48.ゴクウ
山賊から救った少女のアヤメから、精霊の封印を解いてくれと頼まれた。
いきなりの依頼に、俺は彼女の意図を問う。
「なんで俺なんだ?」
「先ほども言ったように、力ある者の魔力が必要だからです。我らが代々継承してきた精霊を、誰にでも渡してよいわけではありません」
そう言うアヤメの表情はしごく真面目で、嘘をついてるようには見えない。
俺はこの手のことに詳しそうなスザクに、助言を求めた。
「彼女の言うこと、どう思う?」
「あり得る話だと思いますよ~。実際に彼女は強い魔力に包まれてますからね~」
「うわっ、鳥が喋った」
「ひょっとして、聖獣?」
初めてスザクの声を聞いたヤエとナツが驚くが、スザクはそれを無視して続ける。
「ただし保険は掛けておくべきでしょうね~。例えば、主様の使役術を受け入れてもらうとか~」
「そこまですることか?」
「何が起きるか分かりませんからね~」
「ふむ……」
俺はちょっと考えて、アヤメに条件を提示した。
「君が俺の使役術を受け入れてくれるなら、封印を解いてもいいぞ」
「使役術、ですか? 私を奴隷にすると?」
「いや、俺のはそういうのとは違う。どっちかっていうと意思疎通のスキルみたいなもんだな。でもこれくらいの保険がなきゃ、要望には応じられない」
するとアヤメは難しい顔でしばし悩んでいたが、結局受け入れた。
「分かりました。それでお願いします」
「よし、それじゃあ、術を行使するから、受け入れてくれ。『契約』」
俺は彼女の頭に手を乗せ、使役術を行使すると、契約はあっさりと成立した。
「たしかに、なんとなくあなたの意志が伝わってくるようです」
「どうやら成功したみたいだな。それじゃあ、封印を解除しよう」
俺は彼女の背中に手を当て、紋様に魔力を注ぎはじめる。
最初は特に反応はなかったが、ある時点で紋様から強い反動が返ってきた。
その瞬間、アヤメを中心にまばゆい光が発生し、部屋が光に満たされる。
正視できないほどの光が治まると、そこには別人のような少女がいた。
さっきまで真っ黒だった肌が褐色になるだけでなく、顔立ちすらも変わっている。
それまでは平凡といってよい風貌だったのが、絶世の美女に変化しているのだ。
長いまつ毛に縁どられたスミレ色の瞳に、スッキリと通った鼻筋、小さめだが肉感的な唇。
それらが細面の輪郭の中に、絶妙なバランスで配置されている。
それに背中の半ばまである銀色の美しい髪が映えて、えも言われぬ雰囲気を醸しだしていた。
「うわ~、きれえ~」
「ほ、ほんと。別人みたいだよ」
突然現れた美少女に、ヤエとナツがため息を漏らす。
俺もしばし言葉を失っていたが、大事なことを思いだした。
「闇の精霊はどうなったんだ?」
「僕ならここにいるさ」
俺の問いに応えるように、アヤメの陰から黒いサルが現れた。
厳密にいうと、サルみたいな何かだ。
そいつは体毛が真っ黒で、顔や手足は肌色、そして瞳は金色に輝いている。
身長は俺の膝くらいまでしかないが、しっかりと2本足で立っていた。
それを見たアヤメが、嬉しそうな声を上げる。
「精霊様。お久しぶりです」
「やあ、アヤメ。久しぶり。とはいえ、僕は君を守る封印となって、ずっと一緒にいたんだけどね」
「はい、おかげでこうして生き永らえています」
「おいおい、2人だけで盛り上がってないで、俺にも紹介してもらおうか」
俺は2人の間に割って入り、紹介を求めた。
すると精霊様と呼ばれたサルが、俺に向かって言う。
「やあ、巫女の守り人くん。これからよろしく頼むよ」
「ハァ? 巫女の守り人ってなんだよ?」
「ハハハ、まあそうだろうね。アヤメが言ってるように僕は闇の精霊で、代々闇の巫女と契約してきたんだ」
「ふむ、闇の巫女ってのは?」
「月と闇の女神ツクヨミ様に仕え、信徒にその声を伝える存在さ。ダークエルフはみんなツクヨミ様を崇めてるから、凄い権威があるんだ」
「ふ~ん……それで?」
「うん、それでこの子の母親が闇の巫女だったんだけど、1ヶ月ほど前にその妹が反乱を起こしたんだよ」
それを聞いたアヤメが、ビクリと身じろぎして、悲壮な表情を浮かべる。
当時のことを思いだしているのだろう。
「反乱のことは聞いた。村の実権を奪われたところで、アヤメが逃がされたんだろ?」
「うん、そう。そして彼女を逃がすに当たって、僕も遠ざける必要があった。なんてったって僕は、権力の象徴だからね。だけど彼女とゆっくり契約してる暇は無かったんだよ。それで手っ取り早い方法として、僕は彼女の中に封印されたってわけ」
「なるほど。それで親類を頼って逃げる途中で、奴隷狩りにとっ捕まったのか?」
するとそれを聞いたアヤメが、ボロボロと涙をこぼしはじめる。
サルはそんな彼女をあやしながら、説明を続ける。
「そうなんだ。運悪く、奴隷狩りに見つかっちゃってさ。ちゃんと護衛もいたんだけど、その場で首チョンパされて、アヤメは捕虜にされた。俺は封印されてたから、何もできなくってね。それからは彼女が危害を加えられないよう、周りの思考を誘導するので精一杯だった」
「思考を誘導っていうと、闇の精霊は精神に干渉する力を持ってるのか?」
「そんなに強い力じゃないけどね」
「ふ~ん……それでさっきの巫女の守り人ってのは?」
するとサルはよくぞ聞いてくれたとばかりにうなずき、ニヤニヤしながら言葉を続ける。
「アヤメの母親は、僕を封印する時に保険を掛けたんだ。下手な奴に封印を破られたりしたら、僕を利用されかねない。これでも僕はけっこう上位の闇精霊だからね。だから彼女を守るに足る守り人を見つけた時、それが解ける仕組みになってたんだ」
「俺がその守り人だってか? 俺はそんなに強くないんだけどな」
「別にあんた自身はさほど強くなくても、総合力があればいいのさ。たぶん使役契約の対象も含まれてるんじゃないかな」
「ふ~ん……でもいずれにしろ、俺がアヤメのお守りをする理由にはならないよな?」
そう言ってやったら、サルが驚愕の表情を浮かべた。
「あれあれ、こんな不幸な女の子を放っておくの? 可哀想じゃん。可哀想だよね?」
「そりゃ可哀想だとは思うが、俺が助ける義理もないよな」
「えっ、えっ、ちょっと待って。僕の目を見てよ。アヤメ、可哀想だよね?」
そう言いながら、サルがグイグイ顔を寄せてくる。
「こらこら、なれなれしいぞ。何を焦ってんだよ」
「あっれ、おっかしいな。なんで上手くいかないんだ?」
サルがブツブツ言いながら、首をひねっている。
それを見たスザクが口を挟んできた。
「気をつけた方がいいですよ~、主様。このサルは今、主様の心を操ろうとしているようですよ~」
「そうなのか? 俺はなんともないけど」
「おそらく主様がアヤメと契約しているので、耐性ができているのではありませんか~」
「ああ、そういうことか」
「ええっ、何それ、どういうこと?」
慌てふためくサルに、スザクが種明かしをする。
どうやらサルは、封印が解かれると同時に闇魔法で、俺を操るつもりだったらしい。
闇魔法ってのは隷属魔法にも応用されてるものだから、実際にそれはあり得る。
しかし俺はスザクの助言に従い、先にアヤメと使役契約を結んでいた。
サルの方はそんな使役契約ぐらい、簡単に上回れると考えていたのだろうが、俺の使役術はひと味違う。
何しろ俺は契約を結んだ者の能力を共有できるから、アヤメの持っている特性を手に入れていたのだ。
代々、闇精霊を祀る巫女の家系であるアヤメは、闇魔法に対する強い耐性を持っているのだろう。
危ない危ない。
契約してなかったら、このサルにいいように操られるところだった。
しかし俺はそんな懸念はおくびにも出さず、サルに圧力を掛ける。
「さて、精霊くん。これからどうする? 条件によっては手伝ってやってもいいけど」
「じ、条件ってなんだよ? それと、その精霊くんってのはやめてくれないか」
「気に入らないか? それなら俺が名前を付けてやろう。そうだなぁ…………ゴクウってのはどうだ?」
目の前のサルが孫悟空をイメージさせるから、そう提案してみた。
するとサルはゴクウ、ゴクウと呟いてから、さも仕方ないようなふりをする。
「ま、まあいいだろう。アヤメのご主人様の命名だからな。もらっておいてやるよ」
そう言うゴクウの目には喜色が浮かび、尻尾も嬉しそうに揺れ動いていた。
実はけっこう嬉しいんじゃないか?
「いい名前だと思うよ、ゴクウ……あれ?」
アヤメがそう言った途端、ゴクウが光に包まれた。
一方のアヤメは、コテンと絨毯の上に倒れ伏す。
「あ、ニカと同じパターンだ」
「そのようですね~。ゴクウと契約してるのはアヤメなので、彼女が口にした時点で正式に命名されたんでしょうね~」
「それでゴクウに、ごっそりと魔力を持ってかれたんだな」
やがて光が治まると、ゴクウの実体化が完了していた。
さっきまではちょっと透けていたのに、しっかり受肉している。
「よかったな、ゴクウ。なんか実体化できたぞ」
「ええっ、マジかよ?…………ほんとだ、なんか力も増したみたい」
「ああ、前よりたくさんの魔力を蓄えられるから、強くなってるはずだぞ」
これはニカにも起きたことだが、受肉した分だけ保有魔力量が増えるせいか、魔法の威力が高まるのだ。
するとニカがトコトコとゴクウに近寄り、手を差しだした。
「あたし、ニカ。なかま」
「……お、おう。お前も実体化してるのか。よろしくな」
一瞬あっけに取られたゴクウだったが、すぐにニカの手を取って握手する。
その微笑ましい光景を眺めていたら、誰かに服を引っ張られた。
誰かと思えば、シズカである。
「私も、契約して欲しい」
「ええっ、わざわざ契約なんてしなくてもいいじゃん」
「私だけつながってないのは、寂しい」
「う~ん、彼女も仲間にしていいのかな? スザク」
「よいのではありませんか~。1人だけ仲間外れもさびしいでしょ~」
「……それもそうか。よし、契約してみよう。あっ、倒れるかもしれないから誰か支えてくれる?」
すぐにシズカと契約を交わすと、案の定魔力を奪い取られた。
おかげで倒れかけたところを、ヨシツネが支えてくれる。
俺との契約により、シズカはしっかりした実体を持ち、魔力量も増えたようだ。
何よりも彼女は、仲間とのつながりを実感できるようになったことを喜んでいる。
彼女が一緒に戦うことはないだろうけど、これはこれでよかったんだと思う。
それはそうと、アヤメの依頼について話し合わないとな。




