ヤルツァの人たち
「父さん、あの人を行かせてしまいましたね。」
「どうやって引き止める?うちにはお前の他は娘ばかり。しかも皆嫁いでいるのに。」
「せめてもう一度彼女の歌を聴きたかったです。とても美しい歌声と竪琴でしたわ。」
「君は呑気でいいね、ミューナ。」
「またアキテーヌ領に戻る時に来てもらおう。何かしらの助言をいただきたいものだ。」
「本当に。今から植樹に手をつければ鉱山を岩山にしなくて済みそうですからね。古くからの鉱山は何故か岩山になってしまい、鉱夫やその家族が麓に住むことが難しくなって効率が落ち、燃料である木が生えないので精製場所を移さないといけなくなる…その原因がわかったのですから。」
「でも本当かどうかはわかりませんよ?誰もしたことがないんですから。まあ嘘をついても彼女には何の得にもなりませんけど。」
「ミューナ、本当かどうかわからないのは確かにそうだ。だが彼女の説明はしっかりしたものだったし、説得力があった。理論的にも納得がいく。試す価値は充分にある。」
「彼女はどこからあんな知識を…歌の才覚といい、本の執筆といい。不思議です。」
「私は彼女と少し話をしましたけれど、感じの良い可愛らしい方です。妹に欲しかったくらい。…でも。」
「ミューナ、彼女に何か言われた?」
「私、ほうれん草とか小松菜(作者注・類似の野菜と思ってください)とかが苦手でしょう?内臓料理もあんまり。そう言ったら、『血が足りなくなりますよ。今は大丈夫でもお腹に赤ちゃんが出来たら大変です。』と。」
「「はあ?」」
「血の原料になるものがそれらには豊富に含まれているんですって。あと牛乳とかチーズとかには骨の原料や心が落ち着く作用のあるものが含まれているから普段から摂る方が良いのだと。チーズは塩が強いから摂りすぎには気をつけた方が良いそうですけど『牛乳やヨーグルトは毎日コップに二杯くらいは食べた方がいいですよ。』ですって。」
「彼女の知識の源を私は知りたいね。一体どれほど役に立つことを知っているのだろう?」
「待って!ミューナ。チーズは塩が多いから気をつけろってどういうこと?君、尋ねてみた?」
「多過ぎる油と塩は血管にも心臓にもよくないって。勿論適量は摂らないと身体を悪くするそうです。」
「…適量って?」
「そこまでは…ごめんなさい!」
「いや。ミューナ、謝ることはない。しかし食事を見直す必要がありそうだな。心臓…か。もしもっと早く知っていたらパールは…いやもしかしたら…。」
「!母さんはもう少し生きていてくれたかも…」
「カークス、お前は母親のパールに体質が似ている。それは昔からパールが何度も言っていただろう?だから少し気をつけた方がいいかもしれない、と俺は思ったんだ。」
「元気なうちから、ですか。」
「そうだな。」
「父さん、王都へ向かう気はありませんか?適当な理由をつけて王都で彼女に会って話してみてはどうでしょう。」
「適当な理由ならあるぞ。彼女が言い出したことだがな。」
「そうですね。ここ二、三十年くらいに採掘が始まった鉱山ならなんとか修復が可能かもしれません。王宮で王に進言をお願いいたします。」
「よし、わかった。…いや。承りました。領主様。」
「でも。どうしてアキテーヌンなんでしょう?」
「ミューナ何?いきなりどういうこと?」
「カークス、あのね、そんなに有益なことをご存知で、色々な才能があって。カイセ様は普段は殆どお仕事のことや生徒のことをお話しになりませんのに彼女のことは話してくださったでしょう?それくらい印象に残る人で。本だって面白いお話から勉強に関するものまで書けて。王族とか公爵家とかに生まれていたらもっとこの国の役に立つのにと思ったの。」
「人はあらかじめ役目があって生まれて来るものではないからなあ。」
「僕もそう思う。王族や貴族の長子に生まれたら役目を背負わされるけど、そちらの方が例外だろう?」
「でも、彼女が王女として生まれていたらと思わずにはいられませんわ…」
「確かにその方が恩恵にあずかりやすかったかもしれん。しかし現状は受け入れなければ。とりあえず王都でもう少し彼女と知り合ってみるとしよう。…欲があまり無さそうだったから、かえって取っかかりが難しいかな?」




