ユーマ神官?ユーマ先生?
何やら難しいお顔をなさった司教さまが帰られて。その翌日に一人の若い神官を連れて来ました。
司教さまのお顔はもういつもの少し楽しそうな明るいお顔で。初めてお会いする方を紹介してくださいました。
「これからお嬢様の養育係になります。ユーマという神官です。」
「…ユーマ・サンテメディラです。」
「初めてお目にかかります。神官さま。私はレティシア・ルミシル・アキテーヌンです。よろしければレティとお呼びくださいませ。」
「では私のことはユーマ、と。」
「ユーマ先生、ではいけませんか?」
「ユーマ、と。」
「大変申し訳ございません。私より年上の、しかも色々教えてくださる方のお名前を呼び捨てには出来かねますの。ユーマ先生又は先生、と呼ばせてくださいませ。」
「…わかりました。レティシア様、どうぞよろしくお願いします。」
その後、私はユーマ様と司教様を私と庭師たちが作った薬草やハーブなどを育てている畑に案内いたしました。
効能は弱いけれど香りが良くポプリやお茶やお料理に使えるハーブと、苦味やアクが強くて薬にする以外利用が出来ない薬草。そして薬味やお肉の臭み消しに使える香味野菜を集めた畑です。
「カボチャがなぜここにあるのですか?」
「種を取るためにですわ。カボチャの種をよく洗って干して。煎ってから皮を外しますとナッツのように食べられます。スープの浮きみにも使えますのよ。」
「ほう。ではあそこの水仙は?確か毒草ですよね?」
「先生、これはノビルといいますの。根に特徴がありまして、葉の匂いを嗅ぐと水仙ではないことがすぐにわかります。葉も美味しいのですが根の歯ごたえが独特で。私はこれを炒めたものが大好きなんです。」
「ではこちらもノビル?ですか。葉がやや大きいような気がするけれど…」
「司教さま、そちらはニラです。これは葉の部分をいただきます。葉野菜ですね。匂いが強いので肉や内臓料理に合わせたりします。」
お二人があまり知らない野菜やハーブについては私が説明いたしました。逆に教会でも栽培している薬草やハーブについては私の知らない効能をお二人から教えていただいたり。
そうしているうちに薬草畑の外れまで来ましたので、木陰でひと休み。ちょうど実っているオレンジを三つと、まだ青いレモンを五つ、司教さまにもいでもらいましてオレンジを一つずついただきます。
私の腰にベルト代わりに巻いているスカーフを外すと、風呂敷バッグ(それぞれの端を結んで持ち手にするだけですが)にしてレモンをそれに入れてからオレンジをいただきます…あ。
「司教さま、ユーマ先生!剥いたオレンジの皮はこちらに入れてください。」
「お嬢様?オレンジの皮をどうするんですか?」
「干して取っておきますけれど。ハーブティーに細かく切って混ぜたり、リンゴの皮の干したのやレモンの皮の干したものと合わせてフルーツティーにもいたします。冬の咳止めにはレモンの皮と甘草の根やはちみつと一緒に煮出していただきます。」
「「え?」」
「荒れた喉には優しいですよ。食べ物ばかりで作りますから厳密には薬ではありません。ただの飲み物ですわね。甘草は癖があるので、本当ははちみつで作る方が好きです。もう少し採取出来るようになると嬉しいのですが。」
「…お嬢様。質問しても?」
「司教さま。何か?」
「このレモンは、皮を干す為にもいだのですか?」
「塩レモンを作りたくて。というか、以前作った分が無くなりそうなんです。皮を干すのも塩レモンも本当はレモンが黄色くなってからの方が好きなので、ほんのつなぎの分を作るつもりです。あ、塩レモンって調味料です。塩だけで味付けするよりまろやかで。レモンの香りが魚やお肉、野菜にも合いますし。」
「もう少しレモンをもいでも良いですか?教会に作って持ち帰りたい。」
「はい。…ではそうですね。やはり五つ、もいでください。同じくらいの量で作る方が良いでしょうから。でもこれ、使えるようになるのはひと月ほど後ですが、よろしいですか?」
「勿論!」
「レティシア様。その塩レモン、僕も父にあげたいです。僕も作ってかまいませんか?」
「ではみんなで作るのですね!楽しくなりそうです!この塩レモンにオリーブオイルを加えてサラダにかけても美味しいんですよ。」
その日のお昼は、鶏肉とノビルと人参の炒め物塩レモン風味でした。塩レモンの爽やかな風味もノビルの根の歯ごたえも司教さまたちのお気に召されたようでしたよ。




