レティシアさん (ハーディ校長視点)
「可及的速やかに学校へ戻られたし」
何かあった時の為に教頭に持たせている通信用魔方陣で私にそんな知らせが来たのが二ヶ月ほど前。
これは使用した人の音声(二分間ほど)を相手側の魔法陣に再生する。私のオリジナル。自慢の魔法陣。極秘にはしていないけれど、秘密にはしている。
でも私はすぐに学校に向かえなかった。魔力の多い子どもの噂は噂でしかなかったのに学校からすごく離れた所まで来てしまっていたし、領地からも呼び出しが来ていて。
私がこの知らせを受け取った町からは学校よりも領地の方が近かった。だから先に領地へ顔を出したら二つの村の間で水利権争いが起きていて。調停に時間がかかってしまった。
百五十年前の資料が残っていて良かった…。それでも本当に面倒くさかったわ!
そうして王宮に行って、宰相と大臣である夫にも報告をしなければならなくて。
やっと魔法学校に着いたら、仏頂面のヤルツァ教頭。
でも教頭の報告を聞いてびっくり。
教頭を含む三人の先生方の治癒魔法についての発表。
あれは誇らしかったわ!魔力傷の痕が後年を経ても治るだなんて。
我が校の教師と生徒全員の傷痕が治って、皆の顔が明るくなったことが簡単に想像出来たもの。
…それを始めたのが十歳になって間もない少女だと知るまでは。
しかもその子が魔法で作る薬草のエキスのことも知らされて。私の中の喜びは当惑に変わっていく。
一体彼女は何者なの?
教頭によると(彼女の叔父である司教から聞いたらしい)、神の加護で守られている彼女に鑑定は効かず、スキルや適性もわからないとか。
また、加護がある為?に彼女の意に沿わないことを無理強いすると天罰が下るとか。これは眉唾だけど。
でもそう警告されては慎重にならざるをえないわね。
昼休み。彼女は友人とランチの後に薬草園の裏の丘でおしゃべりしていることが多いと教頭から聞いたので行ってみた。
エルティリーズ嬢、アリア嬢、そしてシール嬢と楽しそうに話しているあの子がレティシア嬢ね。確かに可愛らしいけれど、見た感じは普通の子だわ。
話の内容に耳を傾けてみた。
…持っている魔力量は少ないけれど、工夫するのが得意なのね。納得。
彼女に話しかけて、薬草のエキスを抽出する魔法を見せてもらう。
思ったよりずっと繊細で綺麗な魔法だった。ごくごく僅かの魔力しか使っていないし。
そしてこの魔法をまだ教頭しか出来ていないのはある意味で当たり前ということも理解した。彼の魔力制御はとても優れているから。
この魔法は、魔力量が多い人にとっては魔力の制御が大変だもの。確かにレティシア嬢は保有する魔力が少なそうね。
でもこの魔法で出来たエキスからは上質のポーションや魔法薬を作れるそうだから、一人でも多く使えるようになれば良いけれど。
元々魔力が少ない人にはこんな精密な制御は必要がない。だからやはり訓練しないと出来るようにはならない。魔力が多い人にはこんな僅かな魔力の制御は難しい。うーん、画期的な魔法なのに。
元来ポーションを作ること自体が難しいのだから仕方ないことではあるのでしょうね。適性もあるし。
楽しそうに友人たちと話しているレティシア嬢は可愛らしい。本当に明るくて素直そうな子。
自分のことを希少価値のある人間だとは全然思っていない様子。
でも何をしでかすかわからない恐さを持っている子だわ。そう、教頭とドール先生、キアン先生の三人には注意を怠らないようにしっかり頼んでおかなければ。
別れ際に彼女の背中を見ながら鑑定魔法をかけてみたけれど、やはり何も見ることは出来なかった。
そのかわり、自分の執務室に戻ると机の上に彼女に関する情報が書かれた書類があったので(調べたのは教頭。とても詳しく書かれていたから間違いない)読んだ。そう長くもなかったけれど読み終えた後、別の意味で頭を抱えてしまった。
魔法だけでなく、こんなに色々な才能があるなんて!
今までは領主の娘だから守られていたのね。
こんな子、あちこちの貴族が絶対欲しがるわよ。
私だって欲しいもの。是非うちの領地に招きたい。
どこの領だって新しい特産品とか名産物とか商品とか欲しいもの。そういうのを見出したり思いついたりする才能ってすごいわ!魔法や魔力量の多寡より有用かもしれない。
美しい曲、楽しい曲があるとパーティーやお茶会が華やぐし。新曲があれば評判も高まるし。
ああ息子がもう少し若くて既婚じゃなければ是非嫁に欲しかったわー。




