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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十二章 青少年期・内乱開幕編
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第106話:エメルド川を渡って

 移動はサクサク進めます。

 

 カルティアから首都まで行くには、現在大きく2つのルートがある。


 一つは、『山脈の悪魔』の案内の元、北方山脈を越える北ルート。


 もう一つは、エメルド川下流域の浅瀬を通る南ルート。


 本当はもう一つ、中流域のカルス大橋を通るルートがあったのだが、カルス大橋は崩れたままであるため、そのルートは使えない。


 ラーゼンはカルティアにいた8個軍団のうち、6個軍団を連れて行くことにしたらしい。

 残りの2個軍団は、カルティアの防衛と、予備兵力だ。


 驚くべきことに、カルティア方面軍は9割以上の兵士が、ラーゼンと共に戦うことを選んだ。

 無条件退役が認められているのにも関わらずだ。

 彼の人望か、元老院への不満か、はたまたその両方か。

 俺みたいに行かないと負けそうだったから、とかいう理由の人はあまりいないだろう。


 ラーゼンに協力するにあたって出した条件――お願いは受理された。


 負ければ何の意味もないお願いだが――そもそも内戦自体、負ければ何の意味もない戦いになる。

 せいぜいタダ働きにはならないようにしたい。

 なにせ本当なら2000万D(デナリウス)だからな。


 あの後オスカーには、


「・・・まぁ、君はなんだかんだ言ってくると思っていたよ」


 と苦笑いをされた。

 わざわざ俺のために気を回してくれたのにそれを無に帰した事になる。

 多少罪悪感はなくもないが、概ねルシウスと世界の情勢が悪いので仕方がない。


 隊員たちは、俺がラーゼンに同行する旨を伝えると、大多数が安心したような顔をした気がする。


 こいつらは俺が行かないといえば揃って退役するつもりだったのだろうか。

 だとしたら、悪いことをしてしまった。

 俺に付き合う必要なんてないのに。


 一応、無条件どころか報酬をもらって退役出来ることは教えたのだが、全員参加したいらしい。

 もちろん俺としては心強い限りだが、プレッシャーも半端ない。

 こいつらも、死なせないようにしなきゃならないな・・・。



 さて、首都に向かう6個軍団は、3個軍団ずつの半分に分けられた。


 北方山脈を越える北ルートと、エメルド川下流域の南ルート。

 首都へ向かうルートは2つある。

 早いのは北ルートだが、案内人が必要だ。

 今回は、シルヴァディが以前グズリーと約束を取り付けたようで、『山脈の悪魔』が案内人を務めてくれることになった。

 ただ彼らは受け入れるのは半分のみという条件を出したので、軍を2つに分けることになったのだ。


 俺の部隊はラーゼン率いる本軍――南ルートに配属された。

 北方山脈ではなく、エメルド川下流域を通るルートだ。


 カルティアを出てすぐに軍団は2つに分かれ、北と南にそれぞれ進軍する。


 北ルートの軍を率いるのはシルヴァディだ。

 山脈の悪魔と話を付けたのは彼なので、妥当な人選だろう。


 先日のラーゼンの演説後の異様な雰囲気は、変わらず軍団の中に漂っていた。

 一見変わらないように見える食事や野営の準備のときも、やけに皆の表情は硬い。


 緊張しているのか、興奮が冷めやらぬのかはわからないが、少なくとも、普段とはどこか違う。


「うちの隊はまだマシですよ」


 フランツはそう言って苦笑した。


 決めたはいいものの、実際に祖国に進行するというのはやはり並の事ではないらしい。

 他の隊だと体調不良を起こす者もいるようだ。


 俺も不安はある。


 俺がいなければ勝てないとまで言われた戦い。

 いったい何が原因でラーゼンが負けるのか。

 正直予想はできない。


 俺をそう思わせる原因はシルヴァディとゼノンの存在だろうか。

 俺よりも強い2人がいるのに、負ける。


 漠然とした不安の正体はそれかもしれない。


 あとは、家族が心配だ。


 父は――アピウスはどうしただろうか。


 俺の家門――ウイン一門はクロイツ一門についている。

 クロイツ一門は穏健派だ。


 俺が首都にいた時は、あいも変わらず穏健派だったが・・・この点に関しては「敵にならない」というルシウスの言葉を信じるしかないか。




● ● ● ●



 俺がかつてカルス大橋から落ちた川――エメルド川は、下流に行くほど川幅が広がり、流れも緩やかになる。

 俺が落ちたのは中流域であり、落ちて命があるのは割と運が良かったらしい。


 下流域に橋はない。


 その代わり、流れが緩やかであるため、「船」を使って渡ることができる。


 「船」と言ってもこの世界に俺の前世の記憶にあるような豪華客船はない。

 

 前世の世界にあるようなもので例えるとガレー船とでもいうべきだろうか。

 木造で、少し縦長の船体をしている。

 一応帆はあるが、主要な推進力は、「櫂」によって漕ぐ人力だ。

 人力で動くためそれほど大きくなく、精々一度に50人程度しか乗れない。

 魔道具を使って動かす船も昔は盛んに研究されていたようだが、『魔鋼』がそれなりに貴重であるのと、船を動かすほどの魔法の出力は中級以上であるため、付与が不可能としてすぐに廃れたらしい。

 まぁこの世界はあまり「海戦」が行われないようなので、船の研究はそれほど重要視されていないのかもしれない。


 そんな船と、船を使ったエメルド川の渡航は、そこから最も近いユピテルの都市『デルミナ』が管理している。

 そのため、俺たちがユピテルに渡るには『デルミナ』を味方につける必要があったのだが、案外すんなりとデルミナはラーゼンに手を貸すことを了承した。

 どうやらカルティアを落とした時点で、色々と工作をしていたらしい。

 

 『デルミナ』の回してくれた船の他に、自分たちで組み立てた数隻を合わせた50隻程の船で、俺達のエメルド川渡航が始まった。


 もちろん、一度で3万人は運べないので、何回か往復して川を渡る。


 本来なら「漕ぎ手」は、それを生業にしている者に任せるのだが、それも自分たちの兵士にやらせることで、往復回数を減らし、それなりの速さで渡航は進んだ。


 乗り心地はあまりいいとは言えなかった。

 揺れはそれほどなかったが、漕ぎ手の掛け声とか、汗臭さとかで船の上の爽やかさが数段落ちてしまったからだろう。


「わ! わ! 隊長、見てください、水の上に浮いていますよ!」


 そんな中でも、何人かは初めての船に興奮を隠せないようではあった。

 俺の隣で浮ついた声を上げるのはシンシアだ。

 俺はぶっちゃけ空も飛べるからそれほど感動はない。


「こんなに広い川、いったいどこまで続いているんでしょうか」


 下流の方を見ながらシンシアが言った。


「・・・そりゃあ、海だろう」


「え、隊長、海を見たことあるんですか?」


「あーいや、本で読んだんだよ」


 もちろん前世では海くらい見たことはあるが、まだアルトリウスとしては経験はないな。

 まぁこの世界の生態系は前世とほぼ同じだし、多分似たようなものだろう。


 ちなみにユピテル人は割と農耕民族なので、漁業とかはあまり活発ではない。

 川とか、海とかは馴染みのないものなので、シンシアはしゃぎたくなる気持ちもわかる。

 この世界は娯楽が少ないからな。


 特に俺の隊は若い人間が多いので、船に乗った経験のある者などほとんどいないだろう。

 カルティアへの往路はカルス大橋がまだあっただろうしね。


 そんなはしゃいでいた隊員たちも、川を渡り終えるころには船酔いでへとへとになっていた。

 カルティアが海遊民族だったらユピテルは負けていたかもしれないな。



● ● ● ●



 都市『デルミナ』は、小さめの規模の都市だったが、ラーゼンの軍だというと快く受け入れられた。

 こういった辺境の都市は、基本的に現在の元老院――門閥派の影響が薄いのかもしれない。

 2日ほど、この都市で情報を収集することになった。

 久しぶりの祖国で息つく暇もない。


 『デルミナ』で情報を集めた結果、未だラーゼンが上洛をしたという情報はそれほど出回っていないことが分かった。

 恐らく、門閥派の情報の伝達よりも、俺達の方が動きが早かったのだろう。

 通信機器のないこの世界では、情報の伝達は実際に人を介す必要があるのだ。


 そして比較的カルティアに近いこの都市でもあまり知られていないということは、首都圏も未だにこちらの動きを把握していない可能性が高い。


「・・・速さを優先させた方がいいな」


 ラーゼンはすぐさま進軍の判断をした。


 本来なら、北と南で2つに分けた軍を先に合流させてから進軍する予定だったのだが、まだ動きが把握されていないうちにうちに『先手』を取ったほうがいいという判断だろう。


「とにかく、迅速に首都を抑える。常備軍だけなら、3万でもなんとかなるはずだ。ゼノンもアルトリウスもいるからな」


 ラーゼンの鶴の一声で、俺たちは『デルミナ』を出立した。

 北のルートを進んでいるはずのシルヴァディにはその旨の伝令を送ったようだ。


 3万の軍隊は、緊張した面持ちで、高速進軍を開始した。


 とはいえ、なにか抜け道などを使わない限り、都市間の移動は大集団よりも、商人や、旅人の方が早い。

 俺たちが『デルミナ』から次の都市に到着する頃には、『ラーゼン上洛』の噂は既に広まっていた。

 人の口には戸が立てられないのだ。

 首都圏の門閥派にこちらの動向が察知されるのも時間の問題だが、隠すことも無理なので仕方がない。


 しかし、それでも俺たちの進軍は早かった。


 新しい都市に着く度に、その都市が無血開城してくれるのだ。

 たとえ門閥派の勢力下にあろうと、何の準備もなく都市単体で3万の軍を相手にはできないのだろう。


 それに――これは都市の中に入るとわかるのだが、民衆からはとても好意的に歓迎される。


 都市に入ると、メインストリートに立ち並ぶ大量の人の群れが目に入る。

 聞こえてくるのは大きな歓声と、拍手。

 誰もがどこか興奮したような面持ちである。

 

「まるで英雄の凱旋ですな」


 フランツがそう漏らした。

 その通りだと思う。


 中には、俺達が来たということで、民衆たちが自発的に暴動をおこし、門閥派の都市長を差し出してきたこともあった。  


 ラーゼンは、従う意思を表明した都市全てを許し、兵糧の提供のみを求めた。

 差し出された門閥派の都市長も、こちらに従うならば、今までと同様に地位に置くつもりらしい。


 その話を聞いたからか、さらに好意的に開城する都市は増えていった。


 ラーゼンの人気というものを、俺は少々甘く見ていたようだ。

 時代の流れ―――それが完全にラーゼンに向いている。


 ・・・しかし―――これでも負けるのか?


 事が上手く進めば進むほど、得体のしれない恐怖が俺を襲った。


 

 俺たちは首都へ1か月ほどかけて進軍した。

 ここまでで失った兵は1人もいない。

 戦わずして勝つのがこれほど楽だとは思わなかった。


 カルティア戦役の時は、都市一つ落とすにも、いちいち潜入したり、市街戦に苦労したり、兵を誘い出すためにわざと不利な陣地についたりと大変だったからな。



 途中、変な噂を聞いた。

 なんでも、クロイツ一門率いる穏健派が、首都から去ったという話だ。


「そんなことがあるか?」


 半信半疑であったが、首都に近づくにつれて、その噂の信憑性は高まっていく。


 そして、遠目に首都が見える位置まで進んだ時、それは確信に変わった。


「―――白旗・・・か」 


 我らがユピテル共和国首都ヤヌス――。


 その都市壁には、間違いなく大きな『白旗』が掲げられていた。


 勧告を送るまでもなく、俺たちは首都を落とすことになった。


 俺にとっては実に2年ぶりの故郷である。


 読んで下さりありがとうございました。

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