13.甦った戦士
ヨシツネの衰弱の呪いを解いたら、彼が大声で泣いてしまい、駆けつけたテッシンに問い詰められた。
俺は彼の呪いを緩和する方法が見つかって騒いでしまったと釈明し、その場をなんとか収める。
「フウッ、ようやく帰ってくれた。それにしてもヨシツネ、騒ぎすぎだって」
「も、申し訳ありません……この3年間、ずっと苦しんでいた呪いが外れ、気持ちが高ぶってしまいました。これも全て、タツマ様のおかげ……クウッ」
ヨシツネはまたもや泣きはじめた。
仕方ないのでしばらく泣かせ、落ち着いたところで改めて呪いの所以を聞いた。
それは、実の兄に裏切られた悲しい物語だった。
ヨシツネは、このオワリの東に隣接するミカワ国の出身だ。
父親は獅子人族をまとめる頭領で、次男であるヨシツネは幼少の頃から武に優れていた。
彼はいずれは戦士長となり、兄を支えていくであろうと期待されていたし、本人もそう考えていた。
しかし3つ上の兄はそれほどの武勇を持たず、ヨシツネを妬んでいたらしい。
ヨシツネには全くその気が無いにもかかわらず、彼を次期村長にと担ぐ勢力もあり、継承争いに発展する可能性もあった。
そんな中で彼はひたすら武人として生きようとしたものの、とうとう兄に濡れ衣を着せられてしまう。
その手の謀略に疎かったヨシツネは、いとも簡単に罠にはまり、奴隷に落とされた。
さらに嫉妬深い兄の希望により、衰弱の呪いまで負わされる始末だ。
呪いによって本来の半分も力が出せない状態は、まさに地獄だったという。
常に倦怠感に苛まれ、肉体を動かすにも苦労するような有様だ。
しかも彼の身分は、自殺も解放も許されない終身奴隷だ。
ただ生き地獄を味わせるためだけに、彼は生かされていたのだ。
「う~ん、ひどい話だな。おかげで3年も、呪いに苦しめられてきたのか」
「はい、それはもう、地獄のような日々でした。奴隷紋で自殺が禁じられていなければ、とうに命を断っていたでしょう」
「罠に掛けたうえに呪いまで付けるなんて、とても肉親のする仕打ちとは思えませんね~」
「ワオン(本当にひどい話です)」
「でもこうやって俺と出会ったのは、やっぱり何かの縁なのかな?」
「はい、俺もそう思います。これはタツマ様に仕えろという、神の啓示なのでしょう。これから誠心誠意、尽くさせていただきます」
「そんな、大げさだよ……だけど俺は今、迷宮の1層で行き詰まってるんだ。だから助けてもらえると嬉しいな」
「もちろんです。なんでもお命じください」
ヨシツネはそう言いながら、片膝立ちで臣下の礼を取った。
「だから大げさだって。もっと気楽にいこうよ」
「とんでもありません。タツマ様の恩に――」
「そんな大仰に考えなくていいよ。とりあえず、今日はもう遅いから寝よう」
「分かりました」
ベッドは1個しかないので俺が使い、ヨシツネには毛布を渡して床に寝てもらった。
元々広くもない部屋で、さらにホシカゲもいるから、けっこう狭かったりする。
「やっぱ、狭いな。他に部屋が借りれないか、テッシンさんに相談してみるよ」
「俺は別に構いませんよ。昨日までは、もっとひどい状況でしたから」
「だから、それは昨日までの話だって。ヨシツネは産まれ変わったんだから、生活も改善していこうよ。とりあえず、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
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翌朝、何やら気配がして目が覚めた。
まだ夜が明けたばかりの頃合いだが、床の上で寝返りを打つ音がする。
「おはよう、ヨシツネ」
「お、おはようございます。タツマ様」
「眠れなかった?」
「いいえ、久しぶりにぐっすり眠れました。ただ、体調がいいせいか、目覚めるのも早くて……」
彼は体を起こして、恥ずかしそうに頭をかく。
「それもそうか。俺も目が覚めたから、外で軽く体を動かそうか」
「はいっ、ぜひそうしたいです!」
彼はムチのような尻尾をピンと立て、元気よく返事を返す。
呪いの解けた体を、動かしたくて仕方ないのだろう。
手早く服を着て下へ降りると、シズクが朝食の準備を始めたところだった。
俺は裏手で鍛錬をすると言って外へ出る。
家の裏手には共同の井戸があり、その周りが少し広くなっているのだ。
ぼちぼち人も見えるが、俺とヨシツネはその一角で鍛錬を始めた。
俺は軽く柔軟運動をしてから、愛用のメイスを振り回す。
これを使い始めて2週間ほどになるが、多少は筋肉が付いてきて、振りも鋭くなったと思う。
そしてその横では、ヨシツネが木の棒を振っていた。
さすが元戦士だけあって、棒の振り方も堂に入っている。
剣術の型らしき動きで、ビュンビュンと棒を振り回していた。
「ヨシツネはどんな武器が得意なの?」
「そうですね……ハッ。ひととおり学んでいますが、わりと剣が得意でしょうか……フッ」
「ふ~ん。それじゃあ、後で買いにいこうか。そんなにいいのは、買ってあげられないけど」
「ありがとうございます……フッ。すぐにお返しできるよう、がんばりますよ……ハッ」
やがてシズクに呼ばれたので家へ戻り、テッシンも交えて食卓を囲む。
「タツマ、昨夜は結局、何が起きたんだ? 呪いを緩和するとかなんとか言っていたが」
「どうもすみません。ちょっと俺の使役術でヨシツネの奴隷紋を調べていたら、急に体が軽くなったって言うんですよ。それで彼が感激しちゃって」
「お騒がせして、すみませんでした」
申し訳なさそうにヨシツネが頭を下げると、テッシンが首を横に振る。
「ああ、いや。怒ってるわけじゃないんだ。しかし、使役術でそんなことって、できるのか?」
「さあ、俺もどうしてそうなったのか、よく分からないんですよ。たまたま上手くいったみたいで」
「たまたまって……呪いは隷属魔法に属する技術だから、それに干渉できるってのは凄いことなんだぞ……ふむ、これは他人に知られるのはまずそうだな」
「そんなに大げさなことなんですか? あなた」
テッシンのつぶやきにシズクが反応する。
「もちろんだよ。隷属魔法は国と商業ギルドが、厳重に管理してるものだからね。それに干渉できるような人間は、確実に目を付けられる。タツマも気をつけるんだぞ」
「はい、気をつけます」
テッシンが言うように、奴隷売買と隷属魔法は、国と商業ギルドが管理しているものだ。
奴隷は国家の財産なので、不当に虐待したり、傷つけたりするのは禁止されている。
当然、完全に守られることはないが、それなりに管理されてるのも事実だ。
そしてヨシツネのような終身奴隷を勝手に開放することは、明らかに法に触れる。
だから彼はどんなに出戻りをしても、再び売りに出されていたのだ。
しかしまあ、呪いはオプションみたいなものだから、罪には問われないはずだ、たぶん。
問題は隷属魔法に干渉できるという事実の方だから、なるべく隠すのは当然だろう。
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朝食を終えてから武具屋を見にいった。
昨日はヨシツネという買い物をして蓄えが大きく減ったが、彼の武器は必要だ。
しかしヨシツネと一緒に迷宮を探索すれば、すぐに取り返せるだろう。
とりあえずそこそこの剣を金貨1枚で買い、革のブーツも銀貨25枚で手に入れた。
剣は片手でも両手でも使える片手半剣で、地球ではバスタードソードと呼ばれるタイプだ。
防具については、弱い魔物相手には不要だと言うので、先送りにした。
冒険者ギルドに寄って、ヨシツネを登録したら、コトハが嬉しそうに手続きしてくれた。
「タツマ君がこんなに早く仲間を増やすなんて、意外だわ。それにしても、こんなに強そうな人、よく買えたわね?」
「実は訳ありで、安かったんですよ。それでも1人でやるよりは、だいぶマシだと思うので」
「そうね。でも2人になったからって、無理しちゃダメよ」
そんなコトハに見送られた後、さっそく迷宮に潜ってみた。
まず序盤で洞窟鼠が3匹出てきたので、ヨシツネに任せてみたら、ほぼ一瞬で終わった。
ヒュンヒュンって感じで剣が舞ったと思ったら、もうネズミが全滅してたのだ。
これは想像以上の買い物だったかもしれない。
そのまま中盤に進んで、剣耳兎とも戦ったが、さっきと大して変わらなかった。
ヨシツネにとってはこの程度の魔物、大差ないらしい。
今までさんざん苦労した剣耳兎をものともせず、中盤の探索をガンガン進めた。
やがて空腹を覚えたところで、昼食を取ることにした。
「ヨシツネって、本当に強かったんだな」
「いえ、それほどでもありませんよ」
「もきゅもきゅ……そんなに謙遜しなくてもいいですよ~。ちょ~弱い主様を守ってくれる救世主ですからね~」
「ちょ~弱いって……お前と話してると、主って何か分からなくなるな。でもヨシツネの存在は、本当に心強いよ。ただし、俺も強くなりたいから、もっと戦わせてくれる?」
「あっ、申し訳ありません……自由に体が動くのが嬉しくて、全て倒してしまいました。次からは半分くらい残しましょうか?」
「そうだね。俺が相手できそうな分を、適当にね」
ヨシツネに頼るだけじゃなく、俺も強くならなきゃ。
2019/5/13
ヨシツネのしっぽの表現を修正




