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12.ヨシツネ

 店先でさらし者になっていた獅子人の奴隷を見かね、金貨1枚で彼を購入した。


「名前は?」

「……ヨシツネ、です」


 向かい合って名を訊ねると、彼は戸惑いがちに答えた。

 新たな主人の人品を、つかみかねているという感じだ。

 そんな彼に俺は、なるべく気安く聞こえるよう話しかけた。


「そうか。俺はタツマっていうんだ。これからよろしく頼む」

「こちらこそ……」


 ヨシツネは貧相な恰好をしていたので、古着屋に寄って彼の服を見繕う。

 とりあえず黒っぽいズボンに薄茶色のチュニック、それと下着を2揃い買った。

 そのままテッシンの家に連れ帰り、ヨシツネを紹介する。


「テッシンさん。迷宮探索のために奴隷を買いました。俺の部屋で寝かせるので、入れていいですか?」

「え、奴隷だって? 急な話だな。しかも獅子人ししびとじゃないか……まあ、タツマが自分で面倒見るんなら、いいだろう」

「あらあら、素敵な殿方ね。タツマの迷宮探索が安全になるなら、いいんじゃないかしら。じきに夕食だから、体をきれいにしてらっしゃい」


 あまり心配はしていなかったが、テッシン夫妻は快く受け入れてくれた。

 そういう人たちなのだ。


 俺たちは裏手の井戸から水をくんできて、体を洗った。

 2人してパンツ一丁になって、水につけた布で適当に体をこする。

 ヨシツネはだいぶ垢が溜まっていたので、頭から水をかぶらせて、しっかり洗わせた。


 するとヨシツネの容姿の良さが、改めて明らかになった。

 何よりも見事なのは、彼の均整の取れた体だ。

 180cmを超える肉体は細身だが、たくましくも引き締まり、まるで鋼の筋肉をより合わせたかのようだ。

 あまり栄養状態が良くないせいか、少しやつれてはいるが、それでも凄く強そうだ。


 さらに顔の方も負けていない。

 その顔だちはゲルマン風で彫りの深い造りだが、顔のパーツが絶妙に配置されており、どこの王子様かという風貌だ。

 そこに青い瞳と明るい茶色の髪が彩りを添え、まさにゲルマン系の美男子といった風情である。

 ただしそこにライオン風の丸耳と尻尾、首周りのたてがみが加わって、いかにもファンタジーな印象でもあるが。


 新しい服に身を包んだ彼を食卓に連れていくと、シズクが張りきったのか、いつもより豪華な食事が並んでいた。

 ご飯に味噌汁と質素なお惣菜はいつもどおりだが、美味うまそうな肉料理が追加されてる。

 テッシン家は決して貧乏ではないが、普段はあまり見ない豪華メニューだ。


「さあさあ、お召し上がれ」

「ハハハッ、今日はちょっと豪華だな。さ、一緒に食べよう」

「気を遣ってもらってすみません。ヨシツネも座って」

「い、いえ、俺は残り物をいただければ結構です」

「俺はそういうの嫌いなんだ。テッシンさんもいいって言ってるから」


 遠慮するヨシツネを、強引に食卓につかせる。

 最初、床に正座しようとしたのには驚いた。

 奴隷としてはそれが普通なのかもしれないが、この家の中では関係ない。


 いただきますをして、食事が始まる。

 うむ、シズクの料理はいつも美味おいしいな。

 この肉の焼き加減と味付けが絶妙だ。


 ヨシツネはといえば、最初は戸惑うばかりで手が止まっていた。

 やがてシズクに勧められて肉を取ると、貪るようにそれを食いはじめる。

 やっぱり獣人は肉が好きなんだろうな。


 ヨシツネは目に涙を溜めながら、”美味うまいです、美味いです”と繰り返していた。

 そして2人分ほどの量を片付けると、しばらくほうけた顔をしていた。

 まさかこんなに美味い飯を食わせてもらえるなんて思っていなかった、そういう顔だ。


 テッシンとシズクも、そんな彼を見て楽しそうにしている。

 本当にいい人たちだ。

 これからはヨシツネの分、家に入れるお金を増やさねばならないが、ヨシツネと一緒にがんばれば、なんとかなるだろう。


 食後にお茶を飲みながら、ヨシツネを買った経緯を説明する。


「衰弱の呪いとは、ひどい話だな。なぜそんなことになったんだい?」

「……」


 テッシンに聞かれても、ヨシツネは答えなかった。

 唇を噛みしめて、とても悔しそうで、悲しそうな顔をしている。

 ここで俺が聞けば強制力を持ってしまうので、それは控えた。

 おそらくそれは彼にとって、辛いことだろうから。


「すみません、テッシンさん。今日はそっとしておいてください」

「ああ、そうだな。誰にも、知られたくないことはある」


 その後、今日の迷宮探索の話などをしてから、自分の部屋へ戻った。

 俺はベッドに座ると、ヨシツネを正面の椅子に座らせる。


「さて、ヨシツネ。これから言うことは絶対に秘密だ」

「……はい、もちろんです」

「まず、このスザクとホシカゲは聖獣なんだ」

「聖獣、ですか?」

「そうですよ~。私は主様のしもべ、スザクで~す。これからよろしく~」

「と、鳥が喋った!」


 驚くヨシツネに、ホシカゲも声を掛ける。


「ワフン、ウォン(僕はホシカゲ。よろしくです)」

「ホシカゲもよろしくって言ってるぞ」

「は、はあ……」


 ホシカゲの言葉を通訳してやったが、ヨシツネは疑わしそうな顔をしていた。

 まあ、そう簡単には信じられないだろうが、そのうち嫌でも理解してもらう。

 さて、次は本題だ。


「それでスザク。ヨシツネの呪いを解くには、どうしたらいいんだ?」

「おほん……確実ではありませんが、主様の使役術を使えば、ヨシツネに掛けられた隷属魔法に、干渉できるかもしれませんよ~」

「ええ? でも隷属魔法って、そんな簡単に干渉できるもんなの?」

「主様は今、ヨシツネのマスターとして登録されていますよね~。隷属魔法も一種の使役術なので、干渉できるかもしれないので~す」

「なるほ、ど……具体的には、どうやるの?」

「とりあえず奴隷紋に左手を当てて、調べてみてくださ~い」


 そこでまずはヨシツネに服を脱がせ、背中の奴隷紋に左手を当てた。

 そして目を閉じると、奴隷紋に意識を集中してみる。

 しかしヨシツネの体温が感じられるだけで、特に変化はない。

 そこで試しに左手に魔力を通してみたら、急にヨシツネが苦しみだした。


「グウッ、タ、タツマ様。や、やめてください、あたたたたっ」

「あ、ごめん……」


 慌てて左手を外すと、すぐに治まった。


「これどうなってんの? スザク。ちょっと魔力を通しただけなんだけど」

「奴隷紋には勝手に解除されないように、防御機能が付いているんですよ~。不用意に干渉するとそれが発動するので、もっと優しく魔力を通してみてくださ~い」

「優しくって、どうやんだよ?」


 思わず突っこんだものの、スザクにもよく分からないらしい。

 やむを得ず、再びヨシツネの奴隷紋に左手を重ね、かすかに魔力を通してみた。

 すると奴隷紋が赤い光を放ち、活性化したような反応がある。


 そのまま奴隷紋に探りを入れてみると、不思議とその術式が頭の中に流れこんできた。

 それは主人の指示に従う印、主人への危害を禁ずる印、自殺を禁ずる印、苦痛を与える印、そして体力を奪う印などだ。

 特に体力を奪う印は禍々まがまがしく、いかにも呪いらしい印象がある。


 俺はその体力を奪う印に集中し、その意味を読み解いていく。

 根気よく続けていると、やがてその中に印を無効にする機能があることに気がついた。

 つまり呪いのオフスイッチだが、これを使っていいかどうかに迷った。


「とりあえず、呪いを停止する機能らしきものを見つけた。でもこれをそのまま使っても、いいもんかな?」

「おそらく呪いは後付けなので、停止するだけで衰弱は無くなると思いますよ~」

「でも1歩間違えば、またヨシツネを苦しめるかもしれない。ひょっとしたら、命に関わるかもしれないぞ」


 すると黙って聞いていたヨシツネが、ひどく真剣な顔で頼みを口にする。


「……いいえ、タツマ様。もしもこの呪いが消えるなら、俺は命を懸けても構いません。ぜひお願いします」

「…………そうか。なら俺も覚悟を決めるよ」


 そう言って俺は再び奴隷紋に集中し、呪いのオフスイッチに魔力を流しはじめた。

 徐々に徐々に、神経をすり減らすような作業が、しばらく続く。

 やがて呪いの印が暗転して、機能が停止する感触を得た。


「フーーッ。ようやく切れた。ヨシツネの調子はどうだ?」


 そう問いかけると、ヨシツネが両手を閉じたり開いたりしながら、じっと見つめていた。

 やがて彼は両腕で自分の体を抱き締めると、涙を流しはじめる。


「……呪いが、解けた……解けました、タツマ様」


 それを聞いて、俺も一気に体の力が抜ける。

 万一、彼に危害を加えることにならないかと、心配で仕方なかったのだ。


「良かった。本当に良かったな、ヨシツネ」

「ありがとうございます、ありがとうございます……ヒグッ、ウゥゥッ、ウオオーッ!」


 感極まったヨシツネが大声で泣いたため、テッシン夫妻を起こしてしまったのは誤算だった。

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