魔法の座学
「一体どんな治癒魔法を使ったの?時間が経ってしまった傷や傷痕は治せないって習ったわよ?」
「うん。ケガをしてある程度以上経つと、身体が傷を受け入れてしまい、それで固定されてしまうって…」
アリアとシールにそう訊かれて。かえって戸惑ってしまいました。
「えーと。私は魔法って想像力と魔力で出来てると思うの。だからそう思うとそうなってしまうのではないかしら。もちろん想像したことがその通りになるくらいの魔力は必要なのでしょうけれど。今回のシールとアリアの傷は小さかったから、綺麗に治る想像がしやすかったのよ。」
「もう無理とか、これは出来ないとか、思ってはダメということ?」
「だってそう思ったら魔法じゃなくても出来なくなる気がしない?例えばこの言葉は覚えられない、と思ったら覚えられる気がしないもの。」
「それはそうだわね。」
「そう思ったらそれまで?」
「魔法ってそういうところがあると思うの。」
そこに、一人割り込んできた女性が。明るい赤い髪が巻き毛になっていて薄いブルーの瞳が印象的な、私よりいくつか年上そうな美少女です。
「何の話?さっきから楽しそうね。」
「わ、リズ!」
「レティ、彼女はエルティリーズ。クラスメイト。名前が長いからリズって呼んでる。…彼女も私と同じ。肘と手首に…」
「あら、魔力で出来た傷のこと?そんな話してたの?」
「そうだけど違うの!レティったら私たちの傷を治しちゃったのよ。綺麗に。」
「ええ?どうやって?」
「治って、って願っただけ。小さな傷だし、綺麗になったところを想像しやすかったの。」
「…お願い。やってみせて。」
エルティリーズは袖を少しまくり上げて右手首と肘にある小さな傷痕と、その周りにある火傷の痕を見せてくれました。確かに小さいけれど、深いとわかる火傷の痕は肌が変色して痛々しい。
「治って。お願い!」
「…そんな。こんな簡単に治るなんて!」
「だからその話をしてた。」
「多分レティ…と呼ばせてもらうわね…あなたはスキルに治癒があると思うわ。私、本当は午前の授業で見せてくれた魔法のことをあなたに訊きたかったんだけど…あ!そろそろ午後の授業が始まってしまう!急がないと。」
その時、鐘が鳴る音が聞こえました。
「午後の授業が始まる五分前の鐘だよ。教室へ行こう!」
アリアの声に私たちは早足で教室に向かいました。
私たちが後ろの方の空席に腰を下ろしたら、すぐにドール先生ともう一人、淡い茶色の髪の青年が教室に入って来ました。先生の助手かしら?
「今日からキアン先生と二人で魔法学の授業を行ないます。」
「キアンです。魔法理論を研究しています。」
キアン先生の瞳は髪の色と同じ色で。ベージュより少し濃いくらいの茶色の髪は日に透けて金髪に見えます。とても優しそうな雰囲気の方でした。
座学の授業が始まりました。
自分の魔力量をきちんと測るコツ。イメージを具体的に持つことの重要性、そして魔法陣を書く際の注意点が主な内容です。
魔法陣とは魔石と呼ばれる魔力を貯めておける特殊な石を粉末にして樹脂と混ぜたインクに自分の魔力を溶かしながら書く呪文表のような物です。
書き上がったそれに魔力を流すと、書かれている通りの魔法が発動します。一回使うと書かれた紙が(植物で作った紙であれ羊皮紙であれ)消えてしまうので使い捨て。
でもあらかじめ魔法陣を書いておけば誰の魔力であっても難しい魔法が発動するので軍や工事の際などに重宝されているそうです。
「では何か魔法陣を書いてください。」
ドール先生が私たちにそう仰いました。
何か…って何にしましょうか。
書き慣れているのは….アレかしらん?
「レティシアさん。これは何の魔法ですか?」
集中して書いていたら、いつの間にか私の机の側にいらしたキアン先生に尋ねられました。
私が書いた魔法陣は割と単純なんですけれど。
「防御…結界の魔法です。八時間結界を張って、侵入者が結界に触れると音を立てて火花が飛びます。…ミツバチの巣箱を夜の間、熊などの害獣から守る為のものです。ですから魔力を通して八時間すると消失します。」
数年前から領地のいくつかの村で養蜂を始めました。
すると巣箱を熊やタヌキ?に壊されることがありまして。害獣避けの必要が生まれたのです。
ミツバチが活動しない夜間は巣箱を小屋に入れて置くようにはなりましたが、盗難の恐れもあるということで派手な音と火花を出す魔法を結界魔法に付け加えた次第です。
この学校に入学する前に予備の魔法陣を沢山書いて養蜂をしている村々に置いてきました。だから一番書き慣れています。
「養蜂を?あなたはアキテーヌン領の方でしたか。ハチミツを採取する為にミツバチを飼っているのは今のところアキテーヌン領だけですから。」
「えーと私は確かにアキテーヌン領の者です。そして養蜂が成功してハチミツを商品化出来ているのは今のところアキテーヌン領だけですが、養蜂を実験的に行なっている領地は複数ありますよ?」
「ふむ…この魔法陣をお預かりしても良いですか?個人的に研究したいので。」
「では少々お待ちください。これだと大きい音と派手な火花が飛びますから、注意をしないと火傷を負う危険があります。元々熊を追い払いたくて作った魔法なんです。」
そう言いながら私はもう一枚魔法陣を書きました。
「こちらは多少威力も結界の範囲も抑えてあります。どんな魔法かを見るならばこちらをご使用くださいませ。」
「…ありがとうございます…」
キアン先生が私から離れてしばらくすると鐘の音がしました。どうやら今日の授業は終了したようです。




