校長先生
翌日の朝の全校集会でドール先生を含めた三人の先生方が新しい治癒魔法…つまり今まで治せないとされた古い傷を治す魔法…の実証が行われました。
ハザムさんのように大きな傷も何回か魔法をかけると治ることが確認され、ハザムさんをはじめとする大きな傷痕があった生徒たちに喜ばれました。
そして魔法を使う際にイメージすること、集中することの大切さ、自分で魔法の限界を決めないこと(ただし必要な魔力量を誤らないこと)の重要性を教頭が説かれました。
そうして更にふた月が経ち。既存の魔法理論のいくつかが教頭とキアン先生によって修正された為に魔法学の内容が変化したとドール先生から発表がありました。
私は魔法学も魔法理論もまだよくわかっていないのでその発表を聞いた先生方や生徒たちの興奮もよくわかりませんでしたけれど。
何でも三十年振りになされた魔法理論の修正なのだそうです。とても名誉なことなのだとハザムさんが熱っぽく語ってくださいました。
ということは、魔法理論や魔法学ってまだ穴があるものなのかしら?と思った私です。
…でも教科書が誤っているなんて普通は考えませんものね。特に魔法なんてよくわからないものについての記述は断定を避けた方が良いくらいなのかもしれません。立証することは大切ですけれど、きちんとなされるのは難しいことですから。
お昼休み、昼食を済ませた私たち(アリア、シール、リズ)は学校の裏、薬草園の向こうの丘に座っておしゃべりをしていました。
大きな椿の木陰が私たちを守るように日光を遮ってくれて、通る風がさわやかです。
「そういえば、私、まだ校長先生にお会いしていませんわ。」
私が言うと、アリアが教えてくれました。
「校長先生は、国内のあちこちを巡る方だから。魔力が多くて魔力傷がある子を探してるんだって。そうして学校に連れて来るんだって聞いたわ。」
「まあ!」
シールがつけ加えました。
「うん。私も校長先生に見つけられた。結構魔力量が多かったから、今の子爵家が引き取ってくれて。学校に通えるくらいに落ち着いたから入学することにしたの。」
「シールの家と私の家は領地が隣なのと、互いの館も近くてね。だからシールが子爵家に引き取られた二年ちょっと前から友達なの。」
なるほど。私がアリアの話を頷きながら聞いていると今度はリズが話し始めました。
「ニーナリー・ハーディ校長は侯爵夫人でもあるの。ご主人の侯爵は国王の補佐…確か大臣についていて、ご自分の領地の経営や統治は夫人である校長のお仕事だからそちらでもお忙しいはず。でも魔術師としては国内屈指の方だから、校長を兼任していらっしゃるのですって。」
「あら、私の紹介をしてくださってありがとう。エルティリーズさん。」
いきなり私たちの頭の上から、落ち着いた明るいアルトの声が降って来ました。振り向いて上を見ると、そこには美しい銀髪で優しい茶色の瞳の、少しぽっちゃりした優しそうな夫人が立っていました。
「「「校長先生!」」」
アリアたちが叫ぶように言って立ち上がったので私も立ち上がり、挨拶しました。
「はじめまして。二ヶ月ほど前に入学いたしました。レティシアと申します。どうぞよろしくお願いいたします。」
「はい。レティシアさんこちらこそ。校長のハーディです。名前はニーナリー。好きな方で呼んでくださいな。」
ハーディ校長と私たちは丘を下りて薬草園に入りました。するとハーディ校長が私に
「ヤルツァ教頭から聞いたんだけど。あなたの魔法を見たいの。瓶は一つ用意してあるんだけど、お願いできるかしら?」
と仰ったので私はその瓶を受け取って魔法を使いました。一瓶の半分にも満たないくらいの量になりそうなのでチョウも五匹くらい。ちょうど採取するのに良い時期のクラーラ草のエキスですがこれは植えられている数があまり多くありませんでした。
「はい。ハーディ校長。これで良いでしょうか?」
「…ええ。ありがとう。レティシアさん。とても素敵な魔法だったわ!」
「ありがとうございます。…そろそろ午後の授業なので失礼いたします。」
「あらそうね。引き留めてごめんなさいね。もし授業に遅れたら私に引き留められたって言ってかまわないわ。行ってらっしゃい!」
「「「「失礼します!」」」」
教室に急ぎながら私はアリアたちに言いました。
「ハーディ校長って楽しそうで、優しそうな方ね!」
「そうでしょ?」
とアリア。
「私の、恩人。」
とシール。
「でも厳しい時はすごく恐いんですってよ。」
とリズ。
でも、そうでなければ学校や領地の経営なんて出来ませんもの!




