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第114話:間話・少女の誕生日

 リュデ視点です。

 早く話を進めて欲しい人には申し訳ないです。

 

 


 15歳。

 それは、ユピテル人にとって特別な意味を持ちます。

 なにせ15歳といえば成人です。

 社会から一人前にみなされ、仕事の見習いも卒業とみなされます。


 お祝いといえば、ユピテル共和国では、戦争に勝った将軍が帰還したのちに行われる凱旋式と、収穫が良かった年に行われる豊穣祭くらいしかありません。

 そんな中、成人の際のお祝いは、個人や家族の単位で行われる、一生に一度のお祝いです。


 私――リュデも、先日15歳になりました。

 私は身分が奴隷ですし、残念ながら今の首都は混乱の真っ最中。

 とてもお祝いをしているような余裕はありません。

 特にいつもと変わらず、過ごしています。


 私は、本来ならウイン・バリアシオン家に仕える使用人です。


 でも今は主であるはずのアピウス様からは離れ、母と二人で屋敷の近くの借家で生活しています。


 バリアシオン家の皆さんは、近々内戦が起こると予想されるユピテルを離れ、多くの穏健派の方々と共に王国の方へ行きました。


 私も母もついていくべきなのですが、私はわがままを言ってしまいました。


 ――アル様に、会いたい。


 主人であるはずのアピウス様やアティア様の前で、泣きながら縋ってしまいました。


 カルティア遠征が終わったという話は聞きました。

 アル様がこの後どうするのかは、私にはわかりません。

 本当にラーゼンという方が内戦を起こすために上洛するのかもわかりません。


 それどころか、戦争でアル様が生きているかも・・・。

 いえ、アル様が死ぬはずありません。

 『烈空』の二つ名で活躍しているとも聞きました。

 きっと無事に帰ってきてくれるに決まっています。


 私は、どうしても首都に帰ってきたアル様をお迎えしたかったのです。


 だって、本当に辛い戦争を乗り越えて帰ってきたのに、家族の誰もいなかったなんて・・・そんな悲しい思いをアル様にはして欲しくないのです。


 私なんかじゃなんの慰めにもならないかもしれませんが、それでも、少しでもアル様の力になれるなら、内戦だろうとなんだろうと関係ありません。


 アピウス様は困った顔をしながら認めてくださいました。

 多分、アピウス様も、本当はアル様を出迎えたいんだと思います。


 大変忙しそうに首都を発ったアピウス様は、私とお母さんの生活のために、かなりのお金を残していきました。

 一応奴隷という身分ですが、よほど信用されているみたいです。

 私たちは、屋敷の近くの借家を借りて、定期的に屋敷の掃除などをして過ごします。



 アル様がいない間に、私はお父さんから色々とお仕事のことを教えていただきました。


 多くは、効率的な書類整理の仕方や、必要な情報とそうでない情報の見分け方。

 他には、重要な貴族家や、仕入れや売値の相場の計算方法。さまざまな物の価値などの判断方法――貴族お付きの『秘書』として必要な事です。


 お父さんはアピウス様の秘書をしています。

 私も将来アル様の秘書になるために、この手の能力は必要です。


 他にも、料理や洗濯、裁縫などの家事全般もお母さんから仕込まれてはいるのですが、


「家事は私がするから、ダメ!」


 と、エトナ様に釘を刺されてしまいました。

 将来、奥様にそんな些事をさせるわけにはいかないので、断固として抗議しましたが、エトナ様も頑固でした。どうしてもアル様の胃袋を掴みたいようです。

 男性の心を掴むには胃袋から、とは・・・さすが裏女子会のボス、中々にやり手です。

 それでもなんとかアル様に紅茶を入れる権利は確保しました。僥倖です。


 さて、そんな私も15歳。

 先程言った通り、お祝い事をしている場合ではありません。

 今日も買い出しついでに、ヤヌスの情報を集めに行きます。


 商店街は、いつになく賑わってました。


「よお! リュデちゃん、今日もジャガイモかい?」


 八百屋のおじさんが話しかけてきました。

 たしかに今日の献立はシチューです。

 ジャガイモは買おうと思っていましたが・・・。


「おじさん、今日はやけに機嫌がいいですね」


 今日の八百屋さんはやけに上機嫌です。

 ここのところ、件の門閥派貴族が消えたという珍事のせいで、首都の統治システムは滞り、食物の流通も厳しくなっていました。

 八百屋も当然、経営が厳しくなり、ずっと不機嫌だったのですが・・・。


「それがよぉ! なんと、今日、カルティア遠征軍のラーゼン様が帰ってきたんだとよ!」


「カルティア遠征軍ですか!?」


 思わず声を上げてしまいました。


「おうよ、これで首都も安泰だな!」


 私が驚いているうちに、おじさんはジャガイモを1つサービスしてくれました。

 やけに気前がいいです。


 ほかの店主たちも、軒並みとても上機嫌でした。

 どこに行っても、ラーゼン様が帰ってきたという話で持ちきりです。


 私としては、ラーゼン様なんかよりも重要なことがあります。


「――アル様」


 もしかしたら――アル様が帰っているかもしれない。


 私の胸は高鳴っていました。


 半分は、アル様がいるかもしれないという期待と興奮。

 もう半分は、もしかしたらいないかもしれないという可能性――そしていなかったらどうしようという不安でした。


 家に帰ると、お母さんが食事の下準備をしていました。


「私、お屋敷の方に行ってきます!」


 荷物を置くなり、私は家を飛び出しました。


 別に・・・アル様が屋敷にいる保証もありません。

 アル様は軍人です。

 軍隊を簡単に抜け出して、家に帰れるとも思えません。


 でも、いてもたってもいられませんでした。


 息が切れるくらい走りました。

 歩いたってすぐに着く距離を、必死に走りました。


 屋敷にひとけはありません。

 でも、


「鍵が・・・開いています」


 いや、開いている上に――壊れています。

 何かで壊されたような跡でした。


 鈍器でも刃物でもなく――まるで魔法を使って壊されたような、そんな跡です。


 ――やっぱり・・・?


 ゴクリと唾を飲んで、私は屋敷の中に入ります。

 特に荒らされた形跡はありません。

 泥棒ではないでしょう。


 ゆっくりと、歩を進めます。


 一階には誰もいませんでした。

 物が動かされた後もありません。


 二階に上がります。


 いるとしたら、きっと―――。


 私は少し不安な気持ちを抑えながら、その部屋の扉を開けました。


 中にいたのは1人の少年でした。

 

 焦げ茶色の髪に、焦げ茶色の瞳。

 少し気だるそうな表情でしたが、凛々しさのある顔立ち。

 細い眉に、薄めの唇。

 背丈はとても伸びていて、幼さというよりは男性らしさが出てきた、そんな雰囲気。


 私が誰よりも憧れて、誰よりもお慕いしている人。

 私に世界を教えてくれた人。

 会いたくて会いたくてたまらなかった人が――そこにはいました。


「・・・アル――様?」


 自分の目を疑ったわけではありません。

 ただ――今その人物が目の前にいるという事実を、信用できなかっただけです。

 もしかしたら私の妄想が生み出した幻かもしれません。


「・・・リュデ?」


 私の名前を呼ぶその声は少し低かったでしょうか。

 でも・・・優しく、懐かしい、アル様の声に違いはありませんでした。


「――アル様っ―――アル様なんですね!?」


 体の我慢が効きませんでした。

 とにかく、触れて、確かめたかったのでしょう。

 私はアル様に抱きついていました。


「良かった・・・本物です・・・生きてた・・・・」


 少し細身ながら、きちんと筋肉のついた体。

 ドクンドクンと脈打つ、心臓の音。

 アル様は、生きていました。


「リ、リュデ、とりあえず落ち着け。ちゃんと生きているから」


 そんな声に、私も我に返ります。


「―――あ、すみません私ったら・・・」


 きっと私の顔は真っ赤に蒸気していました。

 アル様に抱きつくなんて・・・少し舞い上がり過ぎたかもしれません。

 2年前の私では想像できないことでしょう。


 でも、アル様も少し照れているようです。

 私にも少しは魅力があると思ってくれているのでしょうか。

 思わず、エトナ様が言っていた《卒業式》のことを思い出してしまいます。

 本当に・・・いいんでしょうか?



 アル様は、どこか疲れた顔をしていました。

 長い戦いの旅をしていたのですから、当然かもしれません。


 アル様は私たちの話を聞きたがりましたが、そんな疲れた顔のアル様を見ると、ゆっくりとして欲しいという気持ちが出てきます。


「・・・とりあえず―――紅茶でも入れてきますね」


 そう提案すると、アル様の顔が少し穏やかになったような気がします。

 もしかしたら戦場では紅茶なんて飲んでいる余裕はなかったのかもしれません。


「あ、砂糖とミルクは――」


「――なし、ですね。ふふ、わかってますよ」


 お母さんに、アル様の紅茶の好みは全て聞いています。

 子供の頃、アル様とお揃いにしようと砂糖を入れずに紅茶を飲んで苦い思いをした事もありますね。


 私はそんな事を懐かしみながら、紅茶を入れに部屋を後にしようと思いましたが、ふと、言い忘れていた事を思い出しました。

 久しぶりに家に帰ってきた大切な人に、この言葉は絶対に言わなければなりません。


「――アル様」


「なんだ?」


「・・・おかえりなさい」


 精一杯の私の気持ちを込めて、そう言いました。


「・・・ただいま」


 少し照れくさそうに、アル様はそう言いました。


 大人っぽくはなりましたけど、その横顔は旅立つ前と同じ――家族に見せる顔と同じような、そんな気がしました。




 たしかに、私に成人のお祝いなんてものはありませんでした。

 でも、きっと――アル様に再会できたことは、どんな贈り物よりも素晴らしい出来事だったと・・・そう思います。





 読んで下さりありがとうございました。


 

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