リリオフさんの奥様の楽しみ
リリオフさんの奥様はキアさんといいます。
明るい銀髪に優しい灰色の瞳。笑うとこちらまでつられてしまう、楽しい方です。
「キアは音楽家ではありません。でも音楽を楽しむことが大好きで又得意なんです。私は時々自分の仕事としている音楽が苦しくなることがあります。そういう時にキアはいつも『音楽は楽しむ為にあるもの』ということを思い起こさせてくれるのです。」
リリオフさんがそう仰って楽しそうに笑うと本当にお幸せそうで、ちょっと羨ましくなります。
リリオフさんとキアさんの間には女の子がいて。ラフアさんというのですが、彼女は楽器職人の見習いをしています。
いつだったか、オペレッタに使う曲をキアさんにどちらが良いと思うか尋ねようと私が言い出しまして。
キアさんに劇場まで来てもらった時、楽器の調整に来たラフアさんも居合わせたのです。
その後も何回かキアさん、ラフアさんとお会いする機会があり仲良くなることが出来ました。
やがてリリオフさんのお家を訪ねて私やリリオフさんの曲や歌をお二人の前で披露するように(ピアノは個人の家…リリオフさんは私と同じ準男爵ではありますが…に置くには高価なので竪琴を弾きます)。
キアさんも私の竪琴で歌ってくださることがありました。柔らかなアルトで貴婦人らしい気品のある、素敵な歌声です。
ある日ラフアさんが
「お母様は若い頃の怪我が原因で、左腕にあまり力が入らないの。だからギターや竪琴を支えることが出来ないんです。ピアノも左手の指を結構動かすでしょう?母が弾いて楽しめるような楽器があれば…」
と、お庭に咲いていたキクの花を切って私に渡してくださった折に相談を持ちかけてくださいました。
「台や机に置いて左手で絃を押さえて右手で弾くような琴があれば大丈夫かしら?あんなに音楽がお好きなのですもの。ゆっくりした曲ならば左手にもあまり負担がかからないのではないかしら?」
私はラフアさんに応えながら大正琴を思い浮かべました。
庭にしゃがんで花束を左手に抱え直し、右手で落ちていた木の枝を拾います。そして木の枝で土の上に大正琴の絵を描きながらラフアさんに説明します。
大きさはこれくらい、ここを左手で押さえてこちらを右手に持ったピックで弾いて…私が言っていると、一緒にしゃがんでいたラフアさんがいきなり立ち上がったので驚きました。
「レティシアさん、筆記用具を持って来ます。それまでその絵を消さないでくださいね!」
ラフアさんはすぐに戻って来ると、真剣な顔で私の絵を描き写しました。そうして描き終えるとラフアさんは
「レティシアさん、これを試作してもよろしいですか?もちろん考案なさったレティシアさんには…」
「キアさんがお気に召さなければ意味がありませんから…対価は出来上がって、商品になった後で相談しませんか?」
「よろしいのですか?」
「キアさんが喜んでくださればそれが一番嬉しいことですもの。」
「私、今から工房へ行って試作品を作ります!両親へそうお伝えください。」
そう言って走るように庭から出て行かれました。
私は土の上に描いた絵を土を均して消しながら
「大正琴ならば価格も抑えられるだろうし、子どもも使いやすいかもしれない。」
とのんびり考えていました。
ひと月ほど経って、大正琴の試作品をラフアさんがご両親に見せに来ました。
キアさんは少し弾いてみると大層喜んで
「これなら私でも楽に弾けるわ!ラフアありがとう!リリオフ、居間に専用の机と椅子を用意してくださる?」
と素敵な…今まで見た中で一番素敵な笑顔を見せてくださいました。
この琴の名前は「置き琴」となりました。
絃の数は五つ。抑える場所には音を表す文字を書いたボタンをつけてわかりやすくしてあります。そして音域が二オクターブ半あって曲が弾きやすいのと、価格が他の楽器に比べて安価な為に普及も早かったです。
私が思ったように子どもでも弾きやすいので、貴族の子弟の音楽教育の初歩教材にも使用されるようになりました。
キアさんはラフアさんがこの琴をご自分の為に作ったのが本当に嬉しかったのでしょう。
試作品といって渡された琴を大切になさって、専用の机に置いて毎日弾いているそうです。時には琴に合わせて歌うこともあるとか。
「妻はとても楽しそうです。置き琴を弾くというよりも置き琴で遊んでいるようです。その様子を見ていると私も一緒に竪琴で遊びたくなるのですよ。」
リリオフさんのそんな惚気を聞くと、キアさんの素敵な笑顔が私の心に浮かびます。
私も竪琴を抱えてキアさんとリリオフさんと一緒に遊びたくなりました。
私がそう申し出ると、もちろんリリオフさんもキアさんも喜んで仲間に入れてくださいましたよ。
キアさんはあの特上の笑顔で
「レティシアさん、あなたの奏でる音楽もあなたの歌声も私の新しい楽しみなのよ!…あの歌、もう一度聞かせてくださらない?私も置き琴で出来るだけ合わせたいの。構わないかしら?」
「もちろんです!リリオフさんも是非ご一緒に!」
「はい。喜んで。…良いよね、キア?」




