聞かなかったことに
聞かなかったことにするのが一番簡単です。ケン様の意向に関しても直接本人から伺ったことではありませんし。
でも、割と切実に。ドルク家に行きにくくなるのは嫌です。ドルク家の皆さんと気まずくなるのはもっと嫌です。
ルーリック様のお宅(別宅が幾つかある内の一つ)の客用寝室に入れてもらった私は一人でずっとこればかり考えていました。
ドルク家の皆さんも、農場も好きです。今までわがままも随分聞いていただきました。
でも。
今の私の生活は根無し草のようなものではありますが快適なのです。
王都を好きな時に訪ねてお父様とお母様に会い。
ジーク兄様夫妻バート兄様夫妻にも自由に会えて。キャシー姉様夫妻の領地にも行けて。
そしてここ、マルブルフの港や農場にも行ける。
私にとってはその全部が私の家なんです。私の大好きな人がいるところ。
ですから、一箇所だけに留められるのは…
でも、ドルク家の方たちだって大好きなんです。本当に皆さん優しい方たちなんですもの。
でも結婚となると……
それにすごくすごく悩ましいことがあって……
ぐるぐるぐる。堂々巡りになってしまった思いに頭痛を感じた時。部屋をノックされました。
ドアを開けるとそこにはカップを二つお盆に載せたメリー様が立ってらして。
「レティ、ちょっと入ってもいい?」
「もちろんです!どうぞ!」
メリー様はハーブティーを入れたカップを私にくださいました。
一口いただくとハーブの良い香り。
「ドルク農場のハーブですね。香りが本当に違います。」
「レティはよくわかるわよね。…さっきはごめんなさい。皆から叱られたわ。」
「そんな!」
「ケンからも叱られたの。あなたが優しいからって甘え過ぎたら駄目だ、って。両親とケンからの言伝よ。
『来年、マルブルフ領内にあるカハールの騎士の家から嫁を迎えます。どうぞ今まで通り気兼ねなく我が家へお越しください。』…結婚式には来てくれる?」
「…良いんですか?」
「あなたはドルク家の末娘、なんですって。両親はそのつもりだって。だから遠慮なくいつでも里帰りしてねって。」
「本当に甘えてもかまいません?」
「ええ!レティ、私はドルク家長女、あなたのお姉さんよ。困らせて、私こそごめんなさい。」
「メリー様」
私がそう呼ぶとかぶせるようにメリー様は
「メリー姉様とお呼びなさい!」
と少しおどけて仰っいました。
私は小さく笑いながら
「メリー姉様。ありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。」
そう応えました。
その後、他愛ない話を少しして。最後にメリー姉様は
「レティにだけ特別に教えるわね。来月くらいにははっきりすると思うけど。もしかしたら赤ちゃんがお腹にいるかもしれないの。あなたが書いた『魔女のアドバイスシリーズ』を今読み返してるところなのよ。」
「わぁ素敵!姉様、お身体大切にしてくださいね。」
「だから実は、梅酒も舐めるくらいしか飲んでなかったのよ。梅シロップもお湯で割って。身体を冷やさないように気をつけたわ。それでね、もし本当にお腹に赤ちゃんがいて、無事に産まれたら。男の子だったらティアム、女の子だったらティシアと名付けるつもり。レティシアの名前からいただくわね。」
茶目っ気たっぷりのいつものメリーさ…メリー姉様の明るい笑顔に本当に救われました。
私に甥や姪が増えるのは嬉しいです。母子ともに無事に産まれて来て欲しいです。
正直言ってこの世界の出産事情は前世日本の近世くらいな感じですから、私はそれもあってどうしても結婚を敬遠してしまいます。先程からずっと悩んでいたのは実は出産のこと。
ここは一夫一妻制ですから、結婚したらどうしても子どもを…となります。努力してもどうしても望めない場合は養子を迎えますけれど。
子どもを迎えたくないと言う妻は貴族である以上は問題外なわけで。
前世の日本の医療設備があっても出産には危険が伴います。それなのに…と恐さが先立ってしまう私には結婚は向いていません(きっぱり!)。
基本自宅で授産婦さん(女性の神官が二人か三人)が立ち会うかたちでのお産です。
ポーションがあるせいでしょう、この世界には病院というものが無いんですよね。スキルで「診断」や「治癒」を持っている人は大抵神官になりますし。
教会が診療所を兼ねているような面があります。
私もアキテーヌン領の司教であるラミアス叔父様に頼まれてポーションの原料である薬草のエキスを過去に何度かお渡ししたことがあります。
教会が運営する神学校には治癒や診断、病気のことについて学ぶ課程があるそうです。
私も興味はありましたが神学校を卒業したら神官にならないといけないんです…それで諦めて魔法学校に行くことにしたのです。




