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「どうしました?」

 立ち尽くすばかりの私に、ケムリ医師が言った。

 彼が何を聞いているのか分からない。

 私の頭の中の、どれから説明すれば良いというのか。

 そもそもこんなものを見せられて、わざわざ言葉にして伝えなくてはいけないというの。


「……これは、本当に彼なの?」

「ええ、もちろん」

 必死に強がってみせた私を、ケムリ医師はこともなげに挫く。

「そう…」

 やっとのことで答えるが、視線は彼から離せない。


 面影なんて浮かぶはずもなく、むしろ彼とは無関係とさえ思えるほどに非現実的な、容器に収められた一つの脳。

 ケムリ医師はこれを、あの人であると言ったのだ。

 人というのは、果たしてこんな姿になっても人と呼ぶことが出来るのだろうか。


「彼は、この姿でもちゃんと生きているのよね」

「ええ、信じられないかもしれませんが」

「どうしてこんな姿に?」

「うーん…、そうですねぇ」

 なによそれ。

 それじゃまるで彼がこうなってしまった理由を今から考えるみたいじゃない。


「簡潔にお願い」

「簡潔に、ねぇ」

 ケムリ医師は三つの目を全て閉じて考え込んだ。

 何かを深く思い悩んでいるようでもあり、何も考えてなんてなくて、ただ時間を稼いでいるようでもある。


 やがて、ふぅと深く息をすると再び目を開き、ゆっくりと語り出した。

「この病院に運ばれてきた時、彼はほぼ死んでいるような状態だったのです。身体の損傷が激しく、失血量もとても生命の維持が可能な状況ではなかった。だが彼は生きていた。肉塊、という表現がぴったりの彼が、それでも生きてこの惑星にまで辿り着いたのです」

「だから何? 私は、彼がどうしてこうなったかを聞いたのよ」

 耐えきれず、私は少しだけ声を荒げた。

 しかしケムリ医師は一切の動揺も見せることなく答える。

「…久しぶりの再会だ、どうです、しばらく彼とお話をされては。まあ、彼には口なんてありませんから、あなたが一方的に話しかける形になってしまいますがね、ハハ」

「……」


 恐らくケムリ医師は会話というものに全く興味がない。

 例えば、投げかけられた質問に対して回答の有無を判断した上で、それがどちらであっても自分の喋りたいことを喋る。

 だからこんなにも、彼とは話が噛み合わないのだ。

 おまけに冗談のセンスも壊滅的。


「もういいわ、出て行ってくれる? 彼と二人きりになりたいの」

「そうですか、それなら思う存分語り合うと良い。きっと彼も喜ぶ。脳みそなりに。ハハ。それでは、ここはオートロックですから終わったら勝手に退室して構いません」

 そう言ったケムリ医師はゆっくりと、実にマイペースに部屋の外へ出た。

 私は扉が閉まるまで彼の背中を睨みつけ、それからまたあの人の脳と向き合う。


 凍り付いたような静寂の中、彼の命を維持するためであろう物々しい装置の稼働音のみが響いている。

「さて」

 一息ついて、ベッドに腰を下ろす。

 ベッドの揺れに合わせて『彼』も揺れた。

「やっとまた会えたと思ったら、これはどういうことよ」

 沈黙。

 当然だ。

 脳だけの人間が話せるわけがない。


「さっきは結構驚いたけど、実は言うほど何ともないのよ、私。だって、今はこうしてあなたと二人きりなんだもの」

 彼が収められた容器に手を伸ばすと、指先に無機質な冷たさが伝わった。

「あの頃みたいに、またこうして…」


 容器の中で、微小な気泡が上昇していく。

 私はそれを目で追った。

 彼の、一体どこを見て話せばいいのか分からない。


「…でも、ちゃんと話が出来ないのは残念。あなたがいなくなってしまってから、色々あったのよ。本当に色々あって、少し疲れたわ」

「……」

「まあいいわ、それも些細なことよ。全部あなたに会うためには仕方がなかったことだもの。あなたがこの星にいるって知った時から、多少の苦労は覚悟していたから。それでも……」

 私は咄嗟に目を閉じて、さらに顔を手で覆い堪えた。

 この人に、これまでの苦労を分かってほしくてここまで来たのではない。

 だから泣き顔なんて絶対に見せたくない。


 でも。

「こんなのって無いわ。ねえ、なんとか言いなさいよ」

読んでいただきありがとうございます。

残り3話、もしくは4話を予定しています。

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