第10話:魔法使いになろう②
魔法使いになろう(剣士になろう)
ユピテル人は剣しか使いません。槍も弓も邪道です。盾はギリギリセーフ。
―――《魔法》と《剣術》。両方を極めた者のことを《魔導士》という。
別に、強くなって戦争に行きたいとか思ったわけではないが、《魔導士》というのは、この世界における俺の目標としては悪くないのではないだろうか?
なにせここは剣と魔法の存在する異世界。
《魔導士》なんて、前世では絶対になれなかっただろう。
《魔導士》なんて職業がどう食べていくのかは知らないが、まあ貴族待遇の扱いをされるという事だし、イリティアも《魔導士》として名を馳せたら仕事がたくさん来たと言っていたし、多分大丈夫だろう。
幸い、イリティアからも、才能があると太鼓判を押された。
努力だけはし続けようと思う。
もちろん不安なので、他の勉強もしっかりとする。
あくまで、できる限りの努力はするということで。
と、目標を決めた途端、すぐに壁にぶち当たった。
といっても、魔法の修業は《魔力神経》を既に持っている事もあって、比較的順調に進んだ。というか、イリティア曰く、異常な速さであるとのこと。
どういう事をやっているかというと、まず、全属性の魔法の得手不得手の確認だ。
《属性魔法》には7つの属性がある。
それぞれ『火』『風』『雷』『土』『水』『光』『闇』であり、火は風に強く、風は雷に強く、雷は土に強く、土は水に強く、水は火に強く、光と闇は相互に強い、という相対関係がある。
そして、この属性にも人によって得意、不得意が分かれることが多いそうだ。
俺はどの属性もまだ基礎しかやっていないが―――とりあえず顕著に苦手な属性はなかった。
逆に得意と言えるのは『風』だろうか。ぶっちゃけ大して差はない。
イリティアは『風』と『水』が得意で『火』と『土』が苦手なようだ。
また、複数の魔法を同時に使う技術も覚えた。
最初のうちは、右手で火球をだし、左手で水球を出す練習を反復しておこない、慣れてきたら《身体強化魔法》も織り交ぜながら、《属性魔法》を発動する練習をした。
俺は3つまでなら同時に魔法を発動できるようになったが、イリティアは最大8つまで発動できるというし、まだまだ修行の余地がある。
と、このように、大した苦労もせず、魔法の習得は順調に進んでいる。
では、いったいどうして壁にぶち当たったのかというと―――残りの《剣術》に他ならない。
そもそもどうして《剣術》の修業をしなければならないのか。
なにせ魔導士なんて本来目指す必要はないのだ。
しかし、それでもここ、『ユピテル共和国』では、貴族の子弟にとって、《剣術》は必須の修業であるらしい。
理由は我がユピテル共和国の軍制度に由来する。
基本的にユピテル共和国では、『警備隊』として存在する『常備軍』以外の兵士というのは、戦争が起こるときのみ招集される。
その招集対象は全ユピテル共和国の『有権者』だ。
有権者であれば一般国民でも召集されれば兵士として戦う義務があるのだ。
その代わり、召集された国民にはそれなりの恩賞もあり、何より、選挙権によって国政に参加できるということは国を守る義務を負う、ということと同義であるらしい。
つまりこの国の国民は、大規模な戦争のために兵士の招集があれば、喜び勇んで飛んでいく愛国者ばっかりということだ。
おかげで常備軍はむしろ志願者が多すぎて、そこそこ実力や家柄がないと入れないのだとか。
俺は正直戦争なんて行きたくないし、国のために命を懸けるなんてまっぴらだが―――。
友人のカインなどは将来軍人になる気満々であるし、多分、俺の感覚がこの世界では異端であるのだろう。
話を戻す。
貴族の子弟が剣術を習う理由だが、上記のように軍団が召集されたとき、各部隊の小隊長は多くの場合、貴族から選ばれる。
もしも小隊長に選ばれた際、他の隊員に舐められないように―――そして、実際に戦地での生存率を上げるため、この国の男子、特に貴族は幼少の頃より剣術を学ぶのが常なのだ。
多分、招集に応じるのは大前提なんだろうなあ。
また、多くの貴族の子供は8歳から学校に通い、まともに剣術の修行をする時間が取れなくなるため、8歳になるまでに、ある程度の剣術の基礎を仕込まれる事が多い。
最近ではカインも剣の稽古に忙しく、滅多に遊びに来ない。
大抵の家では、剣術については父親が教える事が多いようだが、我が家のように父親が完全に文官(一応アピウスも幼少期に剣はならったらしいが、本人曰く相当下手であるらしい)であると、まともに剣など教えられないこともあり、家庭教師を招く家も多い。
実際アピウスはこれを見越して魔法も剣も使える《魔導士》であるイリティアを雇ったらしい。
ともかく、そのようにこの国では必須であり―――なんやかんや剣に憧れもあった俺は、イリティアから剣も学ぶことになった。
体づくりは順調に進み、俺は剣術の基礎について学んでいた。
―――問題が起きたのはそのときだ。
「・・・・アルは《神速流》が向いていますね」
剣術の基礎的な型を一通り覚えたころ、イリティアが俺に言った。
「先生、神速流とはなんでしょうか?」
俺が聞くと、
「ああ、ごめんなさい、まだ説明していませんでしたね」
といい、俺に剣術の流派について説明をしてくれた。
この世界には大きく分けて4つの剣術流派がある。
一つ、《甲剣流》。
盾で相手の攻撃を防ぎつつ、隙を見て一撃をお見舞いする堅実な流派。魔法を用いない堅気な剣士に人気な中規模の流派だったのだが、盾の代わりに《魔力障壁》を用いる技術が確立されてから、魔剣士の間でも大流行し、一躍メジャー流派に躍り出た。近年の最大派閥で、派生流派も多いとか。
二つ、《神撃流》。
必ずしも剣だけでなく、拳撃や蹴りなどを織り交ぜて戦う流派であり、汎用性が高い。最悪剣がなくてもそれなりに戦える点が他と比べて利点であり、他の流派とも合わせやすく、《甲剣流》の次に使い手が多い流派である。ちなみに、剣はないが、槍があるという状況でも、使うのは徒手空拳である。ユピテル人はどうやら意地でも剣以外の武器を使わないようだ。射程大事だと思うんだけどなあ。
三つ、《水燕流》。
四大流派の中では最も歴史が古い、古式流派。基本的には自分からは攻撃せず、相手の攻撃に合わせたカウンターや、受け流しなどで戦う流派。観察眼と先読みの技術が磨かれるため、特に一対一での立ち合いに強い。《水燕流》を極めた剣士には高齢の経験豊かな達人が多く、その心構えのみだけでも学びにくる剣士も多いようだ。
四つ、《神速流》。
素早い動きと手数の多さで相手を翻弄し、スピードに乗って変幻自在に相手を攻撃する流派であり、《加速魔法》を使えることが前提条件のため、実質《魔剣士》専用剣術である。全ての流派の中でも、動きの速さと剣閃の速さに重きを置いており、この流派を極めた人間の剣閃は、雷の落ちる速さを超えるという。
使い手が魔剣士に限られるうえ、近年の流行が甲剣流に流れているため、マイナー流派になりつつある。
最近の若手剣士の修業行程としては、
1・甲剣流を学ぶ。
2・神撃流を学ぶ。
3・水燕流の達人の話を聞きに行って、学んだ気になる。
というのが黄金ルートとして確立されているそうだ。
いや、達人の話いる?
「アルは魔力総量も多く――《加速魔法》に秀でています。最も伸び幅があるのは《神速流》でしょう」
剣の流派を一通り説明し終え、イリティアが言った。
確かに、《加速魔法》は得意で、日常的に使っている。もはやカインとのかけっこで負けることなどないだろう。いや、元々負けてたことないけどね。
「ですが、残念なことに私は《神速流》が使えません。私の剣の師は魔剣士ではなかったので・・・」
申し訳なさそうにイリティアは言った。
イリティアのように魔剣士が魔法の使えない剣士に剣を習うのは珍しいことではなく、むしろ多くがそうだという。
というのも、剣術というのは学校に通い始める前に習うことが多い。そして魔法は学校に通い始めてからその適性が分かるというのが一般的な常識だ。
つまり、『魔法が使える』という不確定な未来を想定して《神速流》を教えるよりも、安定して魔法なしでも運用できる《甲剣流》や《神撃流》を学ぶのが普通であるようだ。
なので、正確に言うなら、魔法使いが剣術を学んで《魔剣士》になる例よりも、甲剣流や神撃流の剣士が、魔法を学んで《魔剣士》になる例が多い、ということだろうか。
イリティアはどうやら、《神撃流》をベースに《甲剣流》の技を取り入れた剣術を使っているらしく、《神速流》と《水燕流》は基礎的な型しか知らないようだ。
よって、剣術を学ぶより先に魔法の適性があると判断された俺には様々な選択肢が生まれてしまい、イリティアの教育方針を迷わせているようだ。
これが、俺が剣術を学ぶ前に、最初にぶちあったてしまった問題である。
俺としては、別に特に流派にこだわりはないのだが、イリティアは「少し考えます」と言ってその日はお開きになってしまった。
● ● ● ●
「アルには《神撃流》を教えましょう」
数日間考えていたイリティアだが、俺の教育方針がまとまったようだ。
「《甲剣流》を教えることも可能ですが―――おそらく《甲剣流》は《神速流》との併用にあまり向いていません。《神速流》は相手の攻撃を避ける、のに対して《甲剣流》は相手の攻撃を防御する、というのが趣旨ですから。その点、《神撃流》はどのような流派とも兼ね合いがいい剣術です。《神速流》も例外ではないでしょう」
イリティアは俺の長所を尊重して、あくまで俺を《神速流》の使い手にするようだった。
「しかし、先日も言ったとおり、私は《神速流》は教える事ができません。なので、ここ数日を使って私の知り得る限りの《神速流》の使い手に文を送りました」
そういうとイリティアは懐から銀製のペンダントを取り出した。薔薇の刺繍がしてある美しいペンダントだ。
「これをアルに差し上げます」
そう言うとイリティアはペンダントを俺の首にかけてくれた。
「先生、これは?」
「この先、《神速流》の使い手と出会う機会があれば、このペンダントを見せて下さい。私の知り合いであれば、きっとアルの力になってくれるでしょう」
「先生―――」
俺にペンダントを渡すイリティアの表情は、微笑みながらもどこか影が見えた。
「本当は、私の手で全てを教えてあげたかったのですけれどね―――」
そう言ったイリティアの顔は――――、
笑っているのに―――どこか辛そうで―――悲しそうで――――情けなさげな、儚げな顔だった。
「《神速流》は使い手こそ少ないですが、極めれば最強最速の流派です。私は今まで――――逆立ちしても敵わないと感じた剣士が4人いましたが、そのうち3人が《神速流》の使い手でした。向いていて、そしてまだ間に合うならば、絶対に《神速流》を学んだほうがいいのです」
そのイリティアの顔と、震える声は――――剣術の流派なんてなんでもいいと思っていた俺に、横っ面を殴るような衝撃を与えた。
――――イリティアは、きっと――本当は自分で教えたくて仕方がないんだ。
そんな気持ちを胸の奥にしまい込んで―――俺の適性と、将来の可能性を思ってイリティアは身を引いたのだ―――方々に手紙まで送って―――。
俺は「別に甲剣流でもいいですよ」と出かけた言葉を飲み込む。
ここまで覚悟を決めた―――決めてくれたイリティアに送る言葉なんて1つだ。
「――――先生、ありがとうございます。僕、絶対にいつか《神速流》の剣士になります! このペンダント、先生だと思って大切にしますね!」
「ふふ、まるで私が死んだみたいに言いますね」
礼を述べると微笑んでイリティアは俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
俺ももう子供という立場に慣れたもので、撫でられるのは素直に嬉しい。
俺を撫でる事でイリティアの顔が晴れるなら喜ばしい事だ。
「でもまずは《神撃流》です。私は―――《属性魔法》は二流ですが、《剣術》は一流です。魔法のように甘くはないですよ?」
「望むところです!」
元気よく答えると、イリティアは満足そうに頷いた。よかった。もう先ほどみたいな影はない。
ていうか、自分で一流って・・・前から思ってたけど、割とイリティアって自信家な部分あるのか?
さっきも敵わない剣士は4人いたっていうけど、寧ろすごく少ないよね?
もしも本当だったら、イリティアは相当な実力者だが―――父よ。いったいどんな手を使って招いたんだ―――。
こうして、内心戦慄しながら、俺の剣の修業は始まった。
イリティアは性格上、嘘をつけません。
つまり全部本気で言ってますが、自身を低く見る傾向があるので、実際は一流の属性魔法の使い手で、超一流の剣術の使い手です。基礎しか知らないとか言ってる神速流も、そんじょそこらの使い手よりは上手く使えます。けどアルに教えるには役不足と思っているので絶対に教えません。
ちなみに「知りうる限りの神速流の使い手」の中に、そんじょそこらの使い手は入っていません。なのでそいつらにアルがペンダントを見せても、物語は進みません。
読んでくださり、ありがとうございました。合掌。
 




