19.新たな壁
無事に1層を突破した俺たちは、翌日は休養を兼ねて森へ来ていた。
午前中は鍛錬で軽く汗を流してから、昼食を取る。
「いよいよ明日からは2層ですね。しかし敵はけっこう厄介そうです」
「そうだね。まずは序盤の幻影狐だ」
「幻影を操る魔物、ですか。いきなり厄介そうだ」
俺たちは1層の突破で揃って鋼鉄級に昇格し、強化度も2に上がっていた。
ほんの1ヶ月前までゴブリンにすら苦戦していたことを考えれば、凄い成長だと思う。
しかし2層に出てくる魔物は、より強力になる。
このアリガ迷宮は獣系の魔物が出ることで知られているが、2層からは肉食獣の魔物が登場する。
序盤は幻影狐、中盤で風牙狼、そして深部が剣牙虎だ。
これがそれぞれに特殊な能力を持っていて、鋼鉄級でも攻略は容易でないと聞く。
「けっこうな群れで現れて、幻影を使いながら攻撃してくるって話なんだよな。人数の少ない俺たちとは、あまり相性は良くないと思う」
「そうですね。実際に戦ってみないと分かりませんが、用心するに越したことはありません」
「それならば、ホシカゲの探知能力を利用すればいいのではないですか~? もきゅもきゅ」
するとスザクから提案があった。
「ホシカゲの能力を利用って、どうやるの?」
「幻影狐は光を操って幻を見せるだけなので、臭いや音をたどればいいのでは~? ホシカゲの感覚を使役レーダーで共有すれば、それほど惑わされないかもしれませんよ~。もきゅもきゅ」
(わふ、僕が役に立つです?)
「そうか、目に頼ろうとするからいけないんだ。タツマ様、俺もホシカゲほどではありませんが、耳と鼻には自信があります。その感覚で敵を探ってみましょう」
「なるほど。それなら上手くいくかもしれないな」
スザクの提案で、光明が見えてきた。
油断は禁物だが、何もないよりは安心だ。
その日の午後は鍛錬もやめ、心身を癒やすことに専念した。
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翌日は初めての2層挑戦だ。
入り口から転移して探索を始めると、すぐにホシカゲの鼻に何かが引っかかった。
(わふ、何か来るのです)
ホシカゲの警告に続き、銀色の狐が5匹現れた。
あれが噂の幻影狐だろう。
中型犬より少し大きいぐらいの体格だが、口から大きめの牙がのぞいている
奴らは俺たちを見つけると、一斉にこちらへ向かってきた。
「ウワッ、分身しやがった。熱弾!」
ふいにキツネの姿がぼやけたと思ったら、1匹の体が3つに分裂した。
すかさず真ん中の敵に熱弾を撃ったものの、それは外れだった。
「ガルゥッ」
俺に飛びかかってきたキツネに、ホシカゲが横から飛びつく。
すると危険を察した敵は、さっさと離脱してしまう。
ヨシツネに向かっていった敵も、剣をかわして逃げおおせていた。
「くそっ、本当にやりにくいな。けどホシカゲには、本体が分かるのか?」
「ワフン(なんとなく分かるです)」
「よし、それなら感覚を共有してみよう」
そう言って集中すると、使役レーダーにホシカゲの情報が上乗せされる。
すると視覚情報に頼っていたレーダー表示で、敵の存在が補強されたのだ。
俺はその実体と思われる敵に、熱弾を放った。
「ギャンッ」
その攻撃は見事に敵を打ちすえ、ホシカゲの感覚の正しさが証明された。
しかし、それで警戒を強めたキツネどもが、新たな動きを見せる。
奴らはジグザグに走りながら、次々と幻影を繰りだしてきたのだ。
するとレーダーでも虚実が入り交じり、敵を追いきれなくなる。
おかげで俺の攻撃は、空振りするばかりだ。
しかしヨシツネとホシカゲは違った。
襲いくる敵の幻影にも惑わされず、彼らの剣と牙は確実に敵を捉える。
ヨシツネは1刀の元に敵を斬り捨て、ホシカゲは喉笛に食らいついて息の根を止めていた。
やがて形成は完全に逆転し、敵は1匹残らず倒されていた。
「2人ともお疲れさん。特にホシカゲはお手柄だったな」
「ワフン(やったのです)」
「ええ、彼のおかげで幻影に惑わされずにすみました。さすが、ホシカゲの感覚は鋭いですね」
「ああ、スザクの言ったとおりだったな」
「いいえ、これも主様の使役レーダーあってのものですよ~」
俺自身はまだ対応できていないが、使役レーダーによる情報共有は有効そうだ。
これならば2層でも十分に戦って行けるだろう。
その後も順調に探索が進み、その日のうちに序盤の大部分を回ることができた。
ちなみに2層の地図を銀貨4枚で買っていたが、中盤以降は空白も多い。
ここから先はさらに難易度が高くなるため、探索が後回しになっているのだろう。
俺たちはそんな空白地帯にも、積極的に回っていこうと相談していた。
資金稼ぎと肉体強化のため、魔物どもには犠牲になってもらう。
ちなみに幻影狐の魔石は2匹分で銀貨3枚であり、今日の儲けは銀貨60枚足らずになった。
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翌日に中盤に差しかかると、初めて2匹の風牙狼と遭遇した。
見た目は地球の灰色狼そっくりだが、その体はひと回り以上大きく、面構えも凶暴そうだ。
「手強いらしいから、注意してな」
「了解です」
「ワオン(負けないのです)」
まず俺が熱弾を連射したが、あっさりと毛皮に弾かれる。
よほど近くで撃つか、眼球にでも当てなきゃ倒せそうにない。
攻撃を受けた風牙狼が、一斉に突撃してくる。
1匹が俺に向かってきたので、再び熱弾を撃ってから、身体を翻した。
しかしなんとかかわしたと思った敵の爪が、俺の脚を引っかけた。
「ウワッ!」
「主様っ!」
「タツマ様!」
「ウォン(ご主人様)!」
俺は回転しながら地面に叩きつけられ、そのまま転げ回る。
くそっ、油断した。
とっさに傷を確認すると、ズボンの腿の部分が切り裂かれ、いくらか血が出ている。
すぐに治療をしたいところだが、オオカミが姿勢を整え、俺に襲いかかろうとしていた。
「ワオンッ!(させないです)」
そんな敵にホシカゲが果敢に立ち向かい、くんずほぐれつのドッグファイトが始まった。
一方、残りのオオカミはヨシツネが押さえてくれていた。
俺はその間に治癒ポーションを取りだし、ケガの上から振りかける。
幸い大したケガではなかったため、すぐに血は止まり、痛みも薄らいだ。
「キャインッ!」
それまで奮戦していたホシカゲが、とうとう風牙狼に投げとばされる。
ひどいケガはしてないみたいだが、すぐに起き上がってこない。
「こっちだ。今度は俺が相手だ!」
大声で挑発すると、風牙狼が俺に狙いを定めた。
俺は奴がこちらへ向かってジャンプした瞬間、渾身の熱弾を放つ。
至近で放たれた弾丸に口中を焼かれたオオカミが、キャンキャン鳴いて転げまわる。
すかさず槍でとどめを刺すと、風牙狼は息絶えた。
「くっそ、危なかったな……そういえば、ヨシツネは?」
するとちょうどヨシツネも、敵にとどめを刺すところだった。
彼の剣が風牙狼の首筋をかき切ると、すぐに動かなくなる。
それを確認した俺がその場にへたり込むと、肩にスザクが停まる。
「大丈夫ですか~? 主様。本当に心配しましたよ~」
「ああ、やばかった……そうだ、ホシカゲは?」
ホシカゲの方を見ると、彼はまだ起き上がれないでいた。
そんなホシカゲに駆け寄ってケガを確認すると、首筋から血が流れている。
敵が首に噛みついたうえで、彼を投げとばしたのだろう。
すかさず傷にポーションを塗ってやると、血はすぐに止まった。
しかし敵に手ひどくやられたせいか、彼の姿は弱々しい。
「クウーン(また負けたのです)」
「自分より大きな敵と戦ったんだから、仕方ないさ。お前が足止めしてくれたから、俺も生き残れた。ありがとな」
そう言って頭をなでてやると、ヨシツネも合流してくる。
「大丈夫ですか? タツマ様。手間取ってしまってすみませんでした」
「俺の傷は大したことなかったからいいよ。それにしても、風牙狼は予想以上に強かった。何か戦い方を見直さないと、まずいかな?」
「そうですね。仲間を増やすとか、装備を変えるなりしないと、苦しいかもしれません」
「だよな~。手頃な奴隷でもいないか、店をのぞいてみようか?」
3人ともボロボロだったので、魔石を回収してすぐに帰路に就く。
地上で魔石を換金すると、1個で銀貨5枚だった。
風牙狼の危険度からすると、ひどく安い。
いずれにしろ俺たちは、再び戦力を強化する必要に迫られていた。