絵を描いてもらいました
冬の内に、私とエイの肖像画を描いてもらうことにしました。アキテーヌンの私の部屋に飾る為です。
毛皮のポシェットにエイを入れた私が椅子に腰掛けている構図です。
見知らぬ画家に警戒していたエイですが、ポシェットの中にいても構わない(というよりいて欲しい)ということですっかり落ちついてくれました。
ただ猫なので一時間もしない内にモデルは終わり。
依頼した画家のミファさんは女性で、あまり構えず気楽に描いてもらえます。ラフスケッチから絵を描く方なのでそれでモデルになるのは多分これでおしまいですとのこと。
私よりエイの方を丁寧に描いていましたが
「猫にはもうモデルを頼めませんがレティシア様にはもう一度か二度モデルを頼んでも大丈夫かと思いまして。」
と言われました。
「描いていてイメージが変わった時にはまた座っていただきたいのですが。」
とも。
ミファさんとは二ヶ月の契約を交わしました。
その間にかしこまった肖像画(椅子に座った正面画)の他にスナップ写真のような絵を別に一枚か二枚、描いてもらいます。絵の代金は別料金。
ミファさんは過去に私の絵本の絵を三冊描いていて、優しくて明るい色使いが気に入った私が肖像画をお願いしたのです。
「レティシア様のこのご依頼のおかげで私も結婚出来そうです。」
とミファさんは笑いながら仰いました。
ミファさんの婚約者は王都にある商店の次男で、今は行商をして王都の周りの村や町を巡りながら商売をして、王都に戻る際には実家から頼まれた商品を仕入れて来るのだそうです。
「一度王都から出ると、戻るまで二ヶ月はかかります。二人で行くとその分積める荷物が減るし、宿代もかかるから彼一人で行きます。危険もそこそこありますしね。同行させてもらえません。」
それで王都のお隣のヤルツァ領と王都との境にある町にお店を出せたら結婚しようと約束したのだそうです。
「もう私も今度の夏には二十一になりますから。春までにはなんとか一緒になりたいと思っていました。
ですからレティシア様のこのご依頼は本当にありがたいのです。」
「でも、そうしたら仕入れは…?」
「専門の業者はあるんです。自分の店から村まで買い付けに行く方が珍しいですよ。それを売りにするところがあるくらい。…彼はそんなに目利きではないみたいです。無難というところでしょう。業者に頼む方が値段を決められているから融通がきかないので概して高価になるのが欠点ですが、行商の場合は諸経費の計上があやふやになりやすいので…」
「帳簿をつけても難しいかしら?家計簿みたいな簡単な物でも無いよりはましかもしれませんね。」
「カケイボ?何ですか、それ?」
「え?」
アキテーヌン領内でもマルブルフ領内でも…王国内の領主は皆帳簿をつけています。また 大きな商店でも。
「えーと。お店の帳簿は知っています。税金を納める時に役人に差し出さないといけませんから。でも、個人の家で帳簿を書く必要ってありますか?」
ああ、そういうことですか。
「一応私も準男爵なので帳簿をつけています。でも、入って来たお金と支払ったお金を書き留めておくと便利ですよ。毎月の生活費はこれくらいとか、毎年この時期にはこれくらい必要だとかがわかるようになりますし。無駄な出費を避けられたりとか。支払いをした証拠にもなりますね。貯蓄がどのくらいになったかもわかりやすいし…ミアさんだと画材の値段を控えておけるのは便利かもしれません。」
思いがけずそんな話になりましたので、私は一冊のノートに罫線や枠線を書いてミファさんに渡しました。簡単に書き方を説明して。
こちらの世界のノートは無地が基本です。
領主や大商店主などの使う帳簿は、以前羊皮紙を使っていた名残りなのでしょう、表紙だけは未だに羊皮紙で。その表紙の飾り文字や紋章が金箔押しの特注品で高価なのです。そんなもの平民にはとても買えません。
個人商店や個人の職人などはギルドを通して税を納めています。そんなに多額ではないのと、職人には計算が苦手な人も多く、任せるとかえって大変なんだとか。
また村では村長がまとめて領主に税を納めています。そしてそれらは報告書といわれる書類と共に提出されます。それをまとめるのは領主の役目です。
アキテーヌン領の村長や町長はノートによる提出をしています。
雑多な事柄をメモ書きして秋にまとめて書類にするより、初めからノートに書き記して月ごとに合計しておく方が計算しやすいですし、読む方もわかりやすいからです。
…あれ?そう言って勧めたの私だったかしら?
ごく簡単な罫線を入れた、お小遣い帳のような家計簿ノートをジーク兄様と相談して販売することにしました。
売り出してみるとコンスタントに売れ続け、売り上げを伸ばし続けるロングセラー商品になったのでびっくり。
村長や町長も領主へ提出するノートを家計簿ノートに切り替えましたもの。
そうしてふた月の契約が終わる頃、描き上がった絵は思っていた以上に素敵でした。
椅子に座ってエイを抱いている肖像画も、魔法で出した蝶でエイと遊んでいる絵も(蝶の色は黄色で、本物のように描いてくれました)、サンルームに敷いた毛皮の上で眠っているエイを私が撫でている絵も!
「良い仕事が出来ました。」
ミファさんはそう仰って別れの握手をしてくださいました。
結婚してからも画家は続けますが、本の挿絵を主な仕事にしたいそうです。どうぞお幸せに!




