それは驚くよ(ドール先生視点)
教頭と話して、僕が主に担当することが決まったレティシア嬢。僕の方が教わりたいんだが。
授業に参加するのは四日後からと言われ、彼女は入試以来買い物に外出する以外は部屋にいたらしい。
でも、授業を受ける教室や授業内容について説明する必要がある。
僕は彼女の部屋を授業前日に訪ねた。内心はドキドキしながら。
だってあんなエキスを作れるお嬢さんだ。十歳だなんて、まだ半信半疑。いや、ヤルツァ教頭を疑うわけじゃないけど。あの人は嘘をつくような人じゃないけど。
伯爵家の末娘だと教頭から教えてもらった。わがままな子じゃないと嬉しい。
この学校は校内での貴族平民の区別はない。貴族の子弟には寮の自室に侍女や召使いを三人まで置くことが出来るけど、それは貴族の子どもには一人で生活する能力がないからにすぎない。
貴族は幼い頃から着替えや起床に補助がある生活をしていて、それが当たり前になっているからいきなり一人で暮らすのは難しいのだ。
レティシア嬢の部屋の扉を叩く。
侍女が応対に出て、相談している声が微かに聞こえて来た。
扉を少し開けたままでの会話となる。僕が男だからこその対応をきちんとしているな、と思う間も無くレティシア嬢と対面する。
驚いた。
あまりにも普通の女の子で。あ、いや素直な可愛い子だけど。
教頭に聞いた限りではユニークな(おそらく自分で生み出した)魔法を使う人だ。相当な魔力量を持っているはず。それなのに、身体から溢れる魔力を感じない。
この学校の教師は全員、人の身体から漏れ出る魔力を察知出来る。その為の訓練を校長から受けるし、それが出来なければ教師になれない。
何故なら生徒が自分で制御出来ない魔力を察知しないままで魔法の実技指導をすると本人は勿論、周りにいる生徒や教師が危険だから。
特に幼い頃から魔力があり過ぎる(身体の大きさや精神年齢にしては、という意味だ。成人すると普通よりやや多いくらいの程度になる場合が多い)子どもは魔力で自分や身近な人を傷つけることがある。
それでそんな子は早いうちにきちんと魔力制御を教える必要があるのだ。
でも、この子からは溢れる魔力も、身体の内で暴れる魔力も感じられない。教頭から言われていなければこの学校への入学許可が本当に下りたのか疑問を抱くくらい安定している。
もしかしてそんなに魔力は多くないのかな?
平日の(土日は休み)授業スケジュールと場所を教えると、すぐにメモを取って僕に確認を求める。好感が持てる態度だった。
侍女も確認が取れたスケジュールを自分のノートに書き写して、何かあった時にすぐ迎えに行けるようにしていた。
そうして僕はお願いをした。
レティシア嬢の魔法が見たいと。
快く彼女は見せてくれた。
いや、これは驚いた。美しく優しい魔法の光景に。その内容に。彼女は魔力を完全に制御しており、しかも魔法を使い終えても少しも疲れた様子がない。
一体どれだけの魔力を制御しているんだ?
その後寮に彼女を送りながら、彼女の使える他の魔法について訊く。
収納魔法、植物を成長させる魔法、疲労回復魔法、安眠魔法、動植物に対する治癒魔法(人には怖くてしたことがないという話だった)。
収納魔法と治癒魔法以外は聞いたことがない。いや、治癒魔法を人にではなく動植物に対してかけるなんて…ありなのか?
そして彼女は自分が持っている魔力はそんなに多くないと思っている。ごく僅かな魔力で使える魔法を使っているのだと言う。…本当だろうか?
本当に不思議な子だ。僕は指導出来るのだろうか?
と内心で頭を抱えていたら、レティシア嬢は僕に疲労回復魔法をかけてくれた。しかも無詠唱で。
それが本当に効いたのでまた驚いた。肩凝りも頭痛も、ここしばらく歩き回ったり物を運んだりした後で怠くなっていた腰もすっかりよくなったんだから。
明日からが不安なような楽しみなような。
僕がよほど驚いた顔をしていたのだろう、彼女は首を傾げて
「そんなに変でしたか?」
と言ってきたけど。
変です。びっくりです。それは驚きましたとも!




