王様に謁見
翌日。早めの昼食をいただいて、身支度を侍女にしてもらって、お父様と馬車に乗りました。
王宮に入ると入口で立っていた王様の侍従に案内されて執務室へ。
お父様は何度か王宮に出入りしているそうで(王都に前領主が住むって王宮の仕事をするということなのだそうです)、執務室の場所も覚えたよと仰っいました。けれど何もかも生まれて初めての私はただただ広い王宮を歩くだけで精一杯。お父様も侍従も歩く速さを私に合わせてくださってはいますが、やはり気が急いてしまいます。
敷き詰めてある絨毯の長い毛足に足を取られないよう注意しながら出来るだけ早く歩くのはなかなか難儀です。でも何とか、息が切れる前に執務室に着くことが出来ました。
執務室の奥にある大きな机を前にして座っているのが王様でしょう。赤みがかった金髪にグレーの瞳の紳士です。身体つきは私の次兄であるランバート兄様のような騎士を思わせるがっしり体型でしたけれど。
「初めまして。私はライアルト。この国の王位に就いている者だ。レティシア嬢…いや聖女様、と呼ぶべきですかな?」
王様の軽口に私はカーテシーをして
「初めてお目にかかります。ウィリアム・サザー・アキテーヌンの末子、レティシア・ルミシル・アキテーヌンと申します。」
と応えますと、王様は首を振って
「いや。レティシア嬢は今日からレティシア・アキテーヌン・タリーズとなる。アキテーヌ領預かりの準男爵だ。レティシア嬢をアキテーヌン伯の妹という不安定な立場にしておけないからな。ウィリアム、レティシア嬢に割譲した土地にタリーズと名付けるように。これは王命だ。」
「かしこまりました。」
「あの…」
「すまないがレティシア嬢にいくつか尋ねたい。正直に答えていただけるだろうか?」
「…出来うる限り。」
「充分だ。まず一つ。あなたは神に会ったことが?」
「夢の中ででしたら、何回か。私、生まれる前に神様と何か話をしたらしいです。でもそのことを忘れてしまいました。そうしたら夢で『それでも構わない』と言われました。その後も二度ほど夢の中でお会いしてお話を。」
「内容を尋ねても?」
「学校を選ぶ時、すごく迷ったんです。そうしたら夢で『したいことが出来るように選べばいいよ』と言ってくださいました。あとは…夢で飲み物をいただきました。知識をどうとか(色々ごまかしてますが嘘はついていません)…」
「なるほど。」
「レティ、そんな話私は聞いたことがないんだけど。」
「夢ですから。夢の話ですもの。」
「あぁそういうことか。現実ではない、ただの夢だと思っていたんだね。」
「うーんと。私にとっては現実に近いものでした。割とはっきり覚えてましたし。でも夢には間違いないので、何だか誰にも言えなかったんです。はっきりした、現実感のある夢なんてたまになら誰でも見るものでしょうから。」
王様とお父様は私の返答を聞くとしばらく黙ってしまいました。何やら考えているようなお顔になって。
また王様が私に尋ねてきました。
「レティシア嬢。正直、あなたの発想、知識は相当なものだ。だからあなたにあるものを知りたいと思う貴族は山ほどいるし、私もそうだ。…いくつか教えていただきたい。」
王様の仰ることはわからないことも沢山ありましたが、助言出来ることも少しはありました。二時間ばかり過ぎた頃、先ほど私たちを案内してくださった侍従がお茶とお菓子を持って入って来ました。
「もうこんな時間になってしまったか。今日はありがとう。また来てくれるとありがたいが。」
「一年に一度か、二年に一度くらいでしたら。私も王都の両親に会いに来たいです。」
「出来れば一年に一度以上来ていただきたい。このメダルは約束無しにいつでも王に謁見する権利を与えられた者に渡されるものだ。ペンダントとして作らせておいた。王宮に来る時は傍からも見えるように身につけて来て欲しい。」
そう王様は仰って私の首にペンダントをかけました。
「ありがとうございます。…あの、王様に一曲差し上げたいのですが、よろしいでしょうか。」
と私が申し上げますと王様は殊の外喜んでくださり、執務室のクローゼットから小ぶりの竪琴を出してきました。私は譜面を王様に渡して歌いました。
神よ我らの王を守りたまえ
王に祝福を
栄光と幸福を賜わりますように
その治世の長からんことを
神よ王を守りたまえ
神よ善きもので国を満たしたまえ
神の教えを我らが守り
正しい道を進めますように
神の恵みを受けた国が
神の恩恵で溢れますように
神よ我が国を守りたまえ
王様はこの歌を大層気に入られたご様子でした。




