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害悪探偵 晴見直人 シリーズ

害悪探偵 晴見直人(はれみなおひと) ~四日市渓谷 山荘旅館 非連続性殺人事件~

このお話は続編です。

お時間が許すなら前作のこちらをご覧いただけると、より楽しめると思います。


害悪探偵 晴見直人(はれみなおひと) ~驚愕ともいえる推理力は、ミステリーの枠を越えてコメディへと変化する~

https://ncode.syosetu.com/n9942ef/

 土曜の昼下がり、探偵事務所はいつもと変わらず平穏な時間が流れていた。


「暇だな、もっと手軽に殺人事件を起こすやつ居ないのか。漫画だとほぼ毎日起こってるのに……」


 探偵(たんてい)晴見(はれみ) 直人(なおひと)は警察無線を傍受(ぼうじゅ)しながら独り言をつぶやく。

 ただ、独り言としては声が大きい。となりの部屋に居るのにもかかわらず、ハッキリと聞こえてきた。


「不謹慎ですよ、晴見先生。何も無いのは良い事じゃないですか?」


 波風を立てぬよう、やんわりと忠告をする。

 すると、信じられないとんでもない返事が返ってきた。


「いやぁー、退屈な時間は罪だよ。ここは暇つぶしにビルの大爆破とか、新聞の一面に載るような大惨事のひとつでも起こしてくれたまえ。

 私の有能な助手なら造作も無くできるだろう」


 探偵はヘッドフォンの片側を耳に当て、無線機で盗聴しながらテロリストまがいの発言をする。

 本人は軽い冗談のつもりかもしれないが、こんな光景を誰かに目撃でもされたら、共謀罪で僕まで逮捕されそうだ。



 僕の名は刈谷(かりや) (ゆう)。訳あってこの探偵事務所で働かされている。

 ある事件でこの探偵に関わってからは、ろくな事はない。最低賃金で雑用としてこき使われる日々を送っている。


 ここは、どこにでもある探偵事務所と言いたい所だが、かなり特殊な存在だ。

 殺人事件を専門として扱っており、この探偵は特異な推理能力を持ち合わせている。


 だが平和な日本で殺人などそうそう起きるはずは無い。今日ものんびりと無駄とも思える時間が過ぎて行く。



 掃除などの作業を終え、一息ついていると僕のスマートフォンが鳴った。

 画面を見ると見知らぬ番号からだ。その番号から相手は固定電話だろう。

 どうせ宣伝や営業からの電話だと思ったのだが、そんな理由で取らないわけには行かない。

 通話を受けると、それは意外な人物からの電話だった。


「刈谷くんかい? こちら殺人課の嵐山(らんざん)警部補なんだが、今電話は大丈夫かな?」


「はい、大丈夫です。珍しいですね、何か用事でしょうか?」


「ああ、殺人事件が起きてね、我々警察では正直に言うとお手上げだ。そこでヤツの手を借りたい訳だが……」


 少し言葉を濁す。警察として解決ができない事件は不名誉な事なのだろう。

 苦々しい、不本意な感情が電話越しからでもうかがえた。


「わかりました、おそらくうちの晴見先生は引き受けるでしょう。我々はどうすれば良いですか?」


「できれば今すぐ来て欲しい。場所は少し遠くて、あるき野市という場所なんだが」


「どこですか、そこは?」


「やはり知らないか。東京の西の外れの方だ、移動には四日市線という路線を使うのだが、ちょっと口では説明しにくいのでこれから駅名をいう。検索でもして調べてくれ」


「分りました、どの駅に行けば良いですか?」


「四日市線の武蔵四日市駅、そこに来て欲しい。駅にはパトカーを待機させておく。

 君たちの事は伝えておくので、パトカーの警官に声をかけてくれればいいよ」


「了解しました」


「あと、今は電波が届かない位置にいて携帯電話が使えない。悪いがこの電話番号に連絡を頼む」


「はい、了解です。それでは失礼します」


 手短に挨拶をして電話を切る。

 勝手に依頼を引き受けてしまったが、大丈夫だろうか?

 まあ、殺人事件なのでおそらく大丈夫だろう。


「晴見先生、嵐山警部補から殺人の『受けるよ』」


 僕が言葉を言い切る前に、返事を差し込んできた。


「まだちゃんと言ってませんが……」


「受けるよ、殺人事件の依頼なんだろう」


「……ええ、そうです。場所は『あるき野市の武蔵四日市駅に来てくれ』との事でした。どこだか分りますか?」


「知っているよ、東京だが山梨と区別の付かないほどの田舎だ。さっそく出よう」


 探偵はハンガーに掛かった一張羅(インバネスコート)を手に取ると身支度もしないまま外へ出て行く。

 慌てて僕は部屋の戸締まりをし、電気を消し、玄関の鍵をかけてから後を追う。

 ちなみに僕が来る前には事件となると、開けっ放しで出て行く事がままにあったらしい。


 極めて無用心(ぶようじん)だ、

『窃盗にでも入られたらどうするんですか?』

 そう聞いたこともあるのだが、


『探偵事務所が窃盗に荒らされる。それはそれでスリリングな展開が期待できないか?』


 と、まるで筋違いの答えが返って来た。

 この人は何か必要な部分が欠けている気がしてならない。



 我々は電車に揺られる事2時間余り。武蔵四日市駅へと到着する。



  ◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇



 電車を乗り継いで、我々は武蔵四日市駅へと到着した。


 駅から外に出てみると、やたらと広いロータリーがそこにはあり、山が近くに見える。遠くにも山が見える。主に山しか見えない。

 建物もあるのだが、駅前にも関わらず2階建ての民家がまばらにあるくらいで、かなり寂しい。

 周りを見渡してみても商用施設はコンビニが一件と土産屋らしき建物が見えるだけだ。これで人は生きていけるのだろうか?



「さて刈谷(かりや)くん、着いたわけだが、ここからどうすれば良い?」


 そういえば殺人事件という事以外は先生に何も話していなかった。


「ええと、嵐山(らんざん)警部補の話しでは、パトカーが待機している手筈(てはず)です」


 だだっ広い駅前ロータリーを見渡すと、白と黒でおなじみの車が一台止まっている。

 そして車体には警視庁という文字が見て取れる。にわかには信じられないが、ここも東京の一部らしい。


 パトカーに近寄っていくと、車の外に警官が二人、タバコを吹かしながら待機していた。


「すいません、嵐山警部補から言われてやって来たのですが……」


 そう言うと、二人は直立不動の姿勢を取り、軽く敬礼をする。

「探偵、晴見(はれみ) 直人(なおひと)様と、その助手の刈谷(かりや) (ゆう)くんですね。話しは聞いております。

 車の方へ乗って下さい、詳しい話しはその中で」


「わかりました、では先生。車の方へ」


 僕は後部座席のドアを開ける、うちの先生は席に着くと、満面の笑みを浮かべながら警官に向かって話しかける。


「殺人現場はさぞや楽しい場所だったでしょう。私もこれから非常に楽しみだ」


 相手の警官は少し (いぶかし)げな表情を浮かべた。不謹慎な発言は控えて欲しいのだが……

 眉間にシワを寄せた警官達は、我々を乗せると走り出した。



 車で走り出すと直ぐに風景が変わる。家屋が見えなくなり、自然に包まれた山間(やまあい)の川沿いの道を車は進んでいく。

 窓から川を見渡すと水は澄み渡り、山の緑は少し紅葉が始まっていた。

 所々でバーベキューを楽しんでいるグループもいたが、駅から離れるにつれてそれも見えなくなった。


 道はどんどん山の中へと入っていき、細くなる。

 片側には山の岩肌が切り立ち、もう片側は崖下の渓流へと落ちている。



 これが旅行なら楽しめるが、我々は殺人事件の依頼でココに来ている。

 事件に関して事前にできるだけ話しを聞いておくのが賢明だろう。

 僕は単刀直入に話題を切り出した。


「今回の事件は、どういった事件なのですか?」


 その答えに少し暇そうにしている助手席の警官が答える。


「おや、嵐山警部補からは話しは聞いていませんか?」


「いえ、全く聞いておりません」


「分りました。では、現在分っている事をすべてお話しましょう」


 そう言って警官は語り始める。


「被害者は田付(たつき) 啓蔵(けいぞう)。49歳、高校教師。

 テニス部の顧問をしており、部活の合宿の為、このあるき野市の旅館に滞在。

 宿泊中にお亡くなりになっています。死因は感電死」


「感電死? それはユニークだな。面白い」


 うちの先生が興味を持ったようだ。

 死因に面白いも、つまらないも関係無いはずだが……

 だが、そんな事を気にしていたら、この人とは付き合っていられない。


「どうぞ、話を続けて下さい」


 僕は警官に話しの続き催促する。警官は少し戸惑いながらも話しを続けてくれた。


「ええ、わかりました。

 死因は感電死。風呂上がりに電気のスイッチを触って感電したようです」


「それは事故なのでは?」

 状況だけ聞くと事故にしか思えない。僕は警官に確認をする。


「いえ、スイッチに感電するよう意図的に細工がしてあったそうです。

 しかも鑑識の言う事には、昇圧回路という物が組み込まれていて、通常100Vの電圧が400V付近まで上げられていたようで、おそらく被害者は即死に近い状況だったものと思われます」


「なるほど、ではそう言った、電気的な知識をもった人物が容疑者な訳か。

 ある程度は絞り込めそうですね」


「いや、それが困っていまして……」


「なぜです? かなり特殊な技術が必要で、判断材料になりそうな情報だと思いますが」


「ええとですね、被害者の職業は高校教師で、容疑者はその生徒達なんです。

 これが普通課だったら問題ないのですが、いわいる電気系の技術高校でして、おそらく容疑者全員が、この技術を持ち合わせているかと……」


「……全員が犯行可能な訳ですか」


 これで我々が呼ばれたのも納得がいく、この状況では犯人の特定は難しい。普通に考えれば迷宮入りだろう。

 だが、ここにいる探偵ならば事件解決が可能かもしれない。



「ところで貴方たちは誰が犯人だと思います?」


 唐突にうちの先生が、助手席の警官に質問をする。しかも犯人は誰かと聞いてきた。

 まだ、容疑者が何人居るかさえ教えてもらっていないのに……


「我々は、普段は交番勤務でして、こういった殺人事件には、ほとんど関わった事はないのですが……」


「それでも構いません。忌憚(きたん)の無い意見をお願いします」


「そうですか、私は矢川(やがわ) 敬一(けいいち)という少年が怪しいと感じましたね。彼は挙動不審な態度を取っていました」


 その言葉を受け、となりで運転をしている警官も口を挟んできた。


「私もその少年が怪しいと思います。ひとりだけ落ち着きが無くて、ちょっと異様でしたね」


 うちの先生が前列シートに身を割り込むようにして、話しに食らいつく。

「なるほど、なるほど、他の少年達はどうでした?」


「他の少年は落ち着いていましたね。もちろん殺人が起こったので冷静とは言い難いですが、それでも普通に会話はできました」


「その矢川(やがわ)少年はまともな対応が出来なかったと?」


「ええ、しどろもどろで供述(きょうじゅつ)も二転三転してました。『部屋から出ていない』と言った後で、『外にずっと居て、被害者の部屋には近寄っていない』など言ったり、滅茶苦茶でした」


「なるほど、その少年が今のところは断トツで怪しい訳だ。貴重なご意見ありがとうございます」


 探偵は大変満足した様子で。後部座席に深く腰を据えた。

 そして警官達の話しには、もう興味が無いようで窓の外の景色を楽しんでいる。


 今の会話で何が分ったのだろう?

 もしかしたら、もうその少年が犯人だという核心が取れたのだろうか?


 僕には何も分らない。というか、他の容疑者の情報は一切貰っていないので推理をしろというのが無茶な話しだ。



 ほどなくして車は側道に入り、しばらく進んだ後に駐車場で止まった。


「着きましたよ、ここです」


 どうやら目的地に着いたようだ。

 パトカーのドアを押しのけるように開けて、我々は外に出た。



  ◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇



 車のドアを開けると、水の音が聞こえてくる、どうやら近くに川があるようだ。

 外はうっそうとした緑に覆われ、まさに山の中といった様相をしている。


 いつもは静かな渓流沿いの民宿なのだろうが、今日は違う。

 砂利が引き詰められた駐車場にはパトカーが何台か止まっている。


「こちらです」


 運転してきた警官は、僕らを現場へと誘導してくれる。



 駐車場の端から、細く続く道を抜けると、急に緑がひらけて空が見えた、そして先には小さな吊り橋があった。


 吊り橋はワイヤーと板を渡しただけの簡単な作りで、長さは25メートルほど、幅は70センチほどだろう。かなり幅が狭くどうにか人はすれ違えそうだが、かなり厳しそうだ。


 細く小さな橋は頼りなく写る、そして吊り橋の命ともいえるワイヤーは、錆びが浮いていて酷く不安を煽る。


「この橋の先に例の民宿はあります。私はココで待機しております」


 今まで案内してくれた警官は、ここで留まるらしい。

 橋の下をみると、少なくとも10から15メートルくらいは有りそうだ。

 僕はあまり高いところは好きでは無い、というか高い場所が好きな人など居ないだろう。


「さあ現場はすぐそこだ、さあいくぞ」


 うちの先生は殺人現場を目の前にして浮かれているようだ、スキップに近い大胆な歩き方をして橋は大きく揺れる。

 怖くないのだろうか?

 馬鹿と煙は高いところは好きという話しもあるし、平気なのはもしかしたらそういった理由なのかもしれない。


 僕は後からできるだけ揺らさないように、しずしずと付いて行く。


 橋を渡りきった地点で先生が待ち構えていた。僕が橋を渡りきると、ややあきれながら話し掛けて来た。


「なんだ、高いところが怖いのか?」


「普通の人は怖いですよ、先生は平気なんですか?」


「この橋は安全だから怖くはないぞ、何年もココに掛かっているのだろう」


 確かに言われてみれば、この橋はずっと何事も無くこの場所にあるのだろう。

 怖がる必要はないのかもしれないが、高いところは人間の本能的に怖い。

 先生のやや馬鹿にしたような発言に、僕はなんとか理由を見つけて反論をする。


「錆びついていて、不安です」


「少しの錆びは平気だ、このタイプの橋は(かなめ)の留め具の部分、つまりナットで止まっているこの部分に欠陥がなければ大丈夫だ」


 そういってワイヤーを固定している金具を指でつつく。


「このナットがしっかりと止まっていれば…… おや、手で回るくらい緩くなっているな」


 そいうって、くるくると回し始める。するとナットが取れて「シュルル」と音を立てながら、吊り橋を支えている片側のワイヤーが落ちた。

 幸い残りの片側は切れる事無くワイヤ一本で繋がっているが、とても人が渡れるような状態ではなくなってしまった。


「なにやってるんですか! 先生!」


「いやぁー、渡っている途中で外れなくてよかった。

 まあ、あれだ、これで犯人は逃げられなくなった訳だ」


 吊り橋が唸り、大きな音が立つ。駐車場側で待機していた警官が駆け寄ってきた。


「なにかあったんですか? うわぁこれは」


 橋の長さは25メートルほどだったので、大声を張れば何とか会話ができる。


「すいません、うちの先生が壊してしまいまして。修理をお願い出来ますか」


「わかりました、業者を手配します。ただ時間が掛かるかもしれません。

 見たところ、電気と電話線は大丈夫なようなので、旅館の固定電話の方に連絡を差し上げます」


「了解です。ほんとうにすいません。よろしくお願いします」


「それでは失礼します」


 我々に軽い敬礼を残すと、警官は駐車場の方へと消えていった。

 依頼の時に現場では携帯は使えないと言っていた、あの警官は修理の連絡をする為に、村の方へ移動しなければならないのだろう。


 しかしうちの先生は余計な仕事を増やしてくれる。

 これで事件が解決できなかったら、嵐山(らんざん)警部補から、なんと言われる事だろう。考えるだけで頭が痛い。



  ◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇



 橋を渡ると旅館はすぐそこにあった。建物は2階建てで、少し大きなロッジのような作りをしている山荘旅館だった。

 周りを見渡すとテニスコートがあるだけで他には森しか見当たらない。

 この旅館へと続く他の道はなさそうだ。

 唯一の交通手段だった橋が使えなくなった以上、我々は隔絶されてしまったと考えた方が良いだろう。



 入り口で警備をしている警官と挨拶を交わし、玄関を抜けると、すぐにロビーとリビングを合わせたような広い部屋になっていた。

 そこには嵐山警部補が容疑者とみられる少年達を集めて事情聴取をおこなっている。

 少年達は5人いる、つまり容疑者は5人という事だ。



 警部補を見つけると、うちの先生はズカズカと部屋の中央に進み出て容疑者からの聴取を(さえぎ)る。


「またうだつの上がらない、聴取ですか嵐山(らんざん)警部補、それでは事件は解決しませんよ」


 いきなりの否定的な意見に、嵐山警部補は少しムッとした表情を浮かべるが、大人らしく感情を押し殺して挨拶を交わす。


「お越し頂いてありがとうございます。早速ですが事件解決にご協力をお願いします」


「もちろんですとも、私が来たからにはもう大丈夫です」


 そういってコートの襟を正し、容疑者の方々の方へ向き直した。


「さてと、まずは私の自己紹介からかな。助手の刈谷(かりや)くん、いつもの紹介を頼む」


「いつもといっても、人前で披露するのは初めてですが……」


「良いから早くやりたまえ」


 先生にせかされて、僕は探偵事務所で練習させられていた台詞(せりふ)を言う。


「このお方は害悪探偵(がいあくたんてい) 晴見(はれみ) 直人(なおひと)

 およそ1万冊の推理小説のデータを元に、名推理を打ち出します。

 すでに数々の難事件を100パーセントの確立で解決してきました。

 晴見 直人その人に、解決できぬ事件はありません」


 1万冊の推理小説を読んだとは紹介したものの、うちの先生はオチの部分しか()(つま)んで読んではいない。

 だが説明を聞いた者は、全ての推理小説を完全に読破したと錯覚するだろう。


 説明を一通り終え、僕は周りの人々の反応をうかがう。

 いきなりの不審者の出現と、そこに訳のわからない説明が加わり、話しを聞かされた容疑者の方々はポカーンとしていた。


「あれ? 反応が悪いな、ここでは敬畏(けいい)を込めた驚きの歓声が上がる予定だったが……

 まったく刈谷くんちゃんと頼むよ」


「この気まずい雰囲気は僕のせいですか?」


「ああ、もちろんきみのせいに他ならない。

 まあ紹介の失敗などはどうでも良い、さて、本題に入るか」


 そう言うと、これまで取った調書を嵐山警部補から奪い取り、うちの先生の事情聴取が始まった。



  ◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇



 今回は合宿に参加している生徒全員が容疑者だ。

 犯行は全員が可能な状況で、犯人を特定する証拠も出ていない。

 害悪探偵(がいあくたんてい)こと、晴見(はれみ) 直人(なおひと)は犯人を特定する事はできるのだろうか?



 うちの先生の事情聴取を始めようとすると、学生の一人が立ち上がる。


「なんだこの怪しいおっさんは!」


 ごもっとも。うちの先生の様相は相変わらず古風なインバネスコートを着ているが、下には相変わらずTシャツとジーパンといったちぐはぐな出で立ちだ。

 おそらく既に長い聴取を受けていたのだろう、立ち上がった容疑者は苛立ち(いらだち)を隠さない。


「事情聴取はもう十分しただろう。俺はもう帰る」


 嵐山警部補が制止して、どうにかなだめるようにする。

「すいません、まだ帰す訳にはいけないんですよ規則でして」


「じゃあせめて客室に戻らせてくれ。この中に殺人犯がいるんだぜ、こんな場所に居られるか」


 その言葉を受けて、うちの先生が何かに興味を持った。


「それは一人で部屋に戻るという事ですか?」


「そのつもりだ」


「なるほどなるほど、彼はの名前は?」


鷺宮(さぎみや)清彦(きよひこ)、2年生です、被害者との関係は……」


 嵐山警部補が詳細な情報を言おうとしたところ、うちの先生はそれを制止する。


「ああ、わかりました。彼は犯人ではありません」


「それはなぜです?」


 突然の宣言に嵐山警部補は理解が出来ない。

 というか、この場でこの意見の飛躍(ひやく)についていける者はいないだろう。

 周りの容疑者の方々も訳が分らずキョトンとしている。


「こういった山荘やロッジで集団から抜けだそうとする者は犯人か、もう一つの存在しかありません。

 それはなんだか分りますか?」


 うちの先生が嵐山警部補に少しもったい付けて言う。


「なんでしょう? わかりません」


「良いですか、それは新たな被害者です。

 途中から部屋を抜け出した人物は、ちょっとだけ用事をすませて、直ぐ戻ってくる約束はずなのに、なかなか帰ってこない。

 そこでしょうが無くみんなで辺りを散策すると、森の中などで死体として発見されるわけですよ」


「いやいや、抜けだそうとする人物は犯人で、証拠隠滅の為に別行動を取る、という筋もあるでしょう」

 嵐山警部補がもっともな推理で反論をしてきた。


「たしかに犯人という筋も考えられますが、彼は致命的な発言をしてしまいました。

 『この中に殺人犯がいるんだぜ、こんな場所に居られるか』と。

 この台詞を言ってしまったが最後、彼は新たな被害者になり得ても、犯人にはなり得ないのです」


 そう言われれば確かにその台詞を吐いた人間は、推理小説やホラー映画の中では真っ先に死ぬ。

 だが、これは現実の殺人事件だ。このような推論で大丈夫なのだろうか?


「たしかに、そうですな」

 嵐山警部補はこの説明に納得してしまったようだ。



「なんだこいつら、おかしいぞ」


 鷺宮くんが事態の異常性を感じ取って騒ぎ出した。


 分る。鷺宮くんの気持ちがとてもよく分る。こんなおかしな推理で結論を出されてしまうのは納得がいかないだろう。

 だが、『この中に殺人犯がいるんだぜ、こんな場所に居られるか』と発言してしまったキャラの行方は一つしかない。

 めちゃくちゃな理論の展開だが、僕も少しだけ納得できる部分もある。


「少し離席をするだけななのに死ぬわけはないだろう!」


 鷺宮くんは一般的な反論をした。すると部活の仲間から、


「いや、単独行動は危険だよ、今はやめておいた方が良いと思う」

「そうだ、下手したら死ぬぞ」

「俺も死ぬと思うぞ」


 そんな声が上がる。

 まわりの賛同を確認し、うちの先生が雄弁(ゆうべん)に語る。


「鷺宮くん、あなたは容疑者リストから外れ、被害者リストに載りました。もう自由の身です」


「そうなのか? じゃあ俺は客室に戻ってもいいのか?」


「どうぞどうぞ、部屋に戻って直ぐにでも第二の被害者となって下さい。その方が事件が大いに盛り上がる」


「……いやだ、死にたくないのでココにいるわ」


「……ああ、そうですか。つまらない」


 探偵としては不適切な発言が見受けられた。余計な一言が多いのがうちの先生の玉に(きず)だ。

 周りはあっけにとられているようだが、そんな事はお構いなしに容疑者の割り出しは続く。



  ◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇



 容疑者リストから一人が外れた頃だ。

 ポツポツと雨粒がロッジの窓を叩き始めた。

 山の天気は変わりやすい、小さな雨音はあっというまに轟音になり、嵐のような暴風雨へと変わってしまった。


「まいったな、帰り道は大丈夫だろうか?」


 嵐山(らんざん)警部補がため息交じりにつぶやいた。


「心配なら、僕が川の様子をちょっと見てきましょうか?」


 容疑者の中から、少し気弱そうなメガネをかけた少年が名乗り出る。


「それは一人で外に出るという事ですか?」


 うちの先生が確認をする。


「ええ、そうですが。それが何か?」


 気弱そうな生徒は『なんでそんな事を聞くのだろうか?』と訳が分らず、不思議そうに答えた。

 その言葉を受け、探偵は大きなため息をつき、頭を抱えながらこう言った。


「今のこの状況を分っていますか?

 山荘のロッジで、土砂降りの雨の中、一人で外に出るんですよ。

 これは、台風の最中(さなか)に田んぼの様子を見に行くようなものだ」


「僕は田舎にいたときは、台風の中でも何度も様子を見に行っていましたよ」


 生徒は素直な意見をのべた。


「……この生徒の名前は?」


柳沢(やなぎさわ)紀之(のりゆき)、1年生です、被害者との関係は……」


 嵐山警部補が、詳しい情報を語ろうとすると、うちの先生はそれを遮った。


「この生徒は犯人ではありません。こんなキチ○イに犯人が勤まるハズは無い」


「えっ……」


 柳沢くんは、唐突の批判とキチガ○扱いされて驚き、何も言葉が出てこない。

 周りも「なんだコイツ」と、柳沢くんよりも、むしろうちの先生の方をキ○ガイ扱いしている様子。

 室内には、なんとも言えない雰囲気が漂う。


 いたたまれない空気の中、僕が気を使って先生に質問をする。


「何故です先生? もう少し分りやすく解説をおねがいします」


「うむ、良いだろう。ここは山奥のロッジだ。しかも渓流のそばで崖がある」


「ええ、そうですね。かなり険しい崖でした」


「そんな立地条件で、雨の中、一人で川の様子を見に行く。

 これは足を滑らして滑落(かつらく)するか、犯人に背中を押されて滑落するかの二択しかない」


「いや、崖から落ちると決まった訳では……」


 僕は反論した。すると先生はこんな質問で返してきた。


「わかった。では聞くが刑事ドラマの中で、険しい崖のあるシーンが出てきたとする。

 そこで被害者が一人、雨の中を歩いているとしよう。

 さて、滑落する確率はどれくらいだと思う?」


「ほとんど100パーセントに近い確率で落ちると思います。そして死ぬでしょうね……」


「そうだろう。被害者が崖下で血まみれになって倒れている絵面(えずら)しか思い浮かばないだろう。

 この状況で一人で川の様子を見に行くようなヤツは、気の触れた自殺志願者に他なりません。

 つまり正気とは程遠い人物だ、気の狂った人物がまともなトリックを使った犯行が出来るハズが無い。

 したがって彼に犯人を務めることは不可能です」


 ……たしかに、こういった崖のある場所でロケをすると、ドラマでは必ず誰かが落ちる。

 だが、これは刑事ドラマではない。現役の殺人課の警部補はどのような反応を示すのだろうか?


「なるほど、言われてみればたしかにそうですな」


 嵐山警部補はこの推理に、またも納得したようだ。


 そればかりでは無い、他の部員もうちの先生の説明に納得してしまったようで、

「柳沢ってそんなにヤバいヤツだったのか」

「今度から少し距離を置いた方が良いな」

「おっかねぇー」


 柳沢くんには『正気とは程遠い人物』などという(いわれ)れの無いレッテルが貼られてしまった。


「そんなぁ」


 柳沢は泣きそうな顔を浮かべている。

 外傷などは無いが、彼もある種の被害を受けた被害者に他ならないだろう。



  ◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇



 柳沢(やなぎさわ)紀之(のりゆき)くんの容疑が晴れ、容疑者リストからまた一人消えた。

 轟音のような雨音は、すこしだけ小さくなってきたようだ。


「さて、この雨で帰り道はどうなっただろう。心配だ」


 嵐山警部補が再びぼやく。すると、


「いいですよ、僕が見てきますよ」


 柳沢くんは投げやりに言い放つ。どうやら自暴自棄に(おちい)ってしまったようだ。


「死にに行くのか。まあそれも良いだろう。あらたな被害者が出れば嫌でも事件は盛り上がるものだ」


 うちの先生が容赦なく、その自暴自棄に追い打ちをかけた。


「はいはい、もうわかりました。見てきます」


 柳沢くんが雨具に手をかけ、外に出ようとしたときだ。


「これ以上被害者が出ては困ります。私が付き添います」


 嵐山警部補が名乗り出て、同行する事になった。

 なるほど、二人組になれば話が変わってくる。

 一人では崖下に落ちて死んでしまうようなシーンでも、二人組になると滑落しても、何故か足をくじいたくらいの軽傷で済んでしまう事が多い。


 まして警部補が付き添うとなれば安全だ。新たな被害者が出ることはないだろう。それどころか、もしかしたら何か決定的な証拠を発見して返ってくるかもしれない。



 柳沢くんと嵐山警部補が出かけていき、しばらく時間が流れる。

 しばらくすると二人は何事も無く無事に帰ってきた。


 だが、柳沢くんの様子がおかしい、あきらかに焦りが感じられる。

 彼はロビーに付くなり、我々に向けて大声でこう告げた。


「橋が、橋が落ちてました」


「なんだって!」


 この場に居る一同が動揺が走る。

 もちろん僕は橋を落とした真犯人が誰だか知っている。


「そうかわかったぞ、犯人が橋落としたんだ」


 うちの先生が適当な事を語り出した。


「なぜ、そんな事をするんでしょうか?」

 それに僕が話しを合わせる。


「これは閉じ込めて皆殺しにする気だな、ここに居る人間は生きては帰れないかもしれない」


 全くのデタラメだが、これは犯人をあぶり出すにはちょうど良いかもしれない。

 (いわ)れの無い濡れ衣を着せられた犯人は、何かしらのアクションを起こすだろう。



 沈黙と緊張が辺りに漂う。すると一人の生徒が急に立ち上がって叫ぶ。


「うぁぁぁぁ~、俺たちは皆殺しだ。生きて帰れないんだ」


 生徒の一人が緊張に耐えられなくなり、近くにおいてあったペーパーナイフをつかんで我々に刃先を向けた。


「よさないか、落ち着いて、みんなでここに居れば大丈夫だ」


 嵐山警部補がなんとか落ち着かせようとする。


「彼の名前は?」


 うちの先生はこの状況に全く意に介さず、嵐山警部補に質問をする。


 嵐山警部補はこんな時に何を言っているんだろうと、渋い顔をしながらこう答えた。

「彼の名前は、飯橋(いいはし)伸也(しんや)、3年生です、彼は……」


 そう続けようとした時、またもや発言を遮って、


「彼は犯人ではありません」


 ペーパーナイフを両手で握り、今にも誰かを刺そうとする勢いだが。

 そんな本人を目の前に、探偵は犯人では無いと言い切った。


「なぜなんでしょう?」


 僕は疑問に思い質問をする。


「ペーパーナイフでは怪我くらいは負わせられるだろうが、人は殺せない」


 先生からもっともな反論が返ってくる。たしかにそうだ。でもこうった説も考えられる。


「犯人が小心者の振りをして、取り乱した芝居をします。

 わざとそのような行動を取る事で、傷害未遂の罪にはなるかもしれませんが、殺人の容疑者リストから外れる事ができるかもしれません。

 そこの所はどうなんでしょうか?」


 僕は持論を述べる。

 障害未遂の罪で、殺人の罪がチャラに出来るなら安い物だ。


 すると先生はこう答えた。


「くり返すが、この場面で犯人がペーパーナイフを握るという事はありえない。

 この部屋には殺人犯にふさわしい凶器があるじゃあないか。

 真犯人なら迷わずその凶器を手に取ってしまうハズだ」


 そう言われて、僕は部屋を見渡してみる。


 ロビーとリビングを兼ねたこの部屋にはあまり物を置いていない。

 置いて有る家具は、2メートル弱のスタンド型のコート掛け、背の低い本棚とテーブルとソファーくらいだ。


 本棚には、地元の観光地のパンフレットと、高そうに見えるウイスキーのボトル。

 他には魚の彫刻の入った、おそらく釣りか何かの大会でもらったであろうトロフィー。

 ソファーの前のテーブルには安っぽいアルマイト製の金属の灰皿くらいしか見当たらない。


 ほかに凶器になりそうな物は見当たらない。むしろペーパーナイフが唯一の凶器と言ってもいいだろう。


「どれです? 僕にはわかりません?」


 答えが分らない僕をからかうように、先生はもったい付けてこう言った。


「よく見るんだ。あるだろう、小説に出てくるとっておきの凶器が」


 僕はもう一度部屋を見渡す。するとたしかにそこに凶器にふさわしいものがあった。


「そうか、わかりました! トロフィーですね」


「その通りだ、さすが我が弟子だ」


「どういう事なんでしょう?」


 嵐山警部補がこのノリについて行けず、質問してくる。


「わかりました説明しましょう」


 先生は流暢に語り始めた。


「こういった緊迫した場面で、突発的に殺人を起こしてしまう事があります。

 殺人にはもちろん凶器が使われますが、突発的なので前もって用意した道具は使えず、この場にあるものが凶器となります。

 そしてそれは、たまたま手に取りやすいもので、その形状にあたるものはトロフィーしか無いのです」


「いや、それだったらそこにあるコートかけでも、何でもいいんじゃないですかね?

 トロフィーなんかより余程リーチがあり、殺傷力も高いですよ」


 嵐山警部補は的確な反論をする。


「たしかに傷害罪になるならば何でもいいのですが、殺人犯となると話しは違ってきます。

 殺人犯はなぜだかついつい手に取ってしまう凶器という物があります。

 それは鈍器にちょうど良い大型の据え置き型のライター、なにかしらの因縁のあるトロフィー、それとガラス製の重たい灰皿です。

 殺人犯だったら、これらのどれかを必ず手にしてしまうハズです」


 ペーパーナイフを持った興奮状態にある飯橋くんに、睨みを利かせ探偵はこう断言をする。


「ここにあるのはトロフィーと灰皿のみ。灰皿は金属製の軽いものなので、必然的に手にしてしまう物はトロフィーしかありえないのです。

 それなのに彼はペーパーナイフなどという出来損ないの凶器を選んでしまった。これではお話にならない」


 たしかに、小説の中でこれらの鈍器が多く使われる。なかでも何故かトロフィーは断トツで多い気がする。

 だが、この質問に現役の警部補が納得するかと言えば……


「たしかに、凶器といえばトロフィーしかありませんな」


 嵐山警部補は納得したようだ。


「と言うわけで飯橋くん、今からそのペーパーナイフをトロフィーに持ち変えてみてはどうだろうか?

 トロフィーだったら人が殺せる確率が跳ね上がるよ。さあさあ」


 うちの先生がまた余計な一言を進言する。


「変な事を吹き込まないで下さい。飯橋くんもう大丈夫だから、ひとまず水でも飲んで落ち着こう」


 その後、嵐山警部補は飯橋くんをなだめて、なんとか落ち着ける事に成功した。


 容疑者リストから飯橋くんの名前が外れ、残りは二人となった。

 しかし、ペーパーナイフとはいえ、凶器を手にした緊迫した場面にも関わらず、僕はそれを無視して平然と会話を進めてしまった。

 僕もすこし普通では無くなってきているのかもしれない。



  ◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇



 5人居た容疑者から3人が外れ、残りは二人となった。


「さて、私にはもう犯人は誰だか分っていますが、念の為に確認しておきますか」


 ここにきてようやく、まともな聴取がはじまりそうだ。

 まだ何も聞いていないが、うちの先生はもう犯人に目星がついているらしい。


 二人のうち、一人は名前すら知らない。

 一人はここに来る前に車の中で警官から話しを聞いた、矢川(やがわ) 敬一(けいいち)という少年だ。

 彼の供述は『部屋から出ていない』と言った直ぐ後で、『外にずっと居て、被害者の部屋には近寄っていない』と発言に一貫性がなく、警官から見た彼の印象は『普通では無い』というモノだった。


 普通に考えれば、この矢川という少年が犯人だろう。

 だが常人では、この段階で結論を出せるハズは無い。うちの先生の推理を聞く他にはないだろう。



 探偵は一つ、大きな咳払いをして、真相を語り始めた。


「では、まず容疑者の詳細なプロフィールを語りましょう。

 一人目は矢川(やがわ) 敬一(けいいち)、三年生、成績は中の下あたり。

 よく授業や部活をサボり、あまり良い話しは聞かない。

 過去に近隣の高校生ともめ事を起こして、2週間ほどの謹慎(きんしん)を言いつけられた事がある。

 事件時の供述はハッキリとせず、証言に一貫性がまるでない」


 ここだけ聞けば、彼の犯行としか思えない。

 だが、探偵は犯人と断言を行わず、話しを続けた。


「二人目、白葉(しらは) 雄輔(ゆうすけ)、同じく三年生、成績はトップクラス。成績順位は常に5位以内をキープしている。

 学業だけではなく運動神経も抜群。部活のテニスの試合も優秀で県内で優勝経験もある。

 部活では部長を努めており、人望も厚く、リーダーシップにも優れている。

 彼は模範生徒として、返済義務の必要の無い給付奨学金を貰っている。

 過去にやましい経歴は一切無い」


 経歴を読み上がると、また一つ咳払いをして、我々の方へ向き直り誇張した身振りを加え、こう切り出した。


「さて、これだけで犯人が誰か、聡明(そうめい)な皆さんなら分かりますね?」


 我々に、これ以上ないくらいに分りやすく同意を求める。

 やはり矢川くんが犯人だろう。


「ああ、そこまで言えば誰が犯人だか、私でも分ったよ」


 嵐山警部補も相打ちを打つ。

 それに答えるようにうちの先生は大げさなアクションを伴い、強く宣言をする。


「そうです、犯人は『白葉 雄輔くん』あなたです!」


「ええっ!!」


 予想とはまるでちがう結論に、一同から驚きの声が上がった。



「何故です、先生? この場合は普通は矢川くんが犯人なんじゃないですか?」

 僕は思わず声を張り上げ叫んでしまった。


「えっ、そんなハズはないだろう、ちょっと考えれば解るハズだ。刈谷くんはまだまだ考察が甘いな」


「僕には何が何だか分りません。是非、解説をおねがいします」


 僕は答えが分からないので、正解を教えて貰えるように懇願(こんがん)した。

 その言葉は探偵の優越感を大いに刺激し、たいへん気分を良くしたようだ。

 口元に笑みを浮かべながら、解説を始めてくれた。


「いいですか、容疑者の少年二人のうち、一人は行動も言動も怪しい、二人目は学業も優秀で、清廉潔白(せいれんけっぱく)と来ている。

 この場合は、一人目の矢川くんが最初から最も怪しい第一容疑者として疑われるだろう」


「ええ、だれでもそう思います」


「そうだ。だから、よく考えてみるんだ。

 第一容疑者がそのまま犯人だったらつまらないだろう」


「……ええ、まあ、確かにそれは話しとしてはつまらないですが。

 でもたまに第一容疑者がそのまま犯人といった小説もありますよ」


 僕は反論をした。するとしかめっ面をしながら、探偵はこう答える。


「たしかに。クソ小説では、最初の一番怪しい容疑者がそのまま犯人だったという話しもある。

 だが、ここでは被害者は感電死というユニークで非常に有意義な死に方をしておられている。

 こういった非凡(ひぼん)な死に、第一容疑者がそのまま犯人という結末は有り得ない」


「いや、でも……」


 またも僕は反論をしようとした、しかしうちの先生はその言葉を遮って言い放った。


「じゃあ刈谷くんは、第一容疑者がそのまま犯人の小説は面白いと思えるかい?」


「……いえ、思えません」


「ではこの場合は、誰が犯人ならベストかな?」


「……白葉くんがベストだと思います」


「そうだろう、では刈谷くん後は頼んだ。動機とか適当に決めといて」


 そう言うと探偵はもうこの事件に興味を無くしたのか、窓ほうへ歩み寄り、外の景色をながめている。


 僕に白葉くんから供述を引き出す仕事を押しつけてきた。


 これは…… 無茶振りにもほどがある。

 だが、この仕事はいい加減な嵐山警部補に任せる事はできない。

 なんとかして僕が白葉くんから自供を引き出さねばならないようだ。



  ◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇



 犯人と言われた白葉(しらは)くんは、それを否定する事もなく、ただうつむいていた。


「詳しい話をして下さい、自首を行えば減刑になりますよ」


 山荘のロビーに沈黙が流れ、時間だけ過ぎていく。

 白葉くんは動き出す気配が無い。やはり減刑だけでは自白する気にはならないのだろう。

 そこで僕は、過去に自らが犯してしまった罪を打ち明ける事にした。


「聞いて下さい。僕は虐待を受け続けていて、その仕返しに人を(あや)めてしまいました」


 テニス部一同が振り返り、一斉にこちらを向いた。

 それから僕はあの事件に至るまでの事情から、事件後にはどのように裁判で減刑されたかまでを、できるだけ細かく伝える。

 長い話しにもかかわらず、テニス部の人達は熱心にその話しを聞いてくれた。



 話しが終り、しばらくすると、


「あの出来事を言っちまえよ、大幅に減刑になるハズだ!」


 先ほどまでは容疑者だった矢川(やがわ)くんが、白葉くんに何かの供述を催促する。

 どうやら事情を知っているようだ。


 矢川くんと白葉くんは何度か目配せをして、しばらく考えた後、ため息をつき。


「私がやりました」


 白葉くんが自白をしてくれた。どうやら僕の説得に応じてくれたようだ。

 僕は事件のいきさつを詳しく聞き出す。


「殺人を行うからには、何か理由があるんでしょう? 教えて下さい」


「我々テニス部員は、顧問の教師から体罰を受けておりました……」


「どのような体罰だったんでしょうか? 何か痣のような物証は体に残っていますか?」


「いいえ、そのような物は残っていません、ただ……」


「あの野郎の体罰で、白葉の左手には体罰で障害が残ったんです!」


 矢川くんが話しに割り込んできた。その表情は怒りに満ちており、声は上ずっている。


「……ええ、そうです。あの日以来、左手はあまり上手く動かせなくなりました」


 白葉くんが左手を握る。しかしその動作はぎこちなく、軽く震えていた。

 おそらく力もそんなに入らないのだろう。


「どのような体罰でした。痣などの後が残らないという話しですが」


 僕はその体罰の詳細を教えて貰う。


「……電気です。初めはたいした事はなく、静電気の走るおもちゃでした。

 テニスでちょっとミスをするとピリッと電気を流される罰ゲームのような物でした」


「ところがヤツは電気だと体罰の痕跡が残らない事に気がついた」

 矢川くんが(こぶし)を握り、悔しそうに言い放つ。


「そうです。だんだんと体罰はエスカレートして行き。

 私が2年生の大切な大会に負けたあの日、自作の昇圧回路を組み込んだバッテリーで電気を流されたんです。

 それ以来、左手はあまり上手く動かせなくなりました」


「……酷い」


 僕の口から思わず本音が飛び出てきた。

 それを聞いた白葉くんは僕のほうを見た後、話しを続けてくれた。


「私の実家はあまり裕福とは言えず、奨学金をもらって何とかやっています。

 この事を世間に喋ると、あの教師は『奨学金を取り消す』と脅してきました。

 それに黙っていれば『国立大学に推薦してやろう』とも……

 私はその条件を飲みました」


「脅迫もされていたんですね」


「ええ、ですがそれ自体は別に構いません。

 これで体罰が終われば、なんの問題がなかったのですが、新年度を迎えると今度は何も知らない一年生が対象となり、体罰がまた始まります。

 そこで私は体罰の痛みを身をもって知ってもらおうと、あのとき使われた昇圧回路をそのまま使い、罠を仕掛けました。

 痛みをしってもらえば、体罰が無くなると思ったのですが、それがまさかこんなことになるなんて……」


「なるほど分かりました。そういった理由なら減刑されますよ大丈夫です。

 嵐山警部補も、話しを聞いていましたよね?」


「ああ、もちろん聞いていた。

 そういった理由があるなら、おそらく大幅に減刑されるハズだ。

 未成年という事もあり、どんなに長くて半年、短ければ2ヶ月くらい更生施設に入れば、外に出てこられるだろう」


「大学推薦の話しはどうなりますかね。警部補どう思います?」


「うーむ。何とも言えないが、私の過去の経験から推測すると、高校側はこの事件を出来るだけ内密に解決したがるはずだ。

 高校側は穏便に事件を解決する為に、大学推薦は取り下げないと思う。

 彼は成績も優秀らしいし、今の時期なら大学の入学にも間に合う可能性が高い」


「左腕に残った障害はどうなりますか? 警察としてはどう出るんです?」


「左手の障害は、本事件とは別口で訴える事ができるよ。

 訴えて裁判沙汰となれば事件は(おおやけ)になるだろうから、内密に済ませたい高校側は示談(じだん)に持ち込んでくる可能性が高い」


「白葉くんが裁判をすると学校側にチラつかせれば、多額の賠償金をもらえるわけですね」


「まあ、そうなると思う。もちろん事件を表沙汰にしたいのか、賠償金を多く貰いたいのかで行動は変わってくるが、白葉くんはどうしたい?」


「家は貧乏なので、出来れば賠償金の方がありがたいです。体罰を行った教師はもうこの世には居ないので、これ以上この心配をする必要もありませんし」


「わかった、ではまず障害の診察から入ろう。それに君はまだ若い、リハビリを行えば頑張り次第で機能の改善が図れると思うぞ」


「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 こうして事件に幕は下りた。

 以外にも嵐山警部補が頼もしい。



 一通り話しが落ち着き、僕は窓際で外を見ているうちの先生に声を掛ける。

 白葉くんから供述を聞き出すよう僕に仕事を任せたのは、同じような境遇の立場の者なら自供を聞き出せると考えたからに違いない。

 うちの先生もなかなかのやり手だ、隅には置けない。


「えっ、何? 動機は決まった?」


「今までの話しは聞いてなかったんですか?」


「あぁ、まあ聞いていない箇所もあった。で何だったんだ?」


 あきれた、この様子だと全く聞いていなかったようだ。

 うちの先生を買いかぶり過ぎた、事後の処理の事などはやはり考慮していない。ただ面倒なので僕に押しつけただけのようだ。

 やはりこの人は犯人の追求にしか関心が無いらしい。


 しょうがないので、僕はここまでの要点をまとめて話しをする。


「被害者である教師は日ごろから体罰をくり返していました。

 ある日、白葉くんの左手に後遺症が残るような重い体罰を行います。

 教師は保身の為、大学推薦を餌としてこの事を黙っているように取引します。

 白葉くんは取引を承諾して黙っていることにしました。

 体罰は一端は収まります。ところが年度をまたいで新入生が入ってくると、また体罰が始まります。

 白葉くんは、身を以て痛みを知ってもらう為に……」


「ちょっと待ってくれ、動機がかなり長いな。もっとシンプルにまとめておいてくれ」


「……ええと、普段の行いが悪い教師に天誅(てんちゅう)が下りました」


「なるほど。分かりやすいな。まあ天誅なら仕方ないか」


 うちの先生はこの適当な説明に納得したようだ。

 もともと動機には興味がないのだから、どうでも良いのだろう。




 事件を解決した探偵は意気揚々(いきようよう)と引き上げようとする。

 ところが、もちろん吊り橋は落ちていて渡れない。


「なんという事だ、橋がまだ直っていない」


「ええ、まだ修理の手配中なんでしょう」


「いや違うな、事件が解決していないから、ここから出られないのだ!」


「一瞬で橋が直るとか、そんなゲームみたいな都合の良い展開は起こりませんよ。

 ともかく一端、宿にもどりましょう」


「そうだな、事件はまだ収拾していない。今度は誰が死ぬのか楽しみだ」


 我々は宿に留まり、一晩お世話になった。

 もちろん新たな被害者が出る事はなかった。



  ◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇



 翌朝、宿で唯一の連絡手段である固定電話に連絡が掛かってくる。

 どうやら吊り橋が直ったらしい。我々はようやくこの陸の孤島から脱出できる


 しかし電波の入らない僻地(へきち)というのは、つらかった。

 スマートフォンがまるで役に立たず、そうなると時間が湯水のように余る。

 僕は暇つぶしにテニス部の人たちとトランプを興じた。最初のうちはとても楽しかったのだが、膨大な時間の前にはそれも無力で最後の方は飽きていた。

 いつもはスマートフォンに、いかに時間を食い潰されているのかを思い知った夜でもあった。


 帰りの吊り橋の上でも、うちの先生が揺れるように大きく歩く。

 僕は怖がり、手すりにつかまりながら、背を縮めて小さく歩く。

 うちの先生は高いところは全く怖くないようだ、僕の怖がる様子を見てさらに大きく橋を揺する。

 調子に乗りすぎだ、そのまま足を滑らせて落ちてしまえば良いのに。


 僕の願いはむなしく、探偵は何事もなく橋を渡りきり、我々は無事に事務所へと返った。




 あの山荘旅館の事件から二週間ほど立った。

 殺人事件などそうそうは起きない。依頼の来ない平穏な事務所で、僕は相変わらず雑務をこなす。


 事務所の掃除の途中にスマートフォンがなる。画面を見ると嵐山警部補からのメールが届いている。

 メールの内容は白葉(しらは)くんに関するものだった。


『例のあるき野市の山荘で起こった殺人事件だが、無事に裁判が終わったよ。

 白葉(しらは)くんが普段から虐待に近い体罰が行われていた事を示唆(しさ)すると、未成年という事も考慮され、2ヶ月の更生施設での入所で済んだ。

 白葉くんの進路に関しても順調だ。大学の推薦が取り消される事はなかったよ。

 左手の障害にも、かなりの賠償金が支払われたし。リハビリの方も順調で、おおよその機能回復が望めるらしい』


 僕は手短に警部補に報告のお礼のメールを返し、この内容を先生に伝えた。


 するとうちの先生は、頬杖をつきながら、あまり興味がなさそうな感じで、こう返事を返す。

「まあ、順当な結果だな。嵐山警部補は推理は苦手だが、後処理だけは上手いからな」


 少し予想外の返事だった。まるっきり無能扱いしているのかと思いきや、以外と評価はしているらしい。意外な一面も見られた。


「だから我々は推理に集中さえすればいい、面倒な後処理は全てヤツに任せてしまえば良いからな」


 なるほど、嵐山警部補の扱い方は、そういう扱いなのか……

 警部補の苦労はこれから先も続きそうだ。



 僕なりにあの事件の事を思い返していると、ふと吊り橋の上の一件が頭に浮かんだ。

 あの件では、僕は少し根に持っている。

 うちの先生を『煙と馬鹿は高いところは好き』、そう冷やかす為に、僕は口を開いた。


「そういえば先生は高いところは平気なんですか?」


「ああ、探偵は崖から落ちても無事に生還できるからな」


 (あき)れた答えが返ってきた。


「まあ確かに、ホームズはモリアーティ教授に崖下に落とされても平気でしたが……

 そういえば先生はホームズを意識していますよね。あのインバネスコートもホームズからですよね?」


「え、ああ、ホームズ、そうホームズだよ」


 何やらはぐらかすような怪しい返事が返ってきた。

 もしかして世界を代表する、あの推理小説も適当にしか読んでないんじゃないだろうか?

 僕は探りを入れてみる。


「先生は推理小説の原点ともいえる、あの作品の作者が誰だったかは覚えてますよね?」


 この質問が分からないとすれば、それはあまりにも推理小説を冒涜(ぼうとく)していると言えるだろう。


「ああ覚えているとも。

 ええと、そうだ! 作者は『江戸川コ○ン』だったな!」


 僕は生まれて初めて人を殴った。


 日本で殺人事件はそうそう起こらない。

 探偵事務所では、のどかなで平和な時間が流れて行く。

 最後まで読んで頂いてありがとうござます。もし楽しんで頂けたのなら幸いです。


 ところでホームズを知らない人は居るんでしょうかね?

 ドラマや映画でやり尽くされていて、知らない人はいないんじゃないでしょうか。


 ほぼ全員が知っている、まして読者ではなく、推理小説を書こうとする人は知らないわけがない。

 この世にホームズを知らず推理小説を書こうとする人は居るんでしょかね。


 私はもちろん知っています。あの巨匠が手がけたアニメーションで、登場人物が全て犬のヤツですよね……

 イタタ、止めて下さい、評価点1:1とか投げないで下さい。とても痛いです。


 ※この文章はコメディー枠なので読んでいなくてもセーフなのです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 探偵のキャラが、唯一無二というわけではないにしてもしっかり確立されていて、その助手的ポジションである主人公が単なる語り役に徹していなかったのが良かったです。内容の良かった点は一言欄で。 […
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