マルブルフ領の魅力の一つ
マルブルフ領内のドルク男爵家。
パーシ(渋柿)を食べられるように干し柿の作り方と渋抜きの方法を私が伝えたことが男爵位を賜ったきっかけになったせいか私は準男爵で目下なのに、とても丁重に扱ってくださいます。
マルブルフに滞在中は必ず何日かお世話になる、大切な方たち。
果樹を中心にしたドルク家の農園(領地)には実験農地があります(その研究熱心なところが受爵につながったのでしょう)。
そこの一角で私が育てていただいた数本の木が沢山の実をつけています!
私が嬉々として収穫をし、その実を色々加工する様子をドルク家当主のサンダー様も次期当主となるケン様もいささか呆れて見守ってらっしゃいました。
収穫から半年くらい経って。
ルーリック様にお願いしてルーリック様の私邸をお借りした小さなパーティーを開きました。
ドルク家の方々とマルブルフの領主夫妻のソーサ様とメリー様、前領主であるルーリック様に試食と試飲をお願いしたのです。
すなわち梅干し、はちみつ梅、梅シロップ、梅酒。そして塩梅(あんばい、ではなく青梅を塩で漬けてからペーストにした調味料です)で漬けた魚を焼いたものです。
梅酒は一回だけ蒸留した、アルコール度数が低めの蒸留酒(三十度くらい)とはちみつで梅を漬けて作りました。
「レティシア、この梅干しってやつは酸っぱくて塩辛いな。でも疲れが取れるし、さっぱりする。」
「はちみつ梅は食べやすいです。」
「水で割った梅シロップはとても美味しいわ!」
「梅酒も水で割った方が僕は好きかも。」
「この塩梅をつけた焼き魚は香りがいいわね!」
まずまず好評です。やった!
「これ、アキテーヌン領では気候が合わないみたいで育たないんです。マルブルフ領にあったのは幸いでした。」
私がそう言うと、ルーリック様が
「ん?お前さん見たことがない木の実の加工法が何でわかったんだ?」
とごもっともな疑問を投げかけてきました。それで
「夢で見たんです。そういうスキルがあるみたいで。」
私はそう答えました。嘘ですけど、それらしい答えなのだと今ではわかっています。
「予知夢か、啓示なんだろうな。やっぱりお前さんはどこへ行ってもその領地にとっては幸運の子だ。この梅干しと塩梅は海水で塩を作ってるウチとしては心強い新商品だ。船乗りは肉体労働者だから絶対喜ぶ。ただ塩を舐めるよりずっと美味いしな。はちみつも数年前から出荷してるが、付加価値がついた商品はでかい。でもこれらをもらっちまって本当にいいのか?」
「いいそうですよ。何でもかんでも目新しいものがアキテーヌンからでは釣り合いが取れないし、ジーク兄様の仕事が増えるばかりになりますからって。」
「あーそれでこの前はリデル領とナッハー領に行ったんだな。」
「はい。」
二人で笑っていると、後ろからメリー様が私に抱きついてきました。少しお顔が赤いかも。梅酒を召されましたかしら?
「メリー様、ご気分は大丈夫ですか?」
「ちょっとよろけただけ。大丈夫!…ね、レティ?ウチのケンなんだけど。あなたお嫁に来る気ない?あなたがケンを助けてくれたら安泰だわ。」
「メリー様とも姉妹になれますしね。でも…」
「ケンは私の自慢の弟よ!あなたの五歳上だけど。うちは成り上がりの、領地も小さい男爵家だけど。あなたがもし良かったら考えてくれないかしら。」
メリー様の目は真剣で。酔ってなどいないことがわかりました。
「男爵家といったって実際は大きな農家だから、伯爵の家に生まれたあなたには不釣り合いだ、というのは承知してる。駄目と言われたって仕方ないし、しょうがないわ。でもね」
「姉さん!」
メリー様の目に涙が浮かび始めた時、ケン様がメリー様の腕を掴んでメリー様の話を断ちました。
「レティシア様、姉が申し訳ありません。少し酔っているみたいです。酒に弱くて。お許しください。」
そう言うとケン様はメリー様を連れてパーティー会場になっているサロンを出て行かれました。
私はルーリック様を見て
「あの、本当にメリー様は…」
言いかけた私を遮るように
「お前さんは気づいてなかったろう?ケンはお前さんのこと、飾らなくて、でも品があって可愛いとずっと思ってたんだそうだ。ケンももう二十四になる。いい加減お前さんのことは諦めて誰かを妻にしろ、と親にせっつかれてるんだ。」
「だって私なんかもう十九を過ぎてますよ?」
「言ったろう?お前さんはアキテーヌン領の秘蔵っ子だ。お前さんは領地を持たなくてもお前さん自身の知識、知恵、啓示が富を生んでる。そして多分だがお前さんが本当に好きでない限り結婚の許しは下りないよ。同情で一緒になったらいけないんだ。お前さんみたいな人間は特に。きりがないからな。」
でも。ドルク家に行くのはマルブルフに滞在中の魅力の一つなんです。大事に育てられている果樹や作物に会いに行くのも、実りを美味しくいただくのも。
だから、梅だって安心してお任せ出来たんです。
行きにくくなるのは嫌です!
…どうしましょう…




