10.初めての迷宮探索
仲間に前世話を語ってから、俺たちは1週間ほどゴブリンを狩り続けた。
おかげでそこそこの防具を揃えることができて、いっぱしの冒険者らしくなっている。
今は革の帽子、胸当て、籠手、腰当て、すね当てを装備しており、多少は敵の攻撃にも耐えられるだろう。
武器は相変わらずメイス主体だが、短剣も買い足した。
毎日、ゴブリン相手に戦っただけあって、メイスの振り方も少しは様になってきている。
今なら熱弾なしでも倒せるんじゃないかな。
まあしょせん、ゴブリン相手の話なのだが。
それとゴブリンを狩り続けたおかげで、実績値が溜まって冒険者等級が上がった。
実績値ってのは、ギルドの依頼をこなしたり、魔石や素材を売ることで加算されるものだ。
これが溜まるにつれて、冒険者等級も上がっていく。
今まで最下級の樹木級だったのが、下から2番目の青銅級になった。
冒険者等級は下から順に樹木、青銅、鋼鉄、白銀、黄金、聖銀、金剛と上がっていく。
周囲の評価は、鋼鉄級でようやく1人前で、白銀以上なら上級だ。
金剛級ともなれば、1国に1人いるかどうかってぐらい希少な存在で、英雄と言っても差し支えない。
俺もまずは鋼鉄級を目指し、できれば白銀級になりたいと考えている。
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青銅級になったのを機に、俺は迷宮へ挑むことにした。
テッシンとシズクにはずいぶんと心配されたものの、強くなるためには避けられない。
決して無謀な行動はしないことを条件に、納得してもらった。
彼らに見送られて俺は、町の北側にある迷宮へと赴く。
ここはアリガ迷宮と呼ばれる場所で、数十年前に発見されたらしい。
迷宮ってのは地下に広がる迷路のような空間で、魔物が大量に発生する危険な場所だ。
地上では魔素に冒された獣が魔物になるが、迷宮の中では魔素そのものから魔物が作られるんだとか。
そのため多種多様な魔物がおり、危険度も高い。
しかしだからこそ迷宮は、素材の宝庫として重宝される。
そこで採れる魔石は、魔道具の燃料とか魔法の触媒などで需要があるし、たまに入手できる魔物の体も武具の素材となる。
運が良ければ貴重な鉱石や宝石、さらには魔道具だって見つかることから、迷宮に挑む冒険者は絶えないのだ。
なぜ冒険者が挑むかといえば、特に迷宮において特典があるからだ。
迷宮と冒険の神スサノオが残したと言われる冒険者システムだが、これに登録すると肉体強化の加護が得られる。
そのうえで魔物を倒すと、”イノチ”と呼ばれる生命力が体に取りこまれ、肉体が強化されるのだ。
つまり魔物を倒すほど体が強くなり、より強い魔物にも対抗できるようになっていく。
特に迷宮のように周りを囲まれた空間では、イノチの吸収効率が何倍も高くなる。
そのため冒険者は迷宮で効率的に体を鍛え、金儲けにも勤しむというわけだ。
ちなみに強化の程度は1レベルにつき5%ほどと言われ、肉体の強度や筋力、持久力などが上昇する。
これが俺が迷宮に挑む最大の理由である。
魔物に襲われ無残に死んでいった両親のようにならないため、そして大事な人を守れるようになるため、俺は強くなりたいのだ。
迷宮前の広場に着くと、朝っぱらからけっこうな賑わいだった。
そこには仲間を待つパーティがいれば、冒険者目当ての物売りもいるし、案内人や野良冒険者の姿も見える。
案内人は迷宮内を案内する職業であり、野良冒険者は一緒に潜ってくれるパーティを探している奴らだ。
第1層は地図が安いし難易度も低いから案内人はいらないし、野良冒険者は稼げそうなパーティを探してるので、なおさら関係ない。
とりあえず窓口で1層の地図を銀貨2枚で買い、内容を確認する。
地図がえらく安いのは、1層の難易度が低く、完全に探索しつくされているからだ。
地図によれば、1層は序盤、中盤、深部と分かれているらしい。
それぞれの通路は迷路のように入り組んでいて、行き止まりも多い。
序盤よりも中盤、中盤よりも深部と、奥に進むほど強い魔物が出るのは当然だろう。
そして深部の奥には守護者部屋ってのがあって、その主を倒せば第2層に進める仕組みだ。
ここで守護者討伐の証が冒険者カードに刻まれれば、次回は入り口から2層へ転移できるようになる。
そんな風に地図に見入ってたら、すぐ近くで怒声が響いた。
「おらおら、チンタラしてんじゃねーよ、この愚図がっ!」
その直後、俺の前に大荷物を抱えた男性が倒れこんできた。
どうやらどこかの冒険者が、この男を蹴りとばしたらしい。
彼は茶髪の大柄な男性で、頭には獣の耳が生え、腰からムチのような尻尾が伸びている。
えり回りにタテガミのような毛が生えていることから、おそらく獅子人族だろう。
それはこの世界に住む獣人種の中でも、最強と言われる種族だ。
しかし彼の首には首輪が付けられ、奴隷身分であることを示している。
つまり彼は主人には逆らえず、このような屈辱的な扱いにも耐えねばならない境遇だ。
一応、無闇に奴隷に危害を加えることは禁じられているが、陰でひどい目に遭う者も多いだろう。
実際にその男はひどく薄汚れ、死んだ魚のような目をしていた。
彼はぎこちない動きで立ち上がると、冒険者の一団に従って迷宮へ入っていった。
(わふー、あの獣人さんは凄く強そうなのに、何か変だったです)
「ホシカゲもそう思うか? なんか動きが、ぎこちなかったよな?」
「おそらく彼は、奴隷紋に衰弱の呪いが付けられているのでしょうね~」
「へ~、奴隷紋にはそんな効果もあるんだ」
スザクが言う奴隷紋とは、奴隷になった時に体のどこかに刻まれる魔法的な紋様のことだ。
主人への服従を強制するのは知っていたが、呪いを付ける機能まであるとは知らなかった。
「でもなんで、そんなことするんだ? わざわざ衰弱させたら、価値を損なうだけなのに」
「奴隷に対する罰として付加されるようですよ~。誰かにひどく、恨まれてるのかもしれませんね~」
「ふ~ん、そういうこともあるのか……」
かわいそうな話だが俺には関係ないので、それ以上考えるのをやめ、迷宮の入り口へ向かう。
入り口には下へ続く階段があって、その周りが簡単な建物で囲まれていた。
その前では衛兵が、入場料として1人銀貨1枚を徴収していた。
ここを管理する国が徴収しているのだが、それはちょっとどうかと思う。
冒険者なんてその日暮らしの、鉱山労働者みたいなもんだ。
迷宮から出た魔石は、国が強制買取りしているので、タダにしてもいいだろうに。
まあ、力のない一般人が入りこんで、死ぬのを避ける意味合いもあるだろうか。
俺は銀貨1枚を払うと、いよいよ迷宮へ踏みこんだ。
石造りの階段をしばらく降りると、まず広い部屋に出る。
部屋の中央には腰の高さほどの台座があり、水晶が埋まっている。
これが転移水晶ってやつで、守護者を倒せばここに戻ってこれるし、次からは2層以降へ直接行けるという話だ。
ちなみに迷宮内は、むき出しの岩肌の所々が光っていて、行動に困らない程度には明るい。
おかげで松明や照明の魔道具を持ち歩く必要がないのは、冒険者に優しいと言えるだろう。
部屋の奥の通路を進むと、左右に分かれていたので左へ進む。
右側は守護者部屋へ続く道なのだが、今日は軽く様子を見るつもりなので、逆にした。
ちょっと通路を進むと、ホシカゲから警告が入る。
(わふ、少し先に気配がするのです。たぶん4匹ぐらい)
「お、いよいよか。この序盤に出るのは洞窟鼠だ。4匹なら余裕だろうから、ホシカゲはいつもみたいに突っこんでくれるか?」
(分かったです)
20メートルほど進むと、チューチューという声が聞こえてきた。
少し広くなった部屋をのぞき込むと、馬鹿でかいネズミがいる。
どれくらいでかいかというと、体長が30センチくらい。
地球でいうとカピバラに似たような魔物で、そんな奴らが4匹、地面を嗅ぎ回っている。
(行け、ホシカゲ)
(はいです)
俺の指示でホシカゲが突っこむと、ネズミたちが逃げ散る。
ちょうど俺の方に1匹向かってきたので、メイスで仕留めた。
生き物を殺す感触は相変わらず不快ではあるが、ゴブリン狩りでだいぶ慣れている。
さらに逃げ回る洞窟鼠を俺とホシカゲで仕留めていくと、あっさりと迷宮での初戦闘は終わった。
「フウッ、さすがにこれぐらいじゃあ、汗もかかないな。あ、魔石を取ってくれるか、ホシカゲ」
(了解なのです)
俺は洞窟鼠の心臓近くにナイフを突き刺し、魔石を取りだした。
残った体はしばらくすると迷宮に取りこまれるらしいので、そのまま放置だ。
その後も淡々とネズミを狩り続け、正午までには30匹以上を狩っていた。
さすがに疲れたので、適当な場所を見つけ、昼飯にする。
またホシカゲやスザクにオニギリを分けてやりながら、俺も別のをほおばった。
「半日で魔物30匹って、やっぱ凄いな、迷宮って」
「もきゅもきゅ……ホシカゲが見つけてくれる分、遭遇頻度は高いですね~。主要な道じゃないから、魔物が多いのもありますが~、もきゅもきゅ」
守護者部屋へ続く道は人通りも多いから、魔物はすぐに狩られる。
逆にメインストリートを外れれば、魔物との遭遇頻度は高まるというわけだ。
「そうだな。でも弱い俺にとっては、これぐらいを相手に鍛錬するのがいいと思うんだよね。おかげでメイスの扱いにも慣れてきたし」
「さすがは主様。とってもヘタレですね~。でもそれぐらい慎重でよいと思いますよ~」
「とってもヘタレって、相変わらずひどいよね……」
スザクが普通に褒めてくれるような日は、来るのだろうか?




