16.アトラトル
アリガ迷宮の1層守護者に挑んだ俺たちだったが、初回は力およばず逃げ帰るはめになった。
もちろん再挑戦はするつもりだが、その前に何が悪かったのかを見直さねばならない。
俺は家に帰ると、今日の反省会を開いた。
「それじゃあ、今日の守護者戦、何が悪かったか言ってみて」
まずヨシツネが申し訳なさそうに言う。
「それはやはり、俺が力不足でした。すみません」
「いや、そうじゃなくて、力不足なのはみんな一緒で、そのうえで何が必要かって話をしたいんだ」
「そうですよ~、ヨシツネ。あなたに比べれば、主様の方がず~っと役立たずですからね~」
「お前が言うな」
「あいたっ!」
相変わらずのスザクにデコピンをかまし、俺は話を元に戻す。
「実際、ヨシツネは、よく守護者を押さえてくれてたと思うよ。だけど結局はそれだけで、ほとんど敵に傷をつけられなかったんだ」
「言われてみればそうですね。俺の剣も分厚い毛皮に阻まれて、ほとんど肉に届きませんでした」
(わふ、僕の牙も届かなかったです)
「だよな。俺の熱弾なんかただの嫌がらせだったし、槍も通らなかったもんな」
するとヨシツネが深刻そうにつぶやく。
「誰も傷を与えられなかったのは、攻撃力が決定的に欠けている、ということですか」
「そうそう。あとはヨシツネとホシカゲの防御力も、心許ないよね」
「俺は別に平気ですよ」
「う~ん。でも見てる方は、けっこうヒヤヒヤしたよ。せめて盾ぐらい持ったら?」
「盾、ですか……そうですね。盾で攻撃を防げば、もっと安定するかもしれないな」
最初、微妙な顔をしていたヨシツネも、思い直したようだ。
(僕はどうするですか?)
「ホシカゲは……革の防具でも付けてみるか? 今日ケガした胴回りに付けるだけでも、違うだろ」
(わふ、かっこいいかもです)
思いつきで鎧を提案すると、ホシカゲも乗り気になった。
「守りはそれでいいとして、問題は攻撃力をどう上げるかですね」
「そうなんだよな~。何かいい手はないもんかな……」
ヨシツネの指摘に頭を悩ましていると、ふと槍が目に入る。
「なあ、ヨシツネ。槍を投げる道具とかって、ないのかな?」
「槍を投げる道具、ですか? 俺は見たことがありませんが、どんな物でしょう?」
「え~とね、こんな感じ」
俺は木板に炭で、投槍器の絵を描いた。
それはアトラトルとも呼ばれる物で、槍を投げるための補助器具だ。
数十センチの長さの棒状の器具で、握りの反対側には槍を引っかける突起が付いている。
この突起部分に槍の石突を引っかけ、槍を押しだすように振ると、テコの原理でより強く飛ばせる。
氷河期ぐらいまでは世界中で使われていたのだが、弓矢の普及で廃れた道具だ。
しかし今の俺たちには、手頃なアイテムのように感じられる。
するとスザクが不思議そうに聞いてくる。
「これは槍を飛ばす道具なのですよね~? それなら弓でもいいのではありませんか~?」
「うん、弓でもいいのかもしれないけど、迷宮の中なら、こっちの方がいいかなって」
するとヨシツネが感心したようにうなずく。
「なるほど。迷宮の中は見通しが悪いから、弓矢ほど射程はいりませんね。それに今問題になっている攻撃力も、槍の方が高い」
「そういうこと。近距離で撃つなら、そんなに高い技術も必要ないからね。もちろん練習はするけど」
(わふ、それならあのイノシシも、倒せるかもです)
「ああ、がんばろうぜ」
そう言って俺がホシカゲの頭をなでていると、ヨシツネに聞かれる。
「あの、タツマ様はホシカゲと、念話で話をしているんですよね?」
「うん、そうだよ」
「俺もホシカゲと、話せるようになりませんかね?」
「あ~、たしかに。それができれば連携もしやすいな。できるならそうしたいけど、どうなの? スザク」
可能ならぜひ取り入れたい意見だが、そんなことができるのだろうか?
するとスザクはちょっと考えてから、解決策を提示する。
「それなら主様が、ヨシツネと使役契約を交わせばいいと思いますよ~」
「すでに隷属魔法が掛かってるのに、使役契約なんかしていいの?」
「ヨシツネが了承すれば、問題ないですよ~。隷属魔法よりも、主様の使役術の方が上位になるはずで~す」
「ふ~ん……という話なんだけど、どうする?」
「俺はすでに、タツマ様に忠誠を捧げると決めています。ぜひやってください」
「う~ん、そうか……それなら、やってみよう。ちょっと頭下げてくれる?」
ヨシツネが下げた頭に俺は左手を当て、使役術を行使する。
その場で『契約』と唱えると、即座に了承の反応があり、契約が成立した。
そこでヨシツネに念話で話しかけてみる。
(聞こえるか? ヨシツネ)
(アッ、なるほど……これが念話ですか)
(そうだよ。ホシカゲにも話しかけてみて)
(了解です。ホシカゲ、聞こえるか? ヨシツネだ)
(わふ、ちゃんと聞こえるのです。これからよろしくです)
するとそこにスザクも加わる。
(どうやら主様と契約している者は、みんな通じるみたいですね~。これで連携がしやすくなりますよ~)
(本当だ。敵に気づかれずに作戦を立てたりするのにも、便利そうだな)
ヨシツネの思いつきが、思わぬ効果を産むことになった。
この念話スキルを使えば、戦闘がずいぶんと有利になるだろう。
さらに武具を調えれば、あの巨大イノシシにも勝てるはずだ。
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翌日、俺たちは馴染みのの武具屋に行って、欲しいものを伝えた。
それはヨシツネ用の盾に、俺の投げ槍とホシカゲの鎧だ。
「ああん? 盾と槍はあるが、犬用の鎧なんてねえぞ」
「一応、犬じゃなくて、闇狼なんですけどね。なんか適当な革を胴に巻いて、ベルトで留められないですかね?」
「う~ん、いずれにしろ、うちじゃ革細工はやってないからな。職人を紹介してやるから、直接話をしてくれ」
「ありがとうございます。ついでにまけてくれると助かりま~す」
「チッ、しっかりしてやんなぁ」
武具屋の主人は文句を言いながらも、いくらかサービスしてくれた。
なんだかんだいって俺たちは、ちょくちょく買い物をするお得意様なのだ。
結局、鉄製のカイトシールドを銀貨50枚、細めの槍2本を銀貨70枚で手に入れた。
おかげで貯金がグッと減ったが、必要経費と割りきる。
また稼げばいいのだ。
俺たちは紹介された革職人の所へ行き、ホシカゲの鎧を注文すると、今度は森へ向かった。
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森の中で俺は、アトラトルを作るための木材を探す。
まず長さ40センチくらいで、先端に硬い節が付いてる枝を切りだした。
これをナイフで削って、節の部分に槍を引っかける突起を設ける。
握りの部分も適当な形に整えれば、出来上がりだ。
「器用なものですね」
「ヘヘヘ、木工細工はけっこう得意だからね」
「なるほど、それで投槍器を思いついたんですね」
前世の俺はアウトドアライフが趣味で、よくキャンプなんかをしていた。
そんな趣味の合間に木材を加工することに目覚め、手慰みにいろいろ作ったもんだ。
実際、アトラトルも作ったことがあって、槍投げ自体も経験済みだ。
アトラトルができる頃には、もう日が暮れかけていたので、おとなしく家に帰る。
明日は新戦術の実験だ。