第110話:家族の食卓
多分、疲れた顔をしていたっていうのは本当だった。
色々と考えすぎていたんだ。
リュデのおかげで、だいぶ気が楽になった気がする。
・・・断じてその―――顔を埋めたときの感触が良かったからとか、そういう下心ではない。
リュデのおかげだ。多分。
あのあと、リュデに、カルティア遠征の話をした。
特に前置きもなく、いつの間にか話していた。
最初の旅路は上手く行っていたこと。
途中で川に落ち、囚われの身になったこと。
なんとか脱出して、初めて人を殺したこと。
シルヴァディの弟子になったこと。
山脈の悪魔に喧嘩を売ったこと。
剣の修業をしながらカルティアに向かったこと。
部隊の隊長になったこと。
カルティア中の戦場を駆けたこと。
すごく強大な敵と戦ったこと。
そして、民衆派としてラーゼンについてきて・・・首都に帰ってきたこと。
リュデは黙って聞いていた。
時には嬉しそうに、時には悲しそうに、俺の言葉を聞いていた。
そして、
「・・・お疲れ様です。頑張りましたね」
リュデはそう言って頭を撫でてくれた。
きっと、両親――アピウスかアティアがいたら、言ってくれたであろう言葉。
同年代の少女に頭を撫でられるのは少しむずかゆいところもあったが・・・悪い気分ではなかった。
リュデは使用人だが――でも、俺と一緒に育ち、同じ家で暮らしてきた――家族の1人といっても差し障りない。
帰ってきたんだ、とそういう感情が俺の胸に安堵を与えた。
でも、少しリュデも変わったな。
見た目はもちろんだが、中身も少し大人っぽくなった。
昔はもっと内気な子だったが・・・。
まぁ2年半、か。
子供にとっての2年は大人のそれよりは―――大きく変わるものである。
多分リュデから見れば、俺も変わっただろう。
「・・・それで、リュデの話も聞かせてくれ」
「あ、はい。そうですね!」
俺のいない間のリュデ――そして家族の話を聞いた。
まず、今のリュデは、チータと共にこの家の管理をしつつ、近くの小さな家を借りて住んでいるらしい。
「別にこの家でいいのに」
「いえ、私たちの所有物じゃないので・・・」
アピウスはそこまで細かい指示を与えずに、とりあえず金だけ渡して首都から発ったようだ。
よほど急だったんだな。
「まぁ、後でチータにも会わせてくれ、そういう話もしなきゃな」
「はい」
チータもいるなら、家の管理は問題ないだろう。
俺も少しの間はいるし・・・アピウスに2人のことは任されたのだから、なるべくきちんとしなければならない。
チータの料理も食べたいしな。
「それで・・・カルティア方面軍が帰ってきたと聞いて、もしかしたらアル様がいるかもしれないと思ったので買い物帰りにこちらの家に寄ってみたんです」
そしたら、扉の鍵が壊されていたので、少し不安に思いながら中に入ると、俺を見つけた、と。
そうか、忘れていたけど鍵もあとで直さなきゃな・・・。
他にも、色々なことを聞いた。
アイファが学校で学年最優秀賞を取ったり、アランがリリスにべったりだったり。
アピウスは相変わらず忙しそうだったり、アティアも頻繁に実家――ローエングリン家に足を運んでいたり。
「私も自分で色々と調べてみましたが・・・民衆と、元老院の意向は完全に違う方向を向いていました。いつかこういう事態になるとは思っていましたが・・・」
確か―――俺が旅立つ前、リュデは俺の秘書になるとか言っていたな。
いったい俺がどんな仕事に就くことを想定していたのかは知らないが、そういった政務に関することを、アピウスやヌマから少しずつ教えて貰っていたらしい。
まあリュデも・・・ヒナに負けず劣らず賢い子だったな。
「クロイツ一門が首都を離れるというのは、本当に唐突に決められました。カルティア戦役が終わったという報せが届いてすぐでしょうか。『青龍剣』アズラフィール様がカルロス様に助言をしたようです」
アズラフィールといえば、カインの師匠か。
ローエングリン家出身の凄腕の剣士だったはずだが・・・一門に助言をできるほどの発言権を持っているのか。
「あ、そういえばカイン様から伝言を預かっておりました」
「なんだ?」
「『エトナは任せとけ! その代わり、絶対に生き残れよ!』とのことです」
カインらしいな。
俺が頼んだことを律義に守ってくれているらしい。
「でも、カイン様も今は大変な時期ですし、心配ですね」
「大変?」
確かにカインはクロイツ・ローエングリン家の跡取り息子だし、色々とやるべきこともあるのかもしれない。
同じく四大貴族の息子であるオスカーを見ていると、そう思う。
だが、大変な理由は俺の予想とは少し違った。
「ええ、本当は今頃結婚されていたはずなので、それが今回の件で延期になってしまって・・・」
「結婚!?」
思わず声を上げる。
「はい。確か、生徒会の後輩の方と交際していたようで・・・成人を機に結婚式を挙げる予定だったとか」
「カインが、結婚か・・・」
生徒会の後輩というと、俺の知り得る限りだとメリルくらいしか思い浮かばないが・・・。
そうか、結婚か・・・。
まあ貴族だし、成人は15歳だし、ということを考えると案外早すぎることはないのか・・・。
しかしカインにそんな浮いた話があるとはな。
だが・・・カインにも守るべき家庭ができるわけだ、いつまでもエトナを彼に任せるわけにもいかないな。エトナは・・・俺が守るべき人だ。
そんなことを考えていると、不意にリュデが言った。
「・・・アル様は今後どうされるおつもりですか?」
どうされる?
まさか結婚の話か?
いや、結婚はまだ早いです。
色々考えていることはあるけど、俺の場合は特殊なことが多いから・・・。
「いや、結婚はまだ少し先でもいいというか、少し先の方が助かるな、とは思っているよ?」
「あ、いえ、結婚ではなく・・・その、今後の内戦です。おそらくラーゼン様は首都を抑えただけで―――自身の改革が為せるとは思っていないでしょう?」
リュデが顔を赤くして答えてくれた。
結婚の話はもう終わっていたらしい。
「・・・そうだな。閣下は、逃げた門閥派を放っておくことはないだろう」
今は、思いがけず早期に首都を取ることができたので、内政をある程度整えると同時に――シルヴァディに預けてある3個軍団の到着を待っているというところか。
準備ができ次第、すぐに東に向けて進軍を開始するはずだ。
「・・・アル様は、やはりそれに参加されるのですか?」
不安げに――リュデは俺を見つめる。
「・・・・ああ」
そう答えると、リュデは目を閉じ、そしてにっこりと笑う。
「そうですか。じゃあ、安心ですね。民衆派の勝利なら、きっとこの国はいい方向に向かうでしょう」
そしてケロリとそう言った。
「え? 民衆派って勝つの?」
「へ? はい。アル様が負けるわけがないので」
なんだ?
この子、大人っぽくなったと思ったけど、あんまり変わっていないんじゃないか?
「・・・過大評価だよ。さっきも話しただろ? 俺は旅の最中に死にかけてるし、戦争中も負けそうになったことも何度でもあるよ」
「大丈夫です!」
「どこがだ・・・」
「大丈夫、です」
リュデは、力強い言葉で、断言した。
「・・・・」
その口元は笑顔で、口調も力強いものだったが・・・瞳は揺れていた。
その奥には少しの不安もあるように思えた。
彼女も心の奥底では心配しながらも、俺を元気づけようとしてくれているのかもしれない。
――ありがたいな。
「そうだな。きっと・・・大丈夫だ」
「はい!」
負けられないな。
世界の命運とやらの他に、この子の信頼にも答えないといけない。
世界の命運だけに比べれば、戦う理由には充分だ。
「あ、そういえばエトナ様からも伝言があります」
そこでリュデが言った。
エトナからは手紙も貰っているが・・・伝言もあったのか。
「『プロポーズはいつでもいいよ!』とのことです」
「・・・善処する」
別にリュデが返信するわけでもないのに俺は苦笑しながらそう言っていた。
エトナには半分しているようなもんなんだがなぁ。
「あと、私からも一つ」
「何だ?」
「・・・《卒業式》、いつでもお待ちしています」
「―――へ?」
卒業式って・・・夜の・・・?
冗談なんじゃ・・・。
「リ、リュデ、それって・・・」
「―――あ、そろそろお母さんを呼んできますね! アル様が帰ってきたって知ったら、驚きますよ!」
聞き返そうとしたところで、リュデはそそくさと視線を逸らし、逃げるように去っていった。
――やっぱり・・・そういうことなのか?
悶々としたまま、俺は部屋に取り残されることになった。
● ● ● ●
その後、チータとの再会を果たした。
少し痩せただろうか。
それでも充分に包容力もある、元気な女性だった。
「坊ちゃま・・・・ご無事で何よりです・・・!」
涙ぐみながらそう言って抱きしめて貰うと、やはりどこか安心感がある。
チータは俺にとってはもう一人の親みたいなものだからな。
チータは、この家や、彼女たちの様々な権利書や、アピウスから預かったという金――結構な大金だったが――を持参してきた。
それについてのいくらかの小難しい話と、金の使い方について協議した結果、とりあえずチータとリュデはバリアシオン邸に戻ってもらうことにした。
きっとアピウスも、他に家を借りることは想像していなかっただろう。
2人の身分は奴隷だが―――それでも俺からしたら立派な家族だ。この家を使うことに文句は言わせない。
アピウスやアティアもそうだろう。
そして今後の俺の方針―――ラーゼン側の陣営として内戦に参加することを告げた。
チータは心配しながらも、
「坊ちゃまの決めたことなら、何も言いません」
と言って、頷いてくれた。
その日は、チータとリュデが二人で夕食を作ってくれた。
野菜たっぷりのシチューと、豚肉のソテーと蒸し芋だ。
「ごめんなさいね~、ここのところ首都も物資が不足しているみたいで」
どうやら、民衆派と門閥派のいざこざの関係で、少し首都も流通が滞っているようだ。
チータとしてはあまり満足いくメニューではなかったようだが、この2年間、殆ど干し肉と豆スープで過ごした俺からしたら、ゴージャスな食事だった。
もちろん美味しいだけじゃなく―――とても懐かしい味だった。
なんだか泣けてくるような―――そんな味だ。
その日はそのままチータにもカルティアでの話を聞かせ、チータからもこれまでの色々な話を聞いた。
本来より数は少ないが――久しぶりの家族の食卓。
そんな感じがした。
テンポ悪くてごめんなさい!
読んで下さりありがとうございました。




