18.1層突破
森でゴブリンに囲まれた時、俺は使役レーダーとでも言うべき能力を手に入れた。
これによってパーティの戦力が、格段に高められる可能性が出てきた。
その能力を磨くため、俺たちはさっそく迷宮へ潜った。
序盤、中盤はスルーして深部で敵を探すと、さほど経たぬうちに3匹の凶暴猪を見つけた。
(それじゃあ、守護者戦を意識した立ち回りで。念話も積極的に使っていこう)
(了解です)
(なのです)
(私は上から見てますね~)
まずホシカゲが駆けだすと、ヨシツネもゆっくりと敵の前に姿を現す。
ホシカゲは1匹のイノシシを釣りだすと、ヨシツネは盾と剣を上手く使いながら、残りの敵を引きつけた。
いつもなら俺は後ろから熱弾を撃ってるところだが、今は投槍器を右手に構え、機会をうかがっている。
やがて1匹のイノシシが隙を見せた瞬間、ヨシツネがスッと体を横へずらした。
あらかじめ念話でそれを伝えられていた俺は、空いた空間へ向けてアトラトルを振る。
ボヒュッと音を立てて飛んだ槍が、深々と敵の体に突き刺さる。
それで動きの止まったイノシシに、ヨシツネが剣でとどめを刺す。
残った敵はヨシツネに任せ、今度はホシカゲを呼び寄せる。
彼が相手をしていた敵を引き連れてくると、またもや俺はタイミングを計り、槍を飛ばした。
またもや槍は敵を深く貫き、瀕死となった敵をホシカゲが仕留めた。
その頃にはヨシツネの戦いも終わっており、戦闘はあっさりと終了した。
魔石を取ってきたヨシツネに、声を掛ける。
「ヨシツネは相変わらず強いね。盾の使い勝手はどう?」
「ええ、やっぱり守りが安定するので、楽ですね。この程度の敵なら、剣だけでもいけますけど」
「まあ、練習だからね。俺の方もいい練習になった」
「はい、お見事でした。あれなら守護者にも通じそうです」
「そう願うけどね。ホシカゲはどうだった?」
(わふ、前より楽でした。ご主人様の槍は凄いです)
「そうだな。この調子で、俺の攻撃と息を合わせる練習をしようか」
その後も俺たちは次々とイノシシを狩り続け、連携の練習を積んだ。
おかげで俺たちの実力は高まったし、収入も銀貨40枚を超えた。
ただしそのお金は、注文していたホシカゲの鎧の代金に消える。
しかしまあ、これで守護者が倒せるなら、安いものだろう。
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次の日はホシカゲが鎧を付けての、初戦闘だ。
最初は何回かイノシシの相手をして、ホシカゲの調子を見る。
「ホシカゲ、鎧の調子はどうだ?」
(わふ、ちょっと動きにくいけど、安心なのです)
「そうだな。昨日よりも思いきりがよくなってるみたいだ。この分なら、守護者もいけないかな?」
「そうですね。俺もだいぶ盾に慣れたので、いけると思いますよ」
「よし、それなら、いってみようか。ダメなら、また逃げればいいし」
「ええ。しかしなるべく倒してしまいましょう」
俺たちは気楽な雰囲気で、守護者部屋へ向かう。
そして入り口の前に立つと、皆の顔を確認してから、扉の紋様に手を触れる。
扉が横にスライドして開いた入り口に踏みこむと、部屋が明るくなって扉が閉まった。
すると待ちかねていたように、巨大なイノシシが立ち上がる。
「ヨシツネ、ホシカゲ、頼んだぞ」
「任せてください」
「ワオン」
ヨシツネが盾と剣を構えて敵の正面に立てば、ホシカゲは側面に回りこむ。
そして俺はアトラトルを構えながら、全体の指揮を執った。
まず前進してきた巨大イノシシとヨシツネが、ぶつかった。
以前と違って盾がある分、ヨシツネの動きには余裕がある。
彼は盾を敵の鼻づらにぶつけると、その反動で右手の剣を振った。
その斬撃は浅いながら、敵に傷を負わせている。
一方、横に回りこんだホシカゲも、敵に攻撃を仕掛ける。
比較的、弱そうな膝の裏辺りに食いつくと、敵は苛立たしそうに足を振った。
ホシカゲは無理することなくその攻撃をかわし、再び別の足を狙う。
チョロチョロ動き回るホシカゲの攻撃は、実害はないものの、敵を苛立たせていた。
おかげでヨシツネへの攻撃も精彩を欠き、彼は着々とイノシシへ攻撃を重ねていく。
俺も彼の背後で様子を見ながら、たまに熱弾を撃っていた。
ほとんどダメージにはなっていないが、目の周りを狙ってやると、敵の注意がさらに散漫になる。
やがてヨシツネの誘導で敵が横腹を見せた瞬間、アトラトルを振りきった。
「ブゴーーッ!」
風切り音を立てて飛んだ槍が、見事に敵の脇腹を貫いた。
巨大なイノシシが、初めて苦悶の表情を見せる。
するとヨシツネはその隙を見逃さず、踏みこんで敵の首に斬りつける。
分厚い毛皮に阻まれて致命傷とはならなかったが、血がダラダラと流れ落ちる。
その後の展開はさらに一方的となり、俺たちは敵を追いこんでいった。
腹に槍を食らい、首筋から血を流すイノシシの動きは鈍り、どんどん攻撃が通りやすくなる。
俺も早々に予備の槍を叩きこみ、後は熱弾を撃ちまくっていた。
そして敵がほとんど朦朧となったところで、ヨシツネが渾身の斬撃を叩きこんだ。
「グブッ、グウウ……」
その攻撃で首の半ばまでを断たれたイノシシが、断末魔の声を上げて息絶える。
「やった!」
「ハッ、ハッ……はい、タツマ様。勝ちました」
(わふ、とうとう勝ったのです)
「ようやく勝てましたね~。お見事で~す」
まだ息を荒げているヨシツネに近寄って肩を叩くと、ホシカゲが全力で駆けよってきた。
そんな彼をわちゃわちゃとなで回すと、お返しとばかりにベロベロと顔をなめられた。
するとスザクも俺の肩に停まり、珍しく素直に褒めてくれる。
ひとしきり勝利を喜び合った後、魔石を取ろうと巨大イノシシに近寄ると、その遺骸が霞のように消え去った。
そしてその後には、大きな魔石がポツンと残される。
挑戦者の多い守護者部屋では、遺骸が消え去るのが早いという噂は、本当のようだ。
次の挑戦者を待たせないための、迷宮の仕組みなのだろう。
俺たちは魔石を回収すると、守護者部屋の奥の扉の周りに集まった。
そこには石の台座と水晶があり、守護者を倒してからこれに触れると、1層突破の記録がギルドカードに記される。
この証を手に入れた冒険者は、迷宮の入り口から2層入り口までショートカットが可能になる仕組みだ。
俺とヨシツネが順に水晶に触れると、扉が開いて下へ降りる階段が現れた。
階段の下には1層の入り口と同じような部屋があり、やはり真ん中に水晶が設置されていた。
この水晶に手を当てて台座に書いてある呪文を唱えれば、1層の入り口へ戻してくれるそうだ。
ちなみに入り口からここへ転移して、1層深部へ戻ることも可能らしい。
凶暴猪と戦いたければ、わざわざ序盤、中盤を歩かなくても対面できるわけだ。
ただしその場合、巨大イノシシは2度と現れないそうだが。
入り口に転移して迷宮を出ると、すぐに魔石を換金する。
巨大イノシシの魔石は銀貨5枚と、最高値を更新した。
しかしあの手強さに対して妥当かというと、はなはだ疑問ではある。
それから冒険者ギルドへ行き、実績ポイントの精算をした。
コトハにカードを提出すると、内容を確認した彼女が嬉しそうに顔を輝かせる。
「あら、凄いじゃない。もう1層を突破したのね」
「ええ、守護者の大イノシシには、苦労しましたけどね」
「それはそうよ。普通はあれを倒すのに、5、6人で掛かるのよ。それを2人と1匹だけで倒すなんて、かなり優秀なんだから」
「やっぱりそうですよね。でもまあ、これもヨシツネのおかげなんですけど」
「ウフフ、そうみたいね。さあ、これで2人とも鋼鉄級よ。この分なら、2層を探索するうちに白銀級になれそうね。でも無理はしないように」
ちょうど実績値が溜まって、鋼鉄級に昇格したらしい。
これで俺たちも、1人前の冒険者だ。
「無理なんてしないですよ。俺は安全第一ですから」
大真面目でそう言ったら、苦笑しながらコトハに返された。
「本当の安全主義者は、迷宮なんかに潜らないわよ」
「アハハッ、それもそうですね」
そんなやり取りをかわし、俺は上機嫌でギルドを後にする。
ちなみに俺とヨシツネの強化度をカードで確認すると、めでたく2に上がっていた。
やっぱり迷宮内で戦闘すると、成長が速い。
ただし肉体が強化されるのは1晩寝た後になるので、まだ実感はないが
家に帰る道すがら、明日の話をする。
「さて、次からは2層だね。2層はもっと稼げるらしいから、徐々に装備を更新していきたいね」
「ええ。ちなみに2層はどんな魔物が出るのですか?」
「え~と、たしか幻影狐に風牙狼、そして剣牙虎だな」
「ふむ、それぞれ手強そうですね。特徴はもう調べてあるのですか?」
「うん、とりあえず3層までは調べてある。それ以降はまた情報収集が必要だけど」
「さすがですね。ところで、ここの迷宮はどこまで探索されているのですか?」
「え~と、たしか6層ぐらいじゃなかったかな」
「なるほど。まだまだ先は長いですね」
「まあね。でも期限があるわけじゃなし、気長にやってこうよ」
「はい」
たしかに先は長いのだが、今日は素直に1層の突破を喜ぼうと思う。
そしてまた、さらなる高みを目指すのだ。




