ピアノを弾く
ピアノを試作してもらっている間はマイエルトに滞在する期間も長くなりました(当然ですね)。
試奏も随分しましたが、頭だけではなく身体が覚えている感じで演奏出来ましたから前世で習っていたのだろうと思いました。
バイエルやブルグミュラー、ソルフェージュにツェルニーくらいは(全部ではありませんが)覚えていました。
完成しても鍵盤は木製ですし、ペダルもついていません。ですが懐かしい!
弾いているうちにショパン苦手だったなぁとか、変奏曲ではあれが好きだったとか、思い出してきました。
私が今まで披露してきた曲の中にはピアノ曲も随分含まれていますから試奏しても職人さんたちにはあまり驚かれませんでしたが、ピアノが完成してマイエルト領主の館に納入されてしばらく経つと。
私がピアノを弾く度にキャシー姉様かワーフェス義兄様、でなければリリオフ・オルク・ミールズというマイエルト家の音楽教師が付き添って採譜することになりました。
リリオフさんは元々マイエルト家の子どもたち(男女二人ずつ四名)の音楽教育の為に雇われた人でした。
作曲や作詞もしています。また誠実で穏やかな人柄で子どもたちがとても慕っていますので数年前からマイエルト領主の楽師としても遇されている方です。
今のリリオフさんの主な仕事はピアノ用の楽譜作りです。
竪琴とはまた違う楽譜が必要になりましたから。
元々こちらの世界では四線紙か五線紙の楽譜が使用されています。
でもピアノは音域が広いのと左右の手を使って別の音域を弾きますから音階の違う、二つの五線紙を使ったピアノ曲用の楽譜(前世の世界のピアノ譜)の必要が生まれたのです。
キャシー姉様もワーフェス義兄様もピアノという新しい楽器に夢中になったようでした。
リリオフさんは時折私がピアノを弾いている横で竪琴を弾いたり笛を吹いたりして合奏してくださいます。私のピアノ伴奏で歌ってみたりも。
キャシー姉様がそれを見て真似して歌ったら
「歌いやすいわ!」
と驚いてました。とても音が取りやすいとのこと。まあ好みや感性もありますからね…
実を言うと私は竪琴の方が歌いやすかったりします。ピアノより早く完成したギターやウクレレも竪琴より音が響いて好きだという人と音がこもって聞き取りにくいという人がいるくらいです。
竪琴はキャシー姉様の歌を側で聴きたくて一所懸命に練習した楽器です。思い入れがあって当然でしょう?
でも前世で知った曲や覚えている歌を再現するのはピアノの方がやりやすいです。
竪琴の絃には(竪琴によりますが)半音が無かったり、音域が足りなかったりしますから。
ピアノがマイエルトの領主の館に納入されてもしばらく…二、三年くらいはアキテーヌン領やマルブルフ領ではまだピアノ製造が出来なかったので領主に納入されることがありませんでした。王宮へは(王の頼みで)数名の職人が王宮内に移住してピアノを製造した後納入しましたけど。
だから私が新曲を作るのは専らマイエルトで、となった時期もあります。
教会と王宮や一部の領主は専属の音楽家を雇用しています。
そういう方たちにピアノは好評でした。
八十八鍵分の音域と分かりやすい音は慣れると採譜がしやすいのです。
私が教会に持ち込んだ男女四声の合唱曲は大層喜ばれましたし、キャシー姉様からは
「マイエルトにも何曲か欲しい!」
と頼まれました。
ソプラノとアルト、テノールとバリトンとでそれぞれ別のメロディをつけるなんてピアノ以外では音を取るのが難しいのです。




