腕輪
マルブルフ領主の館から一番近い港町はスールという町です。漁が盛んな港で、館から馬車で三十分くらいの距離にあります。
また同じマルブルフ領内で交易が盛んなアッダの港へ行くには館からだと馬車で二時間半くらいかかります。徒歩だと五時間から六時間はかかりそう。
「スールへは館から近いからすぐに行ける。歩いても一時間はかからないし。だから俺は若い頃漁師になったんだ。アッダの方が館に近かったら船員をしてたかもしれん。」
とは前領主のルーリック様。
漁師にしても船員にしてもいつ海に投げ出されるかわからない危険があります。
それでバングルのような足首にはめるアンクレットを大抵のスールの漁師は誂えます。
蝶番みたいな金具で口が開くようになっていて足首にはめた後は留め具でしっかり留めて外れないようにします。
その足輪の裏に自分の名前や家族の名前、住んでいる町の名を彫り刻んであり、万一の場合の身元確認に使えます。
そしてもう一つ。傷みにくく細工がしやすいように十八金くらいの合金を使用している為、どこかで怪我をしたとか遭難して流れ着いたとかした場合には売って当面の生活費や治癒の為の薬代、宿代にするのです。
アッダはペンダントで同様の用途のものを身につけているそうなのですが。
今、私が欲しいものは手首にはめる腕輪です!
「え?手首につけるんですか?」
「はい。アクセサリーとしてですけれど。」
「ああ、そういうことですか。」
アクセサリーとして使う、繊細なネックレスやチェーンのブレスレットも販売しているオーダーメイドのお店で。私はこれを十八金で幅四ミリくらいに作ってもらうことにしました。小さな丸い紫水晶を一つ嵌め込んで。
私はこれでもう充分満足でしたけれども
「名前だけでも彫った方がいい。元々これはお守りなんだから。」
と店主が譲らないので、内側にただレティシアとだけ彫ることにしました。
五日後。ブレスレットを引き取りに行くと店主が
「お嬢さん。これをうちの妻や娘に見せたら、自分も欲しいって言い出してね。…悪いんだが、女性向けの商品として他の人にも販売しても構わないだろうか?」
「今まで無かった方が不思議なくらいです。全然構いませんよ。結婚した時にペアで…ご主人は足首に、奥様は手首に、同じ石を嵌め込んだものをつけても素敵かもしれませんね。」
「ああ、それはいい。独身のうちは石を一つ、結婚したら石を二つ嵌め込むことにしようか。今だって結婚すると漁師は足輪を作り直すんだ。家族の名前が両親から妻に変わるから。」
「それなら石を誕生石にするといいかも!」
「誕生石?何だい、それ?」
「自分が生まれた月に当てはめた石のことです。」
「そんなものがあるのかい?知らなかったよ。」
「無いなら作ればいいだけでしょう?」
「なるほど。結婚したら予め嵌めていた自分の誕生石に加えて相手の誕生石を嵌め込むんだな。」
というわけで。前世の日本にあった誕生石の概念を店主に伝えました。石自体は前世のままだと石があったり無かったり、知られていなかったりしたのでかなり適当にはなりましたけどね。
簡単な表を書いて、壁に貼って。お店に来たお客様にもわかりやすいようにしました。
店主はこのアイデアを大層喜んでくださって、私の注文した腕輪は
「お礼込みだ。材料費と手間賃だけでいい。」
と思いのほか安く購入することが出来ました。…でも良かったのかしら?
早速手首につけてみると適当なゆとりがあってキツくなく、でもずり下がることもなく。服の袖に引っかかることもありませんでした。
そうして、隠したかったあのホクロ?も綺麗に隠してくれます。やった!
それから数年後。
スールの港町では子どもが五歳になった時に誕生石を嵌め込んだ腕輪を(男女共に)親がつけるようになりました。子どもが成長してきつくなるとその都度サイズ直しをします。
また男子は漁師に就いた時、足首につけるようその腕輪を作り直します(漁師以外の職業に就く人は腕輪のままです)。
そして結婚すると互いの誕生石を嵌め込んで結婚した証とすることもすっかり定着したそうです。
やがてアッダの港ではペンダントで同様のことをするようになり。
やがて港町だけではなく、マルブルフ領内全域にこの風習が広まって。
それからマイエルト領やアキテーヌン領にも広まりました。
その数年後に王都でも定着するようになるとは私も思いませんでした(アキテーヌン領や王都などでは男女ともにペンダントだったり、腕輪だったりしますけど)。
結婚式を挙げるのは裕福な平民と貴族です。庶民は教会に結婚証明書を提出してお披露目のホームパーティーをするくらい。
誰からも一目でわかる結婚の証としての腕輪やペンダントは誇らしく嬉しいものだったようです。




