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「なっ……!」

「対象が目を覚ましました!」

「見れば分かる! しかし何故…」

「誰が覚醒させろと言った!?」

「サルベージは問題なく進行していたはずです!」

 ベッドを取り囲む医師たちが口々に動揺を言葉にする。

 誰もが驚きに身動きすら取れず、私が目覚めたことが余程思いがけない事であったと見える。


 好都合だ。

 私は体中に貼り付けられた電極を引きはがし、ベッドから降りた。

「何を……。動いてはいけない!」

 医師の一人が私に向かって叫んだ。

 だが近寄って来る様子はない。

 恐らく地球人から、私に危害を加えるようなことはしないようにと命令されているのだろう。


 私は彼らが見守る中、隣のベッドに置かれているあの人の脳が入った容器を持ち、自らに引き寄せた。

 容器に接続されていたいくつものコードやチューブが切断され、我々の何かしらを計測していた機械たちはさらにやかましく警報を鳴らす。


「やめろ! それだけはいけない!」

 そう叫んだ医師を押しのけ、私は容器を抱えたまま部屋の出口へ向かった。

 長いこと眠らされていたせいか、足元が少しふらつく。

「お願い、その人をベッドに戻して! その容器だけでは、その人はせいぜい2時間しか生きられないの!」

「良いことを聞いたわ、ありがとう。私はこれから2時間以内にこの人をなんとかすれば良いという訳ね」

 助手を務めていたのだろうか、私はその若い医師に告げ部屋を飛び出した。



 部屋のすぐ近くにエレベーターがあり、その扉の横には『21F』と書かれたプレートが取り付けられている。

 21階。

 屋上は25階だから、エレベーターの到着を待つよりは階段を使ったほうが早いかもしれない。


 私はすぐに隣の階段から屋上へ向かうことにした。

 容器の中のあの人をなるべく揺らさないように、しかし足を緩めることなく駆け上がる。


 ソルム人の医師たちはこの緊急事態を地球人へ伝えただろうか。

 もし私を逃し、さらにはこの人を奪われたとなれば、彼らは必ず厳しい処分を受けるだろう。

 ケムリ医師のように殺されてしまうかもしれない。

「……」

 今はそんなことを考えるべきではない。

 もはやどんな物も、私が抱えるこの重みに釣り合うことはないのだから。


 もうすぐ全てが終わる。

 短いようでとてつもなく長かったこの旅が、ようやく終わるのだ。




 最上階へ着いた私は、息を切らしながらも屋上への扉を開け外へ出た。

 既に日は落ちて、辺りは暗闇に包まれていた。

 私は遠くに待つ飛行船の灯りを見つける。

 あと少しだ。

 もう一度あの人を強く抱き、私は足に力を込め再び走り出した。



「カスミ院長、いるんでしょ!?」

 飛行船の傍までやって来た私は、中にいるであろうカスミ院長へ向けて叫んだ。

「すぐに乗せて! 時間が無いの!」

 すると中央のハッチが開き、ゆっくりとタラップが降りて来る。

 そのあまりの遅さにもどかしさを感じながら、私はタラップが完全に降りる前に足を踏み出し入口へ登って行く。


 船内に入ってから通路を進むと、一つの扉に突き当たった。

 私は扉の横にある『押』と書かれたスイッチを押し、それを開ける。

 辿り着いたのは正面に巨大なモニターが設置された、相当な広さを持つ操縦室だった。

 その中央でカスミ院長は私を待っていた。


「彼から院内のネットワークを通じて伝えられたんだ。君がもうすぐ目覚めるから脱出の準備をするようにと」

「ここまで協力してくれたことに感謝するわ」

「……君は選択を誤った。 君一人でこの星から脱出するようにと彼に言われなかったか?その脳はもうじき死んでしまう。感情に流され、なんとも迂闊な…」

「時間が無いって言ったでしょ。いいから宇宙へ出て。一刻も早く安全な場所へ」

 私の言葉を聞いたカスミ院長はわざとらしい呆れ顔を作り、モニターを見上げた。

「スペロ、本艦を離陸させ大気圏外まで浮上させろ」

 院長が言うと船は一時大きく揺れ、やがてもったりとした重さでもって私に加速を伝える。


「スペロはこの船の頭脳を司るAIだ。私の命令を聞き取り、その通りに船を動かす」

「……」

 船は驚くほど静かに上昇していく。

 モニターには地上の様子が映し出され、みるみる小さくなっていくマグナ病院に、我々が急速に移動していることが分かる。


「大気圏外まではすぐだ。そこから君はどうするつもりなのだ。その腕に抱えている彼が息絶えるのを待ち、宇宙葬でもするつもりか」

 振り返ったカスミ院長は怒りを込めてそう言った。

 私はそれに極力優しく答える。

「あなたに最後のお願いがあるわ。とにかく手術室へ案内して」

「手術室? 君は移植手術の条件を何も満たしてはいないだろう。彼のデータ化に伴うリスクとその不可能性についても説明したはずだ」

「記憶の中でこの人と話をして、気が付いたの。今まで私はこの人のために全てを投げ捨ててきたと思っていたわ。でも違ったのね。私はまだ、この人に何も捧げてはいなかったのよ」

「彼に捧げる? 何を……。まさか……!」

 カスミ院長は少し考えてから目を見開いて驚いた。

 どうやら私の考えを汲み取ってくれたようだ。


「そんなことは間違っている! そんなこと、彼を救うことにはならない!」

「ソルム人のあなたはそう言うでしょうね。でも何も間違ってはいないのよ。それが私の幸せなの。そしてこの人の幸せ。何者でもなくて、何にでもなれる私だからこそ出来ることよ」

「こんな事……、こんな残酷な……」


 ソルム人とは実に誇り高い人種だ。

 私の言葉に、歯を食いしばり震えるカスミ院長を見てつくづくそう思った。


 だがそんな誇りは彼等だけのものであって、私には塵ほども存在しない。

 命の尊さだとか、生の意義深さ等。

 それよりも大事なものがある。


「この人を愛しているの」

 これだけが私の誇り、私が存在する意味。


「彼は度重なる投薬や通電の最中、院内のネットワークを介して私に何度も助けを求めてきた。どうか君を救って欲しいと。その願いを叶える事だけが、私にできる唯一の救済だと、そう信じてきたのだ」

「この人を救って。それが私の願いであり、私にとっての救いよ」


 モニターには、もう病院が見えなくなるほど遠ざかってしまったカエルムの景色が映っている。

 暗闇をちかちかと照らすあの光の集団は中心街の灯りだろうか。


「時間が無いわ」

「……来なさい、手術を始めよう」

 カスミ院長は顔を背けてそう言った。

 そしてゆっくりと歩き出し、私はその後に付いて行く。


「院長、あなたは何も気にすることはないわ。結果だけを考えて。私達はこれから、救われるのよ。それは誰でもないあなたのおかげなの、カスミ院長」

 彼は私の言葉に答えなかった。


 無理もない。

 私の願いは、命という形、つまりは彼等ソルム人が信じてきた教えそのものを覆しかねないのだから。

 それなのに、私の胸はこんなにも高鳴っている。


 腕の中にいるあなたにも伝わっているだろうか。

 今は冷たい容器に閉じ込められているあなたとも、もうすぐこの気持ちを共有することが出来る。


 待ちきれないわ。

 早く、あなたの鼓動を聞かせて。

読んで頂きありがとうございます。

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