかったさ。まさか、首都がこれほどもぬけの殻になるとは思っていなかったんだ。放っておくわけにも行かないだろう」
ラーゼン自身のプランとしては、門閥派はともかく、穏健派は首都に残っている腹積もりであった。
ラーゼンが留守の間の首都圏は穏健派に任せ、自身はすぐさま東へ向かうつもりだったのだが、穏健派すら首都にいない状況は流石に予想していなかった。
本来、すぐさま東を攻めたいラーゼンにとって、首都での1か月は、ギリギリの滞在だったのだ。
「――しかし、奴らはどうするかな。ガストンはともかく、バシャックがネグレドに完全指揮権を委譲するとは思えん」
ラーゼンからして――門閥派のトップ、バシャック・ダンス・インザダークの評価は低い。
あれは能力のないわりに、他者に対して見栄を張りたがる自尊心の塊のような男だ。
なまじ家柄の良さがそうさせるのだろうが――そんな男の父親にビクビクしていた時代が懐かしいものである。
そんなことを考えていたラーゼンに、ゼノンが答える。
「・・・そうですな、バシャックは確か、子飼いの傭兵―――《三頭犬》を連れています。戦力の提供を理由に、指揮権の半分は要求するのではないでしょうか」
「《三頭犬》ね・・・強いのか?」
「私かシルヴァディなら勝てます。アルトリウスでも・・・何とかなるでしょう」
「簡単に言ってくれるが・・・先が思いやられるな。どうせ他にもそういう奴はごろごろいるんだろう?」
「アウローラですと・・・あとはクザンと・・・ユリシーズ辺りでしょうか」
「・・・クザンはともかく、《摩天楼》は敵に回したくないな。あれほど軍隊を相手にするのに適した奴もいないだろう」
摩天楼ユリシーズは、魔法士でありながら、八傑に名を連ねる実力者。
魔剣士優勢と言われる現在において、そこまで上り詰めた魔法力は計り知れない。
彼女の拠点《魔女の館》はアウローラにある。
ネグレドが口説いたところで、あのマイペースな女が動くかどうかはわからない。
「・・・別にユリシーズに限らず、不確定要素などいくらでもあります」
ゼノンは遥か遠く――東を見つめている。
そう、不確定要素。
たった1個人が、1軍に匹敵することもあるこの世界で――不確定な個人の存在などどこにでも存在する。
そう―――例えば1人で国を相手にできるような・・・・。
「しかし、どんな不確定要素があろうとも・・・貴方は止まらないのでしょう?」
「・・・ああ、止まらないさ。止まるわけには行かない。たとえ―――何が待ち受けていたとしても」
自分自身にも言い聞かせるように、ラーゼンは言った。
● ● ● ●
一方―――少し時間は遡り、アウローラでは、ガストン・セルブ・ガルマークと、バシャック・ダンス・インザダークの率いる門閥派がアウローラに到着していた。
「インザダーク卿にガルマーク卿・・・久しぶりですな」
彼らを出迎えたのは、アウローラ総督、ネグレド・カレン・ミロティック。
役職や地位のみならば、執政官たるガストンとバシャックの方が上だが、家格は同等であり、尚且つ兵士からの人望を考えると、ネグレドは二人と同格か、それ以上の存在である。
「ミロティック卿、我々を受け入れて下さって感謝する」
門閥派を代表してバシャックがネグレドに挨拶をする。
「しかし、災難でしたな、首都はもうラーゼンの手に落ちたとか」
「そうなのだ・・・。まさかラーゼンがこれほど思慮の回らない人間とは思わなかった」
バシャックは少し疲れた顔をしている。
旅の疲れもあるだろうが、これから起こる事への不安と恐怖で少し気弱になっているのだろう。
「お疲れのところ申し訳ありませんが、すぐにでも状況のすり合わせを行いましょう。軍の招集は既にできております」
「おお、では・・・!?」
「はい。私は、共和主義の剣として―――ラーゼンを討つつもりです」
ネグレドの言葉に、門閥派貴族の面々からは、拍手喝采が起こった。
誰もがその言葉に、一種の安堵の表情を浮かべている。
「ネグレド殿が立ってくれるならばもう安心だ」
「これでラーゼンの奴も観念するだろう」
そんな台詞が中からは聞こえてくる。
もちろん、バシャックも―――ガストンも内心は同じ気持ちだ。
もしもネグレドがラーゼンとの戦いを拒めば、もはや彼らに縋る場所はなかったのだ。
彼らの会議で、大したことは決まらなかった。
ネグレドは予期していたことだが、まず総司令官を誰にするかという話で時間を取られた。
声を大にして言うわけではないが、それとなくバシャックが司令官の地位を欲しがっているのが分かったのだ。
この場所がアウローラであり、軍団を編成したのがネグレドであることを考えれば、ネグレドが総司令官になる方が自然であるが、バシャック自身の家格の高さと、執政官という立場から、どうしても人の下に甘んじるということに抵抗があるらしい。
元からアウローラにいたネグレドの部下たちは、ネグレドを司令官に押すのだが、バシャックがそれとなく、自身の資産を使って子飼いの《三頭犬》を連れてきた事や、彼らの戦闘力を自慢し、自身の権利を主張するのだ。
門閥派のいくつかの有力貴族も、そんなバシャックを押す。
あるいは―――アウローラの保有する軍団が10万と聞いて確実に勝てると踏んだのだろう。
彼らの考えているのは、すでに迫っているラーゼンの事ではなく――この戦いの勝利の後―――誰がこの国の舵を取っていくのかという内容だったのかもしれない。
結局、ガストンの提案で、ネグレドとバシャックを共同の総司令官として置くことになった。
「―――カッカッカ、苦労されておるなぁ総督殿よ」
何のためにもならない会議を終え、ネグレドが自身の屋敷に戻ると、人を食ったような声を出す男が待っていた。
頭を丸くした、壮年の男だ。
「クザンか」
男――クザンを前に、ネグレドは席に着く。
「戦場を知らぬ門閥派の政治家共は――兵の数だけで勝ったと思い込んでおる。実に滑稽な話だよ。総督殿、今からでもラーゼンに味方したほうがいいのではないか?」
「それはならん。ラーゼンは倒す―――決めたことだよ」
「カッカッカ、これだから爺は頑固でいけない」
「ふん、お前もそう大差ないだろう」
クザンは、ネグレドの食客である。
ネグレドがアウローラに来てから、10年かけて口説き落とした、実質的にネグレドの保有する個人としては最大戦力と言える剣士だ。
一応、今回の戦争に向けて集めた戦力の中には、クザンより格上の者もいるが、彼らはネグレドの兵ではない。
あくまで―――協力者、という立ち位置だ。
「それで、実際どうするつもりなんだ? 融通の利かない味方ほど厄介な物もないぞ?」
「そうだな・・・」
クザンの言葉に、ネグレドは目を閉じ、考え込む。
首都から流れてきた門閥派の貴族共は明らかに気が抜けている。
多くが首都にいたきりで、戦場を知らない文官だ。
その中では頭のキレる方であるガストンさえ、10万の兵というアウローラの軍団に、半ば勝利を確信しているだろう。
だが―――ネグレドや、そしてラーゼン。
戦争というものを間近で見てきた人間は、ときに戦いにおいて数など何の意味もなさないことを知っている。
実際、ネグレドの10万の軍という数は、おそらく大きくラーゼンの軍を上回っているだろう。
しかし中身は違う。
こちらは時間のない中で練兵した急ごしらえに近い軍隊であり、ベテランの軍人は2割程度しかいない。
それに引き換え、あちらはカルティアという激しい戦地で何年も戦い続けてきた――云わば大陸で最も練度の高い軍隊だ。
それだけの事実でも、ネグレドの中で数の有利など消え去る。
―――まぁ政治家に言ってもわからないだろうが。
「――クザン、バシャックの連れている《三頭犬》というのはどうだった?」
「・・・そこそこやる。迅王や天剣にも――善戦はするんじゃないか」
「ふむ・・・ならばこちらからわざわざ二つ名持ちを付けてやる必要はないな」
「どういうことだ?」
「・・・折角総司令官が2人もいるのだから、軍も2つあった方がいいだろう?」
元から、ネグレドからすれば、門閥派共がこうなることはわかっていた。
だから、わざわざ彼らを自分の傍に抱えたまま戦うつもりはない。
今回――ネグレドは、門閥派の貴族と仲良しこよしで戦争をする気はさらさらない。
彼らの巻き添えを食らってわざわざラーゼン相手に隙を見せる必要はないのだ。
「精々数だけはつけてやるさ。それで勝てるかどうかは知らんがな」
ニヤリと、ネグレドはほくそ笑んだ。
読んで下さりありがとうございました。




