105.停戦交渉
ダークエルフ族の裏切り者 カエデ。
その実態は鬼神シュテンに憑依された、災厄の権化だった。
奴はカイ、ミカワ、スルガ、トオトウミの4ヶ国を唆し、我が国に攻め寄せた。
しかし俺がカエデを一騎打ちで倒すと、奴に操られていた魔物はもとより、連合軍の将兵たちも、その影響から解放される。
魔物の群れは個々に逃げ散っていったが、連合軍の指揮系統もすでに崩壊していた。
そのため全く統制の取れない軍隊は、カイ国に向けて敗走していく。
そんな敗残兵の上空に、虹色の光をまとった霊鳥が飛来した。
「ケエェェェェェェーーーーーーンッ!」
甲高いキジのような声を放ちながら、スザクが軍隊を追い抜いた。
そして前方に回りこんだ彼女は、神々しい光をまといながら、その意を伝える。
「愚かなる苦界の民よ。我が名はスザク。真の王に仕える四神の1柱なり……身のほど知らずにもその方らが押しかけたこの国は、我が主が治めし聖域である。本来ならばその罪、万死に値するが、寛大なる我が主は慈悲を示さん。武器を捨てて投降すれば、命だけは奪わぬ。ただちに投降せよ! ただちに投降せよ!」
広範囲に散らばっていた兵士の上に、スザクの言葉が降り注ぐ。
すでに反撃の意志などかけらもない兵士たちは、逃げるのをやめて武器を捨てはじめた。
「さすがはスザク、見事なもんだ。さて、俺は帰るか」
(わふ、帰りは僕たちが守るのです)
「いや、それはビャッコに頼むよ。ホシカゲはハンゾウと協力して、敗残兵を集めてくれ。頼むぞ」
(お任せなのです)
俺はビャッコを呼び寄せると、彼の背に乗って砦へ帰還した。
カエデとの死闘で負った傷を、ササミに治療してもらいながら、いろいろと指示を出す。
それも終えると、アヤメの出してくれたお茶を飲みながらくつろいでいた。
「ようやく終わりましたね、タツマさん」
「ああ、ここでの戦はね。だけど状況が落ち着いたら、すぐにカイ国へ侵攻するよ」
「え~っ、また戦争するんですかぁ?」
「そりゃそうさ。一方的に攻め寄せてきた責任を、取らせなきゃいけないからな」
そんな話をしていたら、仲間が集まってきた。
ヨシツネ、ベンケイ、ウンケイ、ハンゾウなどの主要人物だ。
「おおむね捕虜の状況が把握できました、タツマ様」
「ご苦労さん。それで、何人くらいになった?」
「はい。まずカイ国が2万人弱、ミカワ、スルガ、トオトウミがそれぞれ5千~6千人ほどです」
「最初が6万だったから、4割も討ち取った計算か。敵の上層部が知ったら、驚くだろうなぁ」
「驚くどころではすみませんよ。さらに敗残兵まで捕虜になったと聞けば、しばらく立ち直れないでしょうね」
「まあ、自業自得だけどな」
「違いありません」
敵の親玉の顔を想像したら、思わず笑えてきた。
我ながら信じられないような成果だが、敵にとっては痛いどころの話ではないだろう。
「それで、交渉には乗ってくるかな?」
「まあ、交換比率は交渉次第ですが、乗らざるを得ないでしょう。ハンゾウには、噂を流してもらいますしね」
ウンケイが悪そうな顔で、ニヤリと笑った。
するとハンゾウも楽しそうに後を引き継ぐ。
「はい、すでに手の者を、敵国の首都へ走らせております。連合軍が大敗し、多くの兵が捕虜になったことを触れ回る予定です」
「フフフッ、そんな噂が広まったら、国府は動揺するだろうなぁ。貴族の耳にも入るようにすれば、国主を突き上げてくれるんじゃないかな?」
「はい、その辺は抜かりなく」
さすがはハンゾウ、ツボを心得ている。
ここでヨシツネから質問があった。
「捕虜と奴隷を交換するとのことですが、賠償金は取らないのですか?」
「うん、それも考えたんだけどね、今回は実を取ろうと思ってる」
「実、と申されますと?」
「賠償金の分を奴隷に上乗せしようと思うんだ。例えば、貴族の捕虜は異種族の奴隷3人と交換とかにして、より多くの同胞を回収するのさ」
「ああ、なるほど……」
すると今度は、ササミが疑問の声を上げた。
「エーッ、お金をもらった方が、いろんなことに使えていいんじゃないですかぁ?」
「まあ、そうなんだけど、表立って賠償金を請求されても、向こうは払いにくいだろ? 奴らにも体面ってものがあるからさ」
「でも、負けたのは事実じゃないですかぁ」
「それはそれ、これはこれだ。負けたにしても自分たちの領土は侵されてないから、あまり危機感は無いんだよ。だけど捕虜は取り戻したいだろ? だからそこに賠償金の分を上乗せしとけば、向こうも要求に応じやすいはずなんだ」
「ふえーっ、悪賢いのですぅ」
「これぐらい常識だって」
そんな漫才を繰り広げていると、今度はアヤメが疑問を口にする。
「でも、そんなに簡単に応じるかしら? 下手すると捕虜を見捨てたりするかもしれないし」
「まあ、その可能性はあるから、ある程度こっちの力は示すよ。とりあえずカイ国に侵攻して、砦を1つ落とす。それから使者を出して交渉だな。もしもそれで足りないなら、さらに脅しを掛けるつもりだ」
そしたらまたササミが不満の声を上げた。
「それだったら、また四神を使って脅せばいいじゃないですかぁ? もう敵には知られてるんだし」
「いや、四神はなるべく国外には出さない。あんまり強い力を見せても、今度はそれを恐れて団結される恐れがあるからな」
「ほえ~っ、そんなもんですかぁ?」
その後もいくつか状況を確認してから、その場はお開きになった。
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翌日になって、2千人の部隊をカイ国へ向けて送り出した。
部隊は敵の補給路と残存部隊を潰しながら進んだので、並行してカイ国内の砦も攻略した。
ゲンブの通路で砦付近へ送られた別動隊が、夜になって牙をむいたのだ。
まず忍者が砦の内部に放火し、混乱させてから門を開いて、主力部隊を引き入れた。
攻められることを全く予期していなかった砦は、これであっさりと陥落する。
すっかり掌握した砦に2千人の部隊が到着したのは、4日後だった。
とりあえずそこを国外の拠点にして、カイ国との交渉を開始する。
まず最も近い町に部隊を派遣し、停戦交渉の窓口を作った。
もちろん、獣人やエルフだけで行っても交渉にならないので、捕虜を何人か連れていく。
そして町の役人と交渉してから、こちらの要求を書きだした文書を捕虜に持たせ、国府へ送らせたのだ。
これでようやく真相を知ったカイ国が、交渉役となる家臣を派遣してきた。
そして窓口に指定した町で、1回目の交渉が始まる。
俺もその場に出席したが、基本的に交渉はウンケイ任せだ。
「それでは停戦交渉を始めましょう。私はシナノ国で宰相を務めるウンケイと申します。そしてこちらがシナノ国主のタツマ様です」
紹介されたので軽くうなずくと、カイの使者が喋りはじめた。
「それがしはカイ国が臣、カンスケ・ヤマモトと申します。本日はこのような場を設けていただき、感謝に堪えません……ところで、本当にわが軍は負けたのでございましょうか?」
「すでに2人も捕虜を送り返したのに、まだ信用できませんか?」
「は、はあ……残念ながら雑兵の話だけでは信ぴょう性が薄く、まだ疑っている者も多ございまして……」
「それなら、彼に説明してもらいましょうか」
「や、ヤマガタ将軍っ」
念のため連れてきていたカイ軍の将軍を引き出し、事情を説明させる。
すでに将軍の心はポッキリ折れているので、ペラペラと喋ってくれた。
おかげでカンスケも、ようやく信じる気になったようだ。
「どうもありがとうございました。我が軍が負けたのは間違いないようですな。しかしだからといって、要求にある奴隷との交換は難しいと思いまする」
「ほほう、カイ国は捕虜を見捨てるのですか?」
「い、いえ、決してそのようなことは……しかし、貴国の要求に従えば3万人近い奴隷が必要になりまする。いくらなんでも、そのような数は……」
「しかしカイ国だけでも、10万人近い異種族奴隷がいるはずです。3万など、すぐに集まるでしょう」
「いえ、そうは言っても……それはほとんど民間に属する奴隷です。我らの自由になるものでもなく……」
カンスケが油汗を垂らしながら言い訳をするが、それは俺たちに関係のない話だ。
そんな彼を鼻で笑いながら、ウンケイが突き放す。
「フンッ、だからなんだと言うのですか? 徴発するなり買い取るなりすれば、いくらでも集まるではありませんか。馬鹿にするのも、いいかげんにして欲しいですね」
「グッ……し、しかし、我らも今回の敗戦で困窮しておりまして、とても3万もの奴隷を集める余裕は――」
ここでガシャンという大きな音が響いた。
「これは失礼」
わざと剣を落としたヨシツネが、平然と剣を拾いながらカンスケをにらみつける。
すると彼の殺気を浴びたカンスケが、わずかに怯む。
そこですかさずウンケイが追いこみを掛けた。
「ゴホンッ、こちらの手の者が失礼をしました。それで、奴隷を集めるのが困難だとおっしゃりますが、そんなものはどうにでもなりますよね。手元に資金が無いなら、税の先払いでもいいですし、民からの借金にしてもいい。肝心なのは、貴国が一方的に攻めこんだうえで、無様に負けたという事実です。しかも我が国は、いまだに大きく余裕を残しております。貴国はさらなる戦乱を望むと言うのですか?」
「ま、まさかそんなことは。し、しかし現実に無い袖は、振れない、わけで、ありまして……」
いまだに苦しい答弁を繰り返すカンスケに、俺が助け舟を出した。
「それではこうしましょう。今日のところは、敗戦の事実が明らかになったことを、国府にお持ち帰りください。そして貴国でいかほどの奴隷を準備できるか、改めて確認してきていただきたい」
「いや、しかしそれは……」
「もう無駄な交渉はやめましょう。交渉が長引けば、その間に捕虜に掛かった費用が上乗せされますよ。もちろん奴隷との交換という形でいただきますが。今回要求した奴隷の数には、本来賠償金として請求する分が含まれているのです。表立って賠償金を払うのは、難しいでしょうからねぇ」
そこまで言うと、カンスケは押し黙ってしまった。
こちらの意図に気づき、下手に反論するべきでないと悟ったのだろう。
やがて彼は、国主に要求を伝えると言って、帰っていった。
さて、カイ国はどう出るか?