11.呪われた奴隷
初めてアリガ迷宮に潜った俺は、1層序盤をかたっぱしから探索していった。
昼飯後に洞窟鼠を10匹ほど倒すと、とうとう中盤に差しかかる。
しばらく進むと、ホシカゲから情報がもたらされた。
(わふ、今までと違う臭いがするです)
「いよいよ出たか。中盤からは剣耳兎が出るらしいからな」
(それって、どんなのですか?)
「名前のとおり、耳が剣みたいになった魔物だ。おまけにピョンピョン跳びはねて、捉えにくいらしいな。ホシカゲも、うかつに突っこむんじゃないぞ」
(どうやって戦うです?)
「う~ん、とりあえずホシカゲは俺を守ってくれ。俺が遠くから熱弾で攻撃するから」
(了解です)
そのまま忍び足で進み、魔物のいる部屋をのぞき込む。
するとそこには、大ぶりなウサギが4匹いた。
その体は洞窟鼠より小ぶりだが、凶悪な武器を持つその魔物は脅威だ。
ピンと立ったウサ耳は、柳葉包丁のように硬く、鋭そうだ。
そんな敵に、先制攻撃を仕掛ける。
「熱弾!」
「キュアッ」
初撃が命中したウサギが、一撃で昏倒する。
すると俺たちを敵と認めた残りのウサギが、赤い目をぎらつかせて迫ってきた。
「グワウッ、グルルルルル~!」
「キュキュッ、キュ~」
それをホシカゲが体を張って威嚇すると、敵はピョンピョンと跳ねて、ヒットアンドアウェイを繰り返す。
おかげで俺の熱弾も、なかなか命中しない。
やがてホシカゲの横をすり抜けた1匹が、俺に飛びかかった。
「熱弾! グワッ」
すかさず熱弾を放ったものの攻撃は外れ、敵の凶器が俺の足に突き立てられた。
「グアッ。いてえじゃねえかっ!」
「ギュアッ!」
怒りに任せて振り下ろしたメイスが、幸いにも敵を捉える。
その一撃は見事に頭部を粉砕し、ウサギの息の根を止めた。
すぐにホシカゲに目をやると、2匹のウサギに翻弄され、数か所に傷を負っていた。
俺は脚の痛みをしながら、近い方のウサギに狙いを付けた。
「熱弾!」
「キュアッ!」
なんとか敵を魔法で黙らせると、残りをホシカゲが追い回す。
やがて壁際に追い詰められた最後のウサギが、ホシカゲの牙でとどめを刺された。
(わふ、わふ……ようやく片付いたのです)
「ご苦労さん。まだ生きてるのに、とどめを刺してくれるか」
(了解です)
熱弾で昏倒していたウサギにとどめを刺すと、ようやく戦闘が終結する。
さらに魔石を集めてから、俺は地面に座って傷の治療に取りかかる。
「くっそ、剣耳兎とはよく言ったもんだ。器用なことに、鎧の隙間を狙いやがって」
敵の攻撃は右の太ももを傷つけており、ズボンに血がにじんでいた。
そのためズボンをずり降ろしてから、傷に治癒ポーションを塗る。
すぐに痛みがひいたので、ホシカゲの傷も調べてポーションを塗ってやる。
(わふ、ありがとうです)
「なに、ホシカゲのおかげで助かったからな。それにしても、いきなり手強いのが出てきたな……」
「今の主様では、攻撃力が不足しているようですね~。今日はもう、引き上げてはいかがですか~」
「うーん……そうだな、そうするか。けっこう疲れたし」
(わふ、そうするです)
少し休憩を取ってから、のんびりと迷宮の入り口へ向かった。
幸いなことに、魔物が出てもホシカゲが教えてくれるので、あまり慌てずにすむ。
たかがウサギやネズミといえど、物陰から奇襲されては敵わないからな。
無事に外へ出ると、入り口横の買取り所に魔石を提出した。
魔石は国が管理してるから、勝手に持ち帰ると罪に問われてしまう。
申請さえすれば、多少は持ち帰れるらしいのだが。
魔石の買取り価格は、洞窟鼠が銅貨2枚、剣耳兎は銅貨5枚だ。
今回はネズミを42匹と、ウサギを4匹倒したので、合計で銀貨10枚と銅貨4枚になった。
まだ日も高い時間でこの稼ぎなら、まあまあと言っていいだろう。
狩場が近いのと、魔物の密度が高いからこそである。
「けっこう儲かったな。やっぱり迷宮探索は、割がいいみたいだ」
「そうですね~。ですが主様、ウサギ程度に手こずっているようでは、自慢できませんよ~」
「分かってるよ、それぐらい……でもそう簡単に強くなんて、なれないじゃないか」
「そうでもありませんよ~。使い方次第で魔法は、もっともっと強くなるのですから~」
「ふ~ん、そうなの?……それならまた森に行って、練習してみるか」
「それがいいですよ~」
そこで俺は近くの森の中で、魔法の練習をすることにした。
まずは人気の無い場所を見つけ、座って瞑想をする。
迷宮探索でだいぶ魔力を消費したから、補充が必要なのだ。
それでも最初の頃に比べたら、ずいぶんと俺の魔力も増えている。
これも毎晩、瞑想をして魔力を増やしたおかげだが、最近はそれも頭打ちになってきた感じだ。
しかし肉体が強化されれば魔力量も伸びるらしいので、今後も精進は怠らない。
「さて、熱弾の威力を上げるには、どうしたもんかな?」
「そうですね~。まずは魔法がどのように発動しているかを分析して、改良するというのはどうですか~?」
「分析ねえ……それもそうか。まずヒートは、火属性を無属性の魔力に練りこんでるんだよな。そしてそれが対象物に当たると、パチンって弾ける。前世でいうと、かんしゃく玉みたいな構造だな。その威力を上げるなら……敵の表面じゃなくて、体内で弾けるようにできないかな……それには弾を円錐形にして……」
俺は思いつきを実現しようと、試行錯誤してみた。
しかし、言うは易く行うは難し。
まだ俺の魔法制御が甘いせいか、弾の形状なんて全然制御できやしない。
円すい形?
無理無理、そんな形状保てないって。
結局、弾を少し大きくするくらいしかできなかった。
「うーん、難しいなあ、やっぱ……」
「キャハハハハハッ、主様はまだ魔法を使いはじめたばかりの、ザコですからね~。ザコはザコなりに、努力するしかないのですよ~」
「相変わらずひどいよね、お前……本当に俺のこと、主だと思ってる?」
「もちろんですよ~、いたっ!」
ムカついたので、また指でこづいてやった。
そんなやり取りをしながら、俺は家に帰った。
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それからしばらくは1層の序盤で狩りを続け、たまに中盤にちょっかいを出す生活を繰り返す。
すると洞窟鼠といえど多数を狩った効果は大きく、やがて俺の強化度が1になった。
迷宮の外で何十匹ゴブリンを倒しても強化度はゼロだったのに、やはり迷宮の効果は凄い。
これによって俺の能力は、5%ほど上がったことになる。
まだあまり実感はないが、確実に俺は強くなっている。
そんな思いを抱きながら、ひたすら迷宮探索を続けた。
やがて剣耳兎にも慣れてきたので、中盤の探索も増やしている。
しかし敵が多いとケガをする可能性が高いので、その場合は逃げるしかない。
おかげでなかなか奥まで行けず、ストレスが溜まっていた。
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そんなある日、俺は例の獅子人の奴隷に再会した。
初めての迷宮攻略の朝に、俺の前に倒れてきた男だ。
しかしそれは再会というより、町中で見かけたというのが正しいだろう。
なぜかあの獅子人が、奴隷商の店先でさらし者にされていたのだ。
彼は手枷、足枷を付けられた状態で店先に立たされ、首から木の札を下げている。
その札にはこう書いてあった。
”獅子人の奴隷 金貨1枚。ただし衰弱の呪い付き”
奴隷が金貨1枚というのは破格の安さだが、衰弱の呪い付きではまず買われない。
力仕事ができないので、何かよほどの才能でも無い限り、ただのごく潰しになってしまうからだ。
おそらく、先日彼をいじめていた冒険者も、あまりの使えなさに手放したのではなかろうか。
改めて見ると、その男は見事な肉体を持っていた。
衰弱の呪いさえなければ、さぞ高値で売れるだろう。
あえて呪いを付けてるのは、やはり嫌がらせなのか。
もしそうなら、彼をいつまでも苦しめる、ひどく残酷な所業だ。
そんな彼を見つけた時、ふいに昔の俺の姿が重なった。
元の職場からも見捨てられ、死んだように仕事をこなしていた時の記憶が、よみがえったのだ。
「なあ、スザク。呪いを外す手段って、無いのかな?」
「おや、主様~。彼を買うつもりですか~? たしかに彼が使えれば戦力が増して、攻略が進むかもしれませんけどね~」
「うん、そうだろ? でもそれ以上に俺は、彼を生き返らせてやりたいんだ。なんだか昔の俺を見てるみたいで、ひどく辛い」
「安易な同情は、ろくなことになりませんよ~。しかしそれでこそ主様で~す。主様の力をもってすれば、彼を助けられるかもしれませんよ~」
意外な返事に、スザクを凝視する。
「助けられるのか? どうすればいい?」
「まずは彼を買いましょうか~」
「あ、ああ……」
スザクに促されて奴隷商の店に入ると、すぐに年配の男が寄ってきた。
「これはお客様、奴隷をお探しですか?」
「え~と、表の獅子人を、買いたいんだけど」
すると男は目をすがめ、念を押してきた。
「衰弱の呪いについては、ご存知ですよね?」
「もちろん。金貨1枚ならお買い得だろ」
「そう言って買っていった方が、何人かいるんですがねえ。いつも出戻るんですよ、食費の無駄だって言われて。買い戻す場合は元の10分の1の値になりますが、それでもよろしいですか?」
「ああ、構わない。これで頼むよ」
俺が金貨を1枚出すと、奴隷商は淡々と手続きを進めた。
表から獅子人をつれてきて、その背中に刻まれた奴隷紋を上書きする。
上書きには、俺の血を混ぜた謎の顔料を使っていた。
「これで手続きは終了です。今度は何日もちますことか」
「さあ、どうかな?」
俺はとうとう奴隷を買った。
それは安易な同情にすぎないのかもしれないが、彼をぜひ生き返らせてやりたい。
そう思っていた。




