31.ミカワ国へ
迷宮の中で襲いかかってきた冒険者を返り討ちにしたら、その中にこの町の領主の親類がいたらしい。
おかげで俺は領主に目を付けられる可能性が高く、町を出た方がいいと、ギルドで勧められる始末だ。
俺にとっては到底、納得のいかない話だったが、テッシンに相談しても答えは似たようなものだった。
「そうか、そんなことがあったのか……しかし、それはその人の言うとおりだな。領主に目の仇にされて、何かされる可能性が高い」
「やっぱりそうですか……ハァ、自分の身を守っただけなのに、ついてないな」
「まあ、こんな世の中だからな…………そういえば、知り合いの商隊がミカワから来るんだが、お前、それに付いていったらどうだ?」
「ミカワ国にですか? う~ん、そうですね。それはいいかもしれないです」
ミカワ国とは、このオワリの東に位置する隣国だ。
この国の貴族に目を付けられたからには、隣国でほとぼりが冷めるのを待つってのは、悪くない手だ。
「そうか、それなら私が話をしてみよう。鋼鉄級の冒険者なら、護衛として雇ってくれるかもしれない」
「よろしくお願いします」
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その2日後に到着した商隊にテッシンが話を通すと、なんとか雇ってもらえることになった。
すでに護衛はいたので報酬は安かったが、集団で移動できるのは心強い。
俺は他の国へ行くにあたって、この世界の地理を改めてスザクに確認してみた。
すると俺たちの住むこのヒノモトの大地は、前世の日本とほぼ相似形で、いくつもの国に分かれているらしい。
その国割りは基本的に戦国時代のものと同じで、それぞれを国主が治めている。
一応、キョウの都には帝を中心とする朝廷があるそうだが、完全に形骸化していて、国主の統制は全くできていないそうだ。
当然、オワリ・ミカワは地球でいう尾張と三河、つまり現代の愛知県に相当する。
他にもオウミやミノなど戦国時代に相当する国があるが、シナノ国だけは無いそうだ。
なぜかその部分には濃密な魔素が滞留し、危険な魔物が跋扈する魔境になっているらしい。
商隊が旅立つ3日後までに、俺たちは旅の準備を整えた。
野営道具や食料などを買いこみ、トモエに積めるようにする。
さらに俺たちを襲った犯罪奴隷と装備などを売り払い、金貨30枚ほどの臨時収入を得た。
今までに見たこともないような大金を手に入れ、ちょっと興奮してしまう。
何か買おうかとも思ったが、特に欲しい物も無かったので貯めておくことにした。
一応、テッシンには今までのお礼として、金貨5枚を渡してある。
もちろんいずれは戻ってきて、さらに孝行するつもりでもある。
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いよいよ出発当日の朝、俺たちは商隊に合流した。
これから4日間かけて、ミカワの首都カザキへ向かうことになる。
とりあえず、テッシンの知り合いの隊長さんにあいさつをした。
「おはようございます、ダンベエさん。カザキまで、よろしくお願いします」
「やあ、タツマ君、おはよう。こちらこそ護衛を頼むよ。魔物とか山賊とか、けっこう物騒だからね」
「本職の方がいるのであまり心配してませんが、いざという時にはしっかり働きますよ」
やがて商隊が出発すると、俺たちは6台の荷馬車の最後尾について歩きだした。
荷馬車なんて歩く速度と変わらないから、のんびりしたもんだ。
幸い俺たちにはトモエがいるから、身軽に歩けるのもいい。
天気もいいから、のんびり行こう。
結局その日は何事も無く、夕暮れまで移動して野営に入った。
適当な所にテントを張ると、火を起こしてご飯を炊き、簡単な汁物も作る。
俺は前世でよくキャンプとかしてたし、ベンケイも料理はお手のものだ。
やっぱり焚き火をしながら、仲間と食う飯は美味い。
その後は適当にお喋りをして、交代で眠りについた。
護衛として誰か1人は人間が起きてなきゃいけないので、3交代でシフトを組む。
俺はスザクと一緒だったので、あまり退屈せずにすんだ。
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そんな状況が2日続き、とうとう3日目に入る。
明日の夕刻にはミカワの首都カザキに着くだろうと話をしていたら、異変が起こった。
鬱蒼とした森に囲まれた道を進んでいると、ホシカゲから警告が発せられたのだ。
(わふ、周囲にいっぱい人間がいるです)
「なんだって? 人間ってことは……山賊か?」
「こんな所に潜んでるような奴らは、ろくな者ではないでしょうね」
「だろうね。もう囲まれてるのか? ホシカゲ」
(商隊の前後から接近してくるのです)
「挟み撃ちか。俺は先頭に伝えてくる」
俺はすぐに駆けだして、先頭にいるダンベエに会いにいった。
「ダンベエさん、商隊の前後に人がいるようです。山賊かもしれません」
「なんだって? どうしてそんなことが分かる?」
「俺の使役獣が教えてくれました」
「ああ、あの狼か。ならあり得るな。それにしても、すでに囲まれてるんじゃやばいな。どうしたものか……」
「とりあえず停止して防御を固めましょう。不意を突かれるよりはいいですよ」
「そ、そうだな。おい、馬車を止めろ、止めるんだ~!」
商隊が止まると、異変を感じて護衛を束ねる男がやってきた。
「なんか異常でもありましたか?」
「山賊らしき奴が前後に潜んでいるらしい。彼の使役獣が嗅ぎつけたそうだ」
「チッ、やっぱり出やがったか。この辺はたまに出るんですよ。すぐに防衛態勢を整えましょう。後ろはタツマ君にお願いできるか?」
「もちろんです」
護衛隊が慌ただしく動きはじめたので、俺は最後尾に戻った。
するとちょうど仲間に合流したところで、弓矢による敵の攻撃が始まった。
ベンケイの盾の陰に隠れて後方をうかがってみると、5人の男たちが剣や槍をかざして向かってくる。
その風体は、見るからに山賊って感じだ。
敵が10メートルほどに近づいたところで、俺はベンケイの陰から3連射を放つ。
相変わらず致死性には乏しい攻撃だが、足止めぐらいにはなる。
期待どおり、敵が怯んだところで仲間に指示を出す。
「ヨシツネ、ホシカゲ、トモエ、行けっ!」
「行きます」
「ワオン」
「クルッ」
ヨシツネは降り注ぐ矢を、盾と剣で防ぎながら突進する。
ホシカゲは体の動きだけで避け、トモエは矢など気にもせずに前進した。
「な、なんだ、こいつら? ギャアッ」
「ウオオッ」
「ブベラッ」
数舜で距離を詰めたホシカゲが、すれちがいざまに双牙剣で1人の足を切りつけた。
それに続いたヨシツネが、剣の一閃でさらに1人を倒す。
そして少し遅れたトモエが、残る3人に突っこんだ。
彼女は尻尾のひと振りで相手をひるませると、次々と頭突きを叩きこんでいく。
その一撃はあまりにも重く、くらった山賊がバタバタと倒れていった。
最後に彼女は、ホシカゲに足を切られてうめいている男にもとどめを刺す。
一方、ホシカゲとヨシツネは敵とすれ違うと、後方で弓を撃つ敵に向かっていた。
3人の男が必死で矢を射るものの、ホシカゲは楽々とそれをかわし、ヨシツネは剣で打ち落としている。
やがて射手に到達したホシカゲが、また1人の足に切りつけた。
これで不利を悟って逃げだした敵に、ヨシツネが追いついた。
ホシカゲに足止めされた敵を、ヨシツネが1人1人とどめを刺していく。
じきに後方の山賊は、全て片付いた。
「ホシカゲ~、もう後ろにはいないな?」
(わふ、こっちはもういないのです)
「よし、それじゃあ前の方を加勢するから、みんなも来てくれ」
そう言いながら、俺たちは商隊の前部へ向かった。
あっちには6人も護衛がいたにもかかわらず、苦戦しているようだ。
やはり弓で先制攻撃されたのが大きく、護衛の多くが負傷していた。
そこに6人の山賊が襲いかかり、護衛は壊滅寸前だ。
「後ろの敵は、片付けたぞ~!」
「な、なんだとっ!」
「タツマ君!」
走りながら俺が叫ぶと、敵が動揺するのとは逆に味方が元気づく。
俺は敵から20メートルほどの距離をおいて、3連射で味方を援護した。
え、斬りこまないのかって?
馬鹿いっちゃいかんよ、君。
俺は後衛なのだ。
斬りこみはヨシツネたちの仕事だからな。
実際、すぐにヨシツネとホシカゲが戻ってきて、ベンケイと一緒に突っこんでいった。
ヨシツネの剣が華麗に舞い、ベンケイの戦斧が豪快に振り下ろされる。
ホシカゲは双牙剣で山賊の足を斬って回り、トモエはこちらに向かってくる山賊を尻尾で叩き伏せていた。
不利を悟った山賊が逃げ始めた時には、もう遅い。
俺たちに背を向けて逃げだした山賊にホシカゲが追いすがり、足を切って逃走を防ぐ。
残った山賊も全て斬り伏せられて、戦闘が終結した。
「た、助かったのか?」
馬車の中で震えていたダンベエが、信じられないという顔でつぶやく。
「ええ、後ろの奴らも全滅させましたから、もう大丈夫ですよ」
「あれだけの山賊を倒すなんて、凄いじゃないか。本職の護衛よりも強い」
「いやいや、護衛の皆さんと協力した結果です。ちょっと様子を見てきますね」
前を守っていた護衛パーティの状況を確認すると、ひどい有様だった。
6人のうち3人が亡くなり、残りもひどいケガを負っている。
「大丈夫ですか? 皆さん」
「グウッ、助かった……だけど、仲間が3人も殺られちまった。ちくしょうっ!」
リーダーの男性は、右肩に矢をくらっていた。
早いうちに利き手をやられてしまい、よけいに苦戦したのだろう。
俺が生き残りの手当てをしている横で、ヨシツネが山賊の首を集めて回る。
ベンケイも後方に行って、首を回収してきた。
山賊ってのは捕まったらほぼ死刑なので、生け捕りになんかしないのがこの世界の常識だ。
一応、賞金が懸かってるかもしれないので、首だけ取って都市の衛兵に持ちこむ予定である。
残った体は森の中に放りこまれ、哀れ野獣の餌となる。
物騒な世の中だ。
手当てと首集めが終わると、商隊は急いで出発した。
危険な場所から1刻でも早く立ち去りたいのだ。
それにしても、せいぜい護衛の予備ぐらいのつもりだったのに、とんでもない旅になってしまった。




