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「あなたが私に聞きたいことは分かっている。ここの屋上にあるあの飛行船、あれを使って『彼』を救う方法が知りたいのでしょう」

 カスミ院長は言った。


「ええ、その通りよ。ケムリ医師はあの飛行船を使えばあの人を救うことが出来ると、確かにそう言ったわ。でもそれがどんな意味なのか、はっきりとしたことは教えてくれなかったの」

「飛行船のことを話せば、私の命も危険にさらすことになると考えたのだろう。あれは表向きは私の所有物だからだ。そんな心配はいらないというのに。私は優秀な奴隷なのだ。間違っても地球人に逆らうようなことはしないという、それくらいの信頼は彼等から勝ち取っている」

 カスミ院長は口もとに手をあて自嘲した後、すぐにその悲しい笑みをしまい込んだ。

 彼等というのは誰のことを指すのか分からないが、この星のソルム人を縛る存在であることは確かだ。


「ケムリ医師はあれを『なんでもできる船』だと言ったわ」

「あなたにとっての『なんでも』とは、あなたの恋人を救う事以外に意味を成さない。それを理解していたからそのような表現をしたのだろう。そしてケムリ医師の言ったことは正しい。あの船なら、いや、あの船でなくては『彼』を救うことは出来ない」

 つまりはあの飛行船であれば、私の願いは叶うというのは確かであるということだ。

 この期に及んでケムリ医師の言葉の真偽を問うつもりは無い。


「あの飛行船に一体なにがあるというの?」

「あれは多数の移動、そして居住を目的として造られたものだ。衣食だけでなく医療行為も可能な、言うなれば一つの病院であると考えて良い。規模だけを鑑みればこのマグナ病院には圧倒的に劣るが、設備に関してはなんら問題は無い」

「むしろ、あの船にはここ以上の何かがある……」

「そうだ。多数の移動と居住と言ったが、その『多数』にソルム人は含まれていない。あの船は、緊急時における地球人の延命という目的のために作られたものだ。外部へのカモフラージュとして私の所有物ということにはなっているがね。そして彼らは、その目的のもと2つの設備をあの船に搭載した。それらは我々には到底理解できない、あまりにも行き過ぎたテクノロジーだよ」

「教えて」

 丁寧過ぎるほどのカスミ院長の口ぶりに、私は思わず割り込むように口を挟んだ。


 彼なりの親切心だろうか。

 何かに惑わされることなく冷静に、私があの人に向かって行けるようにと。

 確かに、これからは一つの落ち度さえ許されない。

 私のために誰かが命を落とすなんて、これ以上あっていい筈がないのだ。


 気持ちを落ち着かせ、カスミ医師の言葉を待つ。

「一つは生命維持装置、ある個人を半永久的に生き永らえさせるための機械だ。これにより身体機能の一切を損なうことなく完全な延命が可能となる」

「それを使えば……」

「問題はそれが身体の一器官を保存することを想定して作られていないという事だ。つまり」

「脳だけを延命することは出来ない。それならどうすればいいの?」

「『彼』の脳を移植するボディが必要だ。人体としての『彼』であれば装置の使用は可能となる」


 この病院で亡くなった者の身体を使っては?

 私はそう言いかけ、思い止まった。

 そんな目立つことを、誰にも気付かれずに出来るとは思えない。

「……船にはもう一つあるのよね。あの人を救うための機械が」

「ある。あるのだが…」

 カスミ院長は言い淀んだ。

 あの人を救うのにまだ壁が立ちふさがっているのだ。

 そうでなければ渋る理由がない。

 私の心には徐々に暗雲が垂れ込め始める。


「もう一つの装置は記憶や人格をデータ化して保存するための機械だ。これにより使用者は命のリミットから解放され、永遠の意識を獲得する」

「電子の世界で、AIのような存在として生きていくということ? それもあの人に残された一つの道だと言うの?」

「あなたがどう判断するかという事もそうだが、問題は処置による脳への負荷なのだ。健全な脳であれば確実にデータへの変換は可能だが、『彼』はそうではない。度重なる投薬や通電により、すでに記憶の欠落が確認されている。それほどまでに『彼』は弱っているのだ。データ化された『彼』が、かつてあなたと過ごした『彼』であるという保証はない。むしろその可能性は極めて低いだろう」

「……今あの人の記憶はどこまで無事なの?」

「分からない。『彼』は今、サルベージに抗い必死に記憶を隠している。一体どれ程の記憶が無事であるのかさえ、我々には確かめることが出来ない状況なのだ」

「そう…」

 それ以上、私は何も言えなかった。


 飛行船に搭載された2つの装置について、カスミ院長は実に分かりやすく簡潔に説明してくれた。

 何が可能で、何が不可能であるのか。

 素人の私にも理解できるように。

 何を捨て、何を拾うのか。

 選択しなくてはいけないことを、私は理解した。


「どうすれば良いというの……?」

 堪え切れず、零れだした。

 カスミ院長は身動き一つせず私を見据えている。


 やがてその口が微かに開かれた。

「あなたは選ばなくてはならない。目的を果たすための最適な道を、もしくはあなたの目的に最も近い道を、あなたは見つけなくてはならない」

「ケムリ医師はなぜ私に飛行船のことを伝えたの…」

「あなたになら、残されたいくつかの可能性からより良い結末を見出すことが出来ると、そう判断したのだ。彼は決して無責任に手を差し伸べたりはしない。全てはあなたと『彼』のためだ」

「……少し、時間が欲しいわ」

 軽い眩暈を感じながら、私は椅子から立ち上がる。


 何かを期待してカスミ院長を見るが、彼からこれ以上の希望が与えられる事はなかった。

 話は終了した。


 私はまた扉へ向かい、だだっ広い部屋を歩く。

 まるでぬかるんだ道を行くように足が重い。

 息をすることさえ苦しい。


「最後に、医者としてあなたに」

 背後から、私の耳へカスミ院長の声が聞こえた。

 今の私には微塵の余韻も残すことなく通り過ぎたその言葉は、ただ部屋の隅へ吸い込まれていく。

「あなたにとっての救いと、『彼』にとっての救いは必ずしも合致するわけではない。あなたが選択すべきは、もっと根本的なものなのかもしれない」

 何を言っているのか、私には分からない。

 今はただこの部屋から出て行きたい。


 ようやく辿り着いた扉のノブにしがみ付き、体を預けるように廊下へ出た。

「申し訳ない。どうかあなたに幸あらんことを」

 彼の声から身を守るが如く扉を閉め、私は院長室を後にした。

読んで頂きありがとうございます。

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